29 / 278
第一章 第二部
マサキ・マイカ
しおりを挟む
カミカワ先輩が休暇を取りました。二週間ちょっとです。溜まった有給も使うそうです。オーストラリアかあ。ウォンバットやカモノハシ、可愛いですよね。
先輩はアウトドアが好きで、山も海も遺跡も大丈夫な人です。向こうでオプションのエコツアーに申し込むつもりだと嬉しそうに言ってました。
それから二週間経ちました。先輩がいない間、なんとかミスをせずに乗り切れそうです。自分でも分かってるんですけど、カバーしてくれる人がいると思うと自分に甘くなってしまいます。
先輩は今日から仕事に復帰……のはずが出勤していません。課長も先輩の予定を確認しています。自宅の電話も携帯も通じないそうです。私もかけてみましたが同じでした。メールにもSNSにも返事もありません。
海外のニュースをチェックしたら気になるものがありました。オーストラリアの話ですけど、港を出た船が戻っていないと問題になってるそうです。日本ではほとんど話題になってませんでした。私も日本の話ではないのであまり気に留めてませんでした。
捜索隊がその船を探したそうですけど、まだ見つかってないそうです。先輩が行くと言っていた地名がその中に入ってたので嫌な気がしました。
ホテルでオプショナルツアーに申し込んだ日本人男性がその日以降ホテルに戻ってなくて、部屋に荷物が残されたままになってるという情報がありました。カミカワ先輩の名前でした。
課長は会議に出かけました。私はその間も仕事をしていたはずですけど、気が付いたら就業時間になってました。
家に帰ってからもネットでニュースを調べました。やっぱり先輩の名前でした。
しばらくして臨時の人事異動がありました。その間もできる限り普通に仕事を続けました。私は主任になりましたけど、全然嬉しくありませんでした。
家に帰ると冷蔵庫からお酒を取り出して一気に呷りました。先日スーパーで特売になっていたものです。家にいると泣けてくるので気を紛らわせるしかありません。
あ、ケンのご飯を忘れていました。ペットのマルチーズです。先輩の名前から付けました。付けた後で、もし先輩がうちに遊びに来たらどうしよう、と一瞬慌てましたけど、まあそんなことはありえないのでバレないでしょう。急いで用意して、冷蔵庫からもう一本お酒を取り出します。
ちょっと酔いが回ってきました。ケンが膝の上に乗ってきたので抱きしめて頬擦りします。あれ、ちょっとふわっとしました。ちょっと飲み過ぎましたか。あれ、なんで目の前に床が? でも床が冷たくて気持ちいいです。
もう一度、先輩の顔が見たかったなあ……
◆ ◆ ◆
先ほどおかしな反応があったのはこのあたりでしょうか。
下級管理者のヴァウラです。ここしばらく、この一体の維持管理をしています。この惑星には今回の仕事で初めて来ましたが、ある意味ではかなり尖った、味のある惑星だと言えます。
まず、人としては人間しか存在していないこと。エルフやドワーフ、妖精などは比較的どの世界にも存在していますが、この惑星では物語の中にしか出てきません。単一種族しかいないのはかなり珍しい惑星です。もう少し行ったところの惑星などにはいるんですけどね。なぜここにはいないのでしょう。
次に、誰も魔法を使いません。この惑星の大気中にも魔素は存在します。極微量ですが。魔素があるなら魔力もあるわけなので、なんとか弱い魔法なら使えます。魔法を使うための知識が失われていると言われていますが、そのくせ物語の中では魔法がバンバン飛び交っています。その通りに使ってみたらいいと思うのですが。おそらく使えますよ。教えることはできませんけど。
もう一つ、魔法が使われていないため、その代わりとして科学技術がかなり進んでいます。そのために文明の滅亡度もかなり高くなっています。ボタン一つで国や大陸がどうかなる兵器なんて、作る前にまず対策を考えておくべきですが、そのあたりの危機管理が甘いんですよね。だから何度も文明が滅亡する羽目になるんです。
私たち管理者は過度な干渉はしません。できる限り現状を維持すること、つまり長持ちさせることが私たちの仕事です。現在は人間がかなり増えています。一方で動植物はかなり減っています。だからと言って人間を減らすことはしません。できる限りそのまま、つまり人間は増えるままにして手を加えない。それでもこの文明を維持するにはどうすればいいかを考えます。それが無理なら文明が滅びますが、それも一つの運命です。何が何でも守るわけではありません。
