異世界スロースターター

宇野 肇

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一章 ギルと名乗る男

閑話: 生産組合にて

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「それじゃ、今日は俺は討伐依頼はできそうにないし、別の組合に行ってくる」
 ゼクスシュタインで冒険者として活動を始めて随分経った。毎日討伐採集依頼をこなしてもいい位の気合を入れていた俺に対し、ギルは……なんていうか、凄く盛っていた。
 毎晩、毎朝愛撫と変わらない手つきで俺のことを触ってくるし、抜くにしても自分で抜かせてくれない。ずっとギルにイかされている。そこまでなら不都合はないし俺も気持ちいいからいいんだけど、三日に一回位はセックスに持ち込まれて翌日に響くため週休二日制を強いられているというのが現状だ。いや、断れない俺も悪いのだが、なにせ気持ちいいし……ギルに触れられると安心してしまう。特別で、つい甘くなるのだ。
 しかしそれとこれとは話が別で、俺は樹生たつきへのメッセージの掲示で出遅れた分を早く回収し稼ぎたいと思っているのだが、ギルには伝わってないらしい。まあ、これは俺の旅であるから、ギルに急かされるようなことはないんだけど。
 前にも増して気持ちよくなってしまったギルとの行為を受け入れつつも、毎日の出費と貯蓄を並行していくにあたり、一つ、やっておきたいことがあった。
 生産組合への登録だ。
 この世界では、組合が取り扱うものは皆質や量、値段に至るまで全て同じ規格で統一されている。職人との個人取引であれば質の高いものや形の異なるものを求めることも可能だ。『Arkadia』では現地人を見つけるより掲示板で情報共有して、生産業をしているプレイヤーと掛け合うことが多かった。
 生産組合の扱う品物は冒険者へ向けたものが大半を占める。世界を股にかけ、種族も身分も関係ない職業だ。そして冒険者は金を落とす。優秀な冒険者のサポートをすることによって、経済活動を活性化させたいわけだ。出来上がった品物の数々は冒険者組合の購入専用カウンターへ卸され、定価で売られる。ちなみに、この品々は金さえ用意出来るのなら誰でも買い求めることができる。ある程度の買い占めにも対応できるため、非常に重宝する存在だ。
 さて、この冒険者向けの品物だが、基本的には消耗品である。液体回復薬であるポーション(pot)などは生産組合の方でしっかりと厳しく、特に質について管理されているため極端にハズレを引くことはない。どこで買っても安定した品質と値段で取引されている。特別な条件下でもない限り値引きはナシ、だ。
 個人的な取引においてはこの限りではないが、職人は職人であって商人ではない。どんなに優れたものを作り出すことができても、それを上手く売り、生計を立てていく能力を有しているとは限らない。そもそもそんな時間があるなら作品作りにあてるという人もいるだろう。生産組合に所属していると安定した収入が得られる上、自分で顧客を獲得して行く労力もなくなる。営業が苦手、向かない、したくない職人のための組合と言ってもいい。勿論、自分で客を選ぶ、というスタイルの職人もいるから、好き好きだ。

 昨晩はたっぷりと腰を使ったから、今日はいわばオフ。だから、生産組合への登録をしようと思っている。
 登録方法は『組合の扱う商品を、組合員の立会いの下、組合の用意した材料でもって、組合の基準を満たした状態で提出すること』。俺の場合は勿論、最もスキルの熟練度の高い『調合』を使って作成する液体回復薬、ポーションとなる。
 冒険者組合とは違って作成しただけでは終わらない。検品作業があるため少し時間が要る。金銭を稼ぐ方法は色々ある方がいいだろうし、組合の支店は街と呼べる規模であれば大体はあるものだからこれからのことを考えてもメリットしかない。≪フォーレ≫では機を逃したが、今ならできる。

