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第七章 決断
143、絢香の番 3
しおりを挟む先輩のご両親と対面を終えた俺は、上條家のパーティーに出席していた。
俺は先輩が付き合っている、オメガの女の子として親族に紹介された。きっとその場だけのパーティーのお供、いずれ捨てられる可哀想なオメガくらいに思われているのか、特にまわりから突っ込まれることもなく、美味しい食事にありつけていた。
しばらくすると人もだんだんと増えてきて、息苦しくて中庭に出た。先輩にはアルファに酔ったから少し外の空気を吸いに行くとだけ伝えておいた。
俺が桐生の孫であることは、先輩の両親だけが知っていた。俺は身分を明かして人前には出られないし、自分が上條桜の番であるとは言えない、女装をさせられているから、仮にあのオークションに来ていた人がいても俺には気付かないだろう。
そう思い、割り切ってパーティーを楽しんだ。
先輩の彼女として連れられて、美味しいご飯をたくさん食べた。でも、やっぱりアルファがだんだん増えていくと俺は呼吸が苦しくなってしまい、心配する先輩を置いて外に出た。ここは上條の敷地だし、今日は親族しかいないから俺がどうにかなる心配はないと自由に動かせてくれた。
少し休んでいると、人の気配を感じたのでとっさに隠れた。
「お前さ、最近アルファの女と結婚したんだって? もう番はいいのか?」
「いい訳ないだろう、今も必死に探しているが、よっぽどのアルファに買われたんだろう。見つけられないんだ。その間にも跡取りは産ませなきゃいけないからな、ちょうど以前の婚約者と結婚したってわけだ」
アルファに買われたっていう、そんな不穏な会話に俺はビクってなった。でも、その声に何故か聞き覚えがあったし体が震えてきた。
でも……まさか……。
確かめなければいけない。でもそいつを肉眼で確認する勇気がない、俺は必死にバレないように息を殺して潜んだ。
「もう諦めろよ、お前がオークションに出入りしたことが本家に知られたら大変だぞ、この会社は潔癖を望むからな。お前クビ切られるぞ。そのアルファ女で落ち着いとけよ」
「落ち着けるか! 彼女にはお仕置きで怖い思いさせるだけで、俺が買い取って幸せにしてやるストーリーを考えていたのに、あのガキとセットで十億だ!? しかもそれを即買いした奴がいた。そんなアルファ、日本には数人しかいない、だがそいつらはセキュリティーが凄すぎて全く手出しができない。もしかしたら海外の富豪かもしれないし」
間違いない! こいつは絢香の番だ。話はまだ続いていたので、俺は息を精一杯潜めた。
「そもそもお前レベルじゃ無理なんだよ。なんで運命を一度でも手放した? 俺にはわかんねぇな。わかるのは、お前がアホってことだけだな」
「ふっ、まあそう言うな。俺はもうじき副社長だ。桜が卒業したら就任する会社だ。まずはそこで桜を育てて、ゆくゆくは楓さんの会社を継ぐ手はずらしい。俺はその教育係で、そこにいれば日本のトップ達との交流を持てる! まずはそれが狙いだ」
「ああ、お前は桜坊ちゃんの従兄弟にあたるもんな、いいな――。もう将来安泰だ」
えっ、先輩の従兄弟?
