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66. 決意
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「…あの噂流したの須山だったのかよ」
「だってよぉ。あれは誰だってそう思うじゃんか!あと別にそんな大きな被害はでなかっただろ?じゃあいいじゃん」
「いやよくねぇよ!あれのせいで茜と喧嘩しちゃってたんだから!まあ、仲直りできて今は普通に話したりしてるけどよ…」
暑さも少しずつ引いてきた9月の卓球場にて。俺は何日か前のことを思い起こしながら須山にそう言った。いやはや、それにしてもあの日は本当に大変だった…。
「…じゃあいいじゃねえかよ。それよりもさ、星本先輩がせっかく4月に戻ってきたのにまたどっか行っちゃったせいで、部活の雰囲気が少しだけ重いと思わないか?」
「…うん、まあ。薄々そうは感じるけど…」
先輩に告白されたあの日から。先輩は中浜高校に来なくなった。理由は、癌を発症して緊急入院しないといけなくなったからだ。
別に先輩から口止めはされていないので、俺の判断で須山だけに先輩が学校に来なくなった理由を伝えようかなと思ったけど。思えば先輩と付き合った噂を流した張本人が須山なわけだから、今回の先輩が癌になった件を彼に言えば、また光の速さで全校生徒に伝わっていくだろう。そしたらきっと、この学校がパニックになりかねない。いやまあ、考えすぎなのかもしれないけどな…。
ちなみに先輩と付き合ってた噂の件だが、あれから数日経った今、その噂はほとんどなくなった。人の情報による影響って凄まじいんだなと、俺は身に染みて体感することとなった。
「よし、じゃあ始めるよ。みんな」
「お、集合かかった。いくぜ、佐野」
「おおーう」
先輩が緊急入院してから、この卓球部は菊池先輩が仮部長として仕切るようになった。多分だけど、菊池先輩も星本先輩が癌だということは知らないだろう。
でも、菊池先輩には悪いけどやっぱり星本先輩がいた時の方が、この部活はみんな元気にやってたなって。ふと俺はそう考えてしまった。
「じゃ、ラリー始めるぜー佐野」
「おし、こい!」
目の前に黄色のピンポン球を持つ須山を見た俺は、ラケットを小さく構えるのだった。
「あれ、茜いないや」
部活が終わった時刻6時半。いつものように駐輪場に行ってみたのだが、茜の姿はなかった。先に校門の方に行ったのだろうか。そう考えた俺は自転車に跨って、校門に移動したのだがそこにも彼女の姿はなかった。
「んーあれー?ちょっち連絡してみるか」
スマホを取り出して、電源を入れる。すると、メールが一通来ていた。送信者は、ある程度は予想できていたが、案の定茜だった。
「『悪い、朝言ってなかったんだけど、今日は用事があるから僕先帰ってる!ごめんなー』か。んーまあ、用事があるならしょうがないか…」
メールを閉じながら、俺はそう呟いた。…まあしょうがない、今日は1人で帰るとしよう。
「…ん?」
途端、先程ポケットにしまったスマホが震えた。連続で震えているあたり、着信だろうか…?
「……誰だ?ってえ?星本先輩!?」
まさかの人の着信に、俺は思わず身構えてしまった。そもそもとして、俺はこの電話に出ていいのだろうか?最後に喋ったのはもちろん、先輩が緊急入院する前日だ。あの日、俺は先輩と2人きりになって、まさかのまさか。先輩に告白されたのだ。初めて告白された相手が、まさか先輩になるとは思ってもいなかった。
「……………」
好きだよって。その言葉を俺は明白に覚えている。その後に、俺は何を返せばいいのかわからずにしどろもどろしていると、先輩は俺にこう言ったのだ。
「…付き合って、ください…。か」
未だ震える、電話を見つめながら俺はそう呟いた。
結果から言うと、俺は先輩の告白を断った。初めての告白、相手は先輩。あの時の俺は、今までのいつよりも気が動転していたと思う。
ごめんなさいと、罪悪感が募る中、そう一言言った理由としては、俺には先輩の気持ちに答えられるような自信がなかったからだ。単純に言えば不安。本当に俺でいいのかなという気持ち。それを考えるうちに、自然と口から出たんだろう。先輩に告白されてから返事をするのはそんなに時間がかかっていなかった。
先輩を振った、という立場になる俺が、悠々と先輩からの電話に出ていいのだろうか。他な人にこのことを言ったら、ファンの人からタコ殴りにされる未来が見えるのだが…。
「…あっ」
俺が葛藤に葛藤を重ねていると、いつしかスマホの震えは止まっていた。結局、どうすることが正解だったんだろう。やっぱり出てた方がよかったかな、と。そんな遅すぎる後悔が俺を襲った。
小さなため息と共に、俺はスマホをポケットに戻そうとした、が。
「……んえっ」
再び、スマホが震えた。画面には先ほどと同じ人の名前が浮かび上がっていた。ここまで電話をしてくるってことは、今話しておかないといけないことなのかな…?