 ギルに付き添ってもらったところで手持無沙汰になるのは明白のため、ギルはギルで自由に過ごしてもらおうと二手に分かれることを提案したのだが、「薬一つ作るのに一日がかりでもあるまいし」と跳ね除けられてしまった。そうなんだけど、なんというか、俺から離れたがらないギル、というのは新鮮すぎて心臓に悪い。
 結局連れ立って生産組合の施設の中に入ることになった。場所は冒険者組合の斜め前。ゼクスシュタインは細い路地が多く迷い易いが、組合周辺に限っては区画整理がきっちりとなされていて、案内板も立てられているため分かりやすい。
「ようこそ、……本日はどのようなご用件で?」
 入ってすぐ、落ち着いた雰囲気の中年の男性が前に来た。
「すみません、今日は生産組合に登録したくて参りました。ヒューイと申します」
 頭を下げると、どこかほっとした顔をされてしまった。……ギルのせいだろうか? 見た目いかついもんな。俺はどっからどう見ても普通だし。
「そうですか。登録を希望されているのはヒューイさんだけですか」
「はい」
「では他の方はあちらにありますロビーでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
 手で示されたのは、きれいな革張りのソファだった。隣には背の高いスタンドライトがあり、壁にはウッドパネルが採用されていて、観葉植物が置かれている。端っこの方で天上の照明が少し届かない分、足元に行燈のようなものが優しく輝いている。マッサージチェアでもあればぐっすり眠ってしまいそうな雰囲気だ。
「じゃあギル、悪いけど」
「ああ」
 アドルフにギルについていくよう言い付け、待機を命じる。一人と一匹がソファとそのすぐそばに落ち着くのを見送って、俺は案内されるまま組合の奥の部屋へ足を踏み入れた。
「それではまず確認から。お名前と、それからなにか身分を証明するものはお持ちですか?」
「はい。ヒューイと申します。一ヶ月ほど前に冒険者登録を済ませました。新米ですが、複数回依頼を達成した記録があります」
 冒険者組合で作ったドッグタグを出すと、組合員はそれをじっと見つめた。このタグの中にある情報だが、名前は全ての人が確認することができる。依頼の達成率、達成数は本人が触れていれば現れるため、それを表示させる。
「確かに。それではヒューイさん、今回はどのような品物をお作りに?」
「はい、赤ポーションです」


 ポーションだが、赤と青の二種類が存在する。どちらも掛けてよし飲んでよし、その即効性たるや魔法並み、ということで不思議な薬『霊薬』というジャンルに位置している。これは他の軟膏や粉末タイプの薬と比べてランクが上で、値段は10ドラクマ。効力に見合った、一般人には手が出にくい値段だ。赤は体力、青は魔力、精神力を回復する。
 その作成方法だが、赤ポーションの場合はそのものずばり煮出しである。煎じる、と言った方が通じるかもしれない。材料となるマギ草を、蒸留した水と一緒に土瓶に入れ、火にかける。適切なタイミングで火を止め、冷める前に濾しておけば、後はそのまま放置でいい。完全に冷めてしまえば完成だ。青ポーションの場合は冷めてから濾せばいい。
 スキルで必要なのは『調合』で、『錬金術』があれば成功率が上がる。この成功率というのはプレイヤーの感覚に訴えてくるもので、どのタイミングで今行っている作業を止めるのか、他の材料を混ぜるのかというのが分かる。極端に分かり易いものだと、視界に直接手を加えるべきポイントやラインが浮かび上がることもある。成功するだけでなく、最良の結果へ至るためのサポートをしてくれるわけだ。
 材料であるマギ草は薬全般に使われる非常に一般的な薬草で、温暖な気候であればどんな土地にも群生する。このマギ草の特性は『この世の全ての命あるものを回復させる』もので、普通に作れば体力を、そして魔力を込めれば精神力を癒すことができる。直接食べることもできなくはないが、その場合は吸収率が落ち、しかも精神力と体力を半々で回復してしまう。
 ゲームでは基本的にこの二つが回復するというのはつまり、傷が塞がり、疲労が取れる。かと言って睡眠や食事のような休息も取らなければそれはそれで参ってしまうのだが、現実としてみれば薬としてこれほど優秀なものはない。故に危険に晒されることの多い冒険者や騎士などには重宝されるが、その質にバラつきがあっては困るわけだ。命を救うこの霊薬で、生産者たちの信用は築かれている。と、言っても過言ではないだろう。
 そんなポーションだが、やり方さえ分かっていれば誰にでも作れる。質のブレはその分大きいが、飽くまで自分で作って自分で消費したり、当人が納得した上で売買する分には組合の手は入らない。組合に所属し、納品する場合のみ相応の品であることが求められる。各組合は、組合の外にいる人間に手は出さないし、守らないのが基本だ。この世界の命や個と言うものは、俺のいた世界よりずっと軽く、厳しい。


 さて、登録のためのテストだが、生産組合では作る品物ごとに材料と道具が用意されている。そこから職員立会いの下、正しいものを選んで作ってみせるのだ。この検分は前半部で、検品は後半部。この二つをクリアして合格となる。
 組合で用意される道具だが、一つの道具でも複数の形が取り揃えられており、自分の馴染みのあるものを選ぶことができる。道具から自作する職人はなかなかいないため、それで十分。材料も組合の在庫から必要分、必要なものを揃えることが許されている。これも大量に必要になるものではないから大丈夫なのだ。組合員はその道具・材料選びや手順を黙ったまま確認する。それは品物の完成まで続く。もし失敗すると日を改めることになるし、二回目以降は材料を持ち込むのが条件となる。勿論、その場合は材料が正しく意図したものかの確認が行われる。

 俺の赤ポーションは滞りなく完成した。今まで使っていた道具は全て購入できるものだし、ポーションは質の問題さえクリアできれば、作ること自体はそう難しいことではないからだ。
 組合指定のフラスコのような容器に鮮やかな赤色の透明な液体を入れ、コルクで蓋をする。それを組合員に手渡して完了だ。
「はい、確かに。それでは今から検品に移りますね。結果は明日以降であればお知らせできますのでまたいらしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
 頭を下げて奥の部屋から出る。職員の後をついて行き、組合の入り口まで戻る。
 お疲れ様でしたと言う言葉に会釈してロビーへ足を向けると、なにやら女性たちが頬を緩ませて特定の方向へ熱い視線を送っているのに気付いた。
 なんだろう、とその先を追いかけると、ぴりぴりとした空気を発するギルと目があった。
「ごめん、お待たせ。……どうしたの?」
 近づいて首を傾げると、ギルは視線が鬱陶しい、と立ち上がった。アドルフも尻尾を振って俺の足元へとやってくる。その首元を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「……ああ、みんなギルを見てたのか」
「いや、アドルフだ」
「は」
「大方こいつに触りたいんだろ」
 いつもよりも低めの声で、投げやりにギルが言う。俺はしばらくギルとアドルフを交互に見て、それから点と点を繋ぐことに成功すると、思わずくすっと笑ってしまった。
「ギルの顔が怖いから近寄れないってわけだ」
 どうやら、ギルよりアドルフの方がモテるらしい。……ギルだって男らしくてかっこいいと思うんだけどな。鋭い雰囲気をかっこいいと思うより先に、怖いと感じるのだろう。俺もそうだったし。
 本当は穏やかで静かで、暴力を振るうような男じゃないのに。
 そう思うとギルは随分損をしているように思う。それでも、一見して不快な顔ではないわけで。かっこいいのに勿体無いなと思う気持ちと、あまり知られたくないと秘匿したい思いが混じり合う。
 用が済んだのなら変に声をかけられる前に早く出たいと言うギルに頷いて、俺たちはそそくさと生産組合を後にした。軽く会釈をした際に見た残念そうな女性たちの顔がアドルフに向けられているのだと思うと、なんだか笑いたいような優越感めいたものが胸に湧いた。

 次の日、冒険者組合の依頼達成後に顔を出した生産組合では合格をもらい登録手続きを行ったが、その間再びギルとアドルフとを待たせることになってしまい、ギルが生産組合へ近寄りたがらなくなったのには苦笑を禁じ得なかった。今後納品する際は俺一人の方がよさそうだ。……少なくとも、ゼクスシュタインにいる間は。
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