それに来年には先輩と近い存在になる、そんな相手に俺のことがバレないわけがないし、絢香がこいつに見つかる。
俺、なんて危ないことしていたんだ! 身内だけだからってパーティーにまで来て。初めての恋にうつつを抜かしていた。
「その地位についたら、絢香を買ったやつを探ってやる。絶対にあいつだけは、何がなんでも俺の元に連れ戻す。絢香は番を持てないが、あのガキはもう誰かに番にされたかもしれないな、アルファ達を探ればあいつにたどり着く。そしてゆくゆくは絢香に……」
話している内容が耳に入るだけで、吐き気がしてきた。
「正親、お前ほどほどにしろよ。とにかく上條にはバレないように慎重にな、おっとそろそろ戻るか! 今日は桜坊ちゃんが可愛い彼女を連れてきてるんだと、こないだ婚約も破談にしたし、こんな席に連れてくるその子が本命だろうな、ちょっと挨拶に行っとくか!」
「そうだな、桜の嫁になるなら挨拶しとくか」
そう言って、二人はパーティー会場に戻っていった。俺はもう、そこへは戻ることができない。
こんなに身近にあいつが存在していた。初めから、先輩に恋をする前から俺たちは結ばれないって決まっていたんだ。
ジジイがなんとしても先輩とだけは一緒にさせないって言っていた。
理由はライバル会社だから、だと思っていたけど、先輩の父親は、いざとなったらお互いの会社のことはそんなに問題ではないと言った。きっと桐生側もそこはそんなに気にしてないと思う、とも。
じゃあ、なぜジジイは頑なに先輩を、いや、上條を嫌がるのか、それは、もしかして初めから知っていたんじゃないだろうか……、先輩の身内が絢香の番だと。
そうならなぜ秘密にしていた? 俺が先輩を好きになってしまう前に教えてくれていれば。ううん、そんなこと聞いていても、今となってみてはどうなっていたかなんてわからない。でもこれだけはわかる。
この時点で、完全に先輩との未来は無い。
初めから無かったけど、俺の恋心がなんとか二人でいられることを願ってやまなかった。その気持ちの終止符をまさか今日、打つことになるとは。
俺はすぐに屋敷を出た。警備員に止められたが、ちょうど外にタクシーが止まっていたので、振り切ってそれに乗った。
行き先を告げる前に、運転手が声をかけてきた。
「良太様、急に外に一人で出るなんてどうされたんですか? それにその格好……」
「えっ」
その声に驚いて運転席を見た。それはジジイのところの藤堂さんだった。
あっ、そっか、俺は常に監視されているんだった。しかもタイミングよく、俺が乗ったタクシーの運転手になりすますとは。ははっ、すげ――な。もう当たり前すぎる光景だったので特につっこまなかった。
「藤堂さんこそ、そのコスプレすごく似合っていますね、自然すぎだよ。俺のこの格好は身元がバレないための女装。ねぇ藤堂さんはさ、知ってた? 絢香の番が誰かって、お爺様は今日のことを知っていて、ここに藤堂さんをよこしてくれたの?」
もう言葉遣いもきちんとできなかった。きっと藤堂さんに会ってなければ、今、俺は一人でどこに向かっていたかさえもわからない。
「そうですね、今あなたに万が一のことがあれば、絢香様にも関係してくる。このまま桐生の家へ向かいますので、その前に上條にメールを打って下さい。アルファが沢山いて怖くなり、その場にはいられなかった、今から明日向かうはずだった岩峰家に前乗りするから心配するなと、いいですね? くれぐれも何があったか気付かれてはいけません」
俺は頷いてメールを打つと、着信が震えた……先輩からだった。藤堂さんに視線を送ると出なさいと言われたので、ハンズフリーで通話をすることにした。
「はい」
『良太、今どこにいる? 警備から、お前らしきものがタクシーに乗り込んで出て言ってしまったと聞いたんだが』
「あの……すいません。僕やっぱりあの空間にはいられませんでした。アルファが増えるに連れて息が苦しくなって、どうしようもなくって、先輩を呼ぶ前にそこから出てしまいました。ごめんなさい」
『いや、俺こそもっと注意すべきだった。今どこだ? わかりやすいところで止まってもらえるか? 今から俺が迎えに行くからそのまま帰ろう』
「いえ、ちょうど明日から勇吾さんの家に行く予定だったので、今夜そのまま向かいます。大ごとにしたくないし、先輩はパーティーを楽しんでください。僕が先に帰ったことを、ご両親にお詫びしてもらえますか? 後日僕からも謝罪に行きますので、今日はもうこのまま休みたいので、ごめんなさい」
『でも、お前を抱きしめたい。そうした方がお前も安心するだろう? いいからそこで待っていろ』
俺は困って藤堂さんを見ると、走り書きしたメモを見せてきた。
「僕、も……先輩にシ…テ欲しいけど、でも、そしたら明日も離れたくなくなるから、……それだと困るし、だから我慢します。面倒じゃなかったら、明後日、僕を岩峰家まで迎えにきてもらえませんか?」
俺は読まされたとはいえ、顔を赤くして喋った。このしどろもどろさ加減が、先輩をちょうど良く刺激したらしい……。
『ふっ、そうか、お前、今タクシーだよな? 危険だな、そんなセリフを赤い顔して言っているな。運転手に気づかれて無いか? あまりお前を困らせてもいけないからね、わかったよ。岩峰のところで甘えてくるといい。明後日、潰れるまで抱いてやるから、それまで我慢してくれ、愛しているよ、良太』
「う……ん。僕、も。じゃあ、また明後日、待っています」
電話がきれると、前の運転席で藤堂さんが声を上げて笑った。
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