ここでまた、着信拒否してもきっと、先輩はまた電話をかけてくるだろう。色々心中複雑だけど、ここは電話に出た方がいいよな。
「……出るか」
先輩とはメールのやり取りは何回かしていたが、考えてみれば電話は初めてだったなと。少しだけ緊張を感じながら俺はボタンを押した。
『…も、もしもし?佐野くんー?』
電話越しに聞こえてくる先輩の声に、懐かしく感じた一方で、先輩も先輩でひさしぶりに喋るからなのか、少し言葉が転んでいるように感じた。
俺はいつも先輩と喋ってたのを思い出しながらあくまで普段通りに接す。
「はい、佐野です。ついさっきも着信ありましたよね?出れなくてすみませんでした」
下校する生徒の邪魔にならないように端に捌け、一旦自転車のストッパーをあげる。
『大丈夫大丈夫。こっちこそごめんね、忙しかったかな?』
「…いえ、ちょうど今部活が終わったので。冷えた汗で風邪引かないようにしてたとこです」
『…そっか、じゃあよかったよ。…というか、よく電話出てくれたね、佐野くん。私、君に振られちゃったのに…』
「……っ!?ご、ごめんっ──」
『あはは、ごめんごめん。冗談だよ。でも、出てくれないかなって考えてたのはほんとだよ?』
ほんと、この人は。色々な意味で、心臓に悪いよ…。
「…なら、いいんですけど…」
すると先輩はあのさ、と。新しく話を切り出した。
『…今日はね。佐野くんに言っておかなきゃいけないことがあるから、こうしてメールじゃなくて電話で伝えようと思って、電話かけたんだ』
「言っておかなきゃいけないこと?」
『…あっ、あれだよ?もう流石に告白はしないよー?』
「…分かってますよ。…ほんと、俺をからかうの好きですね、先輩は」
『好きなのは本当だったんだけどなぁーー?』
「…何て言うのが正解かわからないので、ノーコメントで」
『あっ、逃げたなー?……まあいいや。それじゃ、言うことにするね』
すると先輩は一拍おいて、俺に話し始めた。
『…言ったよ。あのことを』
「え?あのこと?」
『うん。私が、癌になったってこと』
「……そうですか」
刹那、茜が先に帰った理由が分かった気がした。いや、今俺が考えていることがその理由とは限らないし、根拠とかも全くないんだけど、どこか辻褄が合ったような、そんな感覚がした。
『……あの子たちは、私の生きてきた中で家族の次に大きく関わった存在だったし、やっぱり事実は言っておいた方がいいって思って私は言ったんだ』
「…はい」
『……でもね』
すると突然、先輩の声がどこか曇った気がした。同時に、背中に嫌な汗が流れた。いつかどこかで感じたこの感触。思い出したくないと感じるデジャヴが頭の中を駆け巡る。
俺は、耳に当てたスマホを持つ力を思わず強くしながら、先輩の次の言葉を聞いた。
『私はそのことをあの子たちに告げた瞬間に、後悔をした。あ、私今間違った選択肢を選んだなって。その一瞬で、自分がしてしまった間違いを察した』
「…間違い、ですか」
『……先に謝っとく。…ごめん、本当に。自意識過剰過ぎかもしれないけど…。私が癌になったことを彼女たちに言ったことによって。今きっと、佐伯姉妹──特に、雫ちゃんの方は、多分──』
その続きは聞かなくても分かった。なぜなら、前にも同じようなことがあったから。それも、割と最近と感じる時に…。
思い出したくないデジャヴがもう一つ増えた気分になった俺は、先輩が今何か話しているにも関わらず、割り込むような形で言った。
「──任せてください」
『………えっ?』
「……先輩と俺の憶測通り、きっと今雫は塞ぎ込んじゃっています。でも、俺は先輩を責めるつもりはないし、先輩があいつらに癌のことを告白したことも間違った判断だとは思いません」
『…でも、現に今雫ちゃんは。多分……』
「……前、花火大会の時。その時にあった出来事を先輩は覚えていますか?」
『…え?』
「佐伯姉妹の前に先輩がサプライズ登場するってやつです。あの時は確か、雫は先輩の登場に責任を感じて逃げ出しちゃいましたよね…」
『…ああ、佐野くんが事前に最悪の事態を想定してて、それが見事に当たっちゃったやつね…』
「…そういえばそんなことも言ってましたね。…それで、あの時雫は落ち込んじゃって、その場からいなくなって…。俺はなんとかあいつに追いついて説得してたんですけど、結局ことを片してくれたのは先輩だったじゃないですか」
