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15.ウチ、盗賊を退治する(※王国騎士団長)
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* バーグ家の地下室 *
彼が外を引き受けてくれたことで、わたくしは難なく地下室へ侵入することができた。
狭く、暗く、長い階段。
足音を殺して進む間、背中に殺気を感じる。
(……緊張感か、聖女に対する憎悪か)
きっと両方なのでしょう。
わたくしは魔族である彼を信用できない。彼もまた、わたくしを警戒している。
「グレン様、これは彼の意思です」
イッくん様を煩わせるわけにはいかない。
だから、わたくしから歩み寄る姿勢を見せた。
「……」
彼は返事をしなかった。
しかし何か葛藤している様子は伝わってくる。
「……分かっている」
実に苦々しい声だった。
彼は溜息を吐き、言葉を続ける。
「貴様が裏切らぬ限り、俺が敵対することは無い」
「あら、それは長い付き合いになりそうですわね。グレンくん」
「そうあることを願うよ。貴様の名は?」
「ノエル。ただのノエルです」
「……覚えておこう」
背中に感じる殺気が薄まった。
ゼロになったわけではないことが不服だが、今はこれで十分だろう。
(……微かに気配を感じますね)
わたくしは足を止め、グレンくんに「敵が近い」と目で伝える。
彼が黙って頷いたことを確認して、先へ進む。
長い階段が終わり、狭い廊下が見えた。
数メートル先に光が見える。目を細めると部屋が見えた。
(……二人、いえ、三人ですか)
瞳の色を失った日、不思議な色が見えるようになった。
それは魔力。聖女の目は、どんなに微弱な魔力も見逃さない。
振り向き、グレンくんに指を見せる。
わたくしは五本の指を立て、一秒の感覚で折った。
(……行きます!)
青の魔力を一気に練り上げ、走りだした。
(……まず一人!)
白魔法の本質は増幅である。
他の色と違うのは、主として他者に作用すること。
わたくしが最も得意な色は、青。
他者が持つ青の魔力を適度に増幅すれば、傷や病を癒すことができる。
しかし過ぎたる薬は毒となる。
例えば、強引に体感時間を縮めさせると、脳には膨大な情報が送り込まれる。その負荷に慣れていない者ならば、一瞬で意識を失う。
(……二人目!)
騎士団の鎧には魔力を弾く効果がある。
しかし、鎧の無い部分に触れてしまえば、ただの服と変わらない。
(……三人目!)
わたくしは素早く二人を気絶させ、最後の一人に向かって手を伸ばす。
(……っ!?)
反応された。
しまったと思った時には遅かった。
手を引き戻せない絶妙なタイミング。
相手は手刀でわたくしの手首を弾き、反対の手を上段に構えた。
その手に赤と緑の魔力が宿る。
そして、わたくしの首めがけて真っ直ぐに振り下ろされた。
死を覚悟する。しかし次の瞬間、何者かが間に入った。
黒い髪と紅い瞳。わたくしは彼の背に触れ、その魔力を増幅する。
膨大な魔力が空気を震わせる。
そして数秒後、相手が後ろに跳んで距離を取った。
互いに睨み合う。
わたくしは相手の顔を認識して、その正体に気が付いた。
「あら、お久し振りですわね。仕事を辞めて盗賊にでもなったのですか?」
相手は一瞬だけ目を丸くした後、呆れた様子で苦笑した。
「これはこれは……今は、学園にいらっしゃるはずでは?」
「質問に質問を返す殿方は嫌われますわよ。騎士団長どの」
「手厳しい。あの幼かった少女も、今や立派なレディということですか。聖女さま」
まずい。まずい。まさか彼が出てくるとは思わなかった。
王国が誇る最高戦力の一人、ソケーブガ・ムッチッチ。二十歳の若さで騎士団長の地位を得て、王族から「偉大なる存在」の名を与えられた正真正銘のバケモノ。
グレンくんの魔力量は先ほど触れた時に分かった。
勝てない。ならば、わたくしは戦うべきではない。
「本日は、何かお探しなのですか?」
「あなたが知る必要は無いことです」
イッくん様が戻るまで時間を稼ぐ。
全知全能にして完全無欠の彼ならば、王国騎士団長とて敵ではない。
「フローパ・バーグの手記でしたら、こちらにはございませんわよ」
「……どこでそれを?」
明らかに動揺した。
確証は無かったけれど、やはりイッくん様の家に何か秘密があるようだ。
(……ちょうど良い機会ですわね)
どうせ彼に聞けば全て分かる。だけど、わたくしの無知によって貴重な時間を奪うことは許されない。この程度の情報は自力で得られなければ、隣に立つ資格は無い。
「バーグ家の方から聞きましたの。今日はより詳しい話を聞かせて頂く予定だったのに、お家が灰になっておりビックリですわ」
グレンくん、迫真の演技ですわね。
それとも本気で驚いている? ……いえいえ、まさかそんな。
「バーグ家の方々は、どちらに?」
騎士団長は深い溜息を吐いた。
「空を漂う灰の行き先など、私には分かりかねます」
「貴様ァ!?」
グレンくんの肩を摑んで止める。
この方、さては狙いを理解しておりませんわね。時間稼ぎですのよ?