また、世界を維持管理するということは、亡くなった人の魂を見守るのも仕事です。魂が再び生まれ変わるために悪影響があるものは取り除きますが、これもやはり過度な干渉はしません。
人が死ぬと魂は肉体から離れます。そのままにしておくとどんどん離れていき、完全に戻れなくなったら生まれ変わる準備に入ります。だから管理者でも不必要に魂には触れません。放っておくのが一番なのです。もちろん、必要があれば魂に手を加えることもありますが、その場合は手続きが必要です。基本的には確認と報告に留めます。
それで、先ほど違和感があったのはここですね。魂の状態がおかしくなっていますね。
これは……女性? 犬? 不思議な魂になっていますね。二つの魂が融合しかけています。見たことがないパターンですね。よほど執着が強かったのでしょうか。
女性が床で倒れていますが、犬を抱きかかえたまま死んでいるようです。犬は巻き添えのようですね。犬の魂はまだ体から離れきってはいませんが、そこに女性の魂がくっついてしまったようです。
どうしましょうか、これ。
この状態の魂に下手に触るのは危険です。こういう時はとりあえず上司に相談です。
……あ、ヴァウラです。少し様子のおかしい魂を見つけまして……はい、亡くなった女性の魂が、離脱しかけた犬の魂にくっついて離れなくなっています……地球という惑星の日本という国です。位置は……はい、了解しました。ではその犬に相談して、了解が貰えたら一度持ち帰ります、はい。
あ、ワンちゃん。少しよろしいでしょうか。
◆ ◆ ◆
「あれ? ここは?」
会社の会議室のようなところにいます。家でケンを抱きかかえてお酒を飲んでたはずですけど……
「目が覚めましたか?」
目の前に女性が現れました。ものすごい美人です。
「マサキ・マイカさん、でいいですね?」
「あ、はい」
「今からあなたがこの場所にいることについて少し説明をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい」
よく分かりませんけど、ここは素直に従っておきましょう。
「まず私はカローラと申します。管理者と呼ばれる立場です。世界の管理をするのが仕事で、管理者というのは世界によっては『神』と呼ばれること……胡散臭いものを見るような目はやめてもらえると嬉しいのですが……」
「あ、すみません。そんな目をしてましたか?」
「はい、詐欺師を見るような目でした。一通り聞いていただかないと話が進みませんので、お願いします」
「分かりました。続きをお願いします」
「では次に、あなたの身に何が起きたかをこれから説明します。ですがその前に、まずは頭に手をやってください」
「頭ですか?」
言われた通りに頭に手をやります。あれ、そう言えば声が聞こえる位置が少しずれてます。そしてこれは犬みたいな耳? 触るとくすぐったい。顔の横には当然耳はありません。
「頭の上に耳があるのがお分かりですか? それが今のあなたの魂の姿です」
「魂の姿ですか?」
「あなたは自宅で倒れました。あなたが飲んでいたのは、あの国で少し前から流行り始めたというストロング系というお酒ですね」
たしかそんな名前が付いてましたね。
「あれはアルコール度数が一二パーセントですよ。ワインや日本酒よりも少し軽い程度です。その五〇〇ミリリットル缶を連日数本ほぼ一気飲みです。あれでは体が壊れますよ」
そんなにキツいお酒でしたか。会社の人が美味しいと言ってたので買ったんですけど。安かったですし。
「その後です。あなたは犬を抱きかかえながら倒れました。そのまま亡くなったようですので、そこまで苦しまなかっようですね」
あー、三〇にもなってないのにあの世行きですか。一度くらいはカミカワ先輩とデートとかして、あんなこととかこんなこととかされてみたかったですね。もっとも誘ったこともありませんし、そんな素振りを見せたこともありませんでしたけど。それと、本棚の愛読書がそのままなのも残念です。あの世には持って行けないですよね? 私の人生をかけた少女漫画コレクション。
