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一刻を争う決断
秘密−ニューリアンの遺産−
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扉を開けた部屋には何人かの人がいる。その全員がこっちを向くなり椅子から立ち上がった。テレシア女王がいきなりやって来たもんだから、ひっくり返るくらい驚くだろうと思ったが。そうじゃなく。
「お待ちしておりました。テレシア様」
ひとりの男がやってきた。すぐに準備が出来ていると周りに指示を出し、慌ただしく動き出した。そんな中でひとりの女が近付いて来る。手には櫛を持っていた。
「失礼致します……」
女王の前髪を綺麗にとかして通常の向きに整えた。
「いつもありがとう」
「いいえ。とんでもございません」
こうして、全く面白くなくなった女王だ。俺に向くとようやくここの説明をしてくれる。
「ただの出版社に見せているけど、ここでは貴重本の管理を任せてあるの。今後のためにあなたにも見せておくわね。特別隊の資料として必要なものがあれば持って行っても良いわ」
「はい……」
とかしきれなかった前髪の一部分がぴょこんと上に跳ね上がった。
「どうしたの? 何か変な顔ですわよ?」
「え、いや……。なんで俺にわざわざ見せたいのかなって」
女王は前髪に気付いていなく、得意そうな笑顔になった。
「特別隊を引っ張ってくれるのがあなただからよ」
「俺はそんなつもり微塵もないんですけど」
「関係ないわ。わたくしが決めたんだもの」
案内役がやってきて準備ができたという。俺も女王もその案内役に続いた。
変な心地だが。何かが動こうとしているのはひしひしと伝わる。女王はリーデッヒと何を話したのか。分からないが、たぶん俺の名前も出たんだろうと想像できた。
そろそろ女王が、俺に殺される準備でも整ったか。
もしくは、女王とリーデッヒの婚姻を成立させてしまう気なのか。
……どこかで聞かなきゃならない。
「クロノス」
「はい?」
半階段を降りた先。何重にも厳重に鍵がかかった扉の前で女王は言う。
「ニューリアンは貧しい国で、軍事力も足りないけど。ずっと備えて来たのよ」
案内役によって鍵が外れた。大きな鎖をずるずる引っ張りながら解き、ドアノブは歪な形をしていて握り方にコツがいると俺に指南までする。
そうして開けられた。古い紙の匂いが一気に感じられた。
圧巻される光景でもなく。棚にしっかりと納めた本ばかりが目につく。武器庫と違って整理先頭してあるからスッキリと見えた。
「意外と数が少ないですね」
「ええ。でもこれは全部歴代の王が残した作戦案よ」
「えっ」
セルジオでも図書室の一角の本棚にある。地形を利用した作戦や、川の氾濫を有効活用する作戦まで。実際に戦ったものがほとんどで負傷人数や反省録なども書いてまとめられている書物だ。
それが……小さい部屋とはいえ、ここ全部の棚に収まっているというのは異常すぎる。ましてやニューリアンはずっと昔から早くに戦争を放棄してきたはずなのに。
「もちろん戦争するには至っていないわ。だけど、海勢戦争からエルシーズ大戦争、そして神話戦争まで遡って策だけは練ってある。国民を守るためにずっと『変わらないこと』を維持して来た国だけど。歴代の王はよっぽど戦争が好きだったようね」
うふふ、と笑っている。「読んでみると結構面白いわよ」とも言っている。
試しにひとつ本を手に取って開けてみた。王の名前と年数が書いてある。225年前よりは新しいが、この王のことはよく知らない。
作戦には、アスタリカの文字が目についた。
『大国レイドル帝より派遣されしアスタリカ氏の威力が凄まじい。槍兵による武器の長さは最長であり、ベンブルク王国との戦いには不利になるかと思ったが。武器に振り回される兵士もまた囮であり、銃弾切れのベンブルク兵士が剣で襲いかかるが最後。命以外のものを全て取り上げて放置。全裸で帰還せざるおえないベンブルク兵士の精神はズタズタだ。王にも血がのぼる。一方、アスタリカ軍勢には武器と情報が手に入り、これにて更なる強化を生せるだろう』
本は途中で閉じた。
「……実話ですか?」
すると女王が苦笑した。
「少し趣向に寄せてあるかもしれないわね。気に入らなかったかしら?」
試しにもうひとつ手に取ってみる。こっちは実在しないニューリアンとセルジオの戦争のことについて書かれている内容だ。
『セルジオは川の氾濫を過度に嫌がる傾向にあるから、夜中のうちにひっそりと堤防を壊しておくといい』って書いてある。その次のページからは堤防の破壊案が百を超えている。なんて馬鹿げたことを書いてるんだ。暇人かよ……。
「気に入ったようですわね」
「そうですね。下手な夢物語よりも面白いかもしれないです」
俺は無意識にも笑っていたようだ。しかしこんな柔軟な考え方こそ、戦争には有利を導く可能性が高い。
「武器と情報。これらがニューリアンの用意したものです。どうぞ役に立てて下さい」
出版社を出る前に、女王は再び変装を施す。髪の毛を全て入れ込んで緑色のスカーフで顔をまるごと包んだ。
俺が布を縛るのを手伝っていると、女王が言った。
「もうひとつ行きたいところがあるの。付き添ってくださいね」
「まだ遺産巡りですか」
「いいえ。次は……わたくしが死ねなかった理由を明かしますわ」
