新米エルフとぶらり旅

椎井瑛弥

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第一章 第二部

マサキ・マイカ

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 カミカワ先輩が休暇を取りました。二週間ちょっとです。溜まった有給も使うそうです。オーストラリアかあ。ウォンバットやカモノハシ、可愛いですよね。

 先輩はアウトドアが好きで、山も海も遺跡も大丈夫な人です。向こうでオプションのエコツアーに申し込むつもりだと嬉しそうに言ってました。

 それから二週間経ちました。先輩がいない間、なんとかミスをせずに乗り切れそうです。自分でも分かってるんですけど、カバーしてくれる人がいると思うと自分に甘くなってしまいます。

 先輩は今日から仕事に復帰……のはずが出勤していません。課長も先輩の予定を確認しています。自宅の電話も携帯も通じないそうです。私もかけてみましたが同じでした。メールにもSNSにも返事もありません。

 海外のニュースをチェックしたら気になるものがありました。オーストラリアの話ですけど、港を出た船が戻っていないと問題になってるそうです。日本ではほとんど話題になってませんでした。私も日本の話ではないのであまり気に留めてませんでした。
 
 捜索隊がその船を探したそうですけど、まだ見つかってないそうです。先輩が行くと言っていた地名がその中に入ってたので嫌な気がしました。

 ホテルでオプショナルツアーに申し込んだ日本人男性がその日以降ホテルに戻ってなくて、部屋に荷物が残されたままになってるという情報がありました。カミカワ先輩の名前でした。

 課長は会議に出かけました。私はその間も仕事をしていたはずですけど、気が付いたら就業時間になってました。

 家に帰ってからもネットでニュースを調べました。やっぱり先輩の名前でした。



 しばらくして臨時の人事異動がありました。その間もできる限り普通に仕事を続けました。私は主任になりましたけど、全然嬉しくありませんでした。

 家に帰ると冷蔵庫からお酒を取り出して一気に呷りました。先日スーパーで特売になっていたものです。家にいると泣けてくるので気を紛らわせるしかありません。

 あ、ケンのご飯を忘れていました。ペットのマルチーズです。先輩の名前から付けました。付けた後で、もし先輩がうちに遊びに来たらどうしよう、と一瞬慌てましたけど、まあそんなことはありえないのでバレないでしょう。急いで用意して、冷蔵庫からもう一本お酒を取り出します。

 ちょっと酔いが回ってきました。ケンが膝の上に乗ってきたので抱きしめて頬擦りします。あれ、ちょっとふわっとしました。ちょっと飲み過ぎましたか。あれ、なんで目の前に床が? でも床が冷たくて気持ちいいです。

 もう一度、先輩の顔が見たかったなあ……



◆ ◆ ◆



 先ほどおかしな反応があったのはこのあたりでしょうか。



 下級管理者のヴァウラです。ここしばらく、この一体の維持管理をしています。この惑星には今回の仕事で初めて来ましたが、ある意味ではかなり尖った、味のある惑星だと言えます。

 まず、人としては人間しか存在していないこと。エルフやドワーフ、妖精などは比較的どの世界にも存在していますが、この惑星では物語の中にしか出てきません。単一種族しかいないのはかなり珍しい惑星です。もう少し行ったところの惑星などにはいるんですけどね。なぜここにはいないのでしょう。

 次に、誰も魔法を使いません。この惑星の大気中にも魔素は存在します。極微量ですが。魔素があるなら魔力もあるわけなので、なんとか弱い魔法なら使えます。魔法を使うための知識が失われていると言われていますが、そのくせ物語の中では魔法がバンバン飛び交っています。その通りに使ってみたらいいと思うのですが。おそらく使えますよ。教えることはできませんけど。

 もう一つ、魔法が使われていないため、その代わりとして科学技術がかなり進んでいます。そのために文明の滅亡度もかなり高くなっています。ボタン一つで国や大陸がどうかなる兵器なんて、作る前にまず対策を考えておくべきですが、そのあたりの危機管理が甘いんですよね。だから何度も文明が滅亡する羽目になるんです。

