【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん

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10代なのに熟年仮面夫婦

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 イヴの白い肌には、白い湿布が張られていた。四角いその布から、青紫の痣がはみ出ていた。



(……なんてこった)



 見るからに痛そうだった。そんなものを見せられると、アレックスはいてもたってもいられないような気持ちになった。彼女が去ったあとでも、その痣が頭にちらつく。



(なんで……決闘技のクラスなんか)



 似合わない。やめたほうがいい。そう伝えたかったが、彼女には響かなかったようだ。



(やっと……笑ってくれるように、なったけど)



 ここで毎日一緒に、お菓子を食べ、バナナの世話をしながらどうでもいい話をする。

 甘いものをほおばっているとき、エヴァンジェリンは子どものように目をきらきらさせるのだ。



(あ~~~、反則、だよなぁ……)



 近づきがたかった彼女が、アレックスにだけ見せるそんな姿は、正直たまらない。

 だから、昼休みのこの時間は、アレックスにとって大事なひとときだった。



(こんな風に、一緒に過ごしていって……そしたら、いつか)



 もっと仲良くなれるんじゃないか。そんな漠然とした希望を抱いていた。

 しかし、その見通しは甘かった。



(やっぱ……なんだろう、イヴって、自分のこと、ぜんぜんちゃんと話してくれないんだ)



 普通女の子は、自分の話をきいてほしがるものなのに、彼女はアレックスの話を聞いてばかりだ。

 だから一緒にいても、彼女はどこか、遠いところにいるような気がする。



 普段、いったい何を食べているのか。

 なんで、手袋をもっていないのか。

 婚約者グレアムの事を、本当はどう思っているのか。



 きけば返事はしてくれるが、どれも本当の事を言っているようには思えなかった。

 目のまえにいるのに、彼女は薄いヴェールの向こうにいるような感じがした。

 

 ヴェールに透けて、その輪郭は見えるが、全体をはっきりとは見れない。

 声は聞こえるが、触れることはできない。そんな感じだ。



 たとえば南寮のココたちのような、泣いたり笑ったり怒ったりするような、生きている人間の持っている生っぽい感情を、彼女はほとんど表に出さない。



(最初、少し怒ってくれたのと……お菓子で笑うようになってくれた、それだけ)



 彼女がアレックスに見せてくれた感情は、それだけだった。あとは凪のように、穏やかな時間が二人の間を流れる。



(でも……イヴは感情がないわけじゃないんだ。だって、俺に対してあの時ちゃんと怒ったんだから)



 エヴァンジェリンはおそらく、感情を抑えているのだ。

 ――アレックスやココたちに、知られたくない何かがあって。



 エヴァンジェリンがいるヴェールの向こう側からは、濃密な秘密の気配がした。

 その向こうに、グレアムも一緒にいる。



 ココに懸想をしておきながら、エヴァンジェリンを手放さず支配するグレアム。

 そしてグレアムの心変わりを受け止め、グレアムに従い続けるエヴァンジェリン。

 二人の間に恋愛感情のようなものはないが、奇妙な連帯感のようなものがあるのを、アレックスは感じ取っていた。



(一体……何で、二人は一緒にいるんだろう。何をかくしてるんだろう、イヴとトールギスは、俺たちに……)



 目をつぶって肩を落としたその時。コン、と頭に何かがおかれた。



「なーにタソガレちゃってんのよ」



「ココか……」



 彼女がよこしたコーラ瓶を受け取りながら、アレックスはため息をついた。



「忙しんだろ、委員会」



「んー、今週末にかけてはお休みよ。メガ球の試合があるしね」



「ああ、そっか」



 寮をあげての一大イベントなので、この週末はどのクラブも委員会も、お休みとなっているところが多かった。



「そうそう、あんたにバナナまかせちゃってるけど、どう?」



「ああ、あったかくなってきたし、バナナはもうすぐ実りそうだよ。俺たちが世話…‥って痛いな、なんだよ」



 アレックスは、小突かれた脇腹をさすった。



「そうじゃなくて! イヴとの仲はどーよ? 進展した? せっかく私、消えてあげてるんだから」



「うううううん……」



「なによはっきりしないわね。あんたらしくない」



 アレックスはろくろをまわすポーズになった。



「なんかさぁ……カスミを掴むような感じする。俺、ずっと『お友達』で、それ以上進めない気がしてきた」



 その言葉に、ココの目がキラーンと猫のように光る。



「ほっほーう。アレックス君はそれ以上に進みたい、と」



 アレックスは頭をがしがしかいた。



「いや、それでいーんだよ、だってイヴは、グレアムと将来結婚するんだろ!? だから俺は友達になれただけでいいんだ。いんだけど……」



 頭をかかえるアレックスに、ココが早口でまくしたてる。



「けど、実をいえばデートもっとしてみたいし、試合見に来てくれたら嬉しいし、なんなら来年のプロムも一緒に行きたい! でしょ?」



「やめろやめろ、思ってねーよっ、そんなことっ」



「ぷぷっ、強がっちゃってぇ」



 笑うココを尻目に、アレックスはふと真剣な目で言った。



「でもさ。グレアムと一緒にいても、イヴ、ちっとも楽しそうじゃねーじゃん。なんだか不自然なことばっかだし……気になるっつうか、このまんまでいいのかなって」



 ココもうなずいた。



「うーん…‥たしかに、二人の仲、私が消えたあとも冷え込んでるものね……。それに決闘技クラスとか、イヴにはぜんぜん縁がなさそうなのに、あれなんなんだろ?」



「もしかして、強制されてるんじゃねぇかって……」



「グレアムが? なんのために。イヴに決闘させるより、自分が決闘した方が早いでしょ、どう考えても」



「そうなんだよなー。でも、なんか食べ物に対する態度とか、手袋もってなかったとか、ぜんぶおかしいことばっかで」



「んー……まぁ、それもそうね。箱入りのお嬢様にしても、ちょっと無垢すぎるっていうか……なのにグレアムとの仲は、なんか10代のカップルじゃなくて、熟年の仮面夫婦みたいな感じだし」



 熟年の仮面夫婦。

 なるほど、言いえて妙。アレックスはうなずいた。



「そーなんだよな。なんでそんな仲なのに、婚約を続けてるんだ? けど聞いても、なんかちゃんと答えてくれねぇし……しつこくして嫌われたくもないし」



 そんな言葉が、産まれてこのかたデリカシーのかけらもなかった幼馴染の口から出てくるとは。ココは目を丸くした。



(恋は人を変える、って?)



 しかし当のアレックスは、自分の気持ちを認めてすらいないときている。



(あーもう、これは私が面倒みないといけないヤツ?)

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