28 / 52
ディール島編
第27話 ディール島
しおりを挟む
アルゴたちの船の修理が終わり、アイラとサルマ、そしてアルゴ海賊団の一行は、コンパスの針の示すとおりに、ヴァイキング・アイランドから北に向かって船を進めていく。
そのまま長い間航海し続けたある日のこと。アルゴたちは一晩明かすため、大きめの岩場につけて船を停める。
その夜、アルゴは、アイラとサルマに向かって尋ねる。
「コンパスは、まだ北を示しているのか?」
「うん、そうだよ」
アイラがコンパスを見ながら頷く。アルゴはそれを聞いて眉間に皺を寄せ、海図を取り出して机に広げる。
「そうか……まずいな。ここから北へ行くとディール島があるが、この島は島全体が国になっていて……ドリー朝という王朝が支配している国、ディール帝国がある。この国には警備戦士はいねぇが、代わりに皇帝直属の、数多くの近衛兵によって、島だけでなく付近の海上にいたるまで厳重に警備されていて……さすがに海賊船がこの島に入るのはまずい。そこでなんだが……」
アルゴはサルマを見る。
「闇の大穴の渦もこんな北まで来るとさすがに大丈夫そうだし、ここから先、ディール島まではお前たちの船で行ってくれ。俺たちはここの岩場で待機しておく。お前たちはディール島が目的地かどうかを確認し、目的を果たし終えたら……それとディール島が目的地でなかった場合も、またここに戻って来い」
「そうだな、わかったよ。じゃ、今日のところはもう遅いしこの船で一休みして……明日の朝、俺たちはディール島に行くことにするぜ」
サルマはアルゴの意見に賛成して頷く。
次の日の朝、サルマの船はアルゴの船のつけてある岩場から出発し、昼頃にはディール島に到着する。
「アルゴの言ってたとおり、島の周りの見張り台や船から、すでに多くの近衛兵らしき姿が見えたな。俺もこの島では盗賊だってことは隠して、ただの旅人を装っておいた方が良さそうだ。それにしても……すごい島だな。俺もここに来たのは初めてだぜ」
そう言ってサルマは島を眺める。
その島の景観にアイラは息をのむ。まず目に入るのが――島の中央にある、絢爛豪華なモスクのような巨大な建造物である。
ドーム型の大きい屋根を持つ建物が中央に、そしてその両側に細長い塔が二本建てられている。塔と中央のドーム屋根の建物は下の部分で繋がっている。そんな建物の外には広大な庭が広がり、その周りを高い塀がぐるりと取り囲んでいる。
それらの塀や建物は、全て眩しいばかりに輝く白い大理石で造られている。
そしてこの島には、もうひとつ目を引くものがある。それは――――この島の上を人を乗せて飛んでいる、数多くの空飛ぶ絨毯である。
「なんだありゃ! あんなもんがあるのか? あんな簡単に空なんて飛べりゃあ、俺たちみたく闇の大穴の渦に引っかかったりして苦労しねぇのに……なんでこの島の外には普及してねぇんだよ」
「本当だ! すごい……空なんて飛べるんだ!」
アイラは目を輝かせて、空飛ぶ絨毯を、そしてその下に広がる綺麗な街並みを眺める。
街にはドーム型の色とりどりの丸い屋根をもつ建物がたくさん見られる。道もきちんと舗装され、綺麗な細かい白砂の道が四方に向かって広がっている。
街を行く人々の多くはターバンや布を頭に巻き、ふんわりと膨らんだ独特の形のズボンを履いている。一部の女の人は色とりどりの綺麗な薄くてひらひらしたサテンのドレスを身にまとっている。
アイラは島の中央の建物を指差して言う。
「ねぇ、あそこが皇帝って人の住んでるところかな?」
「そうだろうよ。いつだって権力者は自分の権力の大きさを見せびらかしたいもんだからな。島で一番立派なあの宮殿には、おそらくディール帝国の皇帝が住んでいるんだろう」
「あんなすごい建物に住んでて、兵士もたくさん持ってて……皇帝って本当にすごい力を持ってるんだね。だったら、その皇帝って人に頼めば闇の賊退治に協力してくれたりしないかな?」
「……オマエ、皇帝っていうのは力を持ったすごい人って認識しかねぇな? 皇帝ってのは、警備戦士の長以上に偉そうで……そう簡単に俺たちみてぇな一般人が会えるもんじゃねぇんだよ。オマエの島では身分とかなかっただろうからわかんねーかもしれねぇが……。あと、警備戦士の長みてぇに、世界の平和を守るために活動してる訳じゃねぇから……協力もしてくれねぇぞ、きっと。自分とこの利益になることでしか動いちゃくれねぇからな……国だとか皇帝ってやつは。まだこの島は闇の賊に襲われた形跡もねぇし、大穴のうねりもここまで来てねぇようだから……皇帝と話せたところで闇の賊の存在すら馬鹿にされるかもしれねぇ」