『ま、まあ。そうだったけど…。というか、今回私が癌を告白して、雫ちゃんを傷つけたことと、前雫ちゃんが逃げ出したちゃったことにどう関係があるの…?』
やや申し訳ながらも、不思議そうに先輩は俺に尋ねた。
「…前回と今回、重なる共通点は雫が落ち込んだってことなんです。それで前回は、さっきも言いましたけど、先輩が雫を説得して、無事解決みたいになりました。でも、本来ならその合わせる場を作った俺自身だけで雫を説得させなきゃならなかったんです。なぜなら、俺には先輩と佐伯姉妹が会うことによって、ちゃんと元通りの関係まで戻すっていう責任があったからってことになるんですけど…」
『…うんうん』
「俺は、前回それができませんでした。…同じような境遇になった今回は、自分の力だけで雫を説得させてみせますって意味で任せてくださいって俺は言ったんです」
『…まあ、説得させてみせるって言い方はちょっと間違ってるかもしれないけどね?あははっ』
「……これから語彙力頑張って磨きます」
『……ま、私自身さっき佐野くんが言ったことまでは流石に考えてなかったんだけどね。しかも、今回は完全に私のせいでって感じだし。…でも、佐野くんがそんなに真面目に雫ちゃんのこと考えてるんだったら、任せても大丈夫なのかな…?本当にわがままでごめんなさい』
「……もう一回言いますけど、先輩」
『えっ?』
先輩のそんな素っ頓狂な声に、俺は一拍を置いて告げた。
「…任せても大丈夫だから、任せてくださいって言ったんです」
『……そっか。ふふっ、そっかーっ!あははっ』
「え、ちょ。先輩?急にどうしたんですか、そんな大声出して…。え、先輩?」
『…はーっ。…さっすが私の好きな人だね!』
「……突拍子もなくそうやって言うの、ほんとやめてください」
この人は本当に、人の心を…。
『あはは、ごめんごめん。じゃあとりあえず──』
先輩は、一拍置いて言った。
『──お願いね。雫ちゃんのこと』
「……はいっ!」
『ふふっ。いい返事だねー、頼もしい』
「…茶化すのは違いますよ先輩……」
『そうだったねー。…じゃ、わざわざ下校時間に申し訳なかったね。今日の部活もしんどかったろうから、ゆっくり休むんだよ?』
「分かりました。では、失礼します」
そして、俺はスマホを耳から離し、電話を切った。時間にしてわずか10分程度の電話だったが、自分にはその2倍、3倍に感じられた時間は、きっと有意義なものだったと感じた。
俺は今から、ある双子の姉妹を救わなければならない。活発な妹と、物静かな姉を。これは俺の直感だが、先輩も話していた通り、今回のことでダメージが大きいのは恐らく姉の雫。理由は、自分が先輩と関わってしまったことで、また関わった人に損害が出たから。でもそれは彼女のせいじゃないと、俺は雫を説得できなければならない。
そして、妹の茜は姉の雫よりかは大丈夫だと思うが、とりあえず今から家に行って、様子を見てみよう。
少し前。俺の母さんが事故に遭って、入院した。それを支えてくれたのは茜だった。俺に寄り添い、安心という暖かさを俺に与えてくれた。あれは本当に、自分にとってありがたいことだった。
また、その茜に後から聞いた話によると、彼女の姉の雫と帰ったあの日。雫は俺を元気づけようと自ら一緒に帰る判断をしたそうだ。
つまり、俺は彼女たちに1人1回ずつ、助けてもらっている立場にある。今度は、俺があいつらを助ける番だ。前回は先輩の力を借りて、済んでいたことも、全て自分で解決して見せる。俺が、あいつらを救うんだ。
「……とりあえず、帰るか」
そうボソリと呟いた俺は、自転車のストッパーを外し、オレンジ色に染まった空を見上げながら帰路を辿るのだった。
「だってよぉ。あれは誰だってそう思うじゃんか!あと別にそんな大きな被害はでなかっただろ?じゃあいいじゃん」
「いやよくねぇよ!あれのせいで茜と喧嘩しちゃってたんだから!まあ、仲直りできて今は普通に話したりしてるけどよ…」
暑さも少しずつ引いてきた9月の卓球場にて。俺は何日か前のことを思い起こしながら須山にそう言った。いやはや、それにしてもあの日は本当に大変だった…。
