新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第三部

お菓子作りと相談

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「あ、旦那様、お早いお戻りですね」

 エリーがそう言うと、厨房にいた料理人たちが一斉に僕に向かって頭を下げた。

 どうもエリー主催の料理教室のようになっているみたいだから、僕がエリーに料理を教えていると聞いたんだろうか。料理人たちがエリーの指示で下拵えをしている横で、ミシェルもピーラーで野菜の皮を剥いたりしてるね。最近は料理のお手伝いもするようになったからね。

「少し予定が変わってね。何か手伝える?」
「ではデザート類をお願いできますか?」
「了解」

 デザートね。何がいいかな。

 この世界でもデザート類はある。日本でよく見たようなものもあるし、食べ物なのかどうか怪しいものもある。ただしそこまでお金がかけられないので、ほとんどは上流階級の楽しみ止まりらしい。しかもパイなどの焼いたものばかりで、生菓子はほとんどない。

「なにをつくるの?」

 皮むきが終わらせたミシェルが寄ってきた。

「ミシェルはどんなのがいい?」
「あのちょっとにがいのがいい」

 ティラミスかな。ミシェルは全然好き嫌いはないけど、ただ甘いだけよりも酸味や苦味が利いたものが好きなんだよね。意外に味覚は大人に近いかな。

 王族なら手に入る材料が多いと思うけど、似たような材料があるかどうか、料理人に確認しないとね。料理長はあの男性かな?

「ティラミスというケーキは聞いたことがありますか?」
「いえ、ありません。どのようなケーキでしょうか?」
「このケーキは焼きません。コーヒーやクリームチーズなどを使った冷やしたケーキです」
「焼かないのですか?」
「はい」
「ちなみにクリームチーズはありますか? ミルクから水分を抜いてから発酵させたものです」
「何種類かあります。パンなどに塗って食べたり、料理に使ったりすることが多いですね。少し酸味があります」
「種類がいくつかあるのなら、硬すぎず柔らかすぎずというものを使いたいのですが」
「では用意します」

 この世界にはコーヒーとココアもある。高級な嗜好品らしく、あまり一般的ではないけど。おそらく南方にコーヒーの木やカカオの木もあるんだろう。

 エスプレッソは今回は直火式のモカポットを使うことにする。マキネッタとか呼ばれることもあるね。形はそれだけど、中の圧力がかなり高くなるように魔道具化してある。

 型の中にエスプレッソを染み込ませておいたビスケットを敷き、その上にクリームを流し入れる。これを二回か三回繰り返して層にする。冷やして固まったら上にココアパウダーを振りかける。以上。

 クリームの名前は覚えていないけどカスタードの一種。卵黄に砂糖を入れて温めながら泡立て、そこにワインを入れる。それからクリームチーズを加えてよく混ぜる。

 ワインは普通のワインじゃなくて、なんとかという名前の度数の高いワインのはずだけど、普通のワインしかないからそれを使う。いざとなればブランデーやラムを足しても問題ないんじゃないかな? それに近い蒸留酒もあるみたいだし。

 完成したので型から外してみんなで試食する。料理人たちにも試食してもらった。

「このほろ苦いのがいいですな」
「クリームチーズの酸味が利いてさっぱりしていますね。これなら甘いのが苦手な方でも大丈夫そうですね」
「膨らませる必要がないので、かなり失敗が少ないのでは?」

 なかなか好評のようだ。僕は甘すぎるのはそこまで得意じゃないから、クリームチーズを使ったのが好きなんだよね。

「まずコーヒーは濃くすること。先ほどのモカポットを使ってもいいですし、粉を多くした濃いコーヒーでも構いません。ビスケットはなるべく柔らかいものを使ってください。それと日持ちがしません。時間の止まる保存庫がなければ作った日と翌日くらいです。それくらい注意すれば大丈夫ですよ」

 好評だったようなのでレシピを書いて渡した。もちろん材料や分量は適当に調整してくださいと伝えた。モカポットは市販品の改造品なので、そのまま料理長に譲った。魔石くらいはなんとかなるだろう。



 もう一つはマカロンにしようか。材料が手に入りやすいけど普通に作ると少し時間がかかる。色を変えれば見た目は華やかになる。今回はプレーンなマカロンを作ることにした。

 材料は本体が卵白、砂糖、粉糖、アーモンドパウダー、バタークリームが卵黄、砂糖、バターくらいのものだ。

 卵白を泡立てたら砂糖を入れてひたすら混ぜ、硬いメレンゲができたら粉糖とアーモンドを入れてさっくり混ぜる。メレンゲが潰れないように混ぜて艶が出てきたら口金を付けた絞り器に入れてクッキングシートの上に丸く絞り出す。

 表面が乾くのに三〇分から一時間、長ければ数時間はかかるけど、今回は魔法で乾燥させる。

 まずは一五〇度から一六〇度くらいの温度で予熱してから焼き始め、足がぷつぷつと出てきたら一度開けて温度を下げてから少し低めの温度で焼くと焦げにくい。全部で一五分くらいかな。

 中のクリームは卵黄を泡立てて、砂糖をお湯に溶かしたシロップを少しずつ加え、さらにバターを混ぜる。混ぜたら絞り器で絞って挟む。

「これは独特な食感ですな」
「もっとさっくりしているのかと思えば、意外ともっちりしていますね」
「色を変えれば見た目にも楽しくなりますね」

 本体に色を付けたければ乾燥させた果物を細かく刻んで入れればいい。バタークリームに味を付けるのもいい。そのあたりのアドバイスも含め、これもレシピを渡した。



 最後はゼリー。お菓子作りにあると便利なのがゼラチン。

 ゼラチンは牛や豚の皮、魚の皮や鱗をきれいにしてから煮込めば出てくる。要するにコラーゲン。それを漉してきれいにして固めれば板ゼラチンになる。ただ手間はかかるし、自分で作れば臭いが気になる。煮込んで取り出す手法は教えたけど、実際は魔道具で抽出した。

