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一刻を争う決断

恋の悩み2

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 淡色の瞳が伏せられたまま。女王は語った。
「カイロニア王国が、アスタリカ勢力の宣戦布告を受け入れた年。わたくしの夫はカイロニア王国の陥没を予想しました。しかし当時はまだアスタリカ勢力の規模が測りきれなかった頃。夫の予防線を張る政治にとうとう貴族たちが痺れを切らせ、館に忍び込んで毒殺を。幻覚や幻聴に怯えながら死んでいく夫が、最後に呼んだのがわたくしの名前でしたわ。あれほど酷い死を見ていたにも関わらず、わたくしは夫を想うどころか、夫が死んだ後のことばかりを考えていたような……」
 女王が顔をあげる。凛々しく強い女性だとは言い切れない。どこか柔らかい印象を与えそうな顔が俺を見た。
「そんな冷たい人間がどうしてリーデッヒの瀕死に涙を流せたのでしょうか?」
 俺への質問にて語りは終わった。
「……えーっと。何から言ったら良いのか」
「何か分かるのですか?」
「逆になんで分からないんですか」
 すると女王は前のめりになってくる。
「教えてちょうだい!」
 女王の肩紐がペロンとまた落ちた。俺がサッと視線を逸らすのも、今の話題からはぐらかされたものだと勘違いし、女王が体を曲げながら視界の中へ追いかけてくる。
「あなたが悩みを打ち明けなさいと言ったのでしょう? しっかりわたくしに寄り添いなさいな!」
 その度、胸元の境界線が際どくなることもある。
「分かりましたから。肩紐が落ちてます」
「えっ? ああ。また」
 何でもないみたいに肩紐を上げた。「で、何なの?」と、話を進めようとするところを見てると、いよいよ耐えるのも嫌になった。
「テレシア女王。男を寝室に入れてその無防備な格好は何のつもりなんです? 俺のことを誘ってるんですか?」
「……へ?」
「へ? じゃないです」
 クローゼットの場所を聞き、俺からそこへスタスタ歩いていく。手頃なカーディガンを取ったら直接手渡すのも不服になって、女王の腰あたりのシーツの上に投げて渡した。
「貞操を守るって意味。分かります?」
 カーディガンに袖を通していた女王が手を止め、瞬間で顔を赤くさせる。
「そ、それをどうしてわたくしに今言うのですか」
「乱れてるから言ってるんです。試しに俺が襲いましょうか。簡単ですよ?」
「ばっ、ばば馬鹿なことを言わないで! 重罪ですわよ!!」
 慌てた女王は急いでカーディガンを身に付け、ボタンもしっかり全部閉じていた。そしてシーツも首の辺りまで引き寄せて身を守った。
 ふん、と俺は鼻で息をつく。その辺の椅子を持ってきてベッドの近くで座った。それでも女王はシーツをギュッと握りしめて俺に警戒している。そうそう。これくらいが正しい距離だ。
 それで……何から話したらいいのか。本当に考えながら女王の部屋をぐるりと眺めている。骨董品や絵画の少ない質素な部屋だが、ひとつだけ死別した夫と撮った写真が壁に掛かってるのを見つけた。
「……政略結婚ってどんな気持ちでするんですか?」
 軽く聞いてみたが、女王の方は相当疑っている。
「わたくしは既婚者ですわよ……」
「違いますって。結婚するまでにどれくらい恋愛をするのかなって思っただけです」
 話の趣旨が分かると答えてくれた。
「他の方はわからないけど。わたくしの場合は三、四度は食事をしましたわ」
「少ないですね」
「いいえ。多い方だと思うわ。誓約を兼ねた挨拶と、その次家に到着する二回だけしか顔を合わせないというところもあるようですから」
「……へえ」
 政略結婚を結んだメアネル・テレシア嬢。政略的な結婚なんて何世代も前の話だ。こんな古風な生活は空想物語でしか知らない。だから俺はとある物語みたいなことを言った。
「女王は恋をしていることに気付いてないんじゃないですか?」
 それを聞いた女王はぼんやりとした眼差しで俺のことを眺め、二回くらいまばたきをしたか。でも次の瞬きでは眉間の皺も寄った。
「何その反応」
「恋はもちろんしてますわ?」
「どの辺が?」
 女王は指折りしながら何かを考えてる。しかし「嫌よ。恥ずかしい」と、途中でやめてしまった。
 別にそれはいい。こっちだって勢いで聞いてしまっただけで内容までは知りたくなかったから。
「単純な話、王が死ぬのと愛人が死ぬのではだいぶ違うでしょう。女王と王は二人で国を守っていたわけで、王が死んだということは女王が欠けたところの穴埋めをしなくちゃならない。泣いてる場合じゃないと動けるなんて優秀です」
 褒めるつもりじゃなかったが。ついうっかり口から出てしまった。
「……それで?」
 しかし女王は褒められたことよりも、対比になる愛人が死んだ場合を知りたがる。
「愛人が死んだ時は何もありません。会えなくなることに悲しんだり、寂しさで泣くことはあるでしょうけど、大抵それっきりです」
 後半はあっさり完結したことで、女王が「それだけ?」と聞いたくらいだ。
「あまり信じられそうにない話ですわね」
「そうですか。まっ、俺には配偶者も愛人も居ませんから」
 よいしょと椅子から立ち、俺はもうこの部屋を出ていく。女王の悩みも分かったし。これ以上色恋の話に付き合っていたくもない。


 ドアノブが言うことを聞いて外に出られた。扉を閉めたらその影からガレロが出てきて俺は普通に驚いた。
「な、なんだよ」
「テレシア様の様子はどうだ」
 扉の外から聞き耳を立てていたが、ベッドの側で話した内容までは聞き取れなかったんだと。だから俺が出てくるまでずっと立ち尽くしてたのか。この変態め。
「別に何でもないっていうか。リーデッヒとの関係に悩んでるだけだ。次は俺じゃなくって手頃な女兵士を放り込め」
「しかしそれだと重罪だ」
「はいはい。じゃあ、今度女王に会ったらお前から言っとけ。心配させる男なんかやめとけってな。そしたらお前も重罪で死刑かもな」
 はっはっは、と作り笑いを聞かせながら俺はガレロを置いていく。主人想いは良いことだが、自分らで解決しとけってやつだ。
 廊下を数歩行ったところでコンコンとガレロが女王の部屋をノックしていた。思った通り律儀な男だ。さっそく重罪か。ちょっと見てやろうと思って振り返ったんだ。
「テレシア様。お言葉だけで失礼致します。クロノスからの伝言です『心配させる男なんかやめとけ』と」
 おいおいおいおい。
 駆け足で戻った時にはガレロは扉を閉めていた。
「何を勝手に伝えてんだよ!?」
「テレシア様が『分かりました』と」
「返事を聞いてるんじゃねえ!!」
 飛び掛かってもガレロは巨人だ。腕を掴んでも振り解かれるし、足を持っても俺を引きずったまま廊下を歩いて行ける。



(((毎週[月火]の2話更新
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