「あなたが胸に抱いていたマルチーズですが、その時に押し潰されて死にかけていました」
「え?」
「彼の魂は体から離れかけていて、そこにあなたの魂がまとわりついて融合していました」
死ぬ前に抱きしめて頬ずりしてたからでしょうか。ケン、巻き込んでごめんなさい。
「その犬、ケンという名前ですね、部下がケンに確認したところ、あなたの魂と融合して生まれ変わることに同意してくれました。いい犬ですね。ですので人間とマルチーズの魂が融合した状態、それが今のあなたの魂です」
ケンはカミカワ先輩のあだ名、ケンと融合……合体……うへへ。
「頭の中がダダ漏れですよ。ところであなたはカミカワさんはお好きですよね?」
「ひゃい?」
「あなたの上司のカミカワさんです。私も彼に面識がありますので」
「……はい」
「実は彼は別の世界に転移して「私もそこへ送ってください!」
「きっ、きちんと会えるようにしますので、まずは落ち着いてください」
「すみません……」
とりあえず話を聞きましょう。まずはそれからです。
「カミカワさんは現在ケネスという名前になり、すでに別の世界にエルフとして転移しています。あなたにはその世界へ、犬の獣人、つまり犬人として転生していただきます」
「転生ですか? 転移ではなくて」
「よくご存じですね。はい、転生、つまり生まれ変わりです。私は人の転移や転生を行うことができますが、好き勝手にできるわけではありません。異世界へということなら、それなりに制限があるのです。転移の枠はカミカワさんに使いましたので、現在は転生の枠しか空いていません」
「でも必ず会えるとは限らない、ですよね?」
「できる限り配慮はします。時間的に彼が向こうへ転移する前に送ります。あなたはその場所で待ち、いずれ彼が通りかかったらしっかりと捕まえてください。普通に行動すればその町を通るはずです」
「分かりました」
「それと、一つだけ、先に言っておくことがあります」
これまでとは口調が変わりました。背筋が伸びる感じです。
「あなたが彼に会った時点で、おそらく彼には恋人、もしくは妻ができています。私がそう仕向けたというのもありますが、あなたはそこに入っていくことになるでしょう。その覚悟だけはしておいてください」
「なぜそれを教えてくれるんですか?」
「私も彼を愛する女の一人です。そしてあなたを応援したいという気持ちもあります。そして彼のことですが、元々が懐が深い人ですし、恋人や妻がいてもあなたを邪険にすることはないでしょう」
先輩はどうやっても無理なことは無理と断れる人ですが、そうでなければノーとはあまり言いたがらない人です。できるならやってあげたい、いつもそう言ってました。
だから先輩の周りには自然と人が集まってくるようになるとカローラさんは言います。私が先輩の愛情を独り占めしたいと思わない限りは上手くやれるはずだと。
「大丈夫です。元々先輩と付き合うなんて無理だと諦めてましたから、また会えるだけでも構いません。もちろん親しくなって、そういう関係になれればそれに越したことはありませんけど」
「その気持ちを忘れないでいてください。ではこれからあなたを彼のいる惑星に転生させます。今の記憶は、そうですね、五歳ごろから夢のような形で少しずつ戻るようになっています。一二歳から一五歳ごろには全て思い出すでしょう」
「ありがとうございます」
「ではいずれまた会いましょう。彼にもよろしく伝えてください」
「あ、カローラさん、最後に一つ質問してもいいですか?」
「私に答えられるものであれば」
「どうして私にここまでしてくれるんですか?」
「まずは彼のために何かをしてあげたいというのが理由です。もう一つは、彼が気にかけていたあなたを助けることによって、彼の中で私の株が爆上がりするからです。このようなチャンスは逃すべきではありません」
「失礼ですけど、カローラさんって残念美人とか呼ばれません?」
「全力で隠していますのでバレていませんよ。それに彼にさえバレなければどうということはありません」
私から先輩に伝わることを考えてないのだろうか、この人は。
先輩はアウトドアが好きで、山も海も遺跡も大丈夫な人です。向こうでオプションのエコツアーに申し込むつもりだと嬉しそうに言ってました。
それから二週間経ちました。先輩がいない間、なんとかミスをせずに乗り切れそうです。自分でも分かってるんですけど、カバーしてくれる人がいると思うと自分に甘くなってしまいます。
先輩は今日から仕事に復帰……のはずが出勤していません。課長も先輩の予定を確認しています。自宅の電話も携帯も通じないそうです。私もかけてみましたが同じでした。メールにもSNSにも返事もありません。
海外のニュースをチェックしたら気になるものがありました。オーストラリアの話ですけど、港を出た船が戻っていないと問題になってるそうです。日本ではほとんど話題になってませんでした。私も日本の話ではないのであまり気に留めてませんでした。
捜索隊がその船を探したそうですけど、まだ見つかってないそうです。先輩が行くと言っていた地名がその中に入ってたので嫌な気がしました。
ホテルでオプショナルツアーに申し込んだ日本人男性がその日以降ホテルに戻ってなくて、部屋に荷物が残されたままになってるという情報がありました。カミカワ先輩の名前でした。
課長は会議に出かけました。私はその間も仕事をしていたはずですけど、気が付いたら就業時間になってました。
家に帰ってからもネットでニュースを調べました。やっぱり先輩の名前でした。
しばらくして臨時の人事異動がありました。その間もできる限り普通に仕事を続けました。私は主任になりましたけど、全然嬉しくありませんでした。
家に帰ると冷蔵庫からお酒を取り出して一気に呷りました。先日スーパーで特売になっていたものです。家にいると泣けてくるので気を紛らわせるしかありません。
あ、ケンのご飯を忘れていました。ペットのマルチーズです。先輩の名前から付けました。付けた後で、もし先輩がうちに遊びに来たらどうしよう、と一瞬慌てましたけど、まあそんなことはありえないのでバレないでしょう。急いで用意して、冷蔵庫からもう一本お酒を取り出します。
ちょっと酔いが回ってきました。ケンが膝の上に乗ってきたので抱きしめて頬擦りします。あれ、ちょっとふわっとしました。ちょっと飲み過ぎましたか。あれ、なんで目の前に床が? でも床が冷たくて気持ちいいです。
もう一度、先輩の顔が見たかったなあ……
◆ ◆ ◆
先ほどおかしな反応があったのはこのあたりでしょうか。
下級管理者のヴァウラです。ここしばらく、この一体の維持管理をしています。この惑星には今回の仕事で初めて来ましたが、ある意味ではかなり尖った、味のある惑星だと言えます。
まず、人としては人間しか存在していないこと。エルフやドワーフ、妖精などは比較的どの世界にも存在していますが、この惑星では物語の中にしか出てきません。単一種族しかいないのはかなり珍しい惑星です。もう少し行ったところの惑星などにはいるんですけどね。なぜここにはいないのでしょう。
次に、誰も魔法を使いません。この惑星の大気中にも魔素は存在します。極微量ですが。魔素があるなら魔力もあるわけなので、なんとか弱い魔法なら使えます。魔法を使うための知識が失われていると言われていますが、そのくせ物語の中では魔法がバンバン飛び交っています。その通りに使ってみたらいいと思うのですが。おそらく使えますよ。教えることはできませんけど。
もう一つ、魔法が使われていないため、その代わりとして科学技術がかなり進んでいます。そのために文明の滅亡度もかなり高くなっています。ボタン一つで国や大陸がどうかなる兵器なんて、作る前にまず対策を考えておくべきですが、そのあたりの危機管理が甘いんですよね。だから何度も文明が滅亡する羽目になるんです。
私たち管理者は過度な干渉はしません。できる限り現状を維持すること、つまり長持ちさせることが私たちの仕事です。現在は人間がかなり増えています。一方で動植物はかなり減っています。だからと言って人間を減らすことはしません。できる限りそのまま、つまり人間は増えるままにして手を加えない。それでもこの文明を維持するにはどうすればいいかを考えます。それが無理なら文明が滅びますが、それも一つの運命です。何が何でも守るわけではありません。
また、世界を維持管理するということは、亡くなった人の魂を見守るのも仕事です。魂が再び生まれ変わるために悪影響があるものは取り除きますが、これもやはり過度な干渉はしません。