「随分と仲がよろしいようで」
「ええ、大親友ですの」
「嘆かわしい。聖女さまは魔族に洗脳されてしまったようだ」
「あら酷い。わたくし、洗脳など受けておりませんわよ」
「良いでしょう。丁寧に聞かせてあげます。その間に身の振り方を考えなさい」
会話に応じた。
やはり聖女の価値は残っている。
「聖女の役割はご存知ですか?」
「そうですわね……楽園の襲撃、でしょうか?」
「ほお、素晴らしい。実に勤勉な聖女さまだ」
彼は拍手をした。
その後、やれやれと首を左右に振る。
「だが足りない。それは過去の話だ」
「過去?」
彼は顔を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「白魔法は黒魔法に対抗できる唯一の手段。即ち──魔族を支配できる力だ」
「魔族を……まさかっ!?」
「ふふ、流石は勤勉な聖女さまだ。理解が早い」
グレンくん、「どういうこと?」みたいな顔やめてください。
分かるでしょう。これまでの王国は古の約束に従い「楽園」だけを襲撃していた。しかし今は魔族の支配を考えている。これ以上は蛇足というものですわ。
「目的をお聞きしても?」
「残念ですが、お喋りは終わりです。考えがまとまりましたので」
考え……まさか、彼も時間を稼いでいた!?
「魔族を狩り、聖女さまを連れ帰る。それが最善だ」
瞬間、わたくしはグレンくんの魔力を増幅した。
咄嗟に反応したグレンくんと騎士団長の手刀がぶつかり、魔力の余波によって周辺の書類が宙を舞った。
「流石は聖女さま。これを止めますか」
「俺を見ろ。今、お前と戦っているのは俺だ」
「……やれやれ」
彼は足を振り上げた。
それはグレンくんの頬を掠め、褐色の頬に鋭い傷跡を作った。
「脆い!」
足が振り下ろされる。
グレンくんは咄嗟に身を屈め、両腕で防御した。しかし防御の上から押し潰され、両足が床にめりこんだ。
「弱い!」
彼の攻撃は止まらない。
直ぐに次の蹴りが繰り出された。
わたくしは二人の間に飛び込む。
騎士団長は鬱陶しそうに目を細め、そのまま足を振り抜いた。
「かはっ!?」
グレンくんと共に蹴り飛ばされた。
壁にぶつかった衝撃で息が詰まり、咳をすると血が飛び出た。
青の魔力を増幅して治療する。
傷は直ぐに治るが、痛みは消えてくれない。
「……乙女の、お腹を蹴るなんて」
「これでも力を抑えたのですよ? 私でなければ殺していた」
「……そう、なのでしょうね」
力の差があり過ぎる。
どうする。どうすれば生き延びることができる?
