異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第5話:ちょっと勘違いしたまま頑張っている二人

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 レイとサラは昨日とは狩り場を変え、マリオンの北西にある森の近くまで来ています。こちらのほうがお金になる魔物が多いからです。ところが、ここにはサラの天敵がいました。

「ごめん、やっぱりパスッ!」

 サラが目を背けたのは巨大なカブトムシの幼虫のような魔物ヒュージキャタピラー。これは幼虫ではなく成虫です。それが一〇匹ほど、ジャカジャカジャカジャカと短い脚を動かし、草を掻き分けながらレイたちの方に向かってきました。

「それじゃ俺がやる」

 ヒュージキャタピラーの動きは直線的なので、避けながら攻撃するのは難しくありません。
 ところが、弱点である頭はレイの膝より下にあります。剣で斬ろうとしても地面を叩いてしまいます。だからメイスをゴルフクラブのように振るんです。
 レイはメイスを持ち、すれ違いざまに頭に一撃を叩き込みました。

 ボジュッ!

 水気のあるものを叩き潰したような音がすると、ヒュージキャタピラーが草の上を滑って止まります。

「タイミング勝負だな」

 レイはメイスを振るタイミングだけ間違えないように、一〇匹の巨大イモムシを順番に潰していきました。

 ◆◆◆

「あれがこれなんだよなあ」

 転がったヒュージキャタピラーを一つずつマジックバッグに入れながら、レイはつぶやきました。

「わかってたけど、それを食べてるんだよね」
「美味いんだよなあ」

 サラは少し離れた場所にいます。彼女は虫が嫌いなわけではありませんが、さすがにこれだけ巨大なイモムシには忌避感しかありません。

「そこまで強くないんだけど高く売れるんだよな」
「丸ごとなのにね」

 魔石は別にして、この一匹で一五〇〇キールから二〇〇〇キールになります。
 普通なら丸ごと冒険者ギルドに持ち込むと安くなりますが、これは解体が楽な上に肉がたくさん採れますので、値段は変わりません。それが全部で一二匹。これだけで十分な儲けになりました。
 結局のところ、レイたちが他の冒険者たちに比べて稼いでいるのは、倒した魔物をマジックバッグに入れることができるからです。普通なら狩ったすべてを持ち帰ることはできないんです。
 たとえば、ホーンラビットの重さは三、四〇キロあります。体が大きくて体力があるなら、両腕にそれぞれ一匹ずつ抱え、さらに背中にもう一匹背負って持ち帰ることもできるでしょう。後衛職で力がないなら、せいぜい一匹くらいでしょうか。四人で一〇匹を運べるかどうかです。
 ところが、ホーンラビットは動物型の魔物の中では小さい部類に入ります。それでその状態ですから、何トンもあるヒュージキャタピラーなら、どのようにして持ち帰ればいいのでしょうか。
 複数のパーティーが何台もの荷車を引いて合同で狩りに出かけることがあります。それでも大型の魔物なら一台に二頭か三頭が限度でしょう。積みすぎると荷車が壊れる可能性があるからです。
 結局のところ、運搬方法まで考えないと、どれだけ金になる魔物をたくさん狩っても、大した収入にならないという問題があります。だから収納スキル持ちは重宝されるんですね。

「そのままでいいか」
「これって解体できるの?」
「わりと簡単らしい。【解体】が付いたらやってみる。マジックバッグがいっぱいにならにようにだけ気をつけるか」

 マジックバッグや収納スキルがあるかどうかが稼げるかどうかの分かれ目になります。サラの持っている一辺三メートルの容量でも金貨が何枚も必要になります。まずそこまで貯められるかどうかです。

「収納スキルってなかなか身に付かないらしいね」
「ジョブと種族も関係あるんだろうな」

 時空間関係の魔法というのは特に身に付けるのが難しいと言われています。その理由としては、頭の中で想像しづらいからです。だからこそ、それを覚えられるジョブに転職するのが一番の早道です。

