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勇者の初恋・魔王の困惑【R15】
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「か、可愛い……!」
その言葉を聞いた時、魔王リオルは空耳かと思った。
だが、目の前の男は赤く頬を染め、穴が開くんじゃないかと思うほど、リオルの顔を凝視していた。
(私、そんなに可愛くないと思うけど……聞き間違えじゃないわよね……)
リオルは捨て子だった。先代の魔王に「なんだ? この薄汚いボロ雑巾は?」と、行き倒れていたところを拾われ、育てられた。
先代魔王は天涯孤独で、泥水をすすり、殺伐とした生活を送ってきた。そのため、絶望的に口下手だった。家族がいなかったため、リオルへの適切な接し方が分からず、照れ隠しで幼いころは「おい、痩せっぽち」大きくなってからは「ギョロ目」と罵るように言われて育てられたため、リオルは自己評価が低く、魔王の座を先代から引き継いでからは、寝る時以外、兜を付けるようになってしまった。
「完全に育て方を間違えたわよね……」
「先代魔王様、恨みますぞ……!」
リオルの愛らしい素顔と笑顔を知っている古参の魔族たちは落胆を隠せなかった。
先代魔王の功績は多く、尊敬されていたが、それが唯一の汚点となった。
魔王リオルは魔王として10年近く勇者と戦っている。
戦力で劣っていたが、配下である魔族が「魔王リオル様には指一本触れさせんぞ!」と奮闘してくれたからだ。
(勇者ニコラス……。誰かと付き合ったという噂も聞いたことがないから、女性に免疫がないとか……? でも勇者のパーティーは美女揃いだし……)
なぜか今回は単身で魔王城に乗り込んできたが、勇者ニコラスには仲間たちがいる。男は勇者だけで、その他全員が見目麗しい女たちだ。
恥ずかしげもなく大胆に肌を露わにしている痴女や、清楚華憐な美女がいる。全員、傍目から見て分かるぐらい、勇者に恋心を抱いていた。
けれど、その恋は実ることはなく、片想いのまま終わった。
勇者がまだ少年だったころから知っているからこそ、その性格も分かっていた。ストイックな性格で、打倒魔王を掲げ、己を鍛え上げることを重視し、多感な少年時代を捧げてきた。
(どうしよう……、このままだと……)
勇者はリオルを見て、固まったままだ。
魔王リオルは勇者に敗北を喫したのだ。勇者に敗れた魔王は先代と同じように死ぬべきだと、リオルは思っていた。
(もう、みんな居ないし……)
守るべき配下の魔族は、魔王リオルを庇って居なくなってしまった。みんなでいっしょに食べていた食事も、1人、また1人減り、つい数日前から、魔王リオルはひとりぼっちで食べるようになってしまった。
リオルが好きなものが所狭しと並ぶけど、料理番のゴブリンが心を込めて作ってくれた美味しい食事も、1人だと味気ないものだった。
どうせ殺されるなら、父として慕った先代魔王と同じように、勇者に殺されたかった。
だから勇者が首を刎ねやすいように、兜を外したのだ。
「勇者ニコラス。はやく私を殺してください」
仕方なく、魔王リオルは催促したが、勇者は「……っ! そんなこと、出来るわけがない!」と言い出した。
「魔王がいったい何をした? 俺も、先代の勇者も騙されていただけだ。……俺たちは、魔族を殺していない。国王の目から逃すために、封印しただけだ」
勇者ニコラスの言葉に、魔王リオルは青ざめた。封印されると目も見えず耳も聞こえず、意識だけがある状態で、封印が解かれるまで悠久の時を過ごさないといけない。それは死んだも同然で、気が狂うほどの時が流れる場合が殆どだ。
封印とは、魔族にとって、死より苦しい責め苦だった。1人で食事することすら辛いリオルが耐えられるわけもなかった。
リオルは焦りの色を見せた。
「何を言っているの? 私を殺すのが、貴方の役割のはずよ?」
勇者が魔王を殺すのは宿命と言っても過言ではなかった。
(兜を外すんじゃなかった! 今の勇者なら、兜ごと一刀両断に出来たはず……!)
