【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん

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ペットさまざま

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「よし、それならさっそく、作業にとりかかりましょう」



 ココはうなずいて、てきぱきと動き始めた。適当な鉢に土を混ぜ、その上にぱらぱらと色つきの石つぶをあける。



「あのう……それは?」

 

「肥料よ。ここは土壌に北特有のくせがあるから――南の島の環境に近づけるように、土の成分を調整するの。この石には、必要な栄養が詰まってるわ」



 シャベルでざくざく石粒をつぶすのを見て、エヴァンジェリンも自分のシャベルを手に取った。



「手伝います。混ぜればいいですか」



「ええ。その通りよ」



 石粒はパステルカラーをしていて、シャベルの先で砕くとぱっと明るい粉が散る。初めてみた魔法アイテムに、エヴァンジェリンは興味をひかれた。



「この肥料の粒は、一般的なものなのですか? 授業でも見たことはありませんが……」



 するとココは、すこし誇らしげに言った。



「ううん、これは私が作ったの。私の家は大きな農家で、どうやったらたくさん野菜が育つかって、毎年頭をひねっていたのよ。そこでこれを考えたの」



「サンディさんの自作ですか。それはすごいですね」



 素直にエヴァンジェリンがいうと、ココの口元が少しほころぶ。



「ココ、って呼んでくれると嬉しいわ」



「……いいんですか?」



「もちろん。私も名前で呼んでもいい?」



「え……」



 その響きに、エヴァンジェリンは固まった。そういえば、今まで愛称どころか、名前で呼ばれたことすらあまりない。



(グレアム様は、おい、とかお前、とか呼ぶし……)



 彼が名前で呼ぶのは、公衆の面前で必要な時のみだ。だからエヴァンジェリンは、慣れないと思いつつ、拒否する理由もなくてうなずいた。



「はい、どうぞ」



 するとココの表情がぱっと明るくなった。それを見ると、なんだかエヴァンジェリンもつられて胸が軽くなったような気がした。

 ふっと無意識に、相手の懐に飛び込むような性格。

グレアム様も、彼女のこんなところが、好きなんだろうな。とエヴァンジェリンは自然にそう思えた。



「よかったぁ。どう呼べばいいかしら。エヴァ……リン……うぅん……」



 ひとしきり悩んだあと、ココは言った。



「イヴ。イヴって呼ぶのはどうかしら?」



 ちょっとくすぐったい、まるで自分の名前でないような響きにまごつきながらも、エヴァンジェリンはうなずいた。



「ええ、かまいません」



 ざくざく肥料を土をまぜながら、ココは何気なくきいた。



「イヴはなんで、バナナの木を植えようと思ったの?」



「ええと……飼っている鳥のためで」



「ペットがいたんだ? なんて名前なの?」



「ピィピィ、と言います」



 するとココはふふっと噴き出した。



「おかしいですか?」



「え、いや、なんだろう、意外で! もっと格式高い名前かと思ったら……ピィピィ……かわいいわね」



 エヴァンジェリンは名づけた時の事を説明した。



「私が、卵から孵した子で。部屋の軒下に落ちていたんです。最初は弱くて声も出なかったのですが、初めての鳴き声がそれだったんです。だからその時ほっとして、うれしくて」



 そう言うエヴァンジェリンを、ココは優しい目で見た。



「そうだったんだ……。わかるなぁ。赤ちゃんから育てた動物って、いろいろ苦労があって、もう家族になっちゃうよね」



 家族。そう、ピィピィはエヴァンジェリンにとってたった一人の家族で、心のよりどころのようなものだった。



「その通りです。大事な家族です」



 ココは目を細めて、少し遠くを見た。



「いいなぁ。私も私の犬を、ここに連れてくればよかった。でも、育った場所から離すのは不安でね……こっちは寒さが厳しいし」



 『家族』を心配するその気持ちは、エヴァンジェリンも覚えがあった。つい親身になってしまう。



「ご実家においてこられたのですか? なら、休暇中だけは、会えますね」



「そう。それでいいかなって。顔忘れられちゃうかもだけど」



「そんなことないです。きっとココさんのこと、覚えていますよ」



 するとココは頭をかいた。



「いやぁ……ううん、いいの。忘れてくれて。むしろ忘れてほしい。私の事はいないと思って、楽しく過ごしてくれれば。動物の脳にとっては、それが健全なことだと思うから」



 その言葉に、エヴァンジェリンははっとした。



 彼らの小さな脳で、どのくらいの事を覚えていられるのだろう。わからないけれど、きっとエヴァンジェリンのことを覚えていたら、大空を飛ぶことも、自分で餌をとることも、新しい事が覚えづらくなってしまうんじゃないだろうか。



「そっか……飼い主が目のまえからいなくなったら、忘れる……たしかに、その方が健康的ですね」



 ピィピィも、そうなった方がきっといい。

 エヴァンジェリンを忘れて、人生を謳歌してほしい。

そう思いながらも、少し胸が痛くなってしまったエヴァンジェリンだった。



「どうしたの? 大丈夫?」



 黙ってしまったエヴァンジェリンを、ココが心配そうにのぞきこむ。



「ココさんのおっしゃったことについて、考えてました。その通りだなって。ココさんの洞察の深さ、すごいです」



 感服して伝えると、ココは笑顔になった。



「やだなぁ、そんなことないよぉ。イヴって、ほめ上手なのね!」
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