「…じゃあいいじゃねえかよ。それよりもさ、星本先輩がせっかく4月に戻ってきたのにまたどっか行っちゃったせいで、部活の雰囲気が少しだけ重いと思わないか?」
「…うん、まあ。薄々そうは感じるけど…」
先輩に告白されたあの日から。先輩は中浜高校に来なくなった。理由は、癌を発症して緊急入院しないといけなくなったからだ。
別に先輩から口止めはされていないので、俺の判断で須山だけに先輩が学校に来なくなった理由を伝えようかなと思ったけど。思えば先輩と付き合った噂を流した張本人が須山なわけだから、今回の先輩が癌になった件を彼に言えば、また光の速さで全校生徒に伝わっていくだろう。そしたらきっと、この学校がパニックになりかねない。いやまあ、考えすぎなのかもしれないけどな…。
ちなみに先輩と付き合ってた噂の件だが、あれから数日経った今、その噂はほとんどなくなった。人の情報による影響って凄まじいんだなと、俺は身に染みて体感することとなった。
「よし、じゃあ始めるよ。みんな」
「お、集合かかった。いくぜ、佐野」
「おおーう」
先輩が緊急入院してから、この卓球部は菊池先輩が仮部長として仕切るようになった。多分だけど、菊池先輩も星本先輩が癌だということは知らないだろう。
でも、菊池先輩には悪いけどやっぱり星本先輩がいた時の方が、この部活はみんな元気にやってたなって。ふと俺はそう考えてしまった。
「じゃ、ラリー始めるぜー佐野」
「おし、こい!」
目の前に黄色のピンポン球を持つ須山を見た俺は、ラケットを小さく構えるのだった。
「あれ、茜いないや」
部活が終わった時刻6時半。いつものように駐輪場に行ってみたのだが、茜の姿はなかった。先に校門の方に行ったのだろうか。そう考えた俺は自転車に跨って、校門に移動したのだがそこにも彼女の姿はなかった。
「んーあれー?ちょっち連絡してみるか」
スマホを取り出して、電源を入れる。すると、メールが一通来ていた。送信者は、ある程度は予想できていたが、案の定茜だった。
「『悪い、朝言ってなかったんだけど、今日は用事があるから僕先帰ってる!ごめんなー』か。んーまあ、用事があるならしょうがないか…」
メールを閉じながら、俺はそう呟いた。…まあしょうがない、今日は1人で帰るとしよう。
「…ん?」
途端、先程ポケットにしまったスマホが震えた。連続で震えているあたり、着信だろうか…?
「……誰だ?ってえ?星本先輩!?」
まさかの人の着信に、俺は思わず身構えてしまった。そもそもとして、俺はこの電話に出ていいのだろうか?最後に喋ったのはもちろん、先輩が緊急入院する前日だ。あの日、俺は先輩と2人きりになって、まさかのまさか。先輩に告白されたのだ。初めて告白された相手が、まさか先輩になるとは思ってもいなかった。
「……………」
好きだよって。その言葉を俺は明白に覚えている。その後に、俺は何を返せばいいのかわからずにしどろもどろしていると、先輩は俺にこう言ったのだ。
「…付き合って、ください…。か」
未だ震える、電話を見つめながら俺はそう呟いた。
結果から言うと、俺は先輩の告白を断った。初めての告白、相手は先輩。あの時の俺は、今までのいつよりも気が動転していたと思う。
ごめんなさいと、罪悪感が募る中、そう一言言った理由としては、俺には先輩の気持ちに答えられるような自信がなかったからだ。単純に言えば不安。本当に俺でいいのかなという気持ち。それを考えるうちに、自然と口から出たんだろう。先輩に告白されてから返事をするのはそんなに時間がかかっていなかった。
先輩を振った、という立場になる俺が、悠々と先輩からの電話に出ていいのだろうか。他な人にこのことを言ったら、ファンの人からタコ殴りにされる未来が見えるのだが…。
「…あっ」
俺が葛藤に葛藤を重ねていると、いつしかスマホの震えは止まっていた。結局、どうすることが正解だったんだろう。やっぱり出てた方がよかったかな、と。そんな遅すぎる後悔が俺を襲った。
小さなため息と共に、俺はスマホをポケットに戻そうとした、が。
「……んえっ」
再び、スマホが震えた。画面には先ほどと同じ人の名前が浮かび上がっていた。ここまで電話をしてくるってことは、今話しておかないといけないことなのかな…?
