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第七章 決断
144、絢香の番 4
しおりを挟む俺はふてくされたように話した。
「あんな、恥ずかしいセリフ言わせるなんて、引きましたよ」
「良太様は素直ですね、それじゃあ上條も手放せないのもわかります。私はアルファですよ? アルファが番に言われて喜ぶセリフならいくらでもお教えできます。もっと上條を虜になさったらどうですか? 今でもあんなにメロメロなんですから、別れる前に島の一つでも買ってくれるんじゃないでしょうか?」
「もう、いい加減にしてください」
「そろそろ着きますよ。その愛らしい格好は、総帥が驚いてしまいますね? でも本当に可愛らしい、まるで雪華様が蘇ったかと思いましたよ。彼女の幼い頃にそっくりだ。総帥、泣いちゃうかもしれませんね」
藤堂さんも母さんを知っているのかな? そういえば、先輩のお父さん、俺を抱きしめてきたし、秒で由香里さんに殴られていたけど……。母子って似てくるんだな、匂いはおんなじらしいしね。
桐生家に着くなり、玄関ではジジイがいた。ジジイが本当に涙をためていて驚いた。そして俺をゆっくり抱きしめてきた。
驚いたけど、俺は不思議と抱きしめられた嫌悪感はなかった。この人は本当に娘を愛していたんだなって思ったら、切なくなった。
ジジイの秘書が、部屋へと行くように伝えてくると抱擁は解かれたが、そのかわり手を繋がれて応接間まで案内された、それを拒めなかった。歩きながらジジイは俺に優しく話しかけてくる。
「すまなかったね、あまりに雪華に似ていて、年甲斐もなく熱くなってしまった。お前は信じないだろうが、儂にとって雪華も良太もかけがいのない存在なんだ。無事に帰ってきてくれて良かった、怖い思いをしたのだろう?」
あの時が無かったかのような会話。本当にそう思ってくれているのだろうと、そう感じた。だからと言って、あんなことがあったんだ。この人の前で緊張は解けない。
「お爺様……迎え入れて頂きありがとうございます」
部屋について、なぜかソファでは隣にジジイが腰をかけた。距離感?
俺は気にしないようにしていたが、ジジイが俺の頭を撫でてきた。その奇妙な行為は終わらないので、先ほどの話をした。
「絢香の番がいました。あいつは、上條の親族が集まるパーティーへ参加していて、庭で知り合いと話している所、声と話していた内容で、絢香の番だと気付きました。先輩のご両親と接触するなと言われていたのに、すいません……」
「いや、気にせず話を続けなさい」
ジジイは咎めることはなく、俺を見てきたので頷いて続けた。
「あいつは話の内容から、先輩の従兄弟そして来年先輩が社長を務める上條の会社の一つで、副社長として先輩を支えるって言っていました。そこでトップの人種と知り合うチャンスを狙い、絢香を買ったであろう人物を探すと。お爺様は、あいつの存在を知っていたんですか?」
「ああ。知っていて、言わなくて悪かった。なるべく知らない方がお前も絢香も自由に過ごせるかと思っていたんだ、上條君の家族に近付かなければ、お前があのアルファと出会わないと、鷹をくくってしまった、怖い思いをさせてすまなかった」
俺が拾われた時から、上條を知っていたのか。じゃ、なぜ俺に先輩を探らせたんだろう。そして今だけ先輩を愛していいと?
「お爺様にはお見通しだったんですね。初めからきちんとお爺様の話を聞いていれば良かった。絢香があいつに見つかったらと思うと、もう怖くて先輩の近くにいられません。もしあいつに僕の存在が知れたらと……」
「良太、これまでの自分の行動には責任を持ちなさい」
「……ごめんなさい」
ジジイはふっと笑って、やさしく孫に語りかける、そんな感じで穏やかに話を続けていった。
「今お前が上條君の前から消えたら? 彼は優秀だ。まずパーティーの人物を洗い、お前と接点のあった人間を見つける。お前が以前売られた話は知っているんだろう? そしたら、どうだ? 絢香にもすぐたどり着く。そしてあの男にお前の話をして絢香の存在を知られる、そして運悪く上條家の縁者である、正親にお前を人質に取られたら、上條桜なら絢香を攫い何もためらわずに、良太を取り戻すために従兄弟に絢香を渡すと思わないか? お前は自分から足を突っ込んだんだ、いつまでも被害者ではない。しっかりしなさい」
俺は下を向いて手をぎゅっと握りしめた、自分のしてきた行動はもう戻らない。
「これからは上條の本宅には出向かないこと。あと学園の外を上條君と出かけない方がいい。今後は会社を継ぐにあたり、外でも関係者との絡みが増えるだろう。その時お前が常にそばにいれば、お前を調べようとする輩は増えるはずだ」
そうだ、俺はなぜ今まで自由に先輩と外でデートをしてこられたんだろう。浮かれすぎていた。頷くとジジイは話を続けた。
「これだけ約束してくれれば、あとは上條君の卒業までは今まで通り過ごしなさい。怯えてはいけないよ。彼を好きだという気持ちはそのままで、今まで通り、彼に甘えるんだ。変化を察知されてはいけない、今までだってできたんだ、あと一年きちんとできるね?」