 私たち管理者は過度な干渉はしません。できる限り現状を維持すること、つまり長持ちさせることが私たちの仕事です。現在は人間がかなり増えています。一方で動植物はかなり減っています。だからと言って人間を減らすことはしません。できる限りそのまま、つまり人間は増えるままにして手を加えない。それでもこの文明を維持するにはどうすればいいかを考えます。それが無理なら文明が滅びますが、それも一つの運命です。何が何でも守るわけではありません。

 また、世界を維持管理するということは、亡くなった人の魂を見守るのも仕事です。魂が再び生まれ変わるために悪影響があるものは取り除きますが、これもやはり過度な干渉はしません。

 人が死ぬと魂は肉体から離れます。そのままにしておくとどんどん離れていき、完全に戻れなくなったら生まれ変わる準備に入ります。だから管理者でも不必要に魂には触れません。放っておくのが一番なのです。もちろん、必要があれば魂に手を加えることもありますが、その場合は手続きが必要です。基本的には確認と報告に留めます。



 それで、先ほど違和感があったのはここですね。魂の状態がおかしくなっていますね。

 これは……女性? 犬? 不思議な魂になっていますね。二つの魂が融合しかけています。見たことがないパターンですね。よほど執着が強かったのでしょうか。

 女性が床で倒れていますが、犬を抱きかかえたまま死んでいるようです。犬は巻き添えのようですね。犬の魂はまだ体から離れきってはいませんが、そこに女性の魂がくっついてしまったようです。

 どうしましょうか、これ。

 この状態の魂に下手に触るのは危険です。こういう時はとりあえず上司に相談です。

 ……あ、ヴァウラです。少し様子のおかしい魂を見つけまして……はい、亡くなった女性の魂が、離脱しかけた犬の魂にくっついて離れなくなっています……地球という惑星の日本という国です。位置は……はい、了解しました。ではその犬に相談して、了解が貰えたら一度持ち帰ります、はい。

 あ、ワンちゃん。少しよろしいでしょうか。



◆ ◆ ◆



「あれ? ここは?」

 会社の会議室のようなところにいます。家でケンを抱きかかえてお酒を飲んでたはずですけど……

「目が覚めましたか?」

 目の前に女性が現れました。ものすごい美人です。

「マサキ・マイカさん、でいいですね?」
「あ、はい」
「今からあなたがこの場所にいることについて少し説明をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい」

 よく分かりませんけど、ここは素直に従っておきましょう。

「まず私はカローラと申します。管理者と呼ばれる立場です。世界の管理をするのが仕事で、管理者というのは世界によっては『神』と呼ばれること……胡散臭いものを見るような目はやめてもらえると嬉しいのですが……」
「あ、すみません。そんな目をしてましたか?」
「はい、詐欺師を見るような目でした。一通り聞いていただかないと話が進みませんので、お願いします」
「分かりました。続きをお願いします」



「では次に、あなたの身に何が起きたかをこれから説明します。ですがその前に、まずは頭に手をやってください」
「頭ですか?」

 言われた通りに頭に手をやります。あれ、そう言えば声が聞こえる位置が少しずれてます。そしてこれは犬みたいな耳? 触るとくすぐったい。顔の横には当然耳はありません。

「頭の上に耳があるのがお分かりですか? それが今のあなたの魂の姿です」
「魂の姿ですか?」
「あなたは自宅で倒れました。あなたが飲んでいたのは、あの国で少し前から流行り始めたというストロング系というお酒ですね」

 たしかそんな名前が付いてましたね。

「あれはアルコール度数が一二パーセントですよ。ワインや日本酒よりも少し軽い程度です。その五〇〇ミリリットル缶を連日数本ほぼ一気飲みです。あれでは体が壊れますよ」

 そんなにキツいお酒でしたか。会社の人が美味しいと言ってたので買ったんですけど。安かったですし。

「その後です。あなたは犬を抱きかかえながら倒れました。そのまま亡くなったようですので、そこまで苦しまなかっようですね」

 あー、三〇にもなってないのにあの世行きですか。一度くらいはカミカワ先輩とデートとかして、あんなこととかこんなこととかみたかったですね。もっとも誘ったこともありませんし、そんな素振そぶりを見せたこともありませんでしたけど。それと、本棚の愛読書がそのままなのも残念です。あの世には持って行けないですよね? 私の人生をかけた少女漫画コレクション。