「……退け、聖女。体が温まってきたところだ」
振り返る。
彼は頭から血を流し、ふらふらと立ち上がった。
「困りました。あまり地下室を破壊したくないのですが」
まずい、まずい。
このまま戦えばグレンくんは死ぬ。
ありえない。
それではイッくん様の計画が狂ってしまう。
「次で殺します」
「……やってみろ」
二人の体から魔力が溢れ出る。
しかし、その量には大人と子供程の差がある。
(……待って)
言葉は出なかった。
口から出たのは、先程よりも量の多い血液だった。
「……どう、して?」
「私の魔力は特別だ。だけど安心してください。後で治療してあげますから」
聖女の力が通用していない。
いや、違う。わたくしが弱いからだ。
勝てない。
もう、打つ手がない。
体から力が抜ける。
まさに、その瞬間だった。
コンッ、と足音が聞こえた。
(……あぁ、この魔力は)
睨み合っていた二人も、その音に意識を向ける。
暗い地下室よりも深い闇を思わせる漆黒の髪。
全てを見透かす双眸からは、ハッキリと可視化できる程の魔力が溢れ出ていた。
(……はゎぁ~、イッくん様ぁ!)
彼の瞳は紅く染まっていた。
まるで、抑え込まれていた「魔族」としての力を解放したかのようだった。
「誰だ?」
騎士団長が問う。
「イーロン・バーグ」
彼は、ただ一言そう答えた。
「バーグ? ふっ、まだ生き残りが居たのか」
騎士団長は見下すような態度で言った。
しかし彼は全く動じない。ただ静かに、敵を見ている。
「その鎧……」
「これか? ああ、そうだとも。王国騎士団の鎧だ」
彼は微かに目を伏せた。
「……愚かだ」
はゎぁ~、圧倒的な強者故の発言、流石です!
彼の前では全てが無力。それを知らずに、騎士団という無価値な肩書きを誇る敵を哀れんでいらっしゃるのですね!
「ボクは楽園へ行く」
「……ほう?」
彼はゆっくりと手を伸ばした。
「共に来るか?」
はゎぁ~! なんという慈悲深さ!
問答無用で息の根を止めることをせず、生き延びる道を与えているのですね!
「……くっ、はは、ははははは!」
騎士団長はお腹を抱えて笑った。
「笑わせてくれた褒美だ。苦しまないように殺してやる」
彼は一気に魔力を練り上げ、イッくん様に肉薄した。
「死ねぇ!」
わたくしには目で追うのがやっとの手刀。
しかし、イッくん様はいとも簡単に手首を摑み、止めて見せた。
「何ィ!?」
「少し落ち着け」
「舐めるなァァァァ!」
騎士団長の体から膨大な魔力が溢れ出る。
動きを見るに、摑まれた手を振り解こうとしているのだろう。
しかし、イッくん様は微動だにしない。
「バカなッ!? その程度の魔力で、なぜ!?」
確かにイッくん様からは強い魔力を感じない。
いや、違う。わたくしには見える。研ぎ澄まされた魔力が、彼の内側にある。
「盗賊は、二人を残して殲滅せよ」
「なんだと?」
「母上さまの教えだ。全滅させると次が来る。一人の報告は相手にされない。再発を防止するには、二人に恐怖を刻み、送り返すことが最善である」
「二人? 外の者達はどうした?」
「一人だけ残した」
「バカな……貴様、自分が誰を敵に回したか分かっているのか!?」
「それはボクの台詞だよ」
一瞬、身が震える程の赤い魔力が放出された。
肉が潰れ、骨が砕ける音。そして、苦痛を訴える悲鳴。
「恐怖を刻む」
「やめっ」
はゎぁ~、あまりにも圧倒的です!
あれほど強かった騎士団長が、まるで赤子の手をひねるかのように!
「……これが、魔王様の力」
グレンくんもうっとりしています。
……ああ、そうだ。忘れていました。彼を治療しないと。
「構うな。自分を優先しろ」
「強がる場面ではありませんわよ」
自分の傷は、イッくん様を見た瞬間に閃きを得て完治した。
その姿を見せるだけで仲間を救い出すイッくん様……流石です!
