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試合、みにきてくれる?
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二人はいつものように温室のベンチに腰かけていた。
初夏の温室は暑いくらいで、アレックスは制服のシャツの腕をまくっていた。日に焼けて筋肉質なその手はしかし、これまで途切れることなくエヴァンジェリンにお菓子をくれ続けている。
一方、キャンディを受け取ろうと差し出したエヴァンジェリンの手には、真新しい湿布がしてあった。昨日の決闘でできた痣だ。足と肩にも一つずつある。
「はい、本当です。日々鍛えていただいています」
キャンディがそっ、とてのひらの湿布を張っていない部分に置かれる。
(デリカシーがない、なんてココさんは言うけれど……こういうところ、アレクさんは優しいんだ)
少なくとも、グレアムよりはよほど優しい。
最初は怖かったまなざしも、いまは優しいばかりだ。いきいきとした緑の目も、頬に散るそばかすまでも、好ましく思える。
ひそかにそう思って、エヴァンジェリンは微笑み、手の上のキャンディをしみじみと眺めた。
紅い包み紙だ。アレックスとココの故郷からたまに送られてくるという、カランツというベリーのキャンディ。エヴァンジェリンも、すっかりおなじみになってしまった。
「アレクさんの故郷のものですね。いつも、ありがとうございます」
お礼を言うエヴァンジェリンだったが、アレックスは眉を寄せた。
「なんで君が、そんなこと……決闘が好きってわけじゃないだろ?」
「ええ、それは、そうですが……」
するとアレックスは、エヴァンジェリンの肩をつかんだ。
「なら、やめた方がいいよ! イヴが決闘なんて、危ないよ」
ちょうど彼の指が肩の痣にあたって、エヴァンジェリンは身じろいだ。
「いた……っ」
するとアレックスはやけどをしたように手をひっこめた。
「ごめん……っ。え、もしかして、そこにも怪我が……?」
「ちょっと、呪いが当たってしまって。でももう解呪はしてあります」
すぐに解呪されるとはいえ、呪いによってはそのあともしばらくは痛い。
だけど、痛みがあった方が、それを避けるために、真剣に決闘に臨める。
だからエヴァンジェリンはむしろ、ありがたく思っていた。
しかし、アレックスはエヴァンジェリンを覗き込んで顔をゆがめた。
「でも、痛いだろ……。なんで決闘クラスなんて。もしかして……トールギスの指示、か?」
「いえ、それは違くて……」
なんと言い訳しよう。
「ええと、その、強く、なりたくて……。学期はじめ、他の生徒に呪われて、危なかったこともありますし」
「そんなの、トールギスが守ってくれるだろ? 君に危険があるなら、俺だっていくらでも力になるよ……!」
「それは……ありがたい、ですが」
アレックスは、エヴァンジェリンの湿布を改めてじっと見た。
どうにか、彼の目を自分の怪我からそらしたい。エヴァンジェリンは彼の鼻に貼ってある傷バンを指さした。
「アレクさんも、怪我、してるじゃないですか」
「俺はいいんだよ。メガ球がかすっただけの傷だから。でも……なんか、イヴが怪我してるのは、見てられないよ。やめてほしい」
そんなことを誰かに言われるのは、初めてだ。
――なんだか、胸の中が痛くなる。嬉しいような、辛いような、初めての気持ちだ。
アレックスは目じりを下げて、心配そうにこちらを見つめている。
そんな目で見つめられると、申し訳なくて、わかりました、やめます――と、言ってしまいたくなる。
(いけない、こんなこと)
話題を変えたいエヴァンジェリンは、メガ球という言葉にとびついた。
「そういえば……今週末、試合でしたよね? アレクさんも出るんですか?」
「うん。今学期最後の試合。南対北、だよ」
学期末の決勝戦だ。盛り上がりは相当もののだろう。
エヴァンジェリンも、噂だけは耳にしていた。
「今年は、北寮と南寮で決勝なんですね。そういえば……お昼休みは、練習はないのですか? ここにいて、大丈夫ですか?」
するとアレクはにかっと歯を見せた。
「いーんだ。朝と夜顔出してるから。これでもレギュラー選手だからさ。実力はそこそこ、あるつもり!」
「すごいですね。週末、がんばってくださいね」
するとアレクはふと真剣な顔つきになって、エヴァンジェリンを見た。
「……俺のこと、応援してくれるの?」
「え……も、もちろんです」
「イヴは北寮なのに?」
嫌がられないかな。ちょっとためらいつつも、エヴァンジェリンは口にした。
「関係ありませんよ。アレクさんはお友達……ですから。勝てると、いいですね」
その真剣さに気おされながらも、エヴァンジェリンは控えめに微笑んだ。
「そっか……。なら、さ。試合、見に来てくれる?」
「え?」
見に行ったことがない。グレアムが許すだろうか。
「イヴが見にきてくれたら、俺、すっげー頑張れる気がする。勝てる気がする。だから……ダメ?」
いつも無償でお菓子をくれる彼の頼みだ。
自分にできる事ならば、かなえてあげたい。
「ええ。わかりました。行けるように、検討してみます」
すると彼はくしゃっと笑った。
「マジ!? やった」
エヴァンジェリンは基本、人とかかわるのを禁止されている。
だから週末にスポーツ観戦など、もってのほかだろう。
(グレアム様は、まず許さない……お怒りになるでしょうね)
ただでさえ、エヴァンジェリンが非力なままで焦っているのだ。
それなのに、外へ遊びに行きたい、なんて。とてもじゃないが言えない。
(でも……どうにか、許可をとらないと)
エヴァンジェリンは頭をひねりながら、午後の決闘クラスへと向かった。
初夏の温室は暑いくらいで、アレックスは制服のシャツの腕をまくっていた。日に焼けて筋肉質なその手はしかし、これまで途切れることなくエヴァンジェリンにお菓子をくれ続けている。
一方、キャンディを受け取ろうと差し出したエヴァンジェリンの手には、真新しい湿布がしてあった。昨日の決闘でできた痣だ。足と肩にも一つずつある。
「はい、本当です。日々鍛えていただいています」
キャンディがそっ、とてのひらの湿布を張っていない部分に置かれる。
(デリカシーがない、なんてココさんは言うけれど……こういうところ、アレクさんは優しいんだ)
少なくとも、グレアムよりはよほど優しい。
最初は怖かったまなざしも、いまは優しいばかりだ。いきいきとした緑の目も、頬に散るそばかすまでも、好ましく思える。
ひそかにそう思って、エヴァンジェリンは微笑み、手の上のキャンディをしみじみと眺めた。
紅い包み紙だ。アレックスとココの故郷からたまに送られてくるという、カランツというベリーのキャンディ。エヴァンジェリンも、すっかりおなじみになってしまった。
「アレクさんの故郷のものですね。いつも、ありがとうございます」
お礼を言うエヴァンジェリンだったが、アレックスは眉を寄せた。
「なんで君が、そんなこと……決闘が好きってわけじゃないだろ?」
「ええ、それは、そうですが……」
するとアレックスは、エヴァンジェリンの肩をつかんだ。
「なら、やめた方がいいよ! イヴが決闘なんて、危ないよ」
ちょうど彼の指が肩の痣にあたって、エヴァンジェリンは身じろいだ。
「いた……っ」
するとアレックスはやけどをしたように手をひっこめた。
「ごめん……っ。え、もしかして、そこにも怪我が……?」
「ちょっと、呪いが当たってしまって。でももう解呪はしてあります」
すぐに解呪されるとはいえ、呪いによってはそのあともしばらくは痛い。
だけど、痛みがあった方が、それを避けるために、真剣に決闘に臨める。
だからエヴァンジェリンはむしろ、ありがたく思っていた。
しかし、アレックスはエヴァンジェリンを覗き込んで顔をゆがめた。
「でも、痛いだろ……。なんで決闘クラスなんて。もしかして……トールギスの指示、か?」
「いえ、それは違くて……」
なんと言い訳しよう。
「ええと、その、強く、なりたくて……。学期はじめ、他の生徒に呪われて、危なかったこともありますし」
「そんなの、トールギスが守ってくれるだろ? 君に危険があるなら、俺だっていくらでも力になるよ……!」
「それは……ありがたい、ですが」
アレックスは、エヴァンジェリンの湿布を改めてじっと見た。
どうにか、彼の目を自分の怪我からそらしたい。エヴァンジェリンは彼の鼻に貼ってある傷バンを指さした。
「アレクさんも、怪我、してるじゃないですか」
「俺はいいんだよ。メガ球がかすっただけの傷だから。でも……なんか、イヴが怪我してるのは、見てられないよ。やめてほしい」
そんなことを誰かに言われるのは、初めてだ。
――なんだか、胸の中が痛くなる。嬉しいような、辛いような、初めての気持ちだ。
アレックスは目じりを下げて、心配そうにこちらを見つめている。
そんな目で見つめられると、申し訳なくて、わかりました、やめます――と、言ってしまいたくなる。
(いけない、こんなこと)
話題を変えたいエヴァンジェリンは、メガ球という言葉にとびついた。
「そういえば……今週末、試合でしたよね? アレクさんも出るんですか?」
「うん。今学期最後の試合。南対北、だよ」
学期末の決勝戦だ。盛り上がりは相当もののだろう。
エヴァンジェリンも、噂だけは耳にしていた。
「今年は、北寮と南寮で決勝なんですね。そういえば……お昼休みは、練習はないのですか? ここにいて、大丈夫ですか?」
するとアレクはにかっと歯を見せた。
「いーんだ。朝と夜顔出してるから。これでもレギュラー選手だからさ。実力はそこそこ、あるつもり!」
「すごいですね。週末、がんばってくださいね」
するとアレクはふと真剣な顔つきになって、エヴァンジェリンを見た。
「……俺のこと、応援してくれるの?」
「え……も、もちろんです」
「イヴは北寮なのに?」
嫌がられないかな。ちょっとためらいつつも、エヴァンジェリンは口にした。
「関係ありませんよ。アレクさんはお友達……ですから。勝てると、いいですね」
その真剣さに気おされながらも、エヴァンジェリンは控えめに微笑んだ。
「そっか……。なら、さ。試合、見に来てくれる?」
「え?」
見に行ったことがない。グレアムが許すだろうか。
「イヴが見にきてくれたら、俺、すっげー頑張れる気がする。勝てる気がする。だから……ダメ?」
いつも無償でお菓子をくれる彼の頼みだ。
自分にできる事ならば、かなえてあげたい。
「ええ。わかりました。行けるように、検討してみます」
すると彼はくしゃっと笑った。
「マジ!? やった」
エヴァンジェリンは基本、人とかかわるのを禁止されている。
だから週末にスポーツ観戦など、もってのほかだろう。
(グレアム様は、まず許さない……お怒りになるでしょうね)
ただでさえ、エヴァンジェリンが非力なままで焦っているのだ。
それなのに、外へ遊びに行きたい、なんて。とてもじゃないが言えない。
(でも……どうにか、許可をとらないと)
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