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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第二十章】 信頼と矜持

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 ~another point of view~



「ひとまずは、無事の様だトラぞ」
 負傷した一人の少年が眠りに落ちた元監獄である地下迷宮の最深部。
 同じ空間で虎を模したマスクで顔を覆った筋骨隆々の男は隣に立つ女勇者に向けて呟いた。
 二人の前には全身を黒一色の甲冑で固めた騎士の風体をした男が剣を片手に挑発的な意味を匂わせる余裕の佇まいを見せている。
「私が二人の盾にならなければならなかった……私のせいで仲間が傷付いた」
 それは返答であったのか独白なのか、世に聖剣と名高い銀髪の勇者セミリア・クルイードは苦虫を噛み潰した様な表情で自己を戒める言葉を漏らすばかりだ。
 切り替えなければと思ってはいても、憤りや軽蔑の度合いが強まるあまり敵の力量を見誤ったという後悔が脳裏から消えることはなかった。
「それは背負い込み過ぎだトラ。一人でこれだけの人数全てを守りながら戦おうなどパーティーとしての在り方ではない。連中の力はオイラも把握しているトラが、元より武器を持ったところで足りない戦闘力を補えるだけの経験も無いだろうトラ。率いているパーティーがあれでは、いずれ戦闘において被害が出ることは分かっていたのではないか?」
「私はただ強いだけの人間を集めた覚えはない。例え戦闘に慣れていなくとも彼等は私を助けてくれた。力が足りていなくとも私のために立ち上がってくれた、私の大切な……仲間だ」
「その絆は理解しているトラ。ここに来るまでも、お前さんの名前を何度も口にしていたトラからな」
「そうか……ならば私はその絆を守るために剣を振るおう。この国も、仲間も、私は守ってみせる。それが私の使命だ」
「ふむ……して、この場をどう乗り切る? 何か算段があれば乗ってやらんこともないトラぞ」
「算段など必要ない」
 セミリアの表情は凛としたものに変わっていく。
 その明確な敵意を持った鋭い眼は目の前の剣士をしっかりと捕らえていた。
 対して漆黒の剣士は担ぐ様に持った剣を自らの肩で弾ませているだけで攻撃を仕掛けてくることはおろか、動く気配すらない。
「虎殿、頼みがある」
「聞こう」
「あの男は私が倒す。虎殿には彼等の護衛をして欲しいのだ」
「これ以上仲間が傷付かないために、か。だが一人で挑むというのは簡単なことではないように思うトラが?」
「案ずることはない。私は魔王以外に負けたことはない」
「ふむ。ではいったんは言う通りにしよう」
「なぜ一旦、なのだ」
「お前さんが危機に陥るまでは、ということだトラ。そうなればオイラが自重したところで他の面々が大人しくしていまい」
「それは……」
「信頼に応えるトラだろう? そうさせたくなければ、力で示すことだ……トラ」
 そう言い残し、虎のマスクの男は返事を待たずして素早く後退すると後ろに控える仲間の傍へと移動した。
 そして、その言葉に勇者であるセミリアの心は使命感に満ちてゆく。
 同時に、振り返らずとも後方待機という自らの指示を伝え聞いた仲間達が反発している声が耳に届いた。
「セミリア一人に危ないことさせられないじゃない!」
「勇者の仲間が怖じけついてられっか!」
 そんな声が自然と、闘いに身を置くことが使命であった孤高な少女の口元を綻ばせる。
 私は良い仲間を持った。
 それを自覚することでより精神状態は昂ぶっていった。
「話は終わったかい?」
 セミリアが気を引き締めるべく一つ息を吐いたタイミングで漆黒の魔剣士エスクロがようやく静寂を破った。
 面頬によって隠れているせいでその表情を読み取ることは出来ないが、偽りの姿であった先ほどまでと同じ侮蔑的な笑みを浮かべていることが容易に分かる軽薄な口調だ。
「わざわざ話が終わるのを待っているとは、随分と余裕なのだな」
「なぁに、オレは空気が読める男なんでね。今生の別れになるんだ、邪魔するほど野暮じゃあない」
「精々ほざいていろ。その面妖な仮面の中身、すぐに敗北の味に歪ませてくれる」
 その言葉を最後に、向かい合う両者の会話は途切れる。
 無言で視線をぶつけ合う時間はそう長くはなかったが、やがて何の合図もきっかけもなく二人同時に地面を蹴った。
 月野みのり、西原春乃、高瀬寛太、そして名前を持たぬマスクをかぶった男。さらには眠っている樋口康平の首に掛かっている意志を持つネックレスのジャック。
 それぞれが息を継ぐ余裕もなく見守る中、二人の距離は一瞬にして縮まってゆく。
 目にも留まらぬ速さで攻防を繰り広げる二人は瞬時に体位を変え、上下左右様々な角度から剣を振るい武器と武器をぶつけ合った。
 真剣を用いた命の奪い合いなど目にした経験がない傍観者達のほとんどにとって、傍目に見ているだけでは繰り出された斬撃の数すら把握出来ない程のスピードだ。
 攻撃と防御を絶えず繰り返し、幾度となく鳴り響く甲高い金属音が十を数えたのち、僅かに距離を取ったかと思うと二人同時に鋭い突きを繰り出した。
 その攻撃は相手の身体に届くことなく切っ先と切っ先がぶつかり、そこでようやく両者が共に静止する。
「すごい……あんな化け物相手に互角に戦ってる……」
 無意識にそんな感想を漏らしたのは、離れた位置を見守っていた春乃だった。
 その他の勇者一行達もまた、声に出さずとも同じ感想を抱いていたせいかただただ呆気に取られた顔を浮かべている。
 何かあればすぐに加勢するつもりでいたはずが、いつしか完全に見入っていたことに気付いている者はいない。
 そして、そんな一人の女勇者の実力に驚愕したのは対峙するエスクロまでもが同じであった。
 雰囲気からその感情を察知したセミリアは、刺す様な眼光を維持しながらも不敵な笑みを浮かべる。
「私が貴様と同格である可能性を危惧したか? 案ずるな、それは誤解だ」
「…………」
「策を弄し、人を嵌めることばかり考えている貴様等に私が劣る道理などあるはずがなかろう」
 真っすぐに目の前の男を見つめたまま、セミリアは剣を突き合わせたまま伸ばしている状態で柄を握る手の力を強めた。
 その刹那、エスクロの剣は砕け散る。
 バリン! という音と共に、パラパラと無数の金属片と化した刃が舞い、地面に弾んだ。
 エスクロはその様子を視線で追い、嘆息しながら天を仰ぐと気のない声を上げる。
「あ~あ~……ったく、面倒なことになったなオイ。随分と予定が狂っちまうぞこりゃ」
「ようやく理解したか? 貴様等の下卑た企みも、下らぬ野望も全て打ち砕かれる運命にあるのだと」
「あ? あぁ、何を勝手に愉快な勘違いをしてやがるンだか。まあいい、お前の言う通り運命は変わりゃしねえさ。全てが滅ぶ未来に何ら支障はないンだよ。お前如きがいくら足掻こうとも、な」
「負け惜しみにしか聞こえんな。丸腰になった貴様を仕留めるのは容易い」
 セミリアは改めて剣を構え、その先をエスクロに向ける。
 対するエスクロはほとんど柄だけになった剣を放り捨て、両手を広げるだけだった。
「オイオイ、この場は負けといてやるって言ってンだぜ? 人の好意は素直に受け取っておくべきだと思うがねえ」
「この期に及んで戯れ言を……」
「そう睨むなよ。オレにとっちゃ今お前を殺す事に拘る理由はねえンだ。大局的見地に立って行動するのが今のオレの仕事でね、何事もバランスってのが大切なワケさ」
「………………」
 セミリアは考える。
 何か裏があるのではないかと、言葉巧みにまた誘導し罠に掛けようとしているのではないかと、ひたすらに頭を巡らせた。
 事実、エスクロは微塵も危機感など抱いてはいない。
 この場における勝敗がどう転ぼうとも、捕らえた王がどうなろうとも、エスクロにとっては大した問題ではなかった。
 本来与えられている役割を考えると、ただの余興や暇潰しのレベルでしかないのだ。
「ま、本来お前は城に連れ帰る予定だったンだ。ギアンのじいさんはご立腹だろうが、よく考えてみりゃどのみち同じ事だろう? 放っておいてもお前はまた乗り込んでくるンだ、わざわざヤられにな。今まではシェルム様に任せておいても勝手に負けては挑みを繰り返していたからオレ達も自由にしていたが、それももう終わりだ。次にお前がラグレーン城に来た時が最後の挑戦、、、、、となる。オレ達も総出でお出迎えしてやるから楽しみにしてるンだな」
 最後まで挑発的な物言いを並べ、エスクロは懐から小さな玉を取り出したかと思うとそのまま手を離した。
 落下していくその玉が地面に触れた瞬間、目映い光が一瞬にして広がりエスクロを包む様に広がる。
 その閃光が消えた時、そこにエスクロの姿はなかった。
「ちっ」
 状況を把握したセミリアは悔しげに舌打ちし、剣を鞘に収めた。
 それを見た仲間達はすぐにセミリアのそばへ駆け寄り声を掛ける。
「ちょっとちょっと、あの変な奴なんで急に消えちゃったわけ?」
「帰還光珠というマジックアイテムを使ったのだ。本拠地となる場所へその身を転移させる道具だ」
「つまりは逃げやがったってことか? 俺様に恐れをなして」
「恐れをなしたかどうかは定かではないが、根城に帰ったのだろう。こうもあっさり退くとは思いもよらない」
「だが、口振りはすぐに再戦するつもりのようだったトラな」
「ああ、ラグレーン城で待ち構えていると言っていた。シェルムの配下とやらも揃っているとみるべきだろう。私は出会したことはないが、奴の言葉からしてエスクロと城に居た偽物の魔導師は確実に含まれている……どう転んでも避けては通れぬ闘いになるだろう」
「ねえ、そのラグレーン城? ってなんなの?」
「シェルムの……お主等に分かりやすく言うならばこの国に巣食う魔王がいる城だ。元々はこの国にあった今は使われていない古い城だが、それを魔族どもが占拠しているのだ。つまりは魔族の一団にとってこの国を侵攻する上で本拠地となる城であり、私が過去に何度も魔王と対峙した場所でもある」
「なるほどな。要するにその城で腐れ魔王達と最終決戦というわけか」
「そういうことになる。向こうも次以降などあるとは思っていない様だ。無論、それはこちらも同じだがな」
「くぅ~、テンション上がるぜー。俺はさっきの勇者たんを見て気付いたんだ。やっぱネトゲやアニメの世界に限らず強い奴こそが英雄なんだってな。それこそがリア充への道なんだよ」
 そんな寛太の言葉の意味はほとんど理解出来ていないながらも、例によっておかしな事を言っているのであろうことだけは察したセミリアは曖昧に苦笑を返すだけだ。
「ま、まあ士気が上がるのはよい事だが、今はそれよりも国王のことだ。コウヘイはミノリが見てくれているし、私達は国王を捜すとしよう」
「了解っ」
「まかせろぜっ」

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