「なぜっ、なぜっ、どうやってこれ程の力を!?」
騎士団長が目に涙を浮かべて叫んだ。
イッくん様は溜息を吐き、ただ一言だけ返事をする。
「──運命に抗う為に」
その言葉は、わたくしには福音のように感じられた。
わたくし達は残酷な運命を背負って生まれた。それを覆す為には、どうしても力が必要だ。要するに彼は──自分に並ぶ力を身に付けろと、そう言っているのだ。
(……この目に、いいえ、魂に刻みます)
彼が戦闘を長引かせる理由は他に考えられない。
わたくしは彼の意図を組み、細やかな魔力の流れ、そのひとつひとつを見逃さないように集中した。
「終わりにしよう」
「何を……っ!?」
イッくん様は敵の手を摑む。
敵は必死に抵抗するが、全く通用しない。
「ノエル」
「はい! 何なりと!」
「王国の方角は」
「あちらです!」
なぜ、とは聞かない。
わたくしはただ指をさし、彼の問いに答えた。
瞬間、彼の姿が消えた。
そして数秒後に戻ってきた。
「投げてきた」
「はゎぁ~! 流石です!」
イッくん様は周囲を見る。
「手紙を残したい」
「……はっ!? まさか、ご家族に?」
一瞬、何を言っているのだろうと思った。
しかし彼の言葉に間違いなどあるわけがない。ご家族は、生きているのだ!
「何を書くべきか……」
「わたくしにお任せください!」
「ほんと? じゃあ、頼むよ」
はゎぁ~! イッくん様から頼られてますぅ!
「完璧な手紙を残して見せますわ!」
「う、うん。よろしくね」
* イーロン *
いやぁ、びっくりしたよ。
王国の騎士団から鎧を盗むなんて、中々に命知らずな盗賊だ。
一緒に亡命しようかと誘ってみたけど、断られちゃった。
だから仕方がない。家訓に従って恐怖を刻んだ後、王国の方に投げた。
それにしてもグレンくんには悪いことをしたな。
あんなに弱い盗賊なのに、ボッコボコ。彼きっと戦うのは苦手なんだ。
さて、色々あったけど手紙は残せた。
本当は直接会って話したいけど、今ちょっと危うい状況だから……。
はぁ、悲しい。お家が完全に燃えちゃった。
たくさん思い出があるんだけど……まあ、仕方ないよね。母上さまと次に会ったら、ちゃんと火の始末をするように厳しく言おう。
その後、ウチは真っ直ぐ海へ向かった。
ノエルとグレンくんも王国から脱出できることが嬉しいようで、ウチの家を出た後はずっとテンションが高かった。ごめんね、寄り道して。
かくして。
楽園に辿り着いたのだった。
彼が外を引き受けてくれたことで、わたくしは難なく地下室へ侵入することができた。
狭く、暗く、長い階段。
足音を殺して進む間、背中に殺気を感じる。
(……緊張感か、聖女に対する憎悪か)
きっと両方なのでしょう。
わたくしは魔族である彼を信用できない。彼もまた、わたくしを警戒している。
「グレン様、これは彼の意思です」
イッくん様を煩わせるわけにはいかない。
だから、わたくしから歩み寄る姿勢を見せた。
「……」
彼は返事をしなかった。
しかし何か葛藤している様子は伝わってくる。
「……分かっている」
実に苦々しい声だった。
彼は溜息を吐き、言葉を続ける。
「貴様が裏切らぬ限り、俺が敵対することは無い」
「あら、それは長い付き合いになりそうですわね。グレンくん」
「そうあることを願うよ。貴様の名は?」
「ノエル。ただのノエルです」
「……覚えておこう」
背中に感じる殺気が薄まった。
ゼロになったわけではないことが不服だが、今はこれで十分だろう。
(……微かに気配を感じますね)
わたくしは足を止め、グレンくんに「敵が近い」と目で伝える。
彼が黙って頷いたことを確認して、先へ進む。
長い階段が終わり、狭い廊下が見えた。
数メートル先に光が見える。目を細めると部屋が見えた。
(……二人、いえ、三人ですか)
瞳の色を失った日、不思議な色が見えるようになった。
それは魔力。聖女の目は、どんなに微弱な魔力も見逃さない。
振り向き、グレンくんに指を見せる。
わたくしは五本の指を立て、一秒の感覚で折った。
(……行きます!)
青の魔力を一気に練り上げ、走りだした。
(……まず一人!)
白魔法の本質は増幅である。
他の色と違うのは、主として他者に作用すること。
わたくしが最も得意な色は、青。
他者が持つ青の魔力を適度に増幅すれば、傷や病を癒すことができる。
しかし過ぎたる薬は毒となる。
例えば、強引に体感時間を縮めさせると、脳には膨大な情報が送り込まれる。その負荷に慣れていない者ならば、一瞬で意識を失う。
(……二人目!)