「……そうなんだ」
アイラは少し悲しそうな顔になる。
サルマは船を船着場に停める。そこに近衛兵たちがやって来る。
「お前は……よそ者だな。どこから来た。身分を証明するものはあるか」
サルマは近衛兵を見ると表情を引き締める。
「俺はただの旅人だよ。証明になるかはわからねぇが……俺は戦士島の出身で、親類に警備戦士がいる。その船は、その親戚から借りて乗ってるものだ」
そう言ってサルマは紅竜の船を親指で差す。近衛兵はじろりとそれを見る。
「確かに、紅竜の船首があるようだ。……よかろう。船を貸してもらう仲の警備戦士がいるのなら、賊ってことはあるまい。ただ、船をここに停めるのならば、その代金として銀貨一枚いただこう。この島は全て皇帝陛下の御土地だからな」
サルマはそれを聞いて苦々しい顔をするが、麻の巾着から銀貨を取り出して近衛兵に支払う。
兵士が立ち去ると、サルマは大きくため息をつく。
「はーあ、なんか話してて肩の凝るやつらだな、近衛兵ってのは。停め賃まで取られちまったし……。ま、アイツはカモメ島の時みたくニセモノの詐欺まがいじゃねぇ、ただ仕事をこなしている本物の近衛兵だったし……さすがに逆らうと厄介事になりそうだからな」
「うん……。あ、そういえば、コンパスの針は……」
アイラはコンパスを背中にしょっている袋からごそごそと探し出し、取り出す。その目が大きく見開く。
「サ、サルマさん! コンパス……回ってないよ⁉ この島って、目的地じゃないのかも……!」
「何だと⁉」
サルマもコンパスを覗き込む。その針は――――まだ北を示している。
「どうしよう……引き返してアルゴさんのとこに戻る?」
アイラはサルマを見上げて言う。
「……しかし……来ちまったものはしょうがねぇ。船の停め賃も払っちまったし、今日一日はこの島を探索してみようぜ。この島は、この世界でも一二を争うでかい島なんだ。もしかしたら、この島の中の行くべき場所がもうちょっと北だって示してる可能性もなくはねぇ。試しに島をぐるっと回ってみよう」
「でも、今までは目的地の島に着いたとたんくるくる回ってたけどなぁ」
アイラはそう言って不思議そうにコンパスを眺める。
「ま、この島は、今までの島とは比べ物にならねぇくらいの大きさだからな。……とりあえず……腹が減ったな。昼飯にすっか。この大通りにはそこら中に店があるようだし、食いもんくらいすぐ見つかるだろ」
サルマはそう言って、アイラを連れて店のある通りに入っていく。
「ふー……美味しかったけど、結構辛かったね。あんな料理初めて食べたよ」
アイラとサルマは食事を済ませて店から出てくる。アイラは舌を出して顔を赤くして、パタパタと手で自分の顔を扇いでいる。
「あれはタリーっていう香辛料の効いた煮込み料理だ。オマエみたいなお子様にはまだ早かったかな。俺も初めて食ったがなかなか旨かった……のはいいんだが、なんだよあの値段! ぼったくりにも程がある……と思ったが……この市場を見てる感じでは、どうやらこの島……いや、この国は物価が相当高いようだな」
「ぶっか? なあにそれ」
アイラが首をかしげる。
「物価ってのはだな、物の価値のことなんだが……。うーん……例えば、同じものひとつ買うにも、島ごとに値段が違うって話だよ。さっきみたくこの島は物価が高いっつったら、ものを買うのに他の島よりも多くのカネが必要になる、って意味だ。正直俺も難しくてよくわからねぇんだが……たぶん、そういうことだ」
「ふうん。じゃあおカネが好きなサルマさんにとっては居づらい場所だね」
「……ま、そのとおりだ。もしここが目的地じゃねぇならさっさと離れる方がいいかもな。とりあえずひととおり探索はするが……俺の考えはさっき言ったとおり、この島の中での行くべき場所がもうちょっと北だと示しているって可能性もあるって事だ。それを確かめるには、この島の北端まで行ってみることだ。そこでまだ北を指してるようならこの島が目的地じゃねぇってわかるだろ。だが、なにしろ今まで行った島と比べて桁違いに広い島だからな。徒歩で行くわけにもいかねぇし……移動手段を考えねぇと」
そう言ったサルマは、ふと目に付いた、たった今空から降りてきた空飛ぶ絨毯を見る。
いかにも豪華そうな立派な絨毯から裕福そうな太った男が降りて、小綺麗な格好をしている細身の少年に硬貨を一枚渡す。少年はうやうやしくそれを受け取り、男に向かって深くお辞儀をする。
「あれって……もしかして、金払えば乗せてくれるんじゃねーか?」
「え、本当⁉ わたし乗ってみたい!」
アイラが目を輝かせて言う。
「ああ、島を周るにもあれに乗ると手っ取り早そうだしな。よし、行くぞ」
サルマはアイラにそう言った後、先程の少年に向けて話しかける。
「おい、それ……金払えば乗せてくれるのか? 島の一番北側まで乗せて欲しいんだが」
少年は、サルマのことを上から下までじろりと見渡す。
「……旅人さん? お金は……あんまり持ってなさそうだね」
(な、なんだこのガキ……生意気なこといいやがって。てか、明らかにさっきの男の時と態度が違うじゃねぇか。同じ客だろーが!)
サルマは内心そう思ったものの、ぐっと堪える。
「で、いくら払えばいいんだ?」
「この絨毯は乗り心地もいい最高級品だからね。金貨一枚、てとこかな」
サルマはそれを聞いて眉を釣り上げる。
「はあ⁉ 金貨⁉ 足元見やがって……銀貨の間違いじゃねぇのか⁉」
「金貨だよ。なんだ、やっぱりおじさんお金ないんだね。悪いけど僕、お金持ちしか相手にしないんだ。もし安値で絨毯に乗りたいなら、裏通りで絨毯乗りを探しなよ。ボロっちい絨毯でよければ安値で乗れると思うよ。……ほら、あそこの道から裏街に行けるから」
少年はそう言って、きらびやかな表通りとは対照的に、細くて暗そうな裏道を指差す。
「お、おう……。ありがとな、ぼうず」
サルマは生意気なヤツだと思いつつも、役に立つ情報を教えてくれた少年に礼を言う。少年はぼうずと呼ばれたことが不快な様子で、眉間に皺を寄せてサルマを一瞥するが、何も言わずに去ってゆく。
サルマとアイラは少年から聞いた細い裏道を通り、薄暗い裏街へと辿り着く。
そこは表の通りと比べてどこか薄暗く、そこにいる人たちはボロボロの衣服をまとい、多くは褐色の肌をしている。
「なんか……表の通りとは違う感じだね」
「綺麗で立派な国かと思いきや、裏ではこんなところもある……こういうもんさ。……お?」
サルマは絨毯を天日干しにしている、黒髪を頭の高い位置で結んでいて褐色の肌をした、アイラと同じくらいの背丈の少年に目をやり、声をかける。
「オマエ、絨毯乗り……とやらか?」
褐色の肌の少年はこちらを振り返る。
「うん、そうだよ。もしかして……お客さん?」
「ああ。ちょっと島の最北端に行きてえんだが……」
少年はそれを聞くと目を輝かせる。
「うん、任せてよ! 僕の絨毯はちょっと古いけど、その代わり安くしとくよ! そうだなぁ……銅貨五枚でどう?」
サルマはそれを聞いて頷く。
「悪くねぇな。ところで、その絨毯ってのは二人乗れるのか? 後ろのコイツも一緒に乗せてぇんだが」
そう言ってサルマはアイラの方を親指で指し示す。少年はアイラを見て少し考え、頷く。
「……うん。この絨毯本当は僕合わせて二人乗りだけど……お客さんは荷物も少ないし、その子なら軽そうだから大丈夫かな。やってみるよ。僕は、絨毯乗りのラビっていうんだ。よろしくね、お二人さん」
絨毯乗りのラビは、後ろにいるアイラにも微笑みかける。アイラは久しぶりに同じ年頃の子供と出会えて嬉しくなり、にっこりと笑う。
「うん、わたしはアイラっていうの。よろしくね、ラビ!」
そのまま長い間航海し続けたある日のこと。アルゴたちは一晩明かすため、大きめの岩場につけて船を停める。
その夜、アルゴは、アイラとサルマに向かって尋ねる。
「コンパスは、まだ北を示しているのか?」
「うん、そうだよ」
アイラがコンパスを見ながら頷く。アルゴはそれを聞いて眉間に皺を寄せ、海図を取り出して机に広げる。
「そうか……まずいな。ここから北へ行くとディール島があるが、この島は島全体が国になっていて……ドリー朝という王朝が支配している国、ディール帝国がある。この国には警備戦士はいねぇが、代わりに皇帝直属の、数多くの近衛兵によって、島だけでなく付近の海上にいたるまで厳重に警備されていて……さすがに海賊船がこの島に入るのはまずい。そこでなんだが……」
アルゴはサルマを見る。
「闇の大穴の渦もこんな北まで来るとさすがに大丈夫そうだし、ここから先、ディール島まではお前たちの船で行ってくれ。俺たちはここの岩場で待機しておく。お前たちはディール島が目的地かどうかを確認し、目的を果たし終えたら……それとディール島が目的地でなかった場合も、またここに戻って来い」
「そうだな、わかったよ。じゃ、今日のところはもう遅いしこの船で一休みして……明日の朝、俺たちはディール島に行くことにするぜ」
サルマはアルゴの意見に賛成して頷く。
次の日の朝、サルマの船はアルゴの船のつけてある岩場から出発し、昼頃にはディール島に到着する。
「アルゴの言ってたとおり、島の周りの見張り台や船から、すでに多くの近衛兵らしき姿が見えたな。俺もこの島では盗賊だってことは隠して、ただの旅人を装っておいた方が良さそうだ。それにしても……すごい島だな。俺もここに来たのは初めてだぜ」
そう言ってサルマは島を眺める。
その島の景観にアイラは息をのむ。まず目に入るのが――島の中央にある、絢爛豪華なモスクのような巨大な建造物である。
ドーム型の大きい屋根を持つ建物が中央に、そしてその両側に細長い塔が二本建てられている。塔と中央のドーム屋根の建物は下の部分で繋がっている。そんな建物の外には広大な庭が広がり、その周りを高い塀がぐるりと取り囲んでいる。
それらの塀や建物は、全て眩しいばかりに輝く白い大理石で造られている。
そしてこの島には、もうひとつ目を引くものがある。それは――――この島の上を人を乗せて飛んでいる、数多くの空飛ぶ絨毯である。
「なんだありゃ! あんなもんがあるのか? あんな簡単に空なんて飛べりゃあ、俺たちみたく闇の大穴の渦に引っかかったりして苦労しねぇのに……なんでこの島の外には普及してねぇんだよ」
「本当だ! すごい……空なんて飛べるんだ!」
アイラは目を輝かせて、空飛ぶ絨毯を、そしてその下に広がる綺麗な街並みを眺める。
街にはドーム型の色とりどりの丸い屋根をもつ建物がたくさん見られる。道もきちんと舗装され、綺麗な細かい白砂の道が四方に向かって広がっている。
街を行く人々の多くはターバンや布を頭に巻き、ふんわりと膨らんだ独特の形のズボンを履いている。一部の女の人は色とりどりの綺麗な薄くてひらひらしたサテンのドレスを身にまとっている。
アイラは島の中央の建物を指差して言う。
「ねぇ、あそこが皇帝って人の住んでるところかな?」
「そうだろうよ。いつだって権力者は自分の権力の大きさを見せびらかしたいもんだからな。島で一番立派なあの宮殿には、おそらくディール帝国の皇帝が住んでいるんだろう」
「あんなすごい建物に住んでて、兵士もたくさん持ってて……皇帝って本当にすごい力を持ってるんだね。だったら、その皇帝って人に頼めば闇の賊退治に協力してくれたりしないかな?」
「……オマエ、皇帝っていうのは力を持ったすごい人って認識しかねぇな? 皇帝ってのは、警備戦士の長以上に偉そうで……そう簡単に俺たちみてぇな一般人が会えるもんじゃねぇんだよ。オマエの島では身分とかなかっただろうからわかんねーかもしれねぇが……。あと、警備戦士の長みてぇに、世界の平和を守るために活動してる訳じゃねぇから……協力もしてくれねぇぞ、きっと。自分とこの利益になることでしか動いちゃくれねぇからな……国だとか皇帝ってやつは。まだこの島は闇の賊に襲われた形跡もねぇし、大穴のうねりもここまで来てねぇようだから……皇帝と話せたところで闇の賊の存在すら馬鹿にされるかもしれねぇ」
「……そうなんだ」
アイラは少し悲しそうな顔になる。
サルマは船を船着場に停める。そこに近衛兵たちがやって来る。
「お前は……よそ者だな。どこから来た。身分を証明するものはあるか」
サルマは近衛兵を見ると表情を引き締める。
「俺はただの旅人だよ。証明になるかはわからねぇが……俺は戦士島の出身で、親類に警備戦士がいる。その船は、その親戚から借りて乗ってるものだ」
そう言ってサルマは紅竜の船を親指で差す。近衛兵はじろりとそれを見る。
「確かに、紅竜の船首があるようだ。……よかろう。船を貸してもらう仲の警備戦士がいるのなら、賊ってことはあるまい。ただ、船をここに停めるのならば、その代金として銀貨一枚いただこう。この島は全て皇帝陛下の御土地だからな」
サルマはそれを聞いて苦々しい顔をするが、麻の巾着から銀貨を取り出して近衛兵に支払う。
兵士が立ち去ると、サルマは大きくため息をつく。
「はーあ、なんか話してて肩の凝るやつらだな、近衛兵ってのは。停め賃まで取られちまったし……。ま、アイツはカモメ島の時みたくニセモノの詐欺まがいじゃねぇ、ただ仕事をこなしている本物の近衛兵だったし……さすがに逆らうと厄介事になりそうだからな」
「うん……。あ、そういえば、コンパスの針は……」
アイラはコンパスを背中にしょっている袋からごそごそと探し出し、取り出す。その目が大きく見開く。
「サ、サルマさん! コンパス……回ってないよ⁉ この島って、目的地じゃないのかも……!」
「何だと⁉」
サルマもコンパスを覗き込む。その針は――――まだ北を示している。
「どうしよう……引き返してアルゴさんのとこに戻る?」
アイラはサルマを見上げて言う。
「……しかし……来ちまったものはしょうがねぇ。船の停め賃も払っちまったし、今日一日はこの島を探索してみようぜ。この島は、この世界でも一二を争うでかい島なんだ。もしかしたら、この島の中の行くべき場所がもうちょっと北だって示してる可能性もなくはねぇ。試しに島をぐるっと回ってみよう」
「でも、今までは目的地の島に着いたとたんくるくる回ってたけどなぁ」
アイラはそう言って不思議そうにコンパスを眺める。
「ま、この島は、今までの島とは比べ物にならねぇくらいの大きさだからな。……とりあえず……腹が減ったな。昼飯にすっか。この大通りにはそこら中に店があるようだし、食いもんくらいすぐ見つかるだろ」
サルマはそう言って、アイラを連れて店のある通りに入っていく。
「ふー……美味しかったけど、結構辛かったね。あんな料理初めて食べたよ」
アイラとサルマは食事を済ませて店から出てくる。アイラは舌を出して顔を赤くして、パタパタと手で自分の顔を扇いでいる。
「あれはタリーっていう香辛料の効いた煮込み料理だ。オマエみたいなお子様にはまだ早かったかな。俺も初めて食ったがなかなか旨かった……のはいいんだが、なんだよあの値段! ぼったくりにも程がある……と思ったが……この市場を見てる感じでは、どうやらこの島……いや、この国は物価が相当高いようだな」
「ぶっか? なあにそれ」
アイラが首をかしげる。
「物価ってのはだな、物の価値のことなんだが……。うーん……例えば、同じものひとつ買うにも、島ごとに値段が違うって話だよ。さっきみたくこの島は物価が高いっつったら、ものを買うのに他の島よりも多くのカネが必要になる、って意味だ。正直俺も難しくてよくわからねぇんだが……たぶん、そういうことだ」
「ふうん。じゃあおカネが好きなサルマさんにとっては居づらい場所だね」
「……ま、そのとおりだ。もしここが目的地じゃねぇならさっさと離れる方がいいかもな。とりあえずひととおり探索はするが……俺の考えはさっき言ったとおり、この島の中での行くべき場所がもうちょっと北だと示しているって可能性もあるって事だ。それを確かめるには、この島の北端まで行ってみることだ。そこでまだ北を指してるようならこの島が目的地じゃねぇってわかるだろ。だが、なにしろ今まで行った島と比べて桁違いに広い島だからな。徒歩で行くわけにもいかねぇし……移動手段を考えねぇと」
そう言ったサルマは、ふと目に付いた、たった今空から降りてきた空飛ぶ絨毯を見る。
いかにも豪華そうな立派な絨毯から裕福そうな太った男が降りて、小綺麗な格好をしている細身の少年に硬貨を一枚渡す。少年はうやうやしくそれを受け取り、男に向かって深くお辞儀をする。
「あれって……もしかして、金払えば乗せてくれるんじゃねーか?」
「え、本当⁉ わたし乗ってみたい!」
アイラが目を輝かせて言う。
「ああ、島を周るにもあれに乗ると手っ取り早そうだしな。よし、行くぞ」
サルマはアイラにそう言った後、先程の少年に向けて話しかける。
「おい、それ……金払えば乗せてくれるのか? 島の一番北側まで乗せて欲しいんだが」
少年は、サルマのことを上から下までじろりと見渡す。
「……旅人さん? お金は……あんまり持ってなさそうだね」
(な、なんだこのガキ……生意気なこといいやがって。てか、明らかにさっきの男の時と態度が違うじゃねぇか。同じ客だろーが!)
