アイラと神のコンパス

ほのなえ

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ディール島編

第28話 絨毯乗りのラビ

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「じゃ、早速この絨毯に乗ってよ」

 ラビという絨毯乗りの少年は、天日干しにしていた絨毯を地面にサッと広げ、二人に座るよう促す。
 サルマとアイラは絨毯の上に座る。絨毯は薄っぺらな感触だったが、太陽にしばらく当たっていたため、お尻からほんのりとその暖かさが伝わる。
「じゃ、行くよ。三人乗るとちょっと狭いけど……落っこちないようにね」
 ラビの言葉を聞いて、サルマとアイラは頷き身構える。

 ラビが絨毯の上にあぐらをかいて座り、目を閉じると、絨毯はふわりと宙に浮く。そして通りを歩く人の頭の少し上あたりまで上がり、ラビが目を開いて島の北の方を見ると、そのままゆっくりスーッと北に向かって移動する。

 その移動速度と高度が思っていたのと違ったため、サルマは眉をひそめてラビを見る。
「おい、なんか……周りで飛んでる絨毯と比べて遅くねぇか? それに、やたら飛んでる位置低いし。あそこの……上の方で飛んでる絨毯みてぇに、もっと高いとこスイーッって飛べねぇのかよ。やっぱ三人じゃ定員オーバーか?」
 ラビは困ったような顔でサルマを見る。
「それもあるけど……そもそもこの絨毯古くてボロだから。スピード出ないし、たまに休憩しないと駄目で、長時間飛び続けるのも無理なんだ。だから急に飛べなくなって落ちたとしても大丈夫なように、念のため低いとこ飛んでみたんだけど……どうせ飛ぶスピードは上でも下でも変わらないし」
 サルマはそれを聞いて頭を掻く。
「でもよぉ……せめて屋根の上くらいまで飛び上がってくれねぇと、俺たちの目的が果たせねぇんだよな」
「目的? 島の北端に行きたいだけじゃないの? あ、旅の人みたいだし、やっぱり空からの景色が見たいとか?」
「まぁ……そんなとこだ。島が見渡せる位置まで飛んでくれりゃあ、多少遅くても文句は言わねぇよ」
 サルマがそう言うと、ラビはこくりと頷く。
「わかった。お客さんがそう言うなら……やってみるよ。絨毯が急に飛べなくならないように、休み休み行くけどいいかい? あと落下の危険性も考えると、高さは屋根の上くらいで勘弁して欲しいな。屋根伝いに行けば、地面まで真っ逆さまってことはなくなるから」
「ああ、わかったよ……。ったく、絨毯ってのも不便なもんだな。突然飛べなくなったりするってことは、どうやら自由自在に空飛べる訳じゃねぇんだな。オマエの絨毯が単に性能悪いだけなのか?」
「うーん、確かに最高の絨毯職人に仕立てられた高級絨毯なら、乗り続けてこの島一周するくらいはできるかな。絨毯の性能だけじゃなくて、乗り手の能力にも左右されるけどね」
「ふーん。誰にでも乗りこなせるわけじゃねーのか?」
「うん。絨毯を乗りこなす能力は、この島出身の……子どもだけがなぜか持ってる能力でね。だから絨毯乗りは子どもの仕事なんだ。大人になったら絨毯に乗れなくなるから、僕たち絨毯乗りは、今のうちに稼げるだけ稼がなきゃならないんだよ」
「へえー。ラビってまだ子供なのに、仕事してるなんて、偉いね」
 アイラは感心した様子でラビをまじまじと見る。サルマはラビをちらりと横目で見て言う。
「なんだ、絨毯ってのは誰でも自由に空を飛び回れるって代物しろものじゃねぇのな。でも、オマエみたいに能力持ったガキを連れてりゃ、この島を出て絨毯で海の上を進むことも可能なのか?」
 ラビは首を横に振る。
「絨毯での島から島への移動は危険だよ。海の上じゃ絨毯が湿気を含んで重くなるし、休憩できる場所も少ないし。絨毯の性能で長時間飛べないから休憩が必要ってのもあるけど、それだけじゃなくて……絨毯を乗るにはとてつもなく集中力を使うから、乗る人間もこまめな休憩が必要なんだ。それを持続させ続けるのは難しいから、絨毯は長旅向きじゃないんだよ……持ち歩くにも重いしね。もし島から島への移動に絨毯を使うなら……」
 ラビは島の中央にある大宮殿を見る。
「皇帝の持ってる、王族に代々伝わる大絨毯しか無理だろうね。あれは唯一無限に飛び続けられる絨毯だって話だから、優秀な絨毯乗りさえいれば、世界中旅することもできるかもしれないね」
「なんだ。もしオマエが海の上を絨毯に乗って進めるんなら、俺たちの旅について来てもらうのもアリかと思ったんだけどよ」
 そう言ってため息をつくサルマに、ラビは笑って言う。
「それは無理だよ。僕、奴隷だから」

