君と会う日はいつもの雨。雨の日に巻き起こる不思議な出会い。時を越えてあなたに会いに行きます。『晴れの日、あなたに会いたい……。』

上条 樹

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ナイファンチ

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 昌子は、空手道場 樹心館の入り口をくぐり階段を昇る。

 古いマンションの二階に、その道場は開設されている。

「えい!やー!」子供達の声が聞こえる。昌子は女子更衣室に入ると着ていた制服を脱ぎ、空手道着に袖を通し腰に黒帯を絞めた。

「こんばんわ!」二階の道場の入口で丁寧にお辞儀をする。

「こんばんわ!昌子ちゃん先生だぁ!」子供達が昌子の元に駆け寄ってくる。

「こら!昌子先生と呼べ!」道場師範の竜野が、子ども達をたしなめる。彼は、昌子の空手の先生であった。歳は四十代半ばといったところだ。

 元々、空手の経験があった昌子は異例の速さで、黒帯弐段に昇段し、今では少年部の指導補助をしている。

「はい、自然立ちに構えて!」昌子の声が道場内に響き渡る。

「やー!」子どもたちが、昌子の号令に合わせて、基本動作を反復する。一連の動作を終えて小休止。

「ねぇ、ねぇ、昌子ちゃん先生!型を見せて!」子供達が、おねだりする。昌子は、竜野のほうを見る。

「こら、型は見せ物じゃないんだぞ……、でも、私も久しぶりに昌子君の型を見てみたいかな」竜野は腕組みをしながら、微笑んだ。

「わかりました」そういうと、昌子は道場の中央に立ち呼吸を整えた。

「ナイファンチ!」
 昌子は、両手の平を重ねながら、足を交差。顔を右に向け鋭い視線で仮想敵を睨む。そのまま右に一歩移動し右手を開いて肘内。

「ヤー!」最後は大きな気合いでナイファンチの型を終わらせた。

「……おー!」彼女の型に、言葉を失ったのか、少しの間をおいてから拍手が起こった。保護者も、彼女の型に魅了されていたようだ。

「素晴らしい!その歳で、ナイファンチをそれだけ出来たら十分だ!」竜野も拍手をしながら彼女の型を誉め称えた。

「ありがとうございます」昌子は深々と、お辞儀をする。

「しかし、昌子君のナイファンチを見ていたら、昔の友人を思い出したよ」竜野は唐突に思い出話をはじめた。

「えっ、他にもナイファンチをされる方がおられたんですか?」樹心館の所属する流派は、独自の型がありナイファンチは、普通は練習しない。ただ、昌子は特別に許可をもらってこの型の練習を続けていた。

「ちょっと変わった名前なんだけど、私の学生時代の後輩で、近藤睦樹というんだが、事故で亡くなってね。いい男だったんだけど……。樹心館の指導員としてこの道場の立ち上げ時も手伝ってもらったものだ」竜野は懐かしそうに睦樹の事を話した。

「この道場に……、近藤先輩が……」昌子にとって、その話は初耳だった。

「先輩?まあそうだな、亡くなったのは、昌子君が生まれた頃だと思うが……」昌子が知る筈の無い睦樹の事を先輩と呼んだことに違和感を覚えたが、そこには触れない事にした。

「ここに、先輩が……、ここでナイファンチを……!」昌子は、膝から畳の上に落ちて、突然泣き出した。竜野を含め、少年道場生、保護者は何が起きたのか解らず、泣き続ける昌子の姿を見つめているだけであった。
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