上 下
55 / 252
第5章

第96話

しおりを挟む
「俺がマリベルさんに提案したいのは、食材等の管理方法についてになります。今日一日、昼食時と夕食時に見させてもらったんですけど、基本的に凍らせる事で腐食を防ぐといった方法をとっていますよね?」
「そうだね。でも、それが最も効率のいい方法だろう?」(マリベル)
「そうですね。でも俺は違う方法で食材を長期的に、味や栄養素を無駄にせずに保存できないかと」
「あるのかい⁉あるのなら、教えておくれ‼」(マリベル)
「マリベルさん、落ち着いて‼」(マレク)
「そうよ。ちゃんと、カイル君が説明してくれるわ。続きをお願い」(セラ)
「はい、続けます。その発想を元に長い年月をかけて生み出したのがです」

俺はそう言って、異空間から魔力式冷蔵庫を取り出す。マリベルさんたち三人は取り出されたものが長方形の四角い物体という事で最初はどんなものか理解できていなかったが、懇切丁寧に魔力式冷蔵庫について説明していくと徐々に顔つきが真面目なものに変わっていく。恐らくはこれが技術の粋を集めた貴重な魔道具だという事が理解できたからだろう

俺はマリベルさんたちの質問に答えながら、魔力式冷蔵庫についての細かい所まで全て説明していく。しかし、細かく説明していくと共に、特にマリベルさんと家族の食卓を担っているセラさんの目がギラギラした得物を狙うかのような視線に変わっていくのが少し怖い。興奮気味だったマレクさんも自分を超える、一種の狂気にまで至るような興奮する姿を見て引きつった笑みを浮かべている

「それで、カイル君はこの主婦の味方のような魔道具を譲ってくれるの?」(セラ)
「はい、設計図もありますので、それもお譲りします。ちなみに、俺たちの里にはこの魔道具がない家庭の方がありません。それくらいに、便利なものとして利用されています」
「い、いいのかい?魔道具の設計図なんて、錬金術師たちから見れば自分の知の財産とも言って過言ではない代物だろう?」(マリベル)
「そうだね。自分の生み出した魔道具は自分の息子や娘と同じだと考えている者もいると聞くしね。……対価は?」(マレク)
「いえ、必要ありません。元々、生活そのものを豊かに、という考えで生み出した魔道具の一つですから。むしろ、使ってもらう事に意味がありますから」
「…………ありがとう、本当に助かるよ。この魔道具があれば、さらに一段階上の料理を作り出す事が出来るよ。今までは保存の関係で難しかった料理にも挑戦できるよ」(マリベル)

マリベルさんが拳を握りしめて、料理人として腕を上げていく事を決意している。しかし、その横で設計図を受け取ったマレクさんの脇腹に肘打ちをドスッと打ち付けるセラさん。悶絶するマレクさんの手元から設計図が零れ落ちる。その設計図をニコニコとした笑顔のままセラさんが自分の懐に仕舞いこんでいるのが対照的な光景だった

マレクさんもセラさんも聞けば忙しくて夕食はまだだと判明したので俺が説得の時に実際に口にしているのか、していないのかではだいぶ変わるからと俺が魔力式冷蔵庫内の食材を使って料理を何品か作って振舞う事にした。その時に俺は、昼食時と夕食時には見ることがなかった日本でいうところの狐ならあれという料理も作ってみた。それをマリベルさんたちの前に出した時に三人の反応が劇的に変わった。三人ともそれらの料理から一切目を離さずにジッと見つめて固まってしまったのだ

「どうしたんです?……ああ、初めて見る料理ばかりでしたね。失礼しました。食べ方は実際に見せた方がいいですかね?」
「………」(マリベル)
「………」(セラ)
「………」(マレク)

俺が実際に出した料理の食べ方を教えてあげようと、調理の手を止めて席に戻ってもマリベルさんたちはまだジッとを使った料理たちに目が釘付けになったままだった。俺としては気軽に油揚げそのものや稲荷寿司、きつねうどんと呼ばれるものなどをマリベルさんたちが好きかなっと思って食べてもらおうと作ったのだが

そのまま、マリベルさんさんたちは料理が冷めても見続けるつもりなのか微動だにしないまま動かない。俺としてもらちが明かないので手を叩いて音で注目を集めてみる。しかし、反応しない。他の料理を視界に入れてみるも、やはり反応がない。もしやと思い、油揚げを使った料理たちを右に動かすと三人の視線も右に動く。逆に左側に動かしてみると、三人の視線も合わせるように左に動いていく。そんな事をしていると、食堂の入り口が勢いよくバンッと開かれる