 サルマは目を丸くしてラビを見る。一方のアイラは首をかしげている。
「どれい? 何それ」
「奴隷ってのは……ええと……誰かの持ち物になってる人間だ、って表現すればいいのか?」
 サルマは困ったようにラビを見て言う。ラビはそれを聞いて頷く。
「うん。僕は絨毯乗りたちを束ねている親方の下で働いてて……でも親方の仕切ってる絨毯乗り組合そのものを持ってるのはディールの皇帝になるから、皇帝の持ち物ってことになるのかな」
「持ち物……。人間が、誰かの持ち物って……そんなことあるの?」
 アイラは眉をひそめてラビをじっと見つめる。ラビは特に暗い表情をすることもなく、頷いて言う。
「うん。だから、皇帝や親方の命令には逆らえないし、いらなくなったら捨てられるんじゃないかな」
 アイラはそれを聞いてぞっとした様子でラビを見る。その様子を見たサルマはアイラに説明する。
「……今まで行った島にはなかったが、この世界には身分制度ってのがある場所がある。特に国なんかには多いな。皇帝や王の一族……王族ってのは一般人より上の身分で、そして一般人より下には奴隷って身分があるんだ。皇帝だけでなく、一般人でも金の持ってるやつは奴隷を買ったり売ったりしている。そして、身分と身分のあいだには越えられないへだたりがある。例えば、俺たちは一般人にあたるから、あの宮殿に住んでる皇帝に会うことは簡単には許されねぇってことになる」
「その……身分ってのはどうやって決められてるの?」
 アイラはまだ理解できていない様子で尋ねる。
「それは……生まれた時点で決まる。王族に生まれりゃ王族、奴隷の親から生まれりゃ奴隷、その他は一般人って感じだ。例外でもねぇ限りは、身分が上がったり下がったりすることはねぇな」
「…………」

 アイラが悲しそうな顔をしているのに気づいたラビは、アイラに微笑む。
「そんな顔しないでよ。別に奴隷でも、持ち主が酷い人でない限りはそんなに不幸でもないよ? どうせ一般人でも皇帝に逆らったら殺されるし、皇帝の奴隷の僕とたいして変わらないさ。ただ、誰かの持ち物である奴隷には移動の自由がないから、島を出てお客さんの旅について行くのは無理なんだ。ごめんね」
「それは構わねぇが……。ん? てことはオマエのいる絨毯乗り組合とやらには、皇帝の奴隷のガキが集められてるのか?」
 サルマが尋ねると、ラビは頷いて言う。
「うん。というか、皇帝の持ち物の奴隷から選んでるというより、絨毯乗りの素質のある子供の奴隷を買い集めて作ってるみたいだけど。あと組合に属してない子でも、自分の絨毯持ってて自分で商売してる絨毯乗りはいっぱいいるし……僕は組合から借りてる絨毯だから自分のは持ってないけどね。あと一般人の子供でも、絨毯乗りの仕事してる子はいるよ」
(さっき表の街で会った絨毯乗りのガキは、おそらく一般人だろうな。小綺麗な格好してたし、持ってたのも立派な絨毯だったし)
 サルマはしげしげと乗っている絨毯を眺めて言う。
「しかし、皇帝の持ってる絨毯組合にしちゃあ、ずいぶんボロい絨毯を掴まされたもんだな、オマエ」
 ラビはそれを聞いて首を横に振り、絨毯をそっとでる。
「ううん、僕の絨毯乗りの能力が認められたから、これに乗せてもらえたんだよ。本当はこの絨毯、もう捨てられる予定だったんだけど、僕が乗れるって言ったらタダで……お給料から銅貨一枚も引かれることなく使わせてもらえたんだ。普通は絨毯の借り賃でお給料はほとんどなくなるんだけど、おかげでちょっとは自由に使えるお金が貰えてるんだよ」
「そうなんだ、ラビって凄いんだね」
 アイラがラビを褒めると、ラビが鼻を高くして自慢げに言う。
「だろ? 普通は絨毯に乗りながら、こんなにお喋りするのも難しいんだよ」
「ふうん。てかオマエんとこの組合は、絨毯支給するにも金取んのか。ケチくせぇな」
 サルマはそう言って、絨毯を乗りこなすラビの背中をしげしげと眺める。
(……どうもコイツ、奴隷の割には明るいヤツだな。自分の置かれた立場にもう諦めがついてるのか……。まぁ奴隷でもちょっとは給料もあるみてぇだし、暮らしも悪くはねぇってことか。だが、子供の頃仕事があっても……大人になって絨毯乗りの能力がなくなったら、その先はどうなるんだ? 用済みになって捨てられたりしねぇんだろうな?)

「あ、ちょっとこのあたりで一旦休憩するね」
 ラビがそう言って近くの屋根の上に降りる。アイラはそれを聞いてハッとする。
「あっ、すっかり忘れてた! コンパスの針見なきゃいけないんだった!」
「ん? コンパスの針? 進行方向は北で合ってると思うけど……」
 ラビが不思議そうにアイラを見る。アイラは荷物の中からコンパスを取り出し、手の上に乗せる。
 針は――――島の入口で見た時は北を示していたが、今は北東を示している。
「あ、針の示している向きが変わったよ!」
 アイラがそう言うと、サルマもコンパスをのぞき込み、自分の持っているコンパスと見比べる。
「針の示している位置は……北東か。やっぱり目的地はこの島で合ってたようだな。おい、絨毯乗り! 行き先変更だ。ここからは北東へ向かってくれ!」
 ラビはそれを聞くと目を丸くする。
「ええっ? 島の最北端に行きたいんじゃなかったの?」
「いいから、つべこべ言わずに北東に進路変更だ」
「でも、ここから北東って……どこに行けばいいんだい? 目的地を言ってくれないとわからないよ」
 ラビが首をひねって言う。
「そうか、オマエはコンパス持ってねぇから、急に言われても方角がわからねぇか? ほら、コイツの持ってるコンパスの針の示している方だよ」
 サルマにそう言われたラビは、アイラの手の中にあるコンパスをのぞき込む。
「なにこれ、針が半分しかない。針も北を指してるわけでもなさそうだし、変なコンパス」
「いいから、とりあえずこのコンパスの示す方に進んでくれ」
「……よくわからないけど……わかったよ」

 ラビが頷き、目を閉じて念じると、絨毯は休憩していた屋根の上から宙に浮かぶ。そしてコンパスの示す位置に進路を変更する。

 すると三人の目に飛び込んできたのは――――島の中央にある、あの絢爛けんらん豪華なドーム屋根の白い建物――――皇帝の大宮殿であった。
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