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10-04 言えない言葉
しおりを挟む「セーリス様、ヘニル様」
店を出たところで二人は一人の男に声をかけられる。声をかけてきたのはそこそこ身なりの良い商人のようで、彼は隣の宝飾店の店主であると名乗った。
「仲睦まじいお二人を見ていたら居てもたってもいられず……。どうでしょう、どうか少しだけでもご覧になって行きませんか?」
「(何て良いタイミング)」
なんとなく結婚やらなにやらの話に持っていけそうな流れだ。どうやら彼の誘いにヘニルも興味を持ったのか、急かすようにセーリスの肩に手を置く。
「姫様、そういうの全然持ってないでしょー? 俺が贈ってあげますよ、さぁ、行きましょう!」
上機嫌にヘニルはそう言い放ちセーリスの手を引く。そのあまりの転身の早さに、彼女はなんとなくこういう店が彼の目的の場所だったことを理解する。
店主の案内に任せるまま、様々な美しい宝飾品を視界に収める。
思えばヘニルの指摘通り、人の視線を克服した今となってもセーリスは自分を着飾ることに関してひどく無頓着なままだった。化粧も本当に最低限で済ませてしまっている。
昨日は思いつきで自分を抱いていて飽きないかと聞いたが、いつまでも彼の好意に甘えていてはいけないと、そうセーリスは自分を叱責する。ヘニルほどの美男の隣に立つのだ、もっとしっかり自分の身嗜みには気を遣うべきだ。
「気に入ったものがあれば買って差し上げますよ。あ、可愛いおねだりもあれば完璧です」
「相変わらず調子が良いんだから」
買ってもらうのはともかく、真面目に着飾ることを考えようと決心したセーリスは品物の列に視線を這わせる。そうこうしていると、店主はヘニルに問いかけてくる。
「式用のものはお済みですか? まだでしたら一緒に如何でしょう」
「式用?」
降って湧いた話題にセーリスはばっと振り返る、が先に調子良く店主が話し始めてしまう。
「これは失礼しました。城下ではお二方がご婚約を控えていると噂になっておりますから、てっきり」
「ん? あー……」
ばちりとヘニルと視線が合う。咄嗟にセーリスは再び棚へと方向転換し、何もなかった風を装う。それに何か反応を示すでもなく、ヘニルの方は普通に会話を続ける。
「式用ってのはどんなのが普通なんだ? 俺あんまそういうの詳しくないんだよ」
「そうですよね、ヘニル様は王国の外からおいでになった方でした」
そう言って店主は説明を始める。
王国では夫婦揃いの宝飾品を身につけるのが一般的だ。宝飾品の種類は別に指輪でも首飾りでも何でも良いとされている。
「最近では、プロポーズの際に固有のものを一品、式用に揃いのものを一品頼まれる方が多いですな。プロポーズ用には、サイズ測定が必要ない首飾りや耳飾りの方が好まれたりします」
「へー」
間延びした相槌にセーリスは項垂れる。結構熱心に説明している店主に対して、ヘニルの反応はあまり良くは聞こえない。顔はセーリスからは見えないが。
何となくその会話に首を突っ込めず悶々としていると、唐突にぽんと肩を叩かれセーリスは驚く。
「すいません姫様、俺ちょっと別に行きたいところ思い出したんでそっち優先してもいいですか? また今度ゆっくり見に来ましょう」
「え、いいけど……?」
「すまねぇなおっさん、また来るぜ」
唐突のことに少々失礼ではないかと店主の方を見れば、不思議なほどにニコニコと笑っている。それを妙に思いながらも彼女はヘニルに連れられるまま店を後にする。
行きたいところとはどこだろうかと思考を巡らせながらヘニルの後をついていくも、彼の向かう先は右へ行ったり左へ行ったりと定まらない。もしやさっきの行きたい場所というのは何かを隠すためなのか、そう思った矢先に人の集まっている通りに出る。どうやら件の劇場のある場所らしい。
「“流浪の神族ヘニル”、公演始まりまーす! どうぞ見てらっしゃいー!」
「あ!」
その上開演間近、演目はヘニルの英雄譚と、これまたなんというタイミングか。案の定ヘニルは親の仇を見つけたような顔をしてセーリスの手を引く。
「行きましょう姫様! そして内容に文句言ってやります!」
「えぇ……。見るのはいいけど、上演中は絶対に口出さないでよ。上演後も、だけどぉ……」
忠告も耳に入っていないようで、彼は人目が集まるのにも気にすることなく売り子の青年の前に立つ。
「俺の演劇とやら見せてもらおうじゃねぇか」
「ひ、ひぃっ、ヘニル様、なんでここに……!?」
「こら、威嚇しないの。ごめんなさいね」
まさかの本人登場に焦る青年に謝罪を口にし、断られそうになったがしっかりと代金を払って二人は劇場に足を踏み入れた。立見席で済ませようとするも、ヘニルの方はセーリスを立たせるわけにはいかないと頑として引かなかった。そんな話をしていると劇場の者に特別席へと案内され事なきを得た。手を煩わせたことに対して少し申し訳なさを感じたが。
思いもよらない観客の登場に劇場はざわつくも、劇が始まれば静まり返る。セーリスはこうやって劇場で演劇を見るのは初めてだと、そうぼんやりと思った。
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