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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第十七章】 フランク・バートン殿下

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 程なくして、僕達は目的地である村に辿り着いた。
 あれからは化け物が現れることもなく、それどころか港を出て以降誰とも遭遇していなければ家屋の一つも見掛けない状況を維持しながら、それまでのただただ歩き続ける旅をかれこれ三十分は続けただろうか。
 化け物は出なくてもいい加減歩き疲れた感は否めないが、水分補給を欠かさないようにしたことやこの国の涼しいぐらいの気温のおかげで疲労困憊なんて状況を避けられたのがせめてもの救いといったところか。
 いい加減お腹も空いてきているので昼食を取ろうかという話も出たものの、先に鍵を受け取りにいくことに僕達は決めた。
 そろそろ夕方も近くなってきている。
 マリアー二王との打ち合わせでは今日のうちに鍵を手に入れ、それぞれ一泊して明日の昼に合流場所へ、という段取りになっていた。
 相手は王族。日が暮れたせいで会えず仕舞いではその段取りに支障が出てしまう可能性もなきにしもあらず、というわけだ。
 村といってもまばらに民家が並んでいるようなこともなく、畑と畑の間にいくつも区画があり、数軒ずつの木造の家がきちんと並んでいる、どちらかというと田舎町という印象を受けるこの村にあって、僕達が会わなければならないお偉いさんがどこに住んでいるのかということは一目で把握することが出来た。
 合わせて何十という民家の中にあって一つだけ外周が塀で囲まれている恐ろしく広い家があり、門の前には槍を持った兵士らしき人間が二人立っているところを見ても要人の住居であることは間違いないと見ていいだろう。
 不満を垂れる高瀬さんを宥めつつその家に向かうと、門前に立つ大柄な兵士二人が険しい顔で僕達を見下ろした。
「何者だ。お前達、この村の人間ではないな」
「指定国同盟の遣いで参ったグランフェルトの派遣隊だ。バートン殿下にお目通りを願いたい」
「指定国同盟の遣いだと? それは明日の予定であると聞いているが?」
「諸事情により本日に変更になった次第だ。既にその旨を記した伝書も届いているはず、確認してくれ」
 僕達を代表してセミリアさんが前に出る。
 二人の門番は訝しげな顔をしたものの、さすがに独断で追い返すことは出来ないらしく。
「おい、すぐに殿下に確認して来い」
「はっ」
 と、片方の指示によって若い方のもう一人が敷地の中へと早足で入っていった。
 ここに来る途中、失礼な言動は慎むようにと決めたはずだったのだがサミュエルさんは普通に舌打ちをしている。
 あの人の性格からして、こうやって威圧的だったり見下した様な態度を取られるのが気に入らないのであろうことは分かるが、これでは『こいつらが余計な言動で話をややこしくするようなら殴ってでも黙らせるから』と夏目さんや高瀬さんに睨みを効かせた時の頼もしさもアテにならなそうである。
 そんな、どこか無言のままで一部ピリピリした空気の中、三十秒程で門番が戻って来る。
「確認が取れました。殿下がお待ちです、中へどうぞ」
 一転してきびきびとした動きで一礼すると、男は半分しか開いていなかった門を完全に開いて僕達を中へと促した。
 すれ違い様にもう一人の門番と睨み合うサミュエルさんの背中を押して中に入ると、広い庭に人工の池があったり、大きな母屋に離れや納屋まである豪華な屋敷が広がっていた。
 外から見た印象よりもずっと凄い。さすがは王族の住む家といったところか。
 そのまま敷地内を大回りして一番奥の部屋に通されると、一人の男が机に向かって筆を走らせていた。その男は僕達を認識すると同時に筆を置いて立ち上がる。
「ようこそお越し下さいましたな。私がフランク・バートンです」
 歳は四十前後といったところか。
 物腰の低い口調でそう名乗った男は傍に控えていた女性にクッションらしき物を並べさせ、まずは僕達に腰を下ろすようにと告げた。
 王族であるという人物の前で床に座らされるとは思っていなかったが、これは失礼なことというわけでもなく単にこれだけの人数が座れる椅子がこの部屋に無かっただけの話だろう。
 そして全員が横並びに腰を下ろすとバートンと名乗る男が正面に座るのを待って、セミリアさんが入り口でしたのと同じ説明を繰り返した。
 これは余談だが、大半が胡座を掻いて座る中で僕以外では唯一セミリアさんだけが正座をしている。
 他の面々にも時と場合を考えて欲しいところではあるが、それが失礼な行為だとは微塵も思っていなさそうなので希望は薄そうだ。ちなみにミランダさんは座ることすらせず、僕の後ろに立っている。
 これはこれで弁えすぎな気もするし、ちょっと申し訳ない感じだけど『わたくしは使用人ですので』と、自ら戦法に頭を下げられてしまっては僕が口を挟むわけにもいかない。
「ご多忙の中突然押しかけた無礼をお許しください。我々は指定国同盟の遣いで参りました、グランフェルトの派遣隊です」
「ええ、伺っておりますとも。少し前に手紙を受け取りました。封印の洞窟の鍵を受け取りに来たのですな?」
「いかにも、バートン殿下が預かっていると聞いておりますゆえ」
「確かに、鍵は私が管理させていただいております。しかし、すぐにお渡しすることは出来ません」
「と、言いますと?」
「鍵をお渡しするにあたって、条件があるのです」
「じょ、条件……ですか」
 と、予想外の言葉をセミリアさんが反復したと同時だった。
「ちょっとちょっと、黙って聞いてりゃ何をワケの分からないことを言ってるのかしら? 殿下だかなんだか知らないけど、条件を出せる立場なわけ? 私達を誰だと思ってんのよ、サミット参加国の決定に逆らおうっての?」
「こ、こらサミュエル。無礼だぞ」
「サミュエルさん、失礼ですって。落ち着いてください、話は僕達がすると決めたばかりでしょう」
 セミリアさんと二人で今にも立ち上がって武器を構えそうな勢いのサミュエルさんの肩を押さえると、鬱陶しそうにその手を振り払ったものの舌打ち一つでどうにか腰を下ろしてくれた。
 すぐに僕達はバートン殿下に頭を下げる。
「も、申し訳ありませんでした」
「非礼を詫びさせていただきたい。殿下、何卒ご容赦を」
「いえいえ、構いませんとも。それも当然の反応だと言えるでしょう、お気になさいますな」
 しかし、と。
 こちらの無礼も笑って許してくれた様子のバートン殿下は続けた。
「しかし、鍵の管理を任されているのは私だ、どう扱うかも含めて一任されております。気に入らなければお引き取りいただいて結構、鍵はお渡し出来ませんな」
 そのままバートン殿下は立ち上がり、先程まで座っていた机の前に腰を下ろすと再び筆を走らせ始めた。
 そんな態度に黙っていられない人物が一人。
「アンタねえ……」
 またしても怒って立ち上がりかけたサミュエルさんの腕を慌てて掴むも、そんな姿も取りに足りないとばかりにバートン殿下が表情を変えることはない。
「こちらもなりふり構っていられる状況ではありませぬゆえ、気が変わられた折にはまた訪ねてこられるとよいでしょう」
「分かりました。その条件、聞かせていただけますか?」
「コウ、何を勝手な事を言っているの。私は認めないわよ、こんなふざけた事……」
「落ち着いて下さいサミュエルさん。サミット参加国という言葉の意味を考えて行動しなければいけないのは僕達も同じなんです。理屈や立場がどうあれ、条件を聞き入れなければ鍵を渡してもらえないなら聞いてみる他ないんです。聞いていなかった、だから鍵を手に入れることが出来ずに帰った、では責任を問われるのはリュドヴィック王なんですよ」
「コウヘイの言う通りだ、私達にも連合の名の下に果たすべき責任がある。まずは話を聞いてみないことには何一つとして進展がないではないか。それに私達の代表はコウヘイだ、ならばコウヘイの決定に従うべきではないのか」
 諭す言葉も何のその。
 サミュエルさんは大層面倒臭そうな顔でやや乱暴に僕の手を振り払った。
「だったら好きにしなさい。ただし、その結果にまで私が付き合うだなんて思わないことね。誰が何と言おうとふざけた条件なら即刻帰るか、力尽くで鍵を奪うという方法を取る。それを肝に銘じておくことね、そちらさんも含めて」
 なんとかサミュエルさんは腰を下ろしてくれたものの、セミリアさんとバートン殿下をギロリと睨むその目は本気であることを物語っていた。
 これ以上話が長引くと収拾が付かなくなってしまうのも時間の問題だ。
 僕はすぐにその条件とやらを聞き出そうと思ってはいても独断が許される様な立場ではなく、あくまで代理の代表である以上みんなの意見も聞いておかねばなるまい。
「高瀬さん、夏目さんはどうですか?」
「別にいいんじゃねえの? んなもんフローラとの結婚然り、売られたミーティア姫然り、先に進むためには何かしら条件飲んでミッションクリアしなきゃいけないのがお約束だろ。つーか腹減った」
「ウチも康平君やセミリアはんがええんやったら文句はないで。難しい話はよー分からんし、二人の決定に従うわ。ていうか腹減った」
 意外と簡単に納得してくれた感じの二人だが、語尾が共通しているあたり『何でもいいから早く話を終わって飯食いたい』というだけの理由な気がしないでもない。
「ミランダさんはどうです?」
「コウヘイ様、わたしには確認してくださらなくてもいいと言っていますのに……今後も含め、わたしの意見はコウヘイ様の意志と同じだとお考えください」
「そ、そうですか……」
 そこまで従順でなくてもいいのに……意見はいっぱいあった方がいいんだから。
 とはいえ、サミュエルさん以外の皆は賛成ということでいいだろう。
 さすがに今ここでジャックの意見を聞くわけにもいかないし、賛成多数ならば話を聞いてもよさそうだ。多数決になど従わないサミュエルさんが唯一の反対派なのが不安材料ではあるけど……。
 しかし、ジャックは台詞が一切無いせいでそろそろ忘れられてしまいそうだな……他の皆にも、これを見ている誰かにも。
「ではバートン殿下、その条件を聞かせてもらえますでしょうか」
 セミリアさんと視線を合わせゴーサインを共通の意思として確認すると、殿下はまた筆を止めて立ち上がる。
 話が進む度に文字を書いたりやめたり立ったり座ったりと忙しい人だ。
「さすがは一国の王を代理するお方ですな。聡明で何より」
 僕に対して一言述べ、殿下は壁際に数歩進んで窓の外に視線を移すとその一言を口にした。
「要人失踪事件、という言葉をご存じですかな?」
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