「やはり‼この匂いは間違いなく油揚げ‼どこだ‼何処にある‼」
「少し落ち着いてください。私たちを呼んでいる油揚げはあそこにあるようですよ。おや?もしかしてそこにいるのはマレクにセラ?それにマリベルに、エルフのお客人?いったい、どういった…………こ、これは⁉」(物静かな女性)
「ま、まさか‼稲荷寿司に、きつねうどんだと⁉マレク、セラ、これは誰が作ったのだ⁉」(勝気な女性)

勝気な女性がマレクさんやセラさんに問いかけるも、三人ともジッと見つめたまま反応しない。それどころか、三人とも口の端から涎が垂れているのが見える。すると、物静かな女性が俺の傍まで近寄っており、顔を近づけてくる。そのまま、クンクンと俺の匂いを嗅いでいる。ゆっくりと、物静かな女性が離れていく。すると、スススとマレクさんたちをまだ揺さぶっている勝気な女性にすり寄っていく

勝気な女性はマレクさんの胸元を両手で掴みかかった状態で、物静かな女性の言葉を耳元で聞いていると、パッとマレクさんの胸元を離して物静かな女性と少し離れた場所に移動してコソコソと二人で話し始めた。俺は今にして、いつの間にか食堂内に結界が展開されているのが分かる。恐らくはこの二人が展開したものだろう。そんな風に考察していると、二人だけの密談が終わったのか、二人とも真剣な顔をして俺に近寄ってくる

「エルフのお客人、これは貴方がお作りに?それとも、契約しているあの方々が用意してくれたものですか?」(物静かな女性)
「………………」(勝気な女性)

物静かな女性が俺に問いかけてくる。勝気な女性の方が口を閉ざしたまま真剣な顔で嘘は許さんとばかりに威圧してきている。俺としてはこの二人の行動にも困惑しながらも質問に答える

「ええっと、この油揚げも稲荷寿司もきつねうどんも、全て俺がついさっき作りました。これを作ってからマレクさんたちの様子がおかしくなってしまったんですが…………」
「これを、貴方が……。なるほど。一口、いただいても?」(物静かな女性)
「…………⁉」(勝気な女性)
「え、ええ。大丈夫ですけど」

俺がそう答えると、いつの間にかマレクさんたちが正気に戻っており、喉をゴクリさせて唾を飲み込んで緊張している。物静かな女性は緊張しながらもゆっくりと稲荷寿司を手にとっているし、勝気な女性の方も私は⁉私は⁉とでもいうかのように自らを指差してアピール?しているので、とりあえず頷いておく。勝気な女性も輝く笑顔で物静かな女性同様に稲荷寿司を手にとる。そして、二人同時に稲荷寿司をパクリと口にする

「…………美味しい。本当に稲荷寿司です。ああ、再び口にする事ができるとは…………」(物静かな女性)
「……………う、美味い‼美味いぞ~‼やはり、稲荷寿司は最高だ‼」(勝気な女性)

物静かな女性は目の端にホロリと涙を流しているし、勝気な女性の方ももの凄く喜んでいる。マレクさんたちはそれを羨ましそうに見ている。俺がマレクさんたちにも器を勧めると、マレクさんたちは手を伸ばしたり引っ込めたりしている。俺は勝気な女性と物静かな女性の方を向くと、二人も頷く

「ゆっくりと、冷めないうちに味わって食べなさい」(物静かな女性)
「そうだぞ。このような素晴らしく美味しい稲荷寿司はそうそう食べることは出来ん。我らに構うことなくいただきなさい」(勝気な女性)

二人がそう言うと、抑えていたものが噴出したかのように勢いよくマリベルさんたちが食べ始めた。すると、三人は物静かな女性の様にハラリと涙を流し始めた。俺は訳が分からなくなり混乱しながらも、凄い勢いで減っていく料理を見て厨房に戻り追加のおかわりを作り始める。勝気な女性も物静かな女性もマレクさんたちの反対側に座り、料理に手を出し始めた。ほぼ全員が涙を流しながら食事をするという異様な光景がそこにはあった。俺は自分で食べ物を摘まみながらひたすらに油揚げそのものや、油揚げを使った料理を次々と作っては持っていくを全員が満足するまで繰り返していた
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。