騎士団の鎧には魔力を弾く効果がある。
しかし、鎧の無い部分に触れてしまえば、ただの服と変わらない。
(……三人目!)
わたくしは素早く二人を気絶させ、最後の一人に向かって手を伸ばす。
(……っ!?)
反応された。
しまったと思った時には遅かった。
手を引き戻せない絶妙なタイミング。
相手は手刀でわたくしの手首を弾き、反対の手を上段に構えた。
その手に赤と緑の魔力が宿る。
そして、わたくしの首めがけて真っ直ぐに振り下ろされた。
死を覚悟する。しかし次の瞬間、何者かが間に入った。
黒い髪と紅い瞳。わたくしは彼の背に触れ、その魔力を増幅する。
膨大な魔力が空気を震わせる。
そして数秒後、相手が後ろに跳んで距離を取った。
互いに睨み合う。
わたくしは相手の顔を認識して、その正体に気が付いた。
「あら、お久し振りですわね。仕事を辞めて盗賊にでもなったのですか?」
相手は一瞬だけ目を丸くした後、呆れた様子で苦笑した。
「これはこれは……今は、学園にいらっしゃるはずでは?」
「質問に質問を返す殿方は嫌われますわよ。騎士団長どの」
「手厳しい。あの幼かった少女も、今や立派なレディということですか。聖女さま」
まずい。まずい。まさか彼が出てくるとは思わなかった。
王国が誇る最高戦力の一人、ソケーブガ・ムッチッチ。二十歳の若さで騎士団長の地位を得て、王族から「偉大なる存在」の名を与えられた正真正銘のバケモノ。
グレンくんの魔力量は先ほど触れた時に分かった。
勝てない。ならば、わたくしは戦うべきではない。
「本日は、何かお探しなのですか?」
「あなたが知る必要は無いことです」
イッくん様が戻るまで時間を稼ぐ。
全知全能にして完全無欠の彼ならば、王国騎士団長とて敵ではない。
「フローパ・バーグの手記でしたら、こちらにはございませんわよ」
「……どこでそれを?」
明らかに動揺した。
確証は無かったけれど、やはりイッくん様の家に何か秘密があるようだ。
(……ちょうど良い機会ですわね)
どうせ彼に聞けば全て分かる。だけど、わたくしの無知によって貴重な時間を奪うことは許されない。この程度の情報は自力で得られなければ、隣に立つ資格は無い。
「バーグ家の方から聞きましたの。今日はより詳しい話を聞かせて頂く予定だったのに、お家が灰になっておりビックリですわ」
グレンくん、迫真の演技ですわね。
それとも本気で驚いている? ……いえいえ、まさかそんな。
「バーグ家の方々は、どちらに?」
騎士団長は深い溜息を吐いた。
「空を漂う灰の行き先など、私には分かりかねます」
「貴様ァ!?」
グレンくんの肩を摑んで止める。
この方、さては狙いを理解しておりませんわね。時間稼ぎですのよ?
「随分と仲がよろしいようで」
「ええ、大親友ですの」
「嘆かわしい。聖女さまは魔族に洗脳されてしまったようだ」
「あら酷い。わたくし、洗脳など受けておりませんわよ」
「良いでしょう。丁寧に聞かせてあげます。その間に身の振り方を考えなさい」
会話に応じた。
やはり聖女の価値は残っている。
「聖女の役割はご存知ですか?」
「そうですわね……楽園の襲撃、でしょうか?」
「ほお、素晴らしい。実に勤勉な聖女さまだ」
彼は拍手をした。
その後、やれやれと首を左右に振る。
「だが足りない。それは過去の話だ」
「過去?」
彼は顔を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「白魔法は黒魔法に対抗できる唯一の手段。即ち──魔族を支配できる力だ」
「魔族を……まさかっ!?」
「ふふ、流石は勤勉な聖女さまだ。理解が早い」
グレンくん、「どういうこと?」みたいな顔やめてください。
分かるでしょう。これまでの王国は古の約束に従い「楽園」だけを襲撃していた。しかし今は魔族の支配を考えている。これ以上は蛇足というものですわ。
「目的をお聞きしても?」
「残念ですが、お喋りは終わりです。考えがまとまりましたので」
考え……まさか、彼も時間を稼いでいた!?
