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10-03 噂
しおりを挟む昼時。ヘニルを連れて城下の街を歩けば、当然のことながらとっても目立つ。彼の高い背とその特徴的な乳白色の髪色は、一目で人々に原初喰らいの英雄の到来を知らせるのだ。
王国に現れた流浪の神族。そんな人物が颯爽と王国の危機を救ったという話は、民衆にとって空想上にしかない英雄譚のようにも思えたのだろう。それもあってか、街でもヘニルの人気はかなり高い。
「ヘニル様ー!」
街ゆく人に名前を呼ばれては、彼は笑顔で手を振り返してやる。そんな姿を見てセーリスは笑みを零した。
「何笑ってるんですか姫様」
「だって、なんだかんだ言ってちゃんと英雄様っぽく振る舞ってるんだもの。おもしろい」
「俺はまだ納得してませんよ?」
笑みを消し、ヘニルは不服そうに眉根を寄せる。
そう、セーリスの予想通りヘニルは今の自分の英雄扱いについてはあんまり快く思っていない。好きに城下をふらつくこともできず、酒場に行こうものならひっきりなしに男女問わず声をかけられ、唐突に宴会が始まってしまうというのだ。息苦しくて仕方がないと。
ヘニルの話が民衆に一層広く知られ、こうして人気を博するようになったのは王都で公演している演劇によるものだ。原初喰らいという偉業を達成した彼の物語は、それはそれは良い題材だろう。
「そもそも、セーリス様が俺を勧誘してなかったら今頃王国無かったかもしれないんですよぉ? なのにまるで俺が聖人君子みたいな憐みで、窮地にあった王国を救ったみたいな話になってるらしいし……聞いてますか、ひーめーさーまー」
演劇の内容は王宮の魔術師たちから聞いたものだ。ヘニルをよく知る彼らからすれば「誰コイツ?」という感じだったらしい。それを聞いたヘニルはその演劇の内容にあまり良い印象を持っていない。
「聞いてるわよ、何度もね。別にいいじゃない。そりゃあヘニルの性格は少し間違って伝わっちゃってるけど、そこまで大きな風評があるわけでもなし。それに、デルメル様が認めた内容なんだから」
「そこですよ! そこが特にムカつくんですぅ!」
演劇は主に、王宮からの要求で制作されるものと、劇場側が題材を決め、扱う内容によっては王宮に許可を取って制作されるのと二種類ある。前者は、今までも国王やデルメルによって数多くの王族や勇敢な兵士の演目が作られ、王国では非常に一般的なものとなっている。ヘニルの演目は後者で、劇場主導の珍しい代物のはずだ。
彼としては自分の歪んだ英雄像とセーリスの影も形もないあの演劇を、よりにもよってデルメルが認めたというのが気に食わないとのことだった。
「俺の英雄譚じゃなくて、俺とセーリス様の恋愛をテーマにしてくれりゃいいのに」
「すっごい恥ずかしいからやめて……」
「いいじゃないですか。カムラでも似たようなの見ましたけど、あんな感じで後世まで語り継いでもらいましょうよ」
何やら恋愛劇に関して思い入れのあるようなヘニルの言葉にセーリスは意外性を感じる。恋愛音痴のヘニルは恋愛をテーマにした創作物に興味など無いと思っていた。
そこで突然後ろからそっと抱きしめられ、セーリスは足を止める。覗き込んできた顔は愛しさが滲んでいて、彼女は照れながらも宥めるように彼の頭に手を伸ばす。頭を撫でるその手を取って、彼はゆっくりと顔を近づけてくる。
「セーリス様……」
「え、だめ」
人目を憚らずキスしようとするヘニルを寸前で止める。すぐに不満そうな顔をするヘニルから離れ、セーリスは彼の手を引く。
「ほら、行くわよ。次で最後の一軒なんだから」
「むー……」
真っ赤になった顔を隠し、セーリスは足早に歩き出す。
付き合って、もとい共に生きると約束を交わしてから三ヶ月。既に以前のような視線への恐怖を克服したセーリスだったが、別の問題が浮上するようになった。
「(刺さる、好奇の視線が……)」
実はヘニルとセーリスの関係は未だにはっきりと公言されていない。その理由は、二人の関係が今でも曖昧なままであることだ。世間離れしたヘニルにとっては最早あの告白で一生を共にする約束をしたも同然なのだから、結婚という彼にとって不安定なものをする必要性が無い。そして勿論、恋人という軽そうな名目もお気に召さないという。
お互いの想いは分かっているのだし、ヘニルがそれでいいならいいかなぁとそうセーリスは思っているのだが、そうなるとこの関係の説明に困る。
「(そういう仲なんじゃないかーって噂があるのは知ってたし、ヘニルも分かってて見せつけるようなことするから……んー、これはちゃんと考えないといけないか)」
昨日はそろそろ子供が欲しい、という話になったが、将来のことを考えるならばやはりちゃんとした形式というものに則った方がいいのではないのだろうか。外聞的にも問題があるし、セーリスは曲がりなりにも王族なのだから、なあなあで済ませてはいけないはずだ。
「(ヘニルは結婚式とか、あんま興味無い、のかな……)」
女の子の憧れ、結婚式。セーリスだって何度か夢に描いたことだってある。だがヘニルにとってはそういう類のものは興味の範疇外なのかもしれない。
「(ちゃんと話すべきなんだけど、どう切り出したものか)」
最後の用件を終わらせたところでセーリスはそう内心で零した。直球で、やはりちゃんとした段取りをつけようと、そう提案すればいいのかと思案している最中だった。
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