扉で見送った人には明るく手を振ったが。夕空になりつつある空の下ではただ静かに歩くだけの女王になった。
(((毎週[月火]の2話更新
(((次話は来週月曜日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「お待ちしておりました。テレシア様」
ひとりの男がやってきた。すぐに準備が出来ていると周りに指示を出し、慌ただしく動き出した。そんな中でひとりの女が近付いて来る。手には櫛を持っていた。
「失礼致します……」
女王の前髪を綺麗にとかして通常の向きに整えた。
「いつもありがとう」
「いいえ。とんでもございません」
こうして、全く面白くなくなった女王だ。俺に向くとようやくここの説明をしてくれる。
「ただの出版社に見せているけど、ここでは貴重本の管理を任せてあるの。今後のためにあなたにも見せておくわね。特別隊の資料として必要なものがあれば持って行っても良いわ」
「はい……」
とかしきれなかった前髪の一部分がぴょこんと上に跳ね上がった。
「どうしたの? 何か変な顔ですわよ?」
「え、いや……。なんで俺にわざわざ見せたいのかなって」
女王は前髪に気付いていなく、得意そうな笑顔になった。
「特別隊を引っ張ってくれるのがあなただからよ」
「俺はそんなつもり微塵もないんですけど」
「関係ないわ。わたくしが決めたんだもの」
案内役がやってきて準備ができたという。俺も女王もその案内役に続いた。
変な心地だが。何かが動こうとしているのはひしひしと伝わる。女王はリーデッヒと何を話したのか。分からないが、たぶん俺の名前も出たんだろうと想像できた。
そろそろ女王が、俺に殺される準備でも整ったか。
もしくは、女王とリーデッヒの婚姻を成立させてしまう気なのか。
……どこかで聞かなきゃならない。
「クロノス」
「はい?」
半階段を降りた先。何重にも厳重に鍵がかかった扉の前で女王は言う。
「ニューリアンは貧しい国で、軍事力も足りないけど。ずっと備えて来たのよ」
案内役によって鍵が外れた。大きな鎖をずるずる引っ張りながら解き、ドアノブは歪な形をしていて握り方にコツがいると俺に指南までする。
そうして開けられた。古い紙の匂いが一気に感じられた。
圧巻される光景でもなく。棚にしっかりと納めた本ばかりが目につく。武器庫と違って整理先頭してあるからスッキリと見えた。
「意外と数が少ないですね」
「ええ。でもこれは全部歴代の王が残した作戦案よ」
「えっ」
セルジオでも図書室の一角の本棚にある。地形を利用した作戦や、川の氾濫を有効活用する作戦まで。実際に戦ったものがほとんどで負傷人数や反省録なども書いてまとめられている書物だ。
それが……小さい部屋とはいえ、ここ全部の棚に収まっているというのは異常すぎる。ましてやニューリアンはずっと昔から早くに戦争を放棄してきたはずなのに。
「もちろん戦争するには至っていないわ。だけど、海勢戦争からエルシーズ大戦争、そして神話戦争まで遡って策だけは練ってある。国民を守るためにずっと『変わらないこと』を維持して来た国だけど。歴代の王はよっぽど戦争が好きだったようね」
うふふ、と笑っている。「読んでみると結構面白いわよ」とも言っている。
試しにひとつ本を手に取って開けてみた。王の名前と年数が書いてある。225年前よりは新しいが、この王のことはよく知らない。
作戦には、アスタリカの文字が目についた。
『大国レイドル帝より派遣されしアスタリカ氏の威力が凄まじい。槍兵による武器の長さは最長であり、ベンブルク王国との戦いには不利になるかと思ったが。武器に振り回される兵士もまた囮であり、銃弾切れのベンブルク兵士が剣で襲いかかるが最後。命以外のものを全て取り上げて放置。全裸で帰還せざるおえないベンブルク兵士の精神はズタズタだ。王にも血がのぼる。一方、アスタリカ軍勢には武器と情報が手に入り、これにて更なる強化を生せるだろう』
本は途中で閉じた。
「……実話ですか?」
すると女王が苦笑した。
「少し趣向に寄せてあるかもしれないわね。気に入らなかったかしら?」
試しにもうひとつ手に取ってみる。こっちは実在しないニューリアンとセルジオの戦争のことについて書かれている内容だ。
『セルジオは川の氾濫を過度に嫌がる傾向にあるから、夜中のうちにひっそりと堤防を壊しておくといい』って書いてある。その次のページからは堤防の破壊案が百を超えている。なんて馬鹿げたことを書いてるんだ。暇人かよ……。
「気に入ったようですわね」
「そうですね。下手な夢物語よりも面白いかもしれないです」
俺は無意識にも笑っていたようだ。しかしこんな柔軟な考え方こそ、戦争には有利を導く可能性が高い。
「武器と情報。これらがニューリアンの用意したものです。どうぞ役に立てて下さい」
出版社を出る前に、女王は再び変装を施す。髪の毛を全て入れ込んで緑色のスカーフで顔をまるごと包んだ。
俺が布を縛るのを手伝っていると、女王が言った。
「もうひとつ行きたいところがあるの。付き添ってくださいね」
「まだ遺産巡りですか」
「いいえ。次は……わたくしが死ねなかった理由を明かしますわ」
扉で見送った人には明るく手を振ったが。夕空になりつつある空の下ではただ静かに歩くだけの女王になった。
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