「あなたが胸に抱いていたマルチーズですが、その時に押し潰されて死にかけていました」
「え?」
「彼の魂は体から離れかけていて、そこにあなたの魂がまとわりついて融合していました」

 死ぬ前に抱きしめて頬ずりしてたからでしょうか。ケン、巻き込んでごめんなさい。

「その犬、ケンという名前ですね、部下がケンに確認したところ、あなたの魂と融合して生まれ変わることに同意してくれました。いい犬ですね。ですので人間とマルチーズの魂が融合した状態、それが今のあなたの魂です」

 ケンはカミカワ先輩のあだ名、ケンと融合…………うへへ。

「頭の中がダダ漏れですよ。ところであなたはカミカワさんはお好きですよね?」
「ひゃい?」
「あなたの上司のカミカワさんです。私も彼に面識がありますので」
「……はい」
「実は彼は別の世界に転移して「私もそこへ送ってください!」
「きっ、きちんと会えるようにしますので、まずは落ち着いてください」
「すみません……」

 とりあえず話を聞きましょう。まずはそれからです。

「カミカワさんは現在ケネスという名前になり、すでに別の世界にエルフとしてしています。あなたにはその世界へ、犬の獣人、つまり犬人としてしていただきます」
「転生ですか? 転移ではなくて」
「よくご存じですね。はい、転生、つまり生まれ変わりです。私は人の転移や転生を行うことができますが、好き勝手にできるわけではありません。異世界へということなら、それなりに制限があるのです。転移の枠はカミカワさんに使いましたので、現在は転生の枠しか空いていません」
「でも必ず会えるとは限らない、ですよね?」
「できる限り配慮はします。時間的に彼が向こうへ転移する前に送ります。あなたはその場所で待ち、いずれ彼が通りかかったらしっかりと捕まえてください。普通に行動すればその町を通るはずです」
「分かりました」
「それと、一つだけ、先に言っておくことがあります」

 これまでとは口調が変わりました。背筋が伸びる感じです。

「あなたが彼に会った時点で、おそらく彼には恋人、もしくは妻ができています。私がそう仕向けたというのもありますが、あなたはそこに入っていくことになるでしょう。その覚悟だけはしておいてください」
「なぜそれを教えてくれるんですか?」
「私も彼を愛する女の一人です。そしてあなたを応援したいという気持ちもあります。そして彼のことですが、元々が懐が深い人ですし、恋人や妻がいてもあなたを邪険にすることはないでしょう」

 先輩はどうやっても無理なことは無理と断れる人ですが、そうでなければノーとはあまり言いたがらない人です。できるならやってあげたい、いつもそう言ってました。

 だから先輩の周りには自然と人が集まってくるようになるとカローラさんは言います。私が先輩の愛情を独り占めしたいと思わない限りは上手くやれるはずだと。

「大丈夫です。元々先輩と付き合うなんて無理だと諦めてましたから、また会えるだけでも構いません。もちろん親しくなって、になれればそれに越したことはありませんけど」
「その気持ちを忘れないでいてください。ではこれからあなたを彼のいる惑星に転生させます。今の記憶は、そうですね、五歳ごろから夢のような形で少しずつ戻るようになっています。一二歳から一五歳ごろには全て思い出すでしょう」
「ありがとうございます」
「ではいずれまた会いましょう。彼にもよろしく伝えてください」
「あ、カローラさん、最後に一つ質問してもいいですか?」
「私に答えられるものであれば」
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
「まずは彼のために何かをしてあげたいというのが理由です。もう一つは、彼が気にかけていたあなたを助けることによって、彼の中で私の株が爆上がりするからです。このようなチャンスは逃すべきではありません」
「失礼ですけど、カローラさんって残念美人とか呼ばれません?」
「全力で隠していますのでバレていませんよ。それに彼にさえバレなければどうということはありません」

 私から先輩に伝わることを考えてないのだろうか、この人は。
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