「同じようなのに【インベントリ】【マジックボックス】【ストレージ】【収納】【秘匿】なんてあるね」
「なんでもありだな」

 収納スキル持ちが重宝されるのは事実ですが、それだけを狙って転職しても、後日になってパーティー編成で困ることがあります。パーティーメンバーとはきちんと話し合いましょう。

 ◆◆◆

「キシューーーー!」
「ちょわったったったっ!」
「なんて声を出すんだよ」
「いや、だってッ‼」

 レイとサラが戦っているのは、巨大なカマキリの魔物ブレードマンティスです。高い位置から振り下ろされる巨大なカマは鋭く、うかつに接近すると、頭越しに背中からバッサリとやられます。

「グレイブを使えグレイブを!」
「そうだったッ」

 サラは太刀で戦っていましたが、当然ながらリーチが足りません。レイは最初からグレイブを手にしていました。
 サラは飛び退くと太刀を鞘に収め、マジックバッグからグレイブを取り出しました。まさにこのような相手に使うべき武器でしょう。
 サラは軽くステップを踏むと、カマをかわして前脚の付け根に刃を叩き込みます。両方のカマをなくしたカマキリは逃げ出そうとしますが、先に別の一匹を倒したレイが、その首を狙って横からグレイブを叩き込みました。ぐらっとカマキリの体が揺れると、そのまま地面に倒れ込んで動かなくなります。

「焦るとろくなことがないってことだね」
「そうだな」

 サラはサムライというジョブにこだわっています。だからどうしても腰に佩いた太刀に頼りがちになってしまうんです。とろこが、刃渡り一メートルもない太刀では、大きな魔物には届きません。

「それじゃ安全な場所まで行って休憩するか」
「食べたことないけど、これも食用だよね?」
「後ろ脚は歯ごたえがあるわりに淡泊だそうだ」

 昆虫を食べる文化は日本中にあります。イナゴの佃煮は伝統食として知られているでしょう。
 日本ではカマキリはあまり食べませんが、東南アジアでは食べる地域もあります。ちなみにブレードマンティスは後ろ脚の肉が食用になるだけで、他に食べる場所はありません。

「肉よりもカマのほうが高いな」
「けっこう鋭いね」

 一メートル近くある鋭いカマはそのまま武器として、あるいは短く切って刃物になります。軽くて使いやすい素材ですが、欠けても研ぐことができないのが鋼と違うところです。


 ブレードマンティスを関節ごとにばらして片付けていると、二人の耳にワギャワギャという叫び声が聞こえました。

「レイ、ゴブリン発見! 数は八」
「人型は初めてだけど、やるか?」
「もちろん!」

 ゴブリンは土色の肌をした子供くらいの大きさの魔物で、一匹見つけると三〇匹はいると言われています。そして、木でできた棍棒を手にして襲ってきます。
 一匹ずつは弱いのですが、同じ魔物が一定数集まると上位種が誕生します。一匹がリーダーになり、他の魔物を率いるようになるんです。そうなると急に集団行動ができるようになり、単に向かってくるだけではなく、様々な戦術を駆使して襲ってきます。
 上位種がいない場合はそれほど脅威にはなりません。お金にもなりませんが。

「採れる素材はないんだよね~」

 さすがにリーダーがいなければサラやレイの敵ではありません。ものの数分で八匹とも動かなくなりました。

「価値があるのは魔石くらいだな。それと棍棒」

 ナタで頭を叩き割って魔石を取り出します。それ以外には売れる部位はありません。胴体や割った頭は森の中に放り込みます。そうするといつの間にか死体はなくなります。スライムが溶かしてしまうからです。

「なんていうかこう……もう少し心理的な抵抗でもあるかと思ったけど、全然ないのにビックリしたな」
「やっぱりこっちで生まれ育ったからじゃない? 直接来てたら多分腰が引けたと思うよ」
「だよなあ」