サルマは内心そう思ったものの、ぐっと堪える。
「で、いくら払えばいいんだ?」
「この絨毯は乗り心地もいい最高級品だからね。金貨一枚、てとこかな」
サルマはそれを聞いて眉を釣り上げる。
「はあ⁉ 金貨⁉ 足元見やがって……銀貨の間違いじゃねぇのか⁉」
「金貨だよ。なんだ、やっぱりおじさんお金ないんだね。悪いけど僕、お金持ちしか相手にしないんだ。もし安値で絨毯に乗りたいなら、裏通りで絨毯乗りを探しなよ。ボロっちい絨毯でよければ安値で乗れると思うよ。……ほら、あそこの道から裏街に行けるから」
少年はそう言って、きらびやかな表通りとは対照的に、細くて暗そうな裏道を指差す。
「お、おう……。ありがとな、ぼうず」
サルマは生意気なヤツだと思いつつも、役に立つ情報を教えてくれた少年に礼を言う。少年はぼうずと呼ばれたことが不快な様子で、眉間に皺を寄せてサルマを一瞥するが、何も言わずに去ってゆく。
サルマとアイラは少年から聞いた細い裏道を通り、薄暗い裏街へと辿り着く。
そこは表の通りと比べてどこか薄暗く、そこにいる人たちはボロボロの衣服をまとい、多くは褐色の肌をしている。
「なんか……表の通りとは違う感じだね」
「綺麗で立派な国かと思いきや、裏ではこんなところもある……こういうもんさ。……お?」
サルマは絨毯を天日干しにしている、黒髪を頭の高い位置で結んでいて褐色の肌をした、アイラと同じくらいの背丈の少年に目をやり、声をかける。
「オマエ、絨毯乗り……とやらか?」
褐色の肌の少年はこちらを振り返る。
「うん、そうだよ。もしかして……お客さん?」
「ああ。ちょっと島の最北端に行きてえんだが……」
少年はそれを聞くと目を輝かせる。
「うん、任せてよ! 僕の絨毯はちょっと古いけど、その代わり安くしとくよ! そうだなぁ……銅貨五枚でどう?」
サルマはそれを聞いて頷く。
「悪くねぇな。ところで、その絨毯ってのは二人乗れるのか? 後ろのコイツも一緒に乗せてぇんだが」
そう言ってサルマはアイラの方を親指で指し示す。少年はアイラを見て少し考え、頷く。
「……うん。この絨毯本当は僕合わせて二人乗りだけど……お客さんは荷物も少ないし、その子なら軽そうだから大丈夫かな。やってみるよ。僕は、絨毯乗りのラビっていうんだ。よろしくね、お二人さん」
絨毯乗りのラビは、後ろにいるアイラにも微笑みかける。アイラは久しぶりに同じ年頃の子供と出会えて嬉しくなり、にっこりと笑う。
「うん、わたしはアイラっていうの。よろしくね、ラビ!」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
SSSランクの祓い屋導師 流浪の怪異狩り
緋色優希
ファンタジー
訳ありの元冒険者ハーラ・イーマ。最高峰のSSSランクにまで上り詰めながら、世界を巡る放浪の旅に出ていた。そして、道々出会う怪異や魔物などと対決するのであった。時には神の領域にいる者達とも。数奇な運命の元、世界を旅するハーラと旅の途中で出会う人々との物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-
ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。
断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。
彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。
通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。
お惣菜お安いですよ?いかがです?
物語はまったり、のんびりと進みます。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる