世界の終わりでキスをして

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俺は一瞬時が止まったかと思った。

声も出せない程にびっくりした。

足蹴りされた鞄は吹っ飛んで、ロビーのピカピカに磨かれた綺麗な床を、クルクルとまわって止まった。

あの数百万の鞄が、、、。

第一対象者が流華に向かって怒鳴る
「おまえ!何してるんだ!」

第二対象者もびっくりして止まっている。まさか、不倫相手がいきなり足蹴りされるとは思わないだろう。
いや、このロビーにいる人達全員が予想もしない展開だろう。

その後、第一対象者は流華に掴みかかろうとするが、流華が素晴らしい身のこなしで交わして、流華はボストンバックを拾うと、中身を全部ばら撒いた。

中から遠目からだとよくわからない小さいビニール袋みたいな物が沢山出てきた。

「やめろ!」
第一対象者が喚いて流華に殴りかかりそうになった所に、10人くらいの警察官が入り口からどたどたと入ってきた。
辺りは騒然となった。

「田辺 佳月、覚醒剤取締法違反の現行犯で逮捕する。」

警察官がそう言って、第一対象者に手錠をかける。
第二対象者が悲鳴をあげる。
「佳月!!嫌ぁ!」

俺はもう開いた口が塞がらない。
ただこの状況に驚いてぼーっとしていた。
そんな俺をどんっ!と誰かが、拳で背中を殴った。
後ろを振り返ると、そこには流華がいた。

「ビデオはとった?」
「あっ、、、!」
俺は慌てて、まわしていたビデオカメラを止める。
「これで、証拠ばっちりだね。さっ!帰ろう。」
そう言って微笑む。

俺はわけがわからなくて、戸惑いながら前を歩く流華についていく。
確かに、このままここにいたら、警察に事情を聞かれそうだ。

俺と流華はそのまま西新宿の街を足早に歩いて、叔父の事務所に戻る。

歩きながら、俺は流華に質問する。
「流華!流華!」
「流華ってば!」
「何?うるさいな。」
「流華!なんで第一対象者が覚醒剤持ってたって気づいたの!?」
流華は歩いていた足を急に止める。
急に止まったので、俺は流華の背中にぶつかる。

気がついたら、新宿駅前まで来ていた。
日が暮れはじめ、ネオンが光り始める。
通勤や通学帰りの人達が大勢行き交う。

丁度横断歩道の信号が赤になった。
「恭弥はさ、かんって鋭い方?」
「かん?」
俺は、流華が何を言いたいんだかよくわからなかった。
「う~ん。俺は全然鋭い方じゃないかな?どちらかと言うと、鈍い方だと思うけど。」
そう言うと、流華は少し笑って
「そんな感じだね。」
と言う。
「それがどうしたの?」
「私はさ、人よりかんが物凄く鋭いのよ。その人の考えや、心の声が聞こえたり、なんとなく物が見えたりする時があるの。」
かんが鋭い?
「自分でもわからないんだけど、生まれつきそうなの。」
俺は驚いて思わずおちゃらけて言う。

「それってもしかして、サイコメトラー的なやつ?都市伝説的な?」
俺が笑って言うと、流華は真顔で俺を見つめる。

流華に見つめられ、俺はそれ以上何も言えなくなる。

「全部が全部見えるわけじゃないの。
今日は第一対象者を初めて見た時にバックが異様に気になって、だんだん中身が見える様な気がしたの。」
俺は流華のその現実離れした話しに、ごくりと息を飲む。
「あんな量の覚醒剤、きっと売る為に持ってると思ったのよ。そしたら、あの若いサラリーマンが出てきたでしょ?第一対象者の部屋からあのサラリーマンが出てきた時、スーツのポケットに覚醒剤が見えたのよ。」

「それで、追いかけるって言ったのか。」
流華は頷く。
「下のロビーで捕まえようと思ったけど、先に外に出ていっちゃったから、そのまま外で捕まえた。」

「捕まえたってどうやって!?」
流華は背は高いが体型はモデルのように痩せ型だ。
成人男性を1人で捕まえるなんて無理な話しだろう。

「別に?大した事はしてないわよ。
後ろから羽交締めにしただけよ。交番の前で。そこで全て吐かせた。誰から薬を買ったのかも。それでホテルに警察をむかわした。」


「いやいや、無理でしょ。いくら流華が空手とか色々やってたからって男に力で敵うわけないでしょ。しかも、流華なんてそんな細い身体してるんだから、男が本気出せば吹っ飛ばしちゃうだろ。」
俺が言った瞬間、流華が俺の唇に人差し指をあてた。

「私をみくびらないで、馬鹿にしてると痛い目見るわよ。」
そう言って、俺を物凄く冷たい目で見る。
物凄い迫力だ。目だけで人を殺せそうな勢いだ。
俺はもう「はい。」としか言いようがない。

何なんだろう、この彼女の不思議な魅力は。美人だからとかじゃない、彼女の纏っているオーラや全てが俺を引きつける。
信号が青に変わる。流華は歩き出す。
「因みに恭弥、大学で会った時から恭弥の気持ちは全て私にばれていたわよ。」

「え?」
「私は尋常じゃなく、かんが鋭いって言ったでしょ?あなたの心の声だだもれだったから、聞こえてきたの。」
「え?まじで?ごめん!好きです!」
「だから、知ってるわ。しつこいわね。」

そう言って流華は歩いていく。
俺も後ろをついていく。
なんだ。全てばれていたのか。
どうせ振られているからどうでもいいが、俺はいつか必ず流華を振り向かせたいと思った。
可能性が薄い方が燃えるのだ。

俺達が事務所に戻ると、叔父が報告書と睨めっこしていた。
「健一叔父さん、ただいま。ばっちり、不倫現場とったよ!」
「おー!サンキュー!結構爪甘い系だったんだな。」
俺は、今日あった全ての事を話す。
叔父はまさか、覚醒剤の売買まで突き止めてしまうとは思っていなかったらしく、驚愕していた。
「いやあ、これ依頼人の奥さん不倫どころの話しじゃなくなるだろうなあ。可哀想に。初犯でも売人だろ?執行猶予つかないんじゃないか?」

と言って、報告書を眺めて悩んでいる。
「まあ、普通は離婚ですよね。会社ももう無理だろうし。」
「そうだなあ。しかし流華ちゃん凄いお手柄だったな。美人なだけじゃなくて仕事も出来るんだな。」

仕事というか、サイコメトリーが出来るんだけどな。と俺は心の中で思う。

その後、俺と流華は今日とった動画の編集をして、夕飯を健一叔父さんが奢ってくれた。
宅配ピザと、ビールで乾杯する。
流華の入社祝いのようだ。
「乾杯ー!!」
と言って、俺はビールを飲む。
俺は5月生まれだから、一応もう20歳だ。

「あれ?流華もビール飲めるの?もしかして誕生日俺と同じ5月とか?」
と聞くと。
「12月。」
「え?じゃあまだ19歳?」
「21歳。」
「え?じゃあ大学二浪してるって事?」
俺が質問攻めをしていると、横から健一叔父さんが口を挟む。
「うるせーな、恭弥はいちいち!本当にくそ真面目なんだよな!」

と言ってくる。俺はまだ納得していなかったが、流華が2歳上と言うことが信じられなかった。
確かにうちの大学は、2浪、3浪してるやつなんて珍しくないが、流華が2浪もするタイプに見えなかったのだ。
どうしても、うちの大学に入りたい理由があったのだろうか、、、?

そんな事を考えていると、健一叔父さんが自分の経歴について流華に話している。
「健一叔父さんは、警察官だったんですね。しかも公安のエリートだったんだ。」
流華が感心している。その様子で健一叔父さんは気をよくしてペラペラしゃべる。
「まあね、公安は警察館の中でも選ばれし、エリート軍団だからね。テロや政治犯罪、外国による対日工作とか抱えてる案件はでかいのばかりよ。まあ、今じゃ浮気か、不倫調査しかしてないけどよ。」
と言って豪快に笑う。
健一叔父さんは、俺の父親の2つ下だ。
昔から、勉強もスポーツもできて、更にこの明るい性格で昔からモテてていたらしい。

その叔父が何故キャリアを捨てて、いきなり警察官を辞めたのか、この歳まで結婚しないのか。
俺は不思議だった。さりげなく質問してみても、いつも上手くはぐらかされるばかりだった。
その後3人で夕飯を食べて、お開きになった。

事務所を出て、流華と夜の新宿を歩いていく。
「流華の家は何処なの?」
俺が聞くと、
「笹塚よ。」
と流華が答える。
「京王線か、家まで送っていこうか?」
「1人で大丈夫よ。」
流華が即答する。確かに俺より流華の方が全然強そうだ。
俺は今までの人生の中で1度も人を殴った事も殴られた事もないんだから。
男らしさとは無縁だ。
だからなのか昔から健一叔父さんの様な男らしい、男に憧れていた。

憧れているだけで筋トレの1つもしていないんだけど。
「流華、じゃあここで!」
「うん!またね!」
流華は直ぐに新宿駅の人混みに紛れて消えていった。

今日1日、彼女といた事が夢の中の出来事のように感じる。
俺にとって彼女との出会いは物凄く刺激的だった。
しかし、彼女は本当に言っていたような超能力があるのだろうか。
でも、確かに、超能力でもない限り第一対象者が覚醒剤を持っていたなんて分からなかっただろう。
とにかく不思議だ。

この出会いは俺にとってラッキーなのか、それともアンラッキーなのか。

その時の俺にはジャッジする事ができなかった。




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