ここでまた、着信拒否してもきっと、先輩はまた電話をかけてくるだろう。色々心中複雑だけど、ここは電話に出た方がいいよな。
「……出るか」
先輩とはメールのやり取りは何回かしていたが、考えてみれば電話は初めてだったなと。少しだけ緊張を感じながら俺はボタンを押した。
『…も、もしもし?佐野くんー?』
電話越しに聞こえてくる先輩の声に、懐かしく感じた一方で、先輩も先輩でひさしぶりに喋るからなのか、少し言葉が転んでいるように感じた。
俺はいつも先輩と喋ってたのを思い出しながらあくまで普段通りに接す。
「はい、佐野です。ついさっきも着信ありましたよね?出れなくてすみませんでした」
下校する生徒の邪魔にならないように端に捌け、一旦自転車のストッパーをあげる。
『大丈夫大丈夫。こっちこそごめんね、忙しかったかな?』
「…いえ、ちょうど今部活が終わったので。冷えた汗で風邪引かないようにしてたとこです」
『…そっか、じゃあよかったよ。…というか、よく電話出てくれたね、佐野くん。私、君に振られちゃったのに…』
「……っ!?ご、ごめんっ──」
『あはは、ごめんごめん。冗談だよ。でも、出てくれないかなって考えてたのはほんとだよ?』
ほんと、この人は。色々な意味で、心臓に悪いよ…。
「…なら、いいんですけど…」
すると先輩はあのさ、と。新しく話を切り出した。
『…今日はね。佐野くんに言っておかなきゃいけないことがあるから、こうしてメールじゃなくて電話で伝えようと思って、電話かけたんだ』
「言っておかなきゃいけないこと?」
『…あっ、あれだよ?もう流石に告白はしないよー?』
「…分かってますよ。…ほんと、俺をからかうの好きですね、先輩は」
『好きなのは本当だったんだけどなぁーー?』
「…何て言うのが正解かわからないので、ノーコメントで」
『あっ、逃げたなー?……まあいいや。それじゃ、言うことにするね』
すると先輩は一拍おいて、俺に話し始めた。
『…言ったよ。あのことを』
「え?あのこと?」
『うん。私が、癌になったってこと』
「……そうですか」
刹那、茜が先に帰った理由が分かった気がした。いや、今俺が考えていることがその理由とは限らないし、根拠とかも全くないんだけど、どこか辻褄が合ったような、そんな感覚がした。
『……あの子たちは、私の生きてきた中で家族の次に大きく関わった存在だったし、やっぱり事実は言っておいた方がいいって思って私は言ったんだ』
「…はい」
『……でもね』
すると突然、先輩の声がどこか曇った気がした。同時に、背中に嫌な汗が流れた。いつかどこかで感じたこの感触。思い出したくないと感じるデジャヴが頭の中を駆け巡る。
俺は、耳に当てたスマホを持つ力を思わず強くしながら、先輩の次の言葉を聞いた。
『私はそのことをあの子たちに告げた瞬間に、後悔をした。あ、私今間違った選択肢を選んだなって。その一瞬で、自分がしてしまった間違いを察した』
「…間違い、ですか」
『……先に謝っとく。…ごめん、本当に。自意識過剰過ぎかもしれないけど…。私が癌になったことを彼女たちに言ったことによって。今きっと、佐伯姉妹──特に、雫ちゃんの方は、多分──』
その続きは聞かなくても分かった。なぜなら、前にも同じようなことがあったから。それも、割と最近と感じる時に…。
思い出したくないデジャヴがもう一つ増えた気分になった俺は、先輩が今何か話しているにも関わらず、割り込むような形で言った。
「──任せてください」
『………えっ?』
「……先輩と俺の憶測通り、きっと今雫は塞ぎ込んじゃっています。でも、俺は先輩を責めるつもりはないし、先輩があいつらに癌のことを告白したことも間違った判断だとは思いません」
『…でも、現に今雫ちゃんは。多分……』
「……前、花火大会の時。その時にあった出来事を先輩は覚えていますか?」
『…え?』
「佐伯姉妹の前に先輩がサプライズ登場するってやつです。あの時は確か、雫は先輩の登場に責任を感じて逃げ出しちゃいましたよね…」
『…ああ、佐野くんが事前に最悪の事態を想定してて、それが見事に当たっちゃったやつね…』
「…そういえばそんなことも言ってましたね。…それで、あの時雫は落ち込んじゃって、その場からいなくなって…。俺はなんとかあいつに追いついて説得してたんですけど、結局ことを片してくれたのは先輩だったじゃないですか」
『ま、まあ。そうだったけど…。というか、今回私が癌を告白して、雫ちゃんを傷つけたことと、前雫ちゃんが逃げ出したちゃったことにどう関係があるの…?』
やや申し訳ながらも、不思議そうに先輩は俺に尋ねた。
「…前回と今回、重なる共通点は雫が落ち込んだってことなんです。それで前回は、さっきも言いましたけど、先輩が雫を説得して、無事解決みたいになりました。でも、本来ならその合わせる場を作った俺自身だけで雫を説得させなきゃならなかったんです。なぜなら、俺には先輩と佐伯姉妹が会うことによって、ちゃんと元通りの関係まで戻すっていう責任があったからってことになるんですけど…」
『…うんうん』
「俺は、前回それができませんでした。…同じような境遇になった今回は、自分の力だけで雫を説得させてみせますって意味で任せてくださいって俺は言ったんです」
『…まあ、説得させてみせるって言い方はちょっと間違ってるかもしれないけどね?あははっ』
「……これから語彙力頑張って磨きます」
『……ま、私自身さっき佐野くんが言ったことまでは流石に考えてなかったんだけどね。しかも、今回は完全に私のせいでって感じだし。…でも、佐野くんがそんなに真面目に雫ちゃんのこと考えてるんだったら、任せても大丈夫なのかな…?本当にわがままでごめんなさい』
「……もう一回言いますけど、先輩」
『えっ?』
先輩のそんな素っ頓狂な声に、俺は一拍を置いて告げた。
「…任せても大丈夫だから、任せてくださいって言ったんです」
『……そっか。ふふっ、そっかーっ!あははっ』
「え、ちょ。先輩?急にどうしたんですか、そんな大声出して…。え、先輩?」
『…はーっ。…さっすが私の好きな人だね!』
「……突拍子もなくそうやって言うの、ほんとやめてください」
この人は本当に、人の心を…。
『あはは、ごめんごめん。じゃあとりあえず──』
先輩は、一拍置いて言った。
『──お願いね。雫ちゃんのこと』
「……はいっ!」
『ふふっ。いい返事だねー、頼もしい』
「…茶化すのは違いますよ先輩……」
『そうだったねー。…じゃ、わざわざ下校時間に申し訳なかったね。今日の部活もしんどかったろうから、ゆっくり休むんだよ?』
「分かりました。では、失礼します」
そして、俺はスマホを耳から離し、電話を切った。時間にしてわずか10分程度の電話だったが、自分にはその2倍、3倍に感じられた時間は、きっと有意義なものだったと感じた。
俺は今から、ある双子の姉妹を救わなければならない。活発な妹と、物静かな姉を。これは俺の直感だが、先輩も話していた通り、今回のことでダメージが大きいのは恐らく姉の雫。理由は、自分が先輩と関わってしまったことで、また関わった人に損害が出たから。でもそれは彼女のせいじゃないと、俺は雫を説得できなければならない。
そして、妹の茜は姉の雫よりかは大丈夫だと思うが、とりあえず今から家に行って、様子を見てみよう。
少し前。俺の母さんが事故に遭って、入院した。それを支えてくれたのは茜だった。俺に寄り添い、安心という暖かさを俺に与えてくれた。あれは本当に、自分にとってありがたいことだった。
また、その茜に後から聞いた話によると、彼女の姉の雫と帰ったあの日。雫は俺を元気づけようと自ら一緒に帰る判断をしたそうだ。
つまり、俺は彼女たちに1人1回ずつ、助けてもらっている立場にある。今度は、俺があいつらを助ける番だ。前回は先輩の力を借りて、済んでいたことも、全て自分で解決して見せる。俺が、あいつらを救うんだ。
「……とりあえず、帰るか」
そうボソリと呟いた俺は、自転車のストッパーを外し、オレンジ色に染まった空を見上げながら帰路を辿るのだった。
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