魔王リオルを殺すのが忍びなくなり、封印したところで魔物は減らないし、依然として脅威は残ることになる。失われた時間は戻らないが、せめてもの償いとして、魔王リオルは平和な時を人間界にもたらしたかった。つかの間の平和だとしても、魔王リオルは勇者に人間として普通の人生を送って欲しかった。
「……魔王リオル」
「なぁに?」
「あなたに惚れてしまった。俺と結婚してくれ……!」
「……けっこん……え!? 結婚……!?」
リオルは目を大きく見開き、頬を朱に染めた。
その初々しい表情に、勇者は心を高揚させた。
「この聖剣に誓おう。俺は生涯、リオルを守る」
まっすぐな愛の告白に、魔王リオルは混乱した。
「な、なんてことを……」
誓いの言葉は神に捧げるもので、取り消すことが出来ない。
本来は結婚式で、愛する人の前で捧げるものだ。
魔王リオルは、ずっと勇者に後ろめたさを感じていた。魔王リオルさえ居なければ、生まれ育った村から出て、旅をする必要もなかった。
もしかしたら幼馴染と結婚し、今頃は子供がいたかもしれない。勇者ニコラスなら、きっと良き夫、良き父親になったことだろう。
勇者ニコラスの人生を歪めてしまったのは、先代魔王の後を継ぐ決意をした、魔王リオルのせいだった。
「軽いね。ちゃんと食べているの?」
勇者は困惑する魔王リオルの鎧を剥ぎ取り、まるで羽毛布団のように軽々と抱き上げた。
「勇者ニコラス……。私は魔王なんだけど……」
「知ってるよ。王様にはめられて、死刑になりそうだった俺達を救ってくれた、お人好しの魔王だろ?」
それは誰にも口外するつもりのない秘密だった。
敵である勇者に塩を送ったなんて、命を懸けて守ってくれた仲間に申し訳なかったし、裏切り行為に他ならなかったからだ。けれど、10年もの間、しのぎを削って戦ってきた勇者が、あんな姑息な手で死ぬなんて、魔王リオルは見て見ぬ振りができなかったのだ。
「そ、そんなことしてないわ……!」
「カプリスってやつが、聞いてもいないのに、全部げろってくれたよ」
(カプリスのバカ! あれだけ秘密だよって言ったのに……!)
よりによって勇者に知られてしまっていることに、リオルは動揺した。
目玉の小悪魔、カプリスはお調子者だが明るい性格で、気分が落ち込みやすいリオルにとって、心強い仲間だった。
だからこそ、戦闘能力はないが側近として、最後まで傍に置いていたのだ。そのカプリスも「ちょっと遊びに行ってきますね!」と言い残して魔王城から居なくなり、数日が経つ。
音信不通になり、ずっと心配していたのだが、居なくなってから数日の間に、勇者と接触していたことは知らなかった。
(どうして、私の知らないところで、勇者と戦ってるの!?)
カプリスは魔族の中でも最弱と言われる小悪魔である。
まだ生まれて間もなく、お世辞にも強いとは言えなかった。なにしろ、食事番のゴブリンにさえ負けるぐらいだ。勝ち目がないことぐらい分かってそうなのに、カプリスのお喋りで短絡的な性格なら、やりかねなかった。
リオルが秘密裏に勇者を助けてしまったことを、偶然カプリスに知られた時、その性格を危惧して、何度も「お願い! 誰にも言わないで! これは私とカプリスだけの秘密だよ!」と口止めをしていたのだが、どうやら無意味だったらしい。
「……俺の仲間は、命の恩人である魔王を倒さないと決めた。だけど、俺にとって魔王討伐は、悲願だった。せめて勝敗をつけることで気持ちに踏ん切りをつけるつもりだったんだが……」
勇者の告白に、リオルは耳を疑った。勇者のことは好ましく思っていたが、所詮は敵同士だと思っていたから、馴れ合いは避けていた。
勇者と魔王としての宿命を果たすべく、この10年間、切磋琢磨してきた。それなのに、たった1度、勇者を助けた。それだけで、勇者は魔王リオルを倒す気が無くなってしまったようだった。
なんといえばいいのか分からず、言葉に迷って思案していると、柔らかいものが唇を覆って、リオルは目を大きく見開いた。
(――え……!? 嘘……っ!? 私、勇者とキス、してる……!?)