「……はい」
この際だから、そもそも二人が出会わなければ何も無かったのに。なぜ出会わせたのかを聞いた。
「お爺様はどうして、僕を先輩に近付けようとしたんですか? 初めからあいつの存在を知ってたなら、むしろ僕たちは知り合わない方が良かったのに」
「まさか、番になるとは思わなかったんだ。上條桜が任されているプロジェクト、あれは我が社にとっても先に出されたら困るもので。良太の賢さは必ず彼の目に叶うと思った。儂の予定では二年かけて良太に信頼関係を作ってもらい、懐を探れるくらいになれば御の字だと、ただそれだけだったんだ」
決して上條を許さない、その心が俺を使ってでも弱点を探りたかったんだと話された。
「儂が変な下心を出したのが、間違いだった。そんなことのために大事な孫を関わらせようだなんて、本当にすまなかった。それほどまでに、いまだに儂の中には雪華を失うきっかけになった上條が許せなかったんだ」
上條楓が母さんの家出の手助けをしたのは当然知っている。それさえなければ、自分のもとから娘が消えることも、死ぬこともなかったかもしれない。そして、また大事な孫まで上條の血に汚されたと。
番なんて許せるはずも無かった。
番になってしまった以上はもう仕方がなかったが、俺は初め先輩を憎んでいた、それならその憎しみを利用して娘と孫の復讐しようと思ったと。
オメガは番になればいずれは心から愛してしまうとわかっていた。愛している人が自分の前から消えるのを、同じ思いをその息子に味合わせる。娘を自分から逃す手助けをされて、さらには孫までも奪われた、ジジイの悲しみは計り知れないものなのかもしれない。
「お爺様……。僕は、僕たちは親子二代でお爺様を悲しませていたんですね。先輩を愛したなんて聞いて、お爺様が怒るのも当然です。でも事情全て話してくれていたら、知ってたら、」
「上條君を愛さなかったと? お前は儂を許さないだろうが、儂は雪華の時のような間違いをしたくない。好きな人と生きて苦しむくらいなら、お前を信頼できる人間に託して、オメガとして安心して生きられる人生を与えたいんだ」
母さんは大好きな父さんと生きて確かに幸せだった。
だけど、父さんが死んでからはそれ以上に苦しい人生になった。最後は悲しい死に方だったのを俺は見ていた。ジジイが言うことは正しいと思う。俺だって母さんがあんなに苦しむって知っていたら、父さんとの人生は初めから諦めさせたと思う。
俺はどんな表情をしたのだろうか? ジジイがなんとも言えない顔で俺を見る。この人、こんな表情できたのか? いや、俺がさせているんだ。俺を心から大切だって言っているみたいだ。
「初めて番になったと報告にきた時、お前は心底辛そうな顔で上條君を恨んでいた。あれは番を得たものの顔では無かった、だからあの時、儂はお前を上條から守ると決めた。今後もし番に懐柔されて変わってしまっても、あの時のあの気持ちこそがオメガではなかった良太の本心だ、そう思ったんじゃよ」
全ては俺のせい、やっと理解できた。俺は、本当なら先輩を好きではなかった。懐柔された今の自分と、どちらの自分が本当の気持ちなのかわからない。
「今となっては復讐することは苦しいけど、でも絢香のためにもきちんとこなします。散々迷惑かけているけど、たった一人の血の繋がっているお爺様には、もう苦しんで欲しくない。ほんとうにごめんなさい」
「儂こそお前には辛い思いをさせて、すまないと思っている。でも今だけだ! お前は岩峰君のような優しい男の方が安心して生きてられる。良くも悪くもオメガはアルファによって変わってしまう。幼少期の経験からも、あのアルファでは、いずれお前も苦痛になる日がくる」
「わかっています、大丈夫です。僕は勇吾さんが好きだし、お爺様をこれ以上悲しませたくないから。もう絶対裏切りません。だから絢香を人質みたいに見ないで欲しい。僕の大事な人だから優しくするって前に言っていたけど、絢香の気持ちには答えてあげないんですか?」
絢香は俺を引き止める人質。前の話だとそうだけど、俺はもう人質なんて取られなくても、この人を裏切らない。
「あの時はひどい言い方をして悪かった。もちろん絢香は気に入っている。だけど儂も絢香も、もう番は持てない。儂の番は死んだ妻一人だけだ。もしきちんとしろというなら、そうだな、お前が無事に岩峰の家に嫁いだら、絢香と籍を入れよう。もちろん絢香の気持ち次第だが、これでお前と絢香は本物の家族になれる、それもいいな」
「……お爺様、ありがとうございます! ほんとうにっ嬉しいです」
俺は泣いてしまった。
この人は本当に俺たちをきちんと考えてくれている。頑なだった俺の心が先輩を受け入れたように、この目の前の老人をも受け入れようとしている。
思わず、祖父に抱きついて泣き喚いてしまった。
困ったような、照れたような、そんな戸惑いを見せながらも、俺の背中をぽんぽん叩いてくれている。あまり人を慰めたことがないであろうぎこちない動きにさえ、俺は安心してそのまま胸にすがっていた。
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