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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第十五章】 異国の旅路

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 間もなくして、僕達の乗った船は目的地であるラミント王国へ到着した。
 小国とはいえ立派な一つの国家である。
 目に見えて小さい国だなんて感想を抱けるわけもなく、島国である以外の情報は外からは全く得られないほどに広大な大地が広がっていた。
 よく考えてみれば僕達はこの世界における身分証明が出来る物。言い換えるならパスポートみたいな物なんて持っていないわけだけど、他所の国に入国出来るのだろうか。
 なんて船が沖に近付き始めてから気付いた今更にも程がある心配は何の問題も無く解決してしまった。
 というのも、
「指定国連合の要件で参りました。ユノ、グランフェルト両国からの派遣隊です」
 と、マリアー二さんが港の衛兵らしき人達に名乗るとあっさりと上陸を許可されたのだ。
 指定国連合というのは恐らくサミットに参加した五カ国を括る言葉なのだろう。
 しかし、そんなことよりもマリアー二さんが僕達の中に居ることの方が余程彼等にとって入国を許可するに足る理由だったのであろうことは兵士達の反応を見ると明らか過ぎる程に明らかだった。
 若い上に女性であっても五大王国と呼ばれるだけの力と発言力を持つ国の王なのだ。
 この国を治めるお歴々ならまだしも、そんな人物が突如船に乗って現れてそれを追い返せる一般人などさすがに居ないだろう。
 それでも確認するなり許可を求めるぐらいのことはするべきなのでは? とも思うのだけど、そもそも電話が無いのだからそれも無茶な話だ。
 魔法でそれに代わるような通信手段があってもよさそうなものだが、この世界でそんな場面は見たことがないし、そもそもあれば鳥を使って手紙を送ったりはしない気もするのでそういうものなのだろう。何よりもサミットが行われることも、この一件に関しても事前に決まっていた以上はこの国側にとっても予め派遣される一団がいることは分かっていただろうし。
 そんな塩梅で無事に入国を済ませた僕達だが、ここからは二手に分かれて例の水晶が封印されている洞窟へ入るための鍵をそれぞれが手に入れなければならない。
「それではコウヘイ様、ご連絡いただいた場所でまた」
 申し訳程度に頭を下げるマリアー二さんの笑顔は挨拶をした時のものとは違い余所余所しさというか、意図して距離感を感じさせる様な口調と表情だ。
 後ろの四人、正確にはシャダムさんを除いた三人の僕を、いや僕達を見る目も到底友好的とは言えないものになっている。
 そんな彼女達を見ただけである意味では僕の推察も裏付けされた感じではあるが、断定にはまだ少し早いか。
 ちなみにマリアー二さんが敢えて地名を口にしなかったのは船の中ならまだしも今ここにはこの国の人達が何人も周りにいるからだ。
 国際的に重要な何かをしようとしている以上、いたずらに情報を漏らさないための配慮なのだろう。
「ええ、お互い無事で再会出来ることを願って」
 僕が答えると、マリアー二さんとウェハスールさんの二人だけが無言のままもう一度頭を下げ、そのまま背を向けて歩いていく。
「なんっか感じ悪くなかった? なんやのあれ?」
 声が聞こえない距離まで背中を見送ると、夏目さんは訝しげな表情のまま素直に疑問を漏らした。
 態度の違いは目に見えているレベルと言ってもいい。当然といえば当然か。
「ちょっとした事情がありまして。あまり気にしないでください、後でちゃんと説明しますので」
「まあ……康平君がそう言うんやったらええんやけど」
 どこか腑に落ちない様子の夏目さんはそれでも複雑な背景があることを察してかそれ以上の言及はしなかった。
 ちなみに真っ先に鼻の下を伸ばしてマリアー二さんに絡んでいきそうな高瀬さんは幸い船を降りた直後のため青い顔をして肩で息をしているので大人しいままだ。
 大した揺れもない船路だったように思うのだけど、そこまで船酔いするものなのかと思うと若干気の毒である。
 まあ五分十分もすればいつも通りに戻る謎の回復力をお持ちなんだけど……。
「コウ、何か悶着があったのならどうして私を呼ばないの。力尽くで黙らせてあげるのに」
「力尽くはやめてくださいってば……」
 僕の頭に手を置き、ほとんど見えなくなっているユノ王国勢の方を見るサミュエルさんの目は明らかに敵意に満ちている。
 頭に手を置いたのか頭を鷲掴みにされているのかの判断が難しい絶妙な圧迫感が恐ろしい。
 既にほとんど姿が見えないマリアー二さん達の姿も凄まじく目がいいサミュエルさんならまだ見えているのかもしれないと思うと、ならばその細めた目の意味も変わってくるのだろうかと考えてしまう。
「コウヘイなりに考えがあるのだ、いつまでも後ろ姿を見ていないで私達も出発するとしよう。それからサミュエル、不要な揉め事は王に禁止されていることをくれぐれも忘れるな」
「はいはい。アンタそればっかりね、馬鹿の一つ覚えみたいに」
 サミュエルさんは鼻で笑うように言って、
「なんでもいいけど、さっさと行くわよコウ」
 と僕の頭から手を離し、歩き出すのだった。
「……なんで康平君にだけはちょっと親しげなんあの人」
 サミュエルさんと入れ替わるように耳元でそんなことを言うのは夏目さんだ。
 初参加の夏目さんが腑に落ちないのも無理はないが、僕とてこう答えるしかない。
「僕がサミュエルさんの子分だからじゃないですかね……なぜそういう事になっているのかは僕にも分かりませんけど」
 言うと、一層頭上の?マークが増した夏目さんだったが、これ以上の説明が出来ないので気付かなかったことにした。

          ○

 港を出た僕達はまず鍵を受け取るためにある街に向かっている。
 出発前に聞いた情報ではその街を治めている公爵だか伯爵が鍵の管理を任されているという話で、その人物に会って鍵を借りるのが最初の任務というわけだ。
 地図によるとほとんど円形に近い地形のラミント王国の領土。
 そんな島国を時計回りに外回りする形で進んでいかなければならないのだが、やっぱり人が通る道ながら道路があるわけでもなく、コンクリートの道があるわけでもなく、人生の全てを近代都市の中で暮らして来た僕達にとってはもはやただの自然の中を歩いているのと変わりない道のりだった。
 海の見える浜を歩いてみたり、林の中を歩いてみたり、かと思えば地平線まで続くような草原を進んでみたりとバラエティーに富んだ道中は珍しく、なんて言いたくはないが、特にトラブルも無く歩いて来たおかげで緊張感もなく、何ならそれぞれが雑談したりしながらの観光旅行と化している節さえあるぐらいだ。
 ゲームと違って縦列を組んで歩くなんてこともなく、ぞろぞろと歩く中で自然と聞こえてくる前を歩く高瀬さんとセミリアさんや後ろを歩く夏目さんとサミュエルさんの会話は二人がいかにこの世界を楽しんでいるかが伝わってくる。
「そろそろモンスターでも出てくれねえと面白味がねえよなー」
「そう言うなカンタダ、平穏に終わるのであればそれに越したことはないさ」
「でもよー勇者たん、実践経験を積まないとレベルアップは出来ないんだぜ?」
「ぬ、確かにその通りだ。お主も中々どうして戦士の心意気を持っているではないか」
「フフン、魔王を倒したからって勇者の使命が無くなるわけじゃないからな。悪が滅びれば別の悪が沸いて出るのがこの世の理ってもんだ。俺様ぐらい幾多の世界を救ってきた男には細胞レベルで理解してるのさ」
「実践と鍛錬は違うということは理解しているつもりだったが、私もまだまだ向上心が足りていないようだ。やはりお主等と旅をするだけで色々と学ぶことがあるものだな」
 いや、色々と騙されてますよそれ……前回からずっと。
 なんて口を挟みたいのをグッと堪えたり、
「なーなーサミュやん、サミュやんは勇者なんやろ?」
「それが何?」
「その背中の剣使って戦ったりするんやろ?」
「だから? ていうか何なのよ、そのおかしな喋り方は。イライラするから黙っててくれない? 今後、私の前では常に」
「そう言わんといてーな。これは方言やねん、大阪って知ってる?」
「知るわけないでしょ、アンタ達の世界のことなんて。興味無いし、どうせあの気持ち悪い奴や前に来た金髪の生意気女みたいに末は芸人ぐらいの残念な所ってことぐらいはアンタ見てたら分かるけど」
「おー! よー分かってるやん。そうそう、芸人ゆーたらやっぱり大阪やでー」
「……なんで誇らしげなのよ」
「なんか話が逸れてしもたけど、ウチが聞きたいんは何でそんなエロい格好してんのかなーって」
「はぁ、喧嘩売ってるなら最初からそう言えばいいのに」
「ちょ、ちゃうって。誤解や誤解! 物騒なモン構える準備せんといて、ただ危なくないんかってことを言いたかっただけやねんて」
「……何が危ないのよ」
「そら怪我とかやんか。セミリアはんは胸とか手足はちゃんと鉄のやつで守ってるやろ? でもサミュやん肘と膝だけやし、肩も背中もヘソも全部出とるやん。ウチの認識なんかゲームとかアニメの中のイメージしかないけど、どっちかいうたらセミリアはんみたいな格好の方が勇者って感じするなーって」
「そんなもんただのスタイルの違いでしょ。別に私は勇者と呼ばれることに拘りなんてないし」
「スタイル違うかなぁ、二人とも手足も腰も細っそいしスタイル抜群や思うけど……確かに乳はセミリアはんの方がおっきいけども」
「そういう意味じゃないっつーの、いい加減ぶっ殺すわよアンタ」
「えぇ~、ほんならどういう意味なんよ」
「戦闘における気構えの違いに決まってんでしょ。アイツは盾を持たない代わりに鎧で身を守ってる、スピードに長ける分回避能力も高いっていうバランスを踏まえてああいう格好をしているわけ。私はそうじゃない、斬られようが刺されようが痛みは我慢出来る。だから動きやすさを優先している、そういう違いよ」
「そういうことやったんかぁ、でも我慢出来るゆーても痛いのは痛いわけやろ? 怖くないん?」
「怖い? 怖かったら戦う必要なんてないじゃない。大多数の人間みたいに自分の身を守ることも出来ないくせに被害者面して誰かが助けてくれるのを祈ってりゃいいんだから」
「うっわー、辛辣な台詞っ。さすがはリアルツンデレやで。良い人やけど口は悪い、康平君の言う通りや」
「ツンデレって言うなって何回言えば分かるわけ? 意味は分からないけど響きがムカつくのよ!」
「それはさておきやな」
「勝手にさておくなっての。アンタと喋ってると疲れるわ」
「その痛みに耐えれるって話やけど、だからって避けたり防いだりせーへんわけじゃないんやろ? それやったら動きやすさに関係無いところぐらい守ってもええんやないの?」
「アンタ、攻撃は最大の防御って言葉を知らないの?」
「どっかで聞いたような言葉やけども」
「防御の必要が無いぐらい攻め倒せばいいってことよ。最悪、身体に風穴空けられようが相手の首を切り落とせば勝ちなんだから」
「そんな滅茶苦茶な……ていうか、それやったら何で肘と膝だけ?」
「別にこれは身を守る為に装備している物じゃないし」
「そうなん? じゃあなんで付けてるん?」
「肘打ちと膝蹴りの威力が増すじゃない」
「それ使い方間違ってへん!?」
 と、そんな漫才みたいな会話が聞こえてくるのだった。
 ちなみに僕はというと、ガイドよろしく地図を手に列の真ん中を歩いているといった具合。隣にはミランダさんが居る。
「コウヘイ様、しばらく経ちますけど目的地まではまだ掛かりそうですか?」
「いえ、もうかなり近付いてきていますよ。疲れてきたら言ってくださいね、また休憩を取りますから」
 歩き始めてかれこれ三時間ぐらいは経つ。
 途中で二度休憩を挟んでいるとはいえ、一番小柄で一番若いミランダさんには堪えるものがあるだろう。
「お気遣い痛み入りますコウヘイ様。でも大丈夫ですよ、こう見えても体力には自信あるんですから」
「そ、そうですか」
「あーっ、その目は疑っていますね? いいですかコウヘイ様、お城で仕えるというのは意外と体力が必要なものなんです。重い物を運んだり、広いお城をお掃除したりしているうちに自然と身に付いていくものなんです。そこらの村娘と一緒にされちゃ困りますよ? ほら、触ってみてください」
 えっへんと胸を張ったのち、ミランダさんは袖を捲って力こぶを作ってみせる。
 腕を見るだけでは体力の有無は推し量れないけど、少なくとも力持ちの腕には見えないんだけどなぁ……と思いつつ指でつついてみると、普通にぷにぷにしていた。
「柔らかいですね」
 言うと、ミランダさんはテヘっと舌を出し、
「えへへ、バレちゃいました。実はわたし力仕事は苦手なんです、でも体力は本当なんですよ?」
「だったらいいんですけど、どっちにしても着いたらまずご飯にしたいところですよね」
「すいません気が利かなくて、何か作ってくるべきだったのに」
「そういう意味で言ったわけじゃないですよ。どのぐらい歩くのかも分からない状況だったわけですから。もうすぐであることは確かですし」
 もう一度地図を指しておおよその現在地を説明する。
 どの程度縮尺されているのかははっきりと分からないが、ここまでの時間を考えてもあと十分、十五分で目的地だと分かる。
「この草原を抜けたら大きな川が横切っていて、そこに架かっている橋を渡ればすぐに目的地であるラハスという村があるんです。そこに住んでいるこの国の王様の親族が鍵を持っているということみたいですね」
「王族、ですか。簡単にお目通り出来るものなのでしょうか」
「何に使うかを分かって預かっているわけですから大丈夫だと思うんですけどね。こればかりは行ってみないことにはなんとも」
 この国がどういう国なのかを知らない以上断言は出来ないが、小国であろうとなかろうと五大王国と呼ばれるだけの国々を敵に回すようなことはしないだろう。
 国も政治も、長い物には巻かれるのが世の常であり、そうでなければ排除されていくのが世の理なのだ。
 あくまで僕の知る世界ではという話だけど、突然押しかけているわけでもないだろう。
 予め決まっていたことであるならば、この国にもその情報は伝わっているはずだ。
「あ、コウヘイ様。川が見えましたよ」
 そうこうしている内に草むらの途切れ目が見えてきた。その向こうには幅だけで数メートルになろうという川が確認出来る。
 やがて川の傍まで辿り着くと、先頭を歩いていたセミリアさんが辺りを見渡した。
「コウヘイ、橋があるという話だったが」
「そのはずなんですけど」
 確かに左右を見渡しても橋らしきものは見当たらない。
 まあ……この地図で正確にある地点に真っ直ぐ向かおうとしても誤差が出るのは仕方あるまい。
「左右どちらかにズレてしまったんだと思います。サミュエルさん、どっち側かに橋が見えたりって……します?」
 駄目元で言ってみると、サミュエルさんは右手で筒を作りそれを覗き込むようなポーズで左右を交互に見回した。
 素直に聞き入れる姿を見せることを嫌ってか、一度面倒臭そうにするのはお約束。
「あっちに見えるわね。途中で通った林と同じぐらいの距離かしら」
 本当に見えるとは……自分で頼んでおいてなんだけど、あの林も一キロ二キロはあったよね。二千メートル先の橋が見えるってどんな視力?
「取り敢えず……行きましょうか」
 ドン引きしながらもそう言うしかない僕だった。
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