優しい時間

ときのはるか

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第3章 ゆるやかな流れの中で

天使の真実

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 瞬を抱く手に一瞬だが力が強く加わったかと思うとまたすぐその手は緩められる。

「何が知りたいのですか?」

 だが確かに榊の動揺のようなものを感じた瞬だった。

 しかし直接瞬の耳元で囁くような榊の声はいつもと変わらず抑揚のない単調なトーンのものだった。

 誰の耳にも届かないように、直接瞬の耳にだけ届くような榊の声は、まるでそこに唇が押し付けられているんじゃないかと思われるくらいに近くに感じた。

 そんな近くで囁かれたらドキドキしてまた股間に熱がぶり返すような気がして来て、声が上ずってしまいそうになる。

 だがこれを逃したらもう二度とそれを聞くチャンスは巡って来ないだろう事は分かっていた。

 だからその熱を必死に堪え、今日こそは天使の真実を聞き出したい一心で瞬は榊に問いただす。

「お父様の望む『天使』とはどんなものなのですか?
 もっと具体的に言ってくだされば、僕はもっとお父様が望む天使に成れるように頑張ります。
 でもっ、言ってくれないと!
 このままでいいのか、正直分からなくなるのです!
 このままでいいと言われても!
 僕には自信が無くて…もしかしたら…僕はお父様が望むものじゃないから…お父様は迎えに来てくださらないんじゃないか?って…毎日不安なんです!
 こんなんで、もう教える事がないなんて言われても、僕はどうしたらいいのか…わかんな…い…です…っう…っっひっく…」

 最後の方はやっぱり泣いてしまった。

 ここに来てから感情をずっと抑えて来た瞬だった。

 元から自分の事で感情を荒らげた事などほとんどない。
 生まれてこのかた誰からも望まれた存在ではなかった。その事はは瞬自身が一番分かっている事だった。

 だからこそ誰にあたる事もせず、ひっそりと自分の存在を抑えて生きてきたつもりだったのだ。

 それがこんな自分でも息子にして可愛がってくれると言う人が現れたなら、どんな事でも受け入れるつもりでいたのだった。

 瞬だって堂島が瞬の身体を欲しているなら受け入れる覚悟だってあった。

 他の少年達がそうして後ろの孔を使って主人を受け入れる躾けを受けているのも知っていたし、もしこの先そういった躾けが加わったとしても、それを受け入れるつもりでいたのだった。

 それなのに後ろの孔を解されるだけで一向にその躾けはされなかった。

 そんな状態が二年以上も続いていて、他の少年達は次々と主人の元へと迎え入れられこの施設を去っていくのに、自分だけが何の進歩も無く、ただ天使であるように言われ続けここに取り残される。

 それが繰り返されれば幾ら自分を受け入れてくれる者の為に頑張りたいと思っている瞬だって不安が蓄積していくのは否めなかった。

 それでも榊を信じようとずっとそれだけは思い続けて来た。

 性的な身体の成長は遅くても、瞬にはここに来るまでにそういった知識が全く無かった訳じゃない。

 本が好きだった瞬は日本の文化や時代物も好きでよくそれらの本を図書室で読み漁っていた。
 なるべく学校で時間を使ってから家に帰ろうと思う瞬にとって、図書室や図書館は格好の隠れ場所だったのだ。図書館で勉強していたと言えば、父にも継母にも咎められる事は無いからだった。

 そしてそれらの本を読んでいる時に、日本には昔から衆道だとかお稚児さんだとか男同士で愛し合う文化があるという事を知ってしまったのだった。
 貧しい家の少年や少女達は小さな頃から丁稚奉公や遊女として売り買いされる事がある事も知っていた。
 それを知った時、自分だって世が世ならそういう場所に売られていてもおかしくはない存在なのだろうと思う事はいっぱいあったのだった。

 瞬の家は貧しいとは言えないだろうが、瞬の存在はその子達に限りなく近いものだと思っていた。

 特に昔、父の実家に預けてられていた頃の事を思えば、ここよりもずっと酷かったと思う。
 祖父や祖母に言わせると瞬は父をたぶらかした卑しい女の残していった邪魔な存在なのだそうだった。
 だから父が再婚して瞬を引き取ってくれた時は、父と瞬と継母との三人の生活はまだそれに比べたらずっと幸せに感じたのだった。

 それだって父の居ないところで辛い目に合わなかったかと聞かれたら言葉に出来ない。

 だが継母にとっては瞬が余計なお荷物である事は間違いないのだから仕方がないと思っていた。

 そんな瞬だったから、父に家の事業が傾き堂島に融資をしてもらう代わりに堂島には息子が居ないから瞬を養子に欲しがっていると言われた時、来るべき時が来たのかもしれないと思わなくもなかったのだった。




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