 レイは商社勤めでした。国内でも海外でも屠殺場を見て回ったことがありますが、自分で生き物を殺したことはありませんでした。

「それで、棍棒ばっかりどうするの?」
「いずれ使い道があるかなと」

 魔物は動物型、鳥型、昆虫型、人型など、タイプによって分けることができます。その中でコボルド、ゴブリン、オーク、オーガなど、二本足で歩く人型の魔物は、なぜか棍棒を持っていることが多いのです。
 その棍棒ですが、魔物が屋外の不衛生な環境にいるからかもしれませんが、なぜか抗菌効果があることが知られています。日本にあれば、かなり重宝する素材ですね。
 棍棒自体はバットを少し太くした程度なので、まな板に使うには向いていません。そして、樽に使うとエールやワインなどが発酵しなくなるので注意が必要です。その代わりに長期保存に向くので、移し替えることがあります。なかなかそこまではしませんが。
 それよりも、一番多い使い方は柵や塀の杭です。地面に打ち込んでも根元が腐ることがないからです。

 ◆◆◆

「あれは女の敵!」
「オークだな」

 ゴブリンを片付けて場所を変えたレイたちの前に現れたのは、二足歩行の猪のような魔物オークでした。頭まで二メートル近くあるでしょう。

「あの棍棒ってどこで手に入れるんだろうね?」
「わざわざ木を削るとは思えないよな」

 オークもゴブリンと同じく棍棒を手にしています。長さも太さもゴブリンの棍棒の倍ほどあるようです。

「よっと」

 レイがすれ違いざまに首を刎ねて一瞬で戦いが終わりました。緊迫感も何もありませんが、それでいいのです。
 レイとサラの実力を考えれば、このあたりにいる魔物では訓練にもなりません。それでもうっかり気を抜くと、胸にホーンラビットの角が突き出ることは間違いありません。気を抜かないようにしつつも、気を張りすぎて疲れないためにはどうすればいいのかを二人は考えました。そして結論を出しました。
 さっさと倒そう。
 魔物を見つけたらさっさと狩るのが一番です。

「でも一匹だけだね。かな?」
「その可能性もあるな」

 オークやゴブリンなどは集団生活を送ります。魔素溜まりから生まれる魔物が集団生活というのもおかしな気がしますが、そういうものなんです。
 このような魔物は、一定数が集まればリーダーが生まれ、急に統率のとれた行動をとるようになります。
 単なるオークのリーダーはオークリーダーです。オークリーダーの率いる集団が複数集まるとオークジェネラルが生まれます。一番上がオークキングとなります。この段階で数百匹になることもありますので、かなり警戒が必要です。
 大集団になると、たまに突然変異種として、オークナイトのように、無駄に誇り高い個体や、オークメイジやオークプリーストのように、魔法が使える個体も現れます。
 逆に、一匹だけが森から出るというのは珍しいパターンです。その一匹を除いて倒されたという可能性もゼロではありませんが、集団から追い出された可能性のほうが高いですね。つまり、森の中に大きな集団ができている可能性があります。

「あとでギルドに報告しておくか」

 ◆◆◆

 レイとサラはいつもどおりの時間に町へと戻りました。適当に買い物をしつつギルドへと向かいます。

「一気に売らないほうがいいよな」
「シーヴさんが言うには、そろそろ【解体】が付くと思うんだよね。それまではほどほど売ったらどう?」
「やっぱりそう思うよな。三つか四つくらいにしとくか」
「十分だと思うよ。いまはまだお屋敷にいるんだし」

 一週間から二週間もすれば【解体】スキルが付くと聞いています。レイたちは解体はしていませんが、魔石を取り出すために魔物の頭を割るだけでも解体しているとみなされるとシーヴから聞いています。
 そもそも解体せずに丸ごと売却するパーティーが多く、それでもこのスキルが付くことがわかっているのです。
 マリオンで活動する冒険者はマジックバッグや収納スキルを持っていないことがほとんどです。そうなると収入の中心は、かさばらない魔石などになります。
 レイたちは倒した魔物を片っ端からマジックバッグに入れているので、ギルドに売る魔物の数は他のパーティーよりも明らかに多くなっています。そろそろ一週間になるので、【解体】が付いてほしいと思っているところです。
 シーヴから教わったように、スキルを得てから解体すれば売却価格が上がります。しかも部位ごとに薬剤師ギルドと分けて売ればかなり高くなることもわかっています。それまではマジックバッグに入れておけばいいのです。満杯にならないように注意する必要がありますが。

「すみません。オークが単体でいたので報告しておきます」

 冒険者ギルドに入ると、ちょうどマイクという職員の手が空いていたので、レイは声をかけました。

「ちょっと待ってくださいね、え~っと、どのあたりですか?」
「この森のところですね」

 マイクが地図を取り出したので、レイは発見場所を指で示しました。

「一匹だけでしたか?」
「はい。ゴブリンは八匹いました。他にはヒュージキャタピラーやブレードマンティスですね」
「わかりました。報告しておきます」

 おそらく翌日にでもギルドが討伐隊参加メンバーを募集するでしょう。このような場合、その仕事が完了するまでの期間、参加メンバーには固定額の報酬が支払われます。また、結果次第では増額になることがあります。
 仮にオークの集団がいるとして、オークリーダーが率いているとして報酬額を算出しますが、場合によってはオークジェネラルがいる場合もあります。その場合、想定よりも危険だったということで、割り増しされるんです。
 もちろんレイたちは参加するつもりはありません。一応ランクによる制限がかけられる場合もあって、誰でも参加できるわけではないからです。

「Fランク以上だろうな」
「それくらいだろうね。オークリーダーがいるとかなり危ないらしいから」

 ランクそのものは強さに直結しません。たとえばレイたちのように、いきなり上級ジョブになると、ランクが低いのにやたらと強いという状態になります。
 ただ、多くは一般ジョブから始まりますので、ランクは大まかな強さの目安として使われます。オークと一対一で戦って問題なさそうなのはFランク以上です。
 オークのことをそこまで強い魔物とは思わないかもしれませんが、二本足で立ってバットよりも太い棍棒を振り回してくる、人間よりも大きな筋骨隆々の魔物です。その棍棒が頭に直撃すれば、多少鍛えていても一発であの世行きでしょう。兜も意味がありません。

「素材に関してはランクは関係ないってのが不思議だよね」
「おかげで稼げるからいいんじゃないか?」

 たしかに稼げていますね。通常よりもかなり。ところが、実はレイたちがやっている稼ぎ方は、ギルドが想定していなかったことなんです。
 通常依頼はランクごとに分けられているように、ランクによる制限があります。ところが、サラが言ったように、素材集めなどの常時依頼にはランクの制限がありません。だからレイたちは見かけた魔物はすべて狩って、常時依頼のほうで適度に売っているんです。
 ところがです。たとえば、オークが増えすぎたとします。通常依頼でオークの巣の殲滅依頼討が貼り出されるとすれば、そちらはFランク以上と制限が付くでしょう。危険な仕事であればあるほどそうなります。
 ところが、IランクやHランクの冒険者がオークを狩って売ったとしても、ルール上はまったく問題ありません。レイたちがやっているのは、まさにそれです。
 実はレイもサラも気づいていませんが、普通は冒険者登録をしてから一週間程度しか経っていない新人が、本来はFランク相当が相手にするホーンラビットを七匹も狩って持ち帰ることはありません。しかも一撃で首を落としているので、状態は最高です。
 レイたち以外の、いわゆる普通の冒険者がどうかを考えてみましょう。
 村から出てきたその若者は聖別式でジョブをもらいます。一〇〇〇キールを払って冒険者ギルドに登録します。あまり話を聞かずに、その日から仕事を始めます。
 まずは武器や防具を買うための金が必要なので、街中でできる雑用などから始めます。そしてギルドで仕事を受けることに慣れてくると、町の外に出て薬草の採集など、危険の少ない仕事をします。
 採集の仕事で金が貯まってくると、ようやくきちんとした武器が手に入るでしょう。そしてゴブリンを相手にして実戦経験を積み、という風にステップアップしていくのが普通です。
 ところが、なまじ力のあるレイとサラは、しょっぱなからホーンラビットを軽々と狩ってしまいました。これはギルドも想定していなかったことですが、ルール的におかしいわけではありません。
 このように、ギルドの誰もが「強いから大丈夫だろう」と気にしないことにした結果、レイたちはそのことに気づかないまま活動を続けていくことになったのです。
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