勇者の栗色の髪の毛が額に触れ、その舌が歯列を割って差し込まれた。
「ん、んっ……!?」
勇者ニコラスの舌は、逃げ惑う魔王リオルの舌に絡みついた。息つく暇も与えず、勇者ニコラスは何度も角度を変えて、繰り返しキスをした。勇者ニコラスの唇と舌の感触と魔力に、甘く痺れるような快感が、せりあがって、リオルは熱い吐息を漏らした。
「あっ……! ごめん……! あんまりに可愛くて、つい……! 責任はとるからさ……!! まずは故郷に戻って、母さんにリオルを俺の嫁だって紹介しなきゃ。いやー、こんな可愛い子を連れていったら、母さん喜んじゃうな!! ずっと娘が欲しかったって言ってたし」
「話が飛躍し過ぎなんだけど……!?」
ファーストキスを勇者に奪われたことより、結婚前の挨拶という、勇者の嫁になるためのイベントが勇者の口から飛び出し、否が応でも勇者ニコラスとの結婚が現実味を増したことに、魔王リオルは衝撃を受けた。
「それとも、今すぐ俺のものになる? 俺は全然それでも構わないんだけど」
「ひゃっ……!?」
尻を撫でられ、魔王リオルはビクりと体を震わせた。勇者ニコラスはリオルの反応に、興奮した声で、囁いた。
「顔も可愛いけど声も可愛いね……。今まではカプリスってやつがリオルの声を代弁してたんだよね? だから、今日はずっと黙ってたの? こんな声だなんて、知らなかったよ。隠すだなんて、ずるいなあ。もっと色んな声が聞きたいよ。……あ、そうだ! ここの奥にリオルの部屋があるんでしょう? なんか大きくて豪華なベットもあるんだよね? そこでしようか」
「なんで知っているの!?」
「あの小悪魔が自慢気に言ってたよ。なんでも歴代の魔王が使っていたベットなんだって?」
(カ、カプリス――!!)
目を白黒させているうちに、勇者ニコラスはリオルの部屋に辿り着いてしまった。どさりとリオルをベットに下ろすと、勇者ニコラスはリオルを半ば強引に組み敷いた。
「さぁ、愛し合おうか」
「待って! ま、まだ――!!」
再び唇を奪われ、魔王リオルは絶体絶命に陥った。抵抗も虚しく、魔王リオルは勇者ニコラスに欲望のまま貪られ、骨の髄まで愛されたた。
「よく似合ってるよ、リオル」
「そ、そう……?」
後日、勇者ニコラスの子を孕み、お腹を大きくした魔王リオルは結婚式当日、放心状態で純白のウェディングドレスを着ていた。
こんな人間でない女を嫁にするだなんて、迫害されるのではと思っていた魔王リオルは、予想に反して村中から歓迎を受けていた。
村の平均年齢は60歳を超えており、お腹に赤子を宿したリオルは、村にとって久しぶりの明るい話題だった。
勇者の祖父母も、顔を皺くちゃにして「こんなめんこい嫁を貰うだなんて、ニコラスもやるだなあ」と喜んだ。村中が、もうすぐ産まれるであろう赤ん坊に期待しており、結婚の撤回など出来るはずもなかった。
そして、結婚式では久しぶりに勇者パーティの面々と再会することになった。
「ご、ごめんなさい……! まさか、こんなことになってるだなんて……!!」
「あ、あの……! そんなこと、されないでください……!!」
勇者に「魔王は悪いやつじゃなかった」「すっごい可愛い子と結婚する」としか聞かされていなかった勇者パーティのメンバーに土下座されるのだった。
その言葉を聞いた時、魔王リオルは空耳かと思った。
だが、目の前の男は赤く頬を染め、穴が開くんじゃないかと思うほど、リオルの顔を凝視していた。
(私、そんなに可愛くないと思うけど……聞き間違えじゃないわよね……)
リオルは捨て子だった。先代の魔王に「なんだ? この薄汚いボロ雑巾は?」と、行き倒れていたところを拾われ、育てられた。
先代魔王は天涯孤独で、泥水をすすり、殺伐とした生活を送ってきた。そのため、絶望的に口下手だった。家族がいなかったため、リオルへの適切な接し方が分からず、照れ隠しで幼いころは「おい、痩せっぽち」大きくなってからは「ギョロ目」と罵るように言われて育てられたため、リオルは自己評価が低く、魔王の座を先代から引き継いでからは、寝る時以外、兜を付けるようになってしまった。
「完全に育て方を間違えたわよね……」
「先代魔王様、恨みますぞ……!」
リオルの愛らしい素顔と笑顔を知っている古参の魔族たちは落胆を隠せなかった。
先代魔王の功績は多く、尊敬されていたが、それが唯一の汚点となった。
魔王リオルは魔王として10年近く勇者と戦っている。
戦力で劣っていたが、配下である魔族が「魔王リオル様には指一本触れさせんぞ!」と奮闘してくれたからだ。
(勇者ニコラス……。誰かと付き合ったという噂も聞いたことがないから、女性に免疫がないとか……? でも勇者のパーティーは美女揃いだし……)
なぜか今回は単身で魔王城に乗り込んできたが、勇者ニコラスには仲間たちがいる。男は勇者だけで、その他全員が見目麗しい女たちだ。
恥ずかしげもなく大胆に肌を露わにしている痴女や、清楚華憐な美女がいる。全員、傍目から見て分かるぐらい、勇者に恋心を抱いていた。
けれど、その恋は実ることはなく、片想いのまま終わった。
勇者がまだ少年だったころから知っているからこそ、その性格も分かっていた。ストイックな性格で、打倒魔王を掲げ、己を鍛え上げることを重視し、多感な少年時代を捧げてきた。
(どうしよう……、このままだと……)
勇者はリオルを見て、固まったままだ。
魔王リオルは勇者に敗北を喫したのだ。勇者に敗れた魔王は先代と同じように死ぬべきだと、リオルは思っていた。
(もう、みんな居ないし……)
守るべき配下の魔族は、魔王リオルを庇って居なくなってしまった。みんなでいっしょに食べていた食事も、1人、また1人減り、つい数日前から、魔王リオルはひとりぼっちで食べるようになってしまった。
リオルが好きなものが所狭しと並ぶけど、料理番のゴブリンが心を込めて作ってくれた美味しい食事も、1人だと味気ないものだった。
どうせ殺されるなら、父として慕った先代魔王と同じように、勇者に殺されたかった。
だから勇者が首を刎ねやすいように、兜を外したのだ。
「勇者ニコラス。はやく私を殺してください」
仕方なく、魔王リオルは催促したが、勇者は「……っ! そんなこと、出来るわけがない!」と言い出した。
「魔王がいったい何をした? 俺も、先代の勇者も騙されていただけだ。……俺たちは、魔族を殺していない。国王の目から逃すために、封印しただけだ」
勇者ニコラスの言葉に、魔王リオルは青ざめた。封印されると目も見えず耳も聞こえず、意識だけがある状態で、封印が解かれるまで悠久の時を過ごさないといけない。それは死んだも同然で、気が狂うほどの時が流れる場合が殆どだ。
封印とは、魔族にとって、死より苦しい責め苦だった。1人で食事することすら辛いリオルが耐えられるわけもなかった。
リオルは焦りの色を見せた。
「何を言っているの? 私を殺すのが、貴方の役割のはずよ?」
勇者が魔王を殺すのは宿命と言っても過言ではなかった。
(兜を外すんじゃなかった! 今の勇者なら、兜ごと一刀両断に出来たはず……!)
魔王リオルを殺すのが忍びなくなり、封印したところで魔物は減らないし、依然として脅威は残ることになる。失われた時間は戻らないが、せめてもの償いとして、魔王リオルは平和な時を人間界にもたらしたかった。つかの間の平和だとしても、魔王リオルは勇者に人間として普通の人生を送って欲しかった。
「……魔王リオル」
「なぁに?」
「あなたに惚れてしまった。俺と結婚してくれ……!」
「……けっこん……え!? 結婚……!?」
リオルは目を大きく見開き、頬を朱に染めた。
その初々しい表情に、勇者は心を高揚させた。
「この聖剣に誓おう。俺は生涯、リオルを守る」
まっすぐな愛の告白に、魔王リオルは混乱した。
「な、なんてことを……」
誓いの言葉は神に捧げるもので、取り消すことが出来ない。
本来は結婚式で、愛する人の前で捧げるものだ。
魔王リオルは、ずっと勇者に後ろめたさを感じていた。魔王リオルさえ居なければ、生まれ育った村から出て、旅をする必要もなかった。
もしかしたら幼馴染と結婚し、今頃は子供がいたかもしれない。勇者ニコラスなら、きっと良き夫、良き父親になったことだろう。
勇者ニコラスの人生を歪めてしまったのは、先代魔王の後を継ぐ決意をした、魔王リオルのせいだった。
「軽いね。ちゃんと食べているの?」
勇者は困惑する魔王リオルの鎧を剥ぎ取り、まるで羽毛布団のように軽々と抱き上げた。
「勇者ニコラス……。私は魔王なんだけど……」
「知ってるよ。王様にはめられて、死刑になりそうだった俺達を救ってくれた、お人好しの魔王だろ?」
それは誰にも口外するつもりのない秘密だった。
敵である勇者に塩を送ったなんて、命を懸けて守ってくれた仲間に申し訳なかったし、裏切り行為に他ならなかったからだ。けれど、10年もの間、しのぎを削って戦ってきた勇者が、あんな姑息な手で死ぬなんて、魔王リオルは見て見ぬ振りができなかったのだ。
「そ、そんなことしてないわ……!」
「カプリスってやつが、聞いてもいないのに、全部げろってくれたよ」
(カプリスのバカ! あれだけ秘密だよって言ったのに……!)
よりによって勇者に知られてしまっていることに、リオルは動揺した。
目玉の小悪魔、カプリスはお調子者だが明るい性格で、気分が落ち込みやすいリオルにとって、心強い仲間だった。
だからこそ、戦闘能力はないが側近として、最後まで傍に置いていたのだ。そのカプリスも「ちょっと遊びに行ってきますね!」と言い残して魔王城から居なくなり、数日が経つ。
音信不通になり、ずっと心配していたのだが、居なくなってから数日の間に、勇者と接触していたことは知らなかった。
(どうして、私の知らないところで、勇者と戦ってるの!?)
カプリスは魔族の中でも最弱と言われる小悪魔である。
まだ生まれて間もなく、お世辞にも強いとは言えなかった。なにしろ、食事番のゴブリンにさえ負けるぐらいだ。勝ち目がないことぐらい分かってそうなのに、カプリスのお喋りで短絡的な性格なら、やりかねなかった。
リオルが秘密裏に勇者を助けてしまったことを、偶然カプリスに知られた時、その性格を危惧して、何度も「お願い! 誰にも言わないで! これは私とカプリスだけの秘密だよ!」と口止めをしていたのだが、どうやら無意味だったらしい。
「……俺の仲間は、命の恩人である魔王を倒さないと決めた。だけど、俺にとって魔王討伐は、悲願だった。せめて勝敗をつけることで気持ちに踏ん切りをつけるつもりだったんだが……」
勇者の告白に、リオルは耳を疑った。勇者のことは好ましく思っていたが、所詮は敵同士だと思っていたから、馴れ合いは避けていた。
勇者と魔王としての宿命を果たすべく、この10年間、切磋琢磨してきた。それなのに、たった1度、勇者を助けた。それだけで、勇者は魔王リオルを倒す気が無くなってしまったようだった。
なんといえばいいのか分からず、言葉に迷って思案していると、柔らかいものが唇を覆って、リオルは目を大きく見開いた。
(――え……!? 嘘……っ!? 私、勇者とキス、してる……!?)
勇者の栗色の髪の毛が額に触れ、その舌が歯列を割って差し込まれた。
「ん、んっ……!?」
勇者ニコラスの舌は、逃げ惑う魔王リオルの舌に絡みついた。息つく暇も与えず、勇者ニコラスは何度も角度を変えて、繰り返しキスをした。勇者ニコラスの唇と舌の感触と魔力に、甘く痺れるような快感が、せりあがって、リオルは熱い吐息を漏らした。
「あっ……! ごめん……! あんまりに可愛くて、つい……! 責任はとるからさ……!! まずは故郷に戻って、母さんにリオルを俺の嫁だって紹介しなきゃ。いやー、こんな可愛い子を連れていったら、母さん喜んじゃうな!! ずっと娘が欲しかったって言ってたし」
「話が飛躍し過ぎなんだけど……!?」
ファーストキスを勇者に奪われたことより、結婚前の挨拶という、勇者の嫁になるためのイベントが勇者の口から飛び出し、否が応でも勇者ニコラスとの結婚が現実味を増したことに、魔王リオルは衝撃を受けた。
「それとも、今すぐ俺のものになる? 俺は全然それでも構わないんだけど」
「ひゃっ……!?」
尻を撫でられ、魔王リオルはビクりと体を震わせた。勇者ニコラスはリオルの反応に、興奮した声で、囁いた。
「顔も可愛いけど声も可愛いね……。今まではカプリスってやつがリオルの声を代弁してたんだよね? だから、今日はずっと黙ってたの? こんな声だなんて、知らなかったよ。隠すだなんて、ずるいなあ。もっと色んな声が聞きたいよ。……あ、そうだ! ここの奥にリオルの部屋があるんでしょう? なんか大きくて豪華なベットもあるんだよね? そこでしようか」
「なんで知っているの!?」
「あの小悪魔が自慢気に言ってたよ。なんでも歴代の魔王が使っていたベットなんだって?」
(カ、カプリス――!!)
目を白黒させているうちに、勇者ニコラスはリオルの部屋に辿り着いてしまった。どさりとリオルをベットに下ろすと、勇者ニコラスはリオルを半ば強引に組み敷いた。
「さぁ、愛し合おうか」
「待って! ま、まだ――!!」
再び唇を奪われ、魔王リオルは絶体絶命に陥った。抵抗も虚しく、魔王リオルは勇者ニコラスに欲望のまま貪られ、骨の髄まで愛されたた。
「よく似合ってるよ、リオル」
「そ、そう……?」
後日、勇者ニコラスの子を孕み、お腹を大きくした魔王リオルは結婚式当日、放心状態で純白のウェディングドレスを着ていた。
こんな人間でない女を嫁にするだなんて、迫害されるのではと思っていた魔王リオルは、予想に反して村中から歓迎を受けていた。
村の平均年齢は60歳を超えており、お腹に赤子を宿したリオルは、村にとって久しぶりの明るい話題だった。
勇者の祖父母も、顔を皺くちゃにして「こんなめんこい嫁を貰うだなんて、ニコラスもやるだなあ」と喜んだ。村中が、もうすぐ産まれるであろう赤ん坊に期待しており、結婚の撤回など出来るはずもなかった。
そして、結婚式では久しぶりに勇者パーティの面々と再会することになった。
「ご、ごめんなさい……! まさか、こんなことになってるだなんて……!!」
「あ、あの……! そんなこと、されないでください……!!」
勇者に「魔王は悪いやつじゃなかった」「すっごい可愛い子と結婚する」としか聞かされていなかった勇者パーティのメンバーに土下座されるのだった。
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