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14.家、燃ゆ
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* ノエル *
彼が求めたのは「亡命先」に関する資料。
速読を繰り返していることから察するに、何かを探しているのだろう。
わたくしは地理や歴史に関する本を中心に、次々と彼の元へ運んだ。
少しでもお役に立てれば……そう思いながら働く途中、不思議な魔力を感じた。
(……隠蔽されている)
とても微弱かつ緻密な魔力。
聖女の力が無ければ気が付けない程だ。
ひとつの小部屋を見つけた。
ドアを開けると、書斎に繋がっていた。
「……ここは?」
奥に机がある。
その上に一冊の黒い本が乗っていた。
「封印されています。しかし、どうやって解除すれば……いえ、彼ならきっと」
わたくしは確信した。
彼の探し物は、これだ。
「イッくん様! 隠し部屋を見つけましたわ!」
ふふんっ、我ながら大活躍です。
きっと彼も褒めてくださるはず!
「……」
彼は無言で本を受け取る。
そして──彼の指先から黒い魔力が溢れ出た。
「イッくん様、その魔力は!?」
彼は返事をしなかった。
その鋭い眼差しは、封印されていた本だけに向けられている。
(……やはり、あれが目的の本)
しかし、彼はパラパラと本を捲った後、微かに目を細めるだけだった。
(……どういうこと?)
あの速度で内容を理解できるわけがない。
察するに、既知の内容しか記されていなかった?
(……確かめなければ)
わたくしは本を持ち出すことにした。
そして夜。自室に戻った後、その本を開いた。
「フローパ・バーグ……バーグ!?」
著者の名前を見て、わたくしは思わず声をあげた。
彼と同じ家名。これは偶然? ……いや、そんなわけない。
一度、心を落ち着ける為に本から目を離す。
そして数秒の間を置いた後、あらためて目を通した。
「……これは、真実なの?」
わたくしは、この世界の闇をある程度は理解しているつもりだった。しかしこの本に記されていたのは、知らないことばかりだった。
魔族の間に交わされた密約。
そして、聖女の力によって滅ぼされる運命が定められた場所──楽園。
「イッくん様は、このことを知っていた?」
彼は微かに目を細めるだけだった。
この本を読んで、その程度の反応で済むわけがない。
ドクン、と心臓が跳ねた。
脳裏に浮かんだのは、ビーチで彼と話した記憶。
──分かるよ。
わたくしが聖女としての運命を嘆いた時、彼は言った。
──がんばっても報われないのは、すごく悲しくて、寂しいよね。
あの言葉は、この本に記された「楽園」に住む者達……殺される為に生まれた者達に対する嘆きの言葉だったのかもしれない。
「……今のは?」
ふと強い魔力を感じた。
この波長は、恐らく彼のモノだ。
わたくしは本を閉じ、全速力で移動した。
(……魔族!?)
わたくしが目にしたのは、全身から血を流した魔族と、イッくん様の姿だった。
(……これは、一体)
わたくしは混乱した。
しかし、ひとまず彼の意向に従って魔族を治癒した。
魔族はイッくん様に心酔したような顔をすると、厚かましくも指示を求めた。それを聞いた彼は、小さな声で呟いた。
「……楽園」
わたくしは驚愕した。
「ボクは、楽園を探している」
そして、予感が確信に変わった。
やはり彼は全てを知っている。その上で、何かを為そうとしている。
(……どこまでも、お供いたします)
彼はわたくしを救ってくれた。
その恩を返す為ならば、わたくしは──。
* イーロン *
「馬車ありがとね」
「勿体ないお言葉です」
彼の名前はグレン。
家名は無いから平民なのだろう。
ノエルに続いて二人目の平民。
今年は幅広く学生を集めてるのかな?
でも、べつに気にすることじゃないよね。
だってもう二度と学園には戻らないんだから!
やったー! 楽園だって!
目的地は海の向こう。そこは魔族の住まう場所らしい。正直、選択肢に無かった。でも案内人が居るなら問題ない。グレンくんは素直で礼儀正しくて良い子だし、彼の故郷なら、きっと穏やかな場所に違いない。楽しみだ。
「イッくん様、ご機嫌ですね」
「……そう見える?」
唯一の懸念はノエルかな。
なんで居るの。ほんと、なんで居るの。
昨夜はビックリしたよ。
ノエル曰く、ウチの魔力を感じて見に来たそうだ。
寝とけ!
ふふ、なーんてね。
ノエルが馬車に乗った理由は分かってる。
彼女も王族に喧嘩を売った立場。
もはやムッチッチ王国に居場所は無い。
ウチも少しは責任を感じている。
だから一緒に亡命することに違和感は無い。
これから向かうのは、ウチの実家。
流石に家族を放置することはできない。
怒られるかな。怒られるよね。
でも、遅かれ早かれバレることだ。
まずは状況を伝える。
その後は……話し合うことにしよう。
とても悲しい。
母上さまの期待を裏切ってしまった。
でも、死ぬよりマシだよね。
一応は王子に勝ったし、そこは喜んでくれるかも!
(……あ、そうだ)
学園に旅立つ直前のことを思い出した。
母上さま、確か実家に帰るとか言っていた。
(……誰も居なかったらどうしよう)
少し考える。
(……ま、その時はその時だよね)
どうせ家に着けば分かる。
だからウチは、そこで思考を止めた。
* 実家 *
「……どう、して」
多分、門があった場所。
ウチは灰が積もった地面に膝をつき、呟いた。
家、燃えてる。
むしろ燃え尽きてる。
「……まさか」
少し考えてピンと来た。
母上さまは、息子離れできていない。ウチが学園で活躍することを祈りながらも、離れ離れになる悲しみで、ぼんやりする時間が日に日に増えていた。
「……そういう、ことか」
火の始末を忘れて家を出てしまったのだろう。
多分、メイドの皆さんも休暇を与えられている。
うん……母上さま、意外とうっかりさんだからな。
でも、どうしようかな。この感じだと、誰にも会えないよね。せめて置手紙くらい残したいけど……そうだ、地下室があるじゃん!
家は燃えちゃったけど、地下室は無事かもしれない。
この家に戻った母上さま達も、一度は地下室を確認するはずだ。
ウチは地下室のある方に目を向ける。
まだ周辺が少し燃えてるけど……むむ?
人の姿だ。なんか、沢山いる。
地下室から出て……何か持ち出してる? 泥棒か?
「……許さん」
* ノエル *
炎を見て最初に思ったのは、自分に対する怒りだった。
この状況は、国王がイッくん様に接触した瞬間から想像できた。
(……王家に関しては、わたくしの方が詳しい)
その上で防げなかった。
イッくん様のご両親は、きっと……。
「……どう、して」
彼は膝から崩れ落ちた。
その表情は、何が起きたのか分からないといった様子だった。
「……まさか」
彼にはわたくしを遥かに超越した知力がある。
恐らくは断片的な情報から瞬時に答えを導き出したのだろう。
「……そういう、ことか」
彼はその凛々しい横顔に激しい後悔を滲ませた。
わたくしは……何も声をかけることができなかった。
両親を失う痛み、苦しみ。
それは、親に関する記憶を持たないわたくしには分からない感情だ。
「……許さん」
突然、彼が低い声を出した。
わたくしは俯いていた顔を上げる。
(……あれは!?)
彼の視線を追いかけ、一目で理解した。
あの鎧は、王家直属の騎士団が身に付けているものだ。
「二人は、待ってて」
「お待ちください!」
慌ててイッくん様を止めた。
いくら彼でも、あの数の騎士を相手にするのは無謀だ。
彼は振り向き、わたくしに失望の目を向けた。
(……いけない、失言だった)
騎士団は何かを持ち出している。
それはきっと、リスクを冒してでも取り戻す必要があるものだ。
(……彼の行動には必ず意味がある。そこに口を挟むなど、あまりにも愚か)
わたくしは歯を食い縛り、失言を挽回する為に思考する。
現状の戦力で、騎士団から「何か」を奪還する為の最善策。
「グレン、あなたは戦えますか?」
「……魔王様が、それを望むのならば」
わたくしは呼吸を整える。
そして、差し出がましくも彼に進言した。
「イッくん様、あちらには何が?」
「地下室がある」
「分かりました。地下室には、わたくしとグレンが向かいます。イッくん様は外の敵を殲滅してください」
「……なるほど」
はゎぁ~、イッくん様が感心したような顔を♡
でも、うん、そうよね。大切な家族に手を出された直後なのだから、頭に血が上り短絡的になっていたとしても不思議ではない。
あぁ、あぁ、なんという感動。
わたくし、お役に立てている!
「……」
イッくん様は周囲に目を向けた。
その瞳には、獲物を狙う肉食動物のように獰猛な光が宿っている。
「行くよ」
始まりの合図は、とても静かだった。
彼が求めたのは「亡命先」に関する資料。
速読を繰り返していることから察するに、何かを探しているのだろう。
わたくしは地理や歴史に関する本を中心に、次々と彼の元へ運んだ。
少しでもお役に立てれば……そう思いながら働く途中、不思議な魔力を感じた。
(……隠蔽されている)
とても微弱かつ緻密な魔力。
聖女の力が無ければ気が付けない程だ。
ひとつの小部屋を見つけた。
ドアを開けると、書斎に繋がっていた。
「……ここは?」
奥に机がある。
その上に一冊の黒い本が乗っていた。
「封印されています。しかし、どうやって解除すれば……いえ、彼ならきっと」
わたくしは確信した。
彼の探し物は、これだ。
「イッくん様! 隠し部屋を見つけましたわ!」
ふふんっ、我ながら大活躍です。
きっと彼も褒めてくださるはず!
「……」
彼は無言で本を受け取る。
そして──彼の指先から黒い魔力が溢れ出た。
「イッくん様、その魔力は!?」
彼は返事をしなかった。
その鋭い眼差しは、封印されていた本だけに向けられている。
(……やはり、あれが目的の本)
しかし、彼はパラパラと本を捲った後、微かに目を細めるだけだった。
(……どういうこと?)
あの速度で内容を理解できるわけがない。
察するに、既知の内容しか記されていなかった?
(……確かめなければ)
わたくしは本を持ち出すことにした。
そして夜。自室に戻った後、その本を開いた。
「フローパ・バーグ……バーグ!?」
著者の名前を見て、わたくしは思わず声をあげた。
彼と同じ家名。これは偶然? ……いや、そんなわけない。
一度、心を落ち着ける為に本から目を離す。
そして数秒の間を置いた後、あらためて目を通した。
「……これは、真実なの?」
わたくしは、この世界の闇をある程度は理解しているつもりだった。しかしこの本に記されていたのは、知らないことばかりだった。
魔族の間に交わされた密約。
そして、聖女の力によって滅ぼされる運命が定められた場所──楽園。
「イッくん様は、このことを知っていた?」
彼は微かに目を細めるだけだった。
この本を読んで、その程度の反応で済むわけがない。
ドクン、と心臓が跳ねた。
脳裏に浮かんだのは、ビーチで彼と話した記憶。
──分かるよ。
わたくしが聖女としての運命を嘆いた時、彼は言った。
──がんばっても報われないのは、すごく悲しくて、寂しいよね。
あの言葉は、この本に記された「楽園」に住む者達……殺される為に生まれた者達に対する嘆きの言葉だったのかもしれない。
「……今のは?」
ふと強い魔力を感じた。
この波長は、恐らく彼のモノだ。
わたくしは本を閉じ、全速力で移動した。
(……魔族!?)
わたくしが目にしたのは、全身から血を流した魔族と、イッくん様の姿だった。
(……これは、一体)
わたくしは混乱した。
しかし、ひとまず彼の意向に従って魔族を治癒した。
魔族はイッくん様に心酔したような顔をすると、厚かましくも指示を求めた。それを聞いた彼は、小さな声で呟いた。
「……楽園」
わたくしは驚愕した。
「ボクは、楽園を探している」
そして、予感が確信に変わった。
やはり彼は全てを知っている。その上で、何かを為そうとしている。
(……どこまでも、お供いたします)
彼はわたくしを救ってくれた。
その恩を返す為ならば、わたくしは──。
* イーロン *
「馬車ありがとね」
「勿体ないお言葉です」
彼の名前はグレン。
家名は無いから平民なのだろう。
ノエルに続いて二人目の平民。
今年は幅広く学生を集めてるのかな?
でも、べつに気にすることじゃないよね。
だってもう二度と学園には戻らないんだから!
やったー! 楽園だって!
目的地は海の向こう。そこは魔族の住まう場所らしい。正直、選択肢に無かった。でも案内人が居るなら問題ない。グレンくんは素直で礼儀正しくて良い子だし、彼の故郷なら、きっと穏やかな場所に違いない。楽しみだ。
「イッくん様、ご機嫌ですね」
「……そう見える?」
唯一の懸念はノエルかな。
なんで居るの。ほんと、なんで居るの。
昨夜はビックリしたよ。
ノエル曰く、ウチの魔力を感じて見に来たそうだ。
寝とけ!
ふふ、なーんてね。
ノエルが馬車に乗った理由は分かってる。
彼女も王族に喧嘩を売った立場。
もはやムッチッチ王国に居場所は無い。
ウチも少しは責任を感じている。
だから一緒に亡命することに違和感は無い。
これから向かうのは、ウチの実家。
流石に家族を放置することはできない。
怒られるかな。怒られるよね。
でも、遅かれ早かれバレることだ。
まずは状況を伝える。
その後は……話し合うことにしよう。
とても悲しい。
母上さまの期待を裏切ってしまった。
でも、死ぬよりマシだよね。
一応は王子に勝ったし、そこは喜んでくれるかも!
(……あ、そうだ)
学園に旅立つ直前のことを思い出した。
母上さま、確か実家に帰るとか言っていた。
(……誰も居なかったらどうしよう)
少し考える。
(……ま、その時はその時だよね)
どうせ家に着けば分かる。
だからウチは、そこで思考を止めた。
* 実家 *
「……どう、して」
多分、門があった場所。
ウチは灰が積もった地面に膝をつき、呟いた。
家、燃えてる。
むしろ燃え尽きてる。
「……まさか」
少し考えてピンと来た。
母上さまは、息子離れできていない。ウチが学園で活躍することを祈りながらも、離れ離れになる悲しみで、ぼんやりする時間が日に日に増えていた。
「……そういう、ことか」
火の始末を忘れて家を出てしまったのだろう。
多分、メイドの皆さんも休暇を与えられている。
うん……母上さま、意外とうっかりさんだからな。
でも、どうしようかな。この感じだと、誰にも会えないよね。せめて置手紙くらい残したいけど……そうだ、地下室があるじゃん!
家は燃えちゃったけど、地下室は無事かもしれない。
この家に戻った母上さま達も、一度は地下室を確認するはずだ。
ウチは地下室のある方に目を向ける。
まだ周辺が少し燃えてるけど……むむ?
人の姿だ。なんか、沢山いる。
地下室から出て……何か持ち出してる? 泥棒か?
「……許さん」
* ノエル *
炎を見て最初に思ったのは、自分に対する怒りだった。
この状況は、国王がイッくん様に接触した瞬間から想像できた。
(……王家に関しては、わたくしの方が詳しい)
その上で防げなかった。
イッくん様のご両親は、きっと……。
「……どう、して」
彼は膝から崩れ落ちた。
その表情は、何が起きたのか分からないといった様子だった。
「……まさか」
彼にはわたくしを遥かに超越した知力がある。
恐らくは断片的な情報から瞬時に答えを導き出したのだろう。
「……そういう、ことか」
彼はその凛々しい横顔に激しい後悔を滲ませた。
わたくしは……何も声をかけることができなかった。
両親を失う痛み、苦しみ。
それは、親に関する記憶を持たないわたくしには分からない感情だ。
「……許さん」
突然、彼が低い声を出した。
わたくしは俯いていた顔を上げる。
(……あれは!?)
彼の視線を追いかけ、一目で理解した。
あの鎧は、王家直属の騎士団が身に付けているものだ。
「二人は、待ってて」
「お待ちください!」
慌ててイッくん様を止めた。
いくら彼でも、あの数の騎士を相手にするのは無謀だ。
彼は振り向き、わたくしに失望の目を向けた。
(……いけない、失言だった)
騎士団は何かを持ち出している。
それはきっと、リスクを冒してでも取り戻す必要があるものだ。
(……彼の行動には必ず意味がある。そこに口を挟むなど、あまりにも愚か)
わたくしは歯を食い縛り、失言を挽回する為に思考する。
現状の戦力で、騎士団から「何か」を奪還する為の最善策。
「グレン、あなたは戦えますか?」
「……魔王様が、それを望むのならば」
わたくしは呼吸を整える。
そして、差し出がましくも彼に進言した。
「イッくん様、あちらには何が?」
「地下室がある」
「分かりました。地下室には、わたくしとグレンが向かいます。イッくん様は外の敵を殲滅してください」
「……なるほど」
はゎぁ~、イッくん様が感心したような顔を♡
でも、うん、そうよね。大切な家族に手を出された直後なのだから、頭に血が上り短絡的になっていたとしても不思議ではない。
あぁ、あぁ、なんという感動。
わたくし、お役に立てている!
「……」
イッくん様は周囲に目を向けた。
その瞳には、獲物を狙う肉食動物のように獰猛な光が宿っている。
「行くよ」
始まりの合図は、とても静かだった。
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