 いつものように樽を改造して[加熱][抽出][浄化][消臭][乾燥]を使って粉末のコラーゲンが取り出せるようにした。本来は捨てる部分を使えるから無駄がないし、この樽を使えば臭いが出ないから骨を入れても大丈夫。自分で骨を煮込んだことがある人は分かると思うけど、すごい臭いがするんだよね。特に豚骨は。

 ゼラチンはお湯の中に溶かし入れるだけだからレシピも何もないけど、色々なバリエーションがあるということを伝えた。

 今回作ったのはシンプルな柑橘果汁のゼリーだけど、フルーツゼリーやコーヒーゼリー、他にもババロアなどが作れるし、食欲がない時にはスープをゼラチンで固めれば食べやすくなる。何も味をつけないゼリーを作って、好きなシロップをかける食べ方もある。



 作ったのはその三つだけど、料理長が焼かないお菓子を聞きたがったので教えることにした。

 ゼラチンは使わないけどムースもレシピを渡した。

 よく似た食材として寒天も教えたけど、このあたりでは見ないらしいから、そういう物があると参考までに教えるだけにした。

 僕はプロじゃないから趣味で作っていただけなんだけど、生クリームがあるとお菓子は作りやすい。この世界では牛や山羊など、ミルクが採れる動物はいるし、この別邸にもいるのでそれは困らないらしい。生クリームも作られていたしね。

 それでもやはり焼かないお菓子は珍しいらしい。カスタードに近いものはあるけどあくまでパンやクラッカーに塗るスプレッドのような使い方らしい。それ自体を食べるという発想がなかったらしい。

「でもこういう発想って、つまみ食いとかしているうちに気付きそうなものですけどね」

 そう言ったら主に女性の料理人二人が目をそらした。この二人はなんとなく気付いてたね。



 今日の夕食は殿下とロシータさんも同席することになった。親族の饗応役を務めるということで面倒なパーティーから逃げたらしい。

「いや、この料理と比べると、これまで食べていたパーティーの料理が単調な味付けに思えてくるな」
「そうですね。実家でマイカが作ってくれた料理も美味しかったけど、これはそれ以上ね。普段からこんな美味しいものを食べているのかと思うと羨ましいわ」
「ありがとうございます。レシピは料理長に渡していますので、また作ってもらってください」
「そうしてもらおう。でもレシピを渡していいのか? 普通は隠すものだが」
「僕は貴族でもなんでもありませんし、誰かと競うつもりもありませんから」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが……」
「やはり家ごとに秘蔵のレシピのようなものがあるんですか?」
「あるなあ……パーティーではその家の『とっておき』を出す感じだな。『うちの料理人はこんな物まで作れるんだ』と自慢するのが普通だ。それを食べた者は何を使っているかを舌で覚えておき、その味を料理人たち伝えて再現させる。そして次に自分のところでパーティーをする時には、その再現した料理を出してあっと言わせる、こういう流れだな」

 殿下は少し疲れたような口調でそう言った。

「レシピが広がって、それはそれでいいんじゃないですか?」
「それが美味しければ問題ないが、必ずしもそうとは言えないからな。『こんな貴重な食材を使っています』と出された高級な料理が、例えば辛いだけとか苦いだけとか酸っぱいだけのこともある。立場的に主賓として招かれることが多いので、残すわけにもいかない。もし下級貴族のパーティーでそういうことがあれば、有力貴族が一通り作り終えるまでまそれが続くことになる。無駄に対抗心があるからな」
「ああ、それは大変ですね」

 有力貴族が満足するまで高級で不味い料理が続くこともあるとか。地獄だね。



 食後は居間に移動すると、先ほどのマカロンと紅茶が出てきた。

「あらこれは」
「食感が不思議だな」

 お二人の口にも合ったようだ。食後のお茶をしながら、ここでリゼッタたちの意見も聞くことにした。

「午後にレオンツィオ殿とロシータさん、それにマイカとは話したんだけど、みんなの意見も聞きたくて」

 そう前置きしてから話を始めた。

「たまたまパルツィ子爵の運営する教会と孤児院を見つけたら、そこが潰れかけでね、もう残ってるのが若いシスター見習い一人と小さな女の子一人で、その女の子を引き取らないかとそのシスター見習いに言われてね」
「どうしてケネスに聞いたのかは分かりませんが、そのシスター修女見習いは人を見る目がありますね」
「マリアンさんの時もそうでしたが~マスターは引きが強いですから~。引き取ればがありますって~。この~~」
「いや、そんな口調で言われてもね」
「子供の世話ならお任せください。一人が二人になっても大して違いはありませんし、ミシェルに年の近い友達ができれば安心ですから」
「なかよくできる!」
「居候のワシが言うのもなんじゃが、今さら一人や二人くらい増えても変わらんじゃろ。そもそも、お前様はこんな話をする時点で引き取るつもりなんじゃろ?」

 僕が断ると誰も考えてないよね。その通りなんだけどね。

「まあみんなならそう言うよね。うん、明日もう一度確認して、本人が来たいと言えば連れて来ようと思う。今日はこっちを見てるだけで何も喋らなかったから、直接聞いてからにするよ」
「ケネス殿は懐が深いな」
「いえ、断りきれないだけですよ」
「ケネスさん、それができるということは経済的にも精神的にも余裕があるということですわ。余裕がなければ他人のことを考えることなどできませんから」

 みんなに背中を押してもらった。それで心が定まった。キラ本人が来たいと言えば引き取る。本人は何も言ってなかったからね。ちゃんと本人の考えを聞かないと。
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