「魔族を狩り、聖女さまを連れ帰る。それが最善だ」
瞬間、わたくしはグレンくんの魔力を増幅した。
咄嗟に反応したグレンくんと騎士団長の手刀がぶつかり、魔力の余波によって周辺の書類が宙を舞った。
「流石は聖女さま。これを止めますか」
「俺を見ろ。今、お前と戦っているのは俺だ」
「……やれやれ」
彼は足を振り上げた。
それはグレンくんの頬を掠め、褐色の頬に鋭い傷跡を作った。
「脆い!」
足が振り下ろされる。
グレンくんは咄嗟に身を屈め、両腕で防御した。しかし防御の上から押し潰され、両足が床にめりこんだ。
「弱い!」
彼の攻撃は止まらない。
直ぐに次の蹴りが繰り出された。
わたくしは二人の間に飛び込む。
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「かはっ!?」
グレンくんと共に蹴り飛ばされた。
壁にぶつかった衝撃で息が詰まり、咳をすると血が飛び出た。
青の魔力を増幅して治療する。
傷は直ぐに治るが、痛みは消えてくれない。
「……乙女の、お腹を蹴るなんて」
「これでも力を抑えたのですよ? 私でなければ殺していた」
「……そう、なのでしょうね」
力の差があり過ぎる。
どうする。どうすれば生き延びることができる?
「……退け、聖女。体が温まってきたところだ」
振り返る。
彼は頭から血を流し、ふらふらと立ち上がった。
「困りました。あまり地下室を破壊したくないのですが」
まずい、まずい。
このまま戦えばグレンくんは死ぬ。
ありえない。
それではイッくん様の計画が狂ってしまう。
「次で殺します」
「……やってみろ」
二人の体から魔力が溢れ出る。
しかし、その量には大人と子供程の差がある。
(……待って)
言葉は出なかった。
口から出たのは、先程よりも量の多い血液だった。
「……どう、して?」
「私の魔力は特別だ。だけど安心してください。後で治療してあげますから」
聖女の力が通用していない。
いや、違う。わたくしが弱いからだ。
勝てない。
もう、打つ手がない。
体から力が抜ける。
まさに、その瞬間だった。
コンッ、と足音が聞こえた。
(……あぁ、この魔力は)
睨み合っていた二人も、その音に意識を向ける。
暗い地下室よりも深い闇を思わせる漆黒の髪。
全てを見透かす双眸からは、ハッキリと可視化できる程の魔力が溢れ出ていた。
(……はゎぁ~、イッくん様ぁ!)
彼の瞳は紅く染まっていた。
まるで、抑え込まれていた「魔族」としての力を解放したかのようだった。
「誰だ?」
騎士団長が問う。
「イーロン・バーグ」
彼は、ただ一言そう答えた。
「バーグ? ふっ、まだ生き残りが居たのか」
騎士団長は見下すような態度で言った。
しかし彼は全く動じない。ただ静かに、敵を見ている。
「その鎧……」
「これか? ああ、そうだとも。王国騎士団の鎧だ」
彼は微かに目を伏せた。
「……愚かだ」
はゎぁ~、圧倒的な強者故の発言、流石です!
彼の前では全てが無力。それを知らずに、騎士団という無価値な肩書きを誇る敵を哀れんでいらっしゃるのですね!
「ボクは楽園へ行く」
「……ほう?」
彼はゆっくりと手を伸ばした。
「共に来るか?」
はゎぁ~! なんという慈悲深さ!
問答無用で息の根を止めることをせず、生き延びる道を与えているのですね!
「……くっ、はは、ははははは!」
騎士団長はお腹を抱えて笑った。
「笑わせてくれた褒美だ。苦しまないように殺してやる」
彼は一気に魔力を練り上げ、イッくん様に肉薄した。
「死ねぇ!」
わたくしには目で追うのがやっとの手刀。
しかし、イッくん様はいとも簡単に手首を摑み、止めて見せた。
「何ィ!?」
「少し落ち着け」
「舐めるなァァァァ!」
騎士団長の体から膨大な魔力が溢れ出る。
動きを見るに、摑まれた手を振り解こうとしているのだろう。
しかし、イッくん様は微動だにしない。
「バカなッ!? その程度の魔力で、なぜ!?」
確かにイッくん様からは強い魔力を感じない。
いや、違う。わたくしには見える。研ぎ澄まされた魔力が、彼の内側にある。
「盗賊は、二人を残して殲滅せよ」
「なんだと?」
「母上さまの教えだ。全滅させると次が来る。一人の報告は相手にされない。再発を防止するには、二人に恐怖を刻み、送り返すことが最善である」
「二人? 外の者達はどうした?」
「一人だけ残した」
「バカな……貴様、自分が誰を敵に回したか分かっているのか!?」
「それはボクの台詞だよ」
一瞬、身が震える程の赤い魔力が放出された。
肉が潰れ、骨が砕ける音。そして、苦痛を訴える悲鳴。
「恐怖を刻む」
「やめっ」
はゎぁ~、あまりにも圧倒的です!
あれほど強かった騎士団長が、まるで赤子の手をひねるかのように!
「……これが、魔王様の力」
グレンくんもうっとりしています。
……ああ、そうだ。忘れていました。彼を治療しないと。
「構うな。自分を優先しろ」
「強がる場面ではありませんわよ」
自分の傷は、イッくん様を見た瞬間に閃きを得て完治した。
その姿を見せるだけで仲間を救い出すイッくん様……流石です!
「なぜっ、なぜっ、どうやってこれ程の力を!?」
騎士団長が目に涙を浮かべて叫んだ。
イッくん様は溜息を吐き、ただ一言だけ返事をする。
「──運命に抗う為に」
その言葉は、わたくしには福音のように感じられた。
わたくし達は残酷な運命を背負って生まれた。それを覆す為には、どうしても力が必要だ。要するに彼は──自分に並ぶ力を身に付けろと、そう言っているのだ。
(……この目に、いいえ、魂に刻みます)
彼が戦闘を長引かせる理由は他に考えられない。
わたくしは彼の意図を組み、細やかな魔力の流れ、そのひとつひとつを見逃さないように集中した。
「終わりにしよう」
「何を……っ!?」
イッくん様は敵の手を摑む。
敵は必死に抵抗するが、全く通用しない。
「ノエル」
「はい! 何なりと!」
「王国の方角は」
「あちらです!」
なぜ、とは聞かない。
わたくしはただ指をさし、彼の問いに答えた。
瞬間、彼の姿が消えた。
そして数秒後に戻ってきた。
「投げてきた」
「はゎぁ~! 流石です!」
イッくん様は周囲を見る。
「手紙を残したい」
「……はっ!? まさか、ご家族に?」
一瞬、何を言っているのだろうと思った。
しかし彼の言葉に間違いなどあるわけがない。ご家族は、生きているのだ!
「何を書くべきか……」
「わたくしにお任せください!」
「ほんと? じゃあ、頼むよ」
はゎぁ~! イッくん様から頼られてますぅ!
「完璧な手紙を残して見せますわ!」
「う、うん。よろしくね」
* イーロン *
いやぁ、びっくりしたよ。
王国の騎士団から鎧を盗むなんて、中々に命知らずな盗賊だ。
一緒に亡命しようかと誘ってみたけど、断られちゃった。
だから仕方がない。家訓に従って恐怖を刻んだ後、王国の方に投げた。
それにしてもグレンくんには悪いことをしたな。
あんなに弱い盗賊なのに、ボッコボコ。彼きっと戦うのは苦手なんだ。
さて、色々あったけど手紙は残せた。
本当は直接会って話したいけど、今ちょっと危うい状況だから……。
はぁ、悲しい。お家が完全に燃えちゃった。
たくさん思い出があるんだけど……まあ、仕方ないよね。母上さまと次に会ったら、ちゃんと火の始末をするように厳しく言おう。
その後、ウチは真っ直ぐ海へ向かった。
ノエルとグレンくんも王国から脱出できることが嬉しいようで、ウチの家を出た後はずっとテンションが高かった。ごめんね、寄り道して。
かくして。
楽園に辿り着いたのだった。
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