人が死ぬと魂は肉体から離れます。そのままにしておくとどんどん離れていき、完全に戻れなくなったら生まれ変わる準備に入ります。だから管理者でも不必要に魂には触れません。放っておくのが一番なのです。もちろん、必要があれば魂に手を加えることもありますが、その場合は手続きが必要です。基本的には確認と報告に留めます。
それで、先ほど違和感があったのはここですね。魂の状態がおかしくなっていますね。
これは……女性? 犬? 不思議な魂になっていますね。二つの魂が融合しかけています。見たことがないパターンですね。よほど執着が強かったのでしょうか。
女性が床で倒れていますが、犬を抱きかかえたまま死んでいるようです。犬は巻き添えのようですね。犬の魂はまだ体から離れきってはいませんが、そこに女性の魂がくっついてしまったようです。
どうしましょうか、これ。
この状態の魂に下手に触るのは危険です。こういう時はとりあえず上司に相談です。
……あ、ヴァウラです。少し様子のおかしい魂を見つけまして……はい、亡くなった女性の魂が、離脱しかけた犬の魂にくっついて離れなくなっています……地球という惑星の日本という国です。位置は……はい、了解しました。ではその犬に相談して、了解が貰えたら一度持ち帰ります、はい。
あ、ワンちゃん。少しよろしいでしょうか。
◆ ◆ ◆
「あれ? ここは?」
会社の会議室のようなところにいます。家でケンを抱きかかえてお酒を飲んでたはずですけど……
「目が覚めましたか?」
目の前に女性が現れました。ものすごい美人です。
「マサキ・マイカさん、でいいですね?」
「あ、はい」
「今からあなたがこの場所にいることについて少し説明をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい」
よく分かりませんけど、ここは素直に従っておきましょう。
「まず私はカローラと申します。管理者と呼ばれる立場です。世界の管理をするのが仕事で、管理者というのは世界によっては『神』と呼ばれること……胡散臭いものを見るような目はやめてもらえると嬉しいのですが……」
「あ、すみません。そんな目をしてましたか?」
「はい、詐欺師を見るような目でした。一通り聞いていただかないと話が進みませんので、お願いします」
「分かりました。続きをお願いします」
「では次に、あなたの身に何が起きたかをこれから説明します。ですがその前に、まずは頭に手をやってください」
「頭ですか?」
言われた通りに頭に手をやります。あれ、そう言えば声が聞こえる位置が少しずれてます。そしてこれは犬みたいな耳? 触るとくすぐったい。顔の横には当然耳はありません。
「頭の上に耳があるのがお分かりですか? それが今のあなたの魂の姿です」
「魂の姿ですか?」
「あなたは自宅で倒れました。あなたが飲んでいたのは、あの国で少し前から流行り始めたというストロング系というお酒ですね」
たしかそんな名前が付いてましたね。
「あれはアルコール度数が一二パーセントですよ。ワインや日本酒よりも少し軽い程度です。その五〇〇ミリリットル缶を連日数本ほぼ一気飲みです。あれでは体が壊れますよ」
そんなにキツいお酒でしたか。会社の人が美味しいと言ってたので買ったんですけど。安かったですし。
「その後です。あなたは犬を抱きかかえながら倒れました。そのまま亡くなったようですので、そこまで苦しまなかっようですね」
あー、三〇にもなってないのにあの世行きですか。一度くらいはカミカワ先輩とデートとかして、あんなこととかこんなこととかされてみたかったですね。もっとも誘ったこともありませんし、そんな素振りを見せたこともありませんでしたけど。それと、本棚の愛読書がそのままなのも残念です。あの世には持って行けないですよね? 私の人生をかけた少女漫画コレクション。
「あなたが胸に抱いていたマルチーズですが、その時に押し潰されて死にかけていました」
「え?」
「彼の魂は体から離れかけていて、そこにあなたの魂がまとわりついて融合していました」
死ぬ前に抱きしめて頬ずりしてたからでしょうか。ケン、巻き込んでごめんなさい。
「その犬、ケンという名前ですね、部下がケンに確認したところ、あなたの魂と融合して生まれ変わることに同意してくれました。いい犬ですね。ですので人間とマルチーズの魂が融合した状態、それが今のあなたの魂です」
ケンはカミカワ先輩のあだ名、ケンと融合……合体……うへへ。
「頭の中がダダ漏れですよ。ところであなたはカミカワさんはお好きですよね?」
「ひゃい?」
「あなたの上司のカミカワさんです。私も彼に面識がありますので」
「……はい」
「実は彼は別の世界に転移して「私もそこへ送ってください!」
「きっ、きちんと会えるようにしますので、まずは落ち着いてください」
「すみません……」
とりあえず話を聞きましょう。まずはそれからです。
「カミカワさんは現在ケネスという名前になり、すでに別の世界にエルフとして転移しています。あなたにはその世界へ、犬の獣人、つまり犬人として転生していただきます」
「転生ですか? 転移ではなくて」
「よくご存じですね。はい、転生、つまり生まれ変わりです。私は人の転移や転生を行うことができますが、好き勝手にできるわけではありません。異世界へということなら、それなりに制限があるのです。転移の枠はカミカワさんに使いましたので、現在は転生の枠しか空いていません」
「でも必ず会えるとは限らない、ですよね?」
「できる限り配慮はします。時間的に彼が向こうへ転移する前に送ります。あなたはその場所で待ち、いずれ彼が通りかかったらしっかりと捕まえてください。普通に行動すればその町を通るはずです」
「分かりました」
「それと、一つだけ、先に言っておくことがあります」
これまでとは口調が変わりました。背筋が伸びる感じです。
「あなたが彼に会った時点で、おそらく彼には恋人、もしくは妻ができています。私がそう仕向けたというのもありますが、あなたはそこに入っていくことになるでしょう。その覚悟だけはしておいてください」
「なぜそれを教えてくれるんですか?」
「私も彼を愛する女の一人です。そしてあなたを応援したいという気持ちもあります。そして彼のことですが、元々が懐が深い人ですし、恋人や妻がいてもあなたを邪険にすることはないでしょう」
先輩はどうやっても無理なことは無理と断れる人ですが、そうでなければノーとはあまり言いたがらない人です。できるならやってあげたい、いつもそう言ってました。
だから先輩の周りには自然と人が集まってくるようになるとカローラさんは言います。私が先輩の愛情を独り占めしたいと思わない限りは上手くやれるはずだと。
「大丈夫です。元々先輩と付き合うなんて無理だと諦めてましたから、また会えるだけでも構いません。もちろん親しくなって、そういう関係になれればそれに越したことはありませんけど」
「その気持ちを忘れないでいてください。ではこれからあなたを彼のいる惑星に転生させます。今の記憶は、そうですね、五歳ごろから夢のような形で少しずつ戻るようになっています。一二歳から一五歳ごろには全て思い出すでしょう」
「ありがとうございます」
「ではいずれまた会いましょう。彼にもよろしく伝えてください」
「あ、カローラさん、最後に一つ質問してもいいですか?」
「私に答えられるものであれば」
「どうして私にここまでしてくれるんですか?」
「まずは彼のために何かをしてあげたいというのが理由です。もう一つは、彼が気にかけていたあなたを助けることによって、彼の中で私の株が爆上がりするからです。このようなチャンスは逃すべきではありません」
「失礼ですけど、カローラさんって残念美人とか呼ばれません?」
「全力で隠していますのでバレていませんよ。それに彼にさえバレなければどうということはありません」
私から先輩に伝わることを考えてないのだろうか、この人は。
1
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく……
※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。
ホットランキング最高位2位でした。
カクヨムにも別シナリオで掲載。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる