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第3章 ゆるやかな流れの中で
天使の真実(2)
しおりを挟む瞬は自分がこうしてここで躾けを受ける事になったのも、現代世界の中の然るべき場所に送られて来ただけだと、どことなく自分の中で何か踏ん切りが付いていたのだった。
だがしかし、訳の分からない天使という者の存在にまさか脅かされる事になるとは、瞬だって夢にも思ってはいなかった。
今まで日陰にいた人間が急に崇高な神の使い子のような存在である『天使』に成れと言われても、瞬には荷が重過ぎると心の中でいつも不安に駆られていた。
いくら榊に励まされようと、主人である堂島が迎えに来ないのは、結局は瞬は天使にはまだ成れていないという事だった。
それよりむしろ、どんどんかけ離れてしまっているのではないかと悩みもした。
だが、榊にはもう教える事がないからと、まるでもうすぐ主人の元に返されるような事を言われてしまった。
この中途半端な気持ちのまま主人の元に返されたとしても、もし主人に気に入って貰えなかったら、瞬はまたどこかの誰かに譲渡されてしまうのだろうと思うのだった。
父が融資と引き換えに自分を堂島へ養子に差し出したように、堂島が希望と違うと思ったらまた次の誰かに払い下げられるそんな心配までしてしまうほどだった。
ただし自分には何もそれに対して選択権はない事だけははっきりとしていた。
榊にはまだ後ろの孔で主人を迎え入れる術も教えられていない。
他の少年達のように主人をもてなす躾けというものを自分は何もされていないのが一番気掛かりだった。
いつも榊にしてもらうばかりで、瞬には何もさせてはもらえなかった。
余計な事は出来ないようにいつも手足は縛られ固定されてしまっては、抵抗もできなければ、自ら動く事も叶わなかった。
そんな瞬が出来る事といったら、ただ自分の身体を開き差し出す事だけだった。
それもいつも榊に与えられる甘い刺激に翻弄されるばかりで、抑えても抑えきれない羞恥心に嗚咽を漏らし、その先は身体の内から湧き上がってしまう甘美な感覚にあられもない声を発して、最後はだいたい気を失ってしまうという醜態ばかりだった。
前を戒められていたからそこが痛くなろうと爆ぜて解放される事はなかったが、それさえある一定のところを超えてしまうと、痛みさえ分からなくなる。
そして断続した何か波のような感覚がせり上がって来て、その波に飲み込まれてしまうと、自分でもそこからはもう夢の中なのか現実の中なのかも分からなくなってしまう。
そしていつしか白い光に包まれ、その中をふわふわと浮かんでいるような感覚の中を漂っていると、いつもそんな時は全ての事が終わっていて、気付けばだいたい榊に風呂に入れられているのだった。
それは自分だけが気持ちよくされているとしか言いようがなかった。
それまでの辛い事も苦しい事も全てが帳消しにされてしまうくらいにそれは甘い感覚だった。
だがその後はしばらくは身体に力が入らなくなり、榊にずっとお世話される日々が続いてしまう。
それこそ排泄から食事の間まで瞬に自由は与えられない。
どこに移動するのも榊に大事そうに抱えられての移動だった。
でも瞬はそんな風に榊に大切にされる事が何よりも安心出来る場所に変わっていたのだった。
だが本当にこんな赤ちゃんのように何も出来ない自分が主人を満足させられるとは思えなかった。
もう十五になると言うのに人に全てを依存しなければ生きていけないなんて、もし堂島が面倒くさいと思ってしまったら、どうしたらいいんだろうか?
ここに来る前ならもっと力もあったと思うのに、今の瞬の手足はまるで何も運動をしていない女の子のようだと自分でも思うくらいに細かった。
だからさっきみたいにちょっとぬかるみに足を滑らせたくらいで踏ん張りがきかず転びそうにもなってしまった。
少しは背も伸びたとは思うけれど、確実に以前よりはその身体は細くなってしまった気はする。
こんな出来損ないの女の子のような身体でどうやって主人を悦ばせばいいのかも分からない。
瞬は感情を爆発する事などほとんどした事がなかった。
だから一度切れてしまったその琴線をどう収集したらいいのか分からず、込み上げて来る嗚咽で、言葉に詰まってしまい、そこからより一層今まで思って来た不安や憤りが一気に噴き出して来てしまっていた。
どうにか言葉を繋ごうとしても後から後からしゃくり上げる呼気ばかりが湧き上がって来て言葉にならなかった。
榊に抱きかかえられたまま、瞬はその腕をぎゅっと握り締めて肩を震わせ、大声で泣き出してしまいたい衝動をグッと堪えていた。
だがそれでも聞きたかった事ははっきりと言えたと思う。
これで思った答えが返ってこないなら、もう瞬は何も知らされていないまま、堂島の元に返されるのだと、半ば諦めてもいた。
その時、榊が再び瞬の耳元で囁いたのだった。
「正直、私は瞬が自分から言いださないなら、ここを出るまで伝えないでおこうと思っていました。
瞬が疑問を持たず、このまま堂島様の元へ行っても別に今の瞬ならそのままで十分愛されるに値すると思ってるのは本当です。
瞬はそれだけは何も不安を抱かずにいてください。
そういった卑屈な態度をしていたら、そりゃ天使にはなれませんけれどもね」
そう言われて瞬の肩がビクンと跳び上がってしまう。
やっぱりここでは何でも言っていいと言われたからと言って、その額面通りに受け止めてはいけなかったんだと、瞬の小さい身体は更に榊の腕の中で小さくなってしまった。
そんな瞬のビクついている佇まいを見て、やっぱりこの子は何も心配は要らないと思う榊だった。
もし堂島が今の瞬をこうしてこの手に抱いていたら、瞬の存在自体が愛おしくて堪らなくなるだろうと確信していた。
だから瞬が心配するような飽きられるとか、希望通りじゃないなんて事には絶対になり得ないと断言出来た。
瞬のように無垢な少年を愛する者からすれば瞬はまさに天使である他ならない存在だった。
十一歳の時に外界から遮断された生活、新聞も時計も無く、無駄な情報に左右される事なく、与えられたのは榊とその主人への忠誠という刷り込みだけだった。
そのまさに純粋培養の中で育てたれた瞬こそ天使と言わずとして誰が天使だと言うのだろうか?
もしも瞬がこのコミュニティの大元であるあの学院の生徒だったとしたら、間違いなく瞬はその年の天使に選ばれていただろうと思うのだった。
歴代の天使を押し退け将来は大天使と祀りあげられる対象にも値する。
堕天した瞬の父親など足元にも及ばないだろうという瞬を躾けあげた榊ならではの自信すらあった。
このまま納品したって堂島に文句を言われる事はまずないとは思う。
榊が思うに瞬は瞬の父親以上に天使たる存在に成長していると思うのだった。
そして一度腕に抱き締めたら離したく無くなる存在だと榊は思っていた。
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