王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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「エリアス様、よろしければ少しだけお話を……!」

知り合って間もない二人に共通の話題はないはずだ。
思わず戸惑いが顔に出たが、すぐにセオドールがハルトの肩に手を置く。

「ハルト、エリアス様はお忙しい。突然の無礼を働くな」
「でも……レオナード殿下のこと、もっと知りたくて!」

その言葉に、エリアスの指がわずかに動いた。
レオナードのことを知りたい──それがただの興味本位ではないことが、ハルトのまっすぐな瞳から伝わる。

「ああ、そういうことか。ふむ……私からも頼むよ、エリアス。少しの間だけでいい。ハルトにはこれから王宮での生活が待っている。王弟殿下の側近からこちらでの振る舞いを学ぶ機会があれば助かる」

セオドールの静かな口調は、いつもの冷静さを保っているが、その奥に何か含みがあるようにも感じられた。

(御子としての責務を果たすためには、レオ様との接点が必要になる……か)

「わかりました。少しだけなら」

エリアスは静かに頷き、二人に促されるまま迎賓室の中へと足を踏み入れる。
エリアスが席につくと、ハルトは興味津々とした顔で正面に座った。セオドールは少し距離を置いて立っている。

「改めてよろしくお願いしますね!」
「ええ、よろしく。……それで、レオ様のことを知りたいと?」
「はい!レオナード殿下は、どんな方なんですか?」

ハルトの瞳は期待に満ちていた。

「……殿下は非常に冷静で、常に理性的です。王弟として国を支える役割を果たしつつ、軍の最高司令官として戦場にも立たれます」
「すごいですね……」

ハルトは純粋に感心した様子で目を輝かせる。

「ただし、それはあくまで表の顔です」
「え?」

エリアスは小さく溜息をつく。

「殿下は非常に気まぐれで、いたずら好きな一面もあります。私もよく振り回されているんですよ」

その言葉に、セオドールがわずかに肩を揺らし、笑みをこぼした。

「相変わらずのようだね。王も同じ気質をお持ちだからねぇ……やはり同腹のご兄弟だけあって似るものなのかな?君がいなければ、王宮はもっと混乱していただろうな」
「……ありがたくないお褒めですね」

苦笑しつつ、エリアスは続けた。

「でも、彼は本当に優しい方です。王族でありながら、人を見下したりすることは決してない。誰に対しても平等で、公正です」

エリアスの言葉に、ハルトはますます目を輝かせる。

「やっぱり素敵な方なんですね!俺も殿下に信頼されるよう、頑張ります!」

──純粋すぎる。
エリアスは心の中でため息をついた。

(……レオ様の好みに、ぴったり当てはまるタイプだ)

談笑が続いていたその時、応接間の扉が不意にノックされた。

「失礼する」

低く落ち着いた声が響き、扉が開かれる。
その先にいたのはレオナード・グレイシア、その人だった。

「レオ様……お戻りでしたか」

エリアスが立ち上がり軽く頭を下げると、レオナードは微笑み、室内へと足を踏み入れた。

「少し早く戻った。……我が側近殿が迎賓室の前で立ち尽くしていたと聞いてな」
「!?」

エリアスは思わず顔を上げて顔を赤らめる。

「だ、誰がそんなことを……」
「君が誰かを前にすると、意外と腰が重くなることは知っているよ」

レオナードは微笑を深めながら、視線をハルトへと向ける。

「君が御子か?」
「はい!ハルトと申します!」

ハルトが勢いよく頭を下げると、レオナードは静かに頷いた。

「緊張しなくてもいい。私はただの臣下にすぎない。もう少ししたら王もお見えになると思う。何やら君に会うのを楽しみにされていたからね」
「でも……殿下は私たちの国を守る偉大な方です!」

その純粋な言葉に、レオナードはわずかに目を細めた。

「そうか。それは光栄だな」
「はい!」

ハルトの反応を見て、レオナードはどこか楽しげな表情を浮かべる。
──エリアスは、その様子を横目で見ながら少し複雑な心地になるのを自分でも制御できなかった。



それから幾つか言葉を交わして、御子とレオナードの対面は済んだ。
呆気なく終わったそれにエリアスは少し拍子抜けしたが、元々が顔を見るという程度の非公式なものだったのだろうと納得する。
執務室に戻ると、レオナードはいつものように机の前に腰を下ろした。
エリアスは手早く残りの書類を整理しながら、ハルトの姿を思い返していた。

(確かに明るくて素直だが……あの純粋さが、後々厄介なことにならなければいいが)

御子という立場であれば、王宮の中でも注目される存在になるだろう。
そのうえ、王弟であるレオナードと近しい関係になれば、噂が飛び交うのは目に見えている。
自分が動くのがいい気はするが、今の立場を考えるとやや考えものだ。
例えそこに他意がなくとも、嫉妬からの牽制、と捉えられてもおかしくない。
そうなれば事態は余計に複雑になりそうだ。

執務室の空気は静かだった。
けれど、その静けさが逆にエリアスの心を落ち着かせなかった。
レオナードは机に向かい、淡々と書類を捌いている。
さっきから一言も発していないが、どこか視線だけがこちらを意識しているのを感じる。
エリアスは、自分も手元の書類を進めながら、わずかにレオナードの顔色を窺った。

「……御子は、殿下を慕うでしょうね」

ぽつりと漏らした言葉に、レオナードの手が止まる。

「それはどういう意味だ?」
「少しお話をしたんです。とてもあなたを尊敬しているようでしたよ」
「……なるほど」

レオナードはそれ以上言葉を続けず、淡々と作業に戻る。

(気にはならないのだろうか……?)

そう思えば思うほど、エリアスは心の奥がざらついた。
レオナードが御子をどう思うかなんて、自分には関係ないはずなのに。
ああ、もうこんなことならこんな関係はじめるのではなかった、とさえ思う。

「……殿下は、あのような方はお好きですか?」

エリアスは自分でも意地の悪い質問だと思いながらも、言葉を止められなかった。
レオナードは書類から顔を上げ、じっとエリアスを見つめる。

「さあな」
「……そうですか」

レオナードの目がどこか探るように細められた。
けれど、そのまま言葉を続けることはなかった。
エリアスもそれ以上話題を広げるつもりはなく、ただ黙々と仕事を進めた。
だが、心の中でだけ**「何をやっているんだ、自分は」**と苛立ちが募っていく。

──なぜ、こんなにも余裕がないのか。

「エリアス」

不意に呼ばれ、顔を上げる。

「さっきから機嫌が悪いな」
「別に、そんなことは……」
「そうか?お前は機嫌が悪いと私のことを殿下と呼ぶぞ?私が御子を気に入ると思ったか?」

エリアスは答えず、ただ目を伏せる。

「──お前は気にしすぎだ」
「……そうかもしれません」

淡々と応じながらも、エリアスの胸の奥では小さな棘が刺さったままだった。
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