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一刻を争う決断

恋の悩み1

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 ガチャンと外から扉が閉まる。
 中は陰湿ではなく、光がよく届く部屋だった。花瓶の花は新しいもので、テーブルの軽食は手をつけられていないまま置いてある。それを運んできただろう身の周りの世話役などは不在のようだ。
 そして部屋の主はベッドの方にいた。シーツがモゾモゾと動くうちに、俺は外に出られないかと扉のノブをガチャガチャ回している。
「……くそっ」
 ガレロめ。外からドアノブを握っているな。力を込めてちょっとでも回せると、不自然な力で反対回りするな。
 そうこうしているうちにテレシア女王はベッドより上半身を起こしたようだった。
「話というのは何でしょうか?」
 薄色の瞳でしっかりと捉えられてしまった。俺は少々舌打ちをし、確かに話したいことがあるから話す。
「はぁ……。人を物みたいに運ぶし、因縁も無いのに殴ろうとするし。アンタの部下は行儀が悪い!」
 扉の向こうにいるガレロにも聞かせてやる。どうせ後の二人も聞き耳でも立てているだろ。女兵士ジャスミンのことについても言ってやりたい気持ちだが。残念ながらこれといって危害を受けていなかった。それも何だか腹が立ってくるな。
「まあ。うちの者が失礼を。しかし仲良くされているのですね」
「どこが」
 俺のイライラを女王はふふふと細かく笑っていた。笑えるくらいの気力があるなら心配ないだろ。用は済んだからとドアノブを回すが、やっぱり開かない。
 しかしそうしているうちに女王のため息が届いて来た。
「……はぁ」
 こっちだってため息だ。女の悩みを聞いて何になるんだ。
 少し移動し、寝床の傍に不審な男が佇むことになっても、女王が身じろぐことはなかった。ただじっと、観察するみたいに俺の行動を見守っただけだ。
 それは女王が俺に特別な期待も下心も持ってないってことを意味するだろう。国の女王なんだから、ある種の警戒くらいはした方が良いとは思うけど……。
「どうしたましたか?」
 女王は小首を傾げた。
「……いや」
 過度に薄着な女王を見下ろしたまま話に入ろうか。その前に身なりを直してもらうべきか。とりあえず咳払いを女王に聞かせたが、しかしそれはただ喉の調子を整えたぐらいでしか伝わらなかった。
 まあ、いいか。早々に諦めた。広いベッドの空いたところに勝手に座る。そしたら露出も気にならなくなるし。
 許可なくベッドに座っても女王は特に怒ってこない。
「お付きの三人が女王の様子を気にかけてるみたいです。俺は悩みを聞いて差し上げろと放り込まれた人質。メアネル家の条例によって個人的な問題に足を踏み入れられないらしいじゃないですか。それで全員ヤキモキしてるんですよ」
 言ってからしばらく返事がなかった。
「起きてます?」
 ちらっと見ると胸元をはだけさせた女王が難しい顔をしてた。
「そう……。そうですわね。本当に苦労をさせてしまっているわ」
 ため息をし、自分の組んだ手を見つめている。俺は無防備な女王をあまり見ていたくないから前を向く。
「とっとと悩みを打ち明けて下さい。俺はクロノス役なんで聞いても死罪にならないんでしょ?」
「なるほど。ガレロの機転はさすがね」
「本気で言ってます? それともとぼけてます?」
「もちろん、とぼけてるのよ。……はぁ」
 冗談にも力がないな。

 スッ、スッ、と何か擦れる音がする。ちらっと見ると、女王が長い黄金色の髪を手櫛で整えているみたいだ。結び紐がどこかにあるはずと探していて、それが俺の近くにあったから手渡した。
「クロスフィル。リーデッヒは無事でしたか?」
 結び紐と引き換えに言われる。どんな情報網があるのか知らないが、女王は俺とリーデッヒが会っていたことを知っていた。
「はい。何も怪我を負っていませんでした」
「何も?」
「大怪我に見せる工作があったらしいです」
 女王の手櫛は止まらなかった。
「そうでしたか。そのはずだと信じていました」
 声色も明るくなっている。
「リーデッヒの怪我に傷心してたんじゃないんですね」
「訃報が届くのはすぐだもの。それが来ないということは回復を信じるのみですわ。あら、肩紐が……」
 無事に身なりを直せたようで。これで女王の方を見ても、もうなんともない。ひとつに結べた髪先をいつまでも丹念に撫でている。小動物の背中を撫でてるみたいにゆっくりゆっくりとだ。
 そうしながら頭の中を整理しているんだろう。最初は小動物を愛でるみたいに撫でていると感じたが、だんだんとそれが慰めているようにも見えてきた。
 笑ったり明るくなったり出来る女王の表情が、また次第に暗くなっていくからそんな風に見えるんだろうか。
「……自分でも分からなのよ。どうしてあの時、わたくしがあんなに悲しくなったのか」
「あの時っていうのはレーベ海の岬での時ですよね」
「ええ。リーデッヒが倒れた後です」
 泣き崩れて叫ぶメアネル・テレシアを、誰もが目に焼き付けた瞬間だろう。
「俺も驚きました。リーデッヒもそう言ってましたよ」
「……そうですか」
 嬉しい反応にはならないか。
「でも愛人が死にそうなんですから普通じゃないですか? むしろあれだけ血を出してて飄々としてる方が怖いです」
 すると女王は髪を撫でる手を止めた。
「夫は毒で死んだのですよ。それはそれは酷い死に方で……わたくしの目の前で。その時もわたくし、涙は出なかったのです」



(((毎週[月火]の2話更新
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