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こわい(T_T)
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突然の事だったので、エヴァンジェリンは涙を隠すのも忘れて叫んで尻もちをついてしまった。
「おい、大丈夫か?」
アレックスの手が、エヴァンジェリンへ差し出される。けれどエヴァンジェリンは、その手を取ることができなかった。
エヴァンジェリンよりも大きなその手には、大小さまざまな擦り傷があった。腕は筋肉質に引き締まっていて、叩かれた時エヴァンジェリンは衝撃で後ろに吹っ飛んだくらいだった。
それを思い出すと、意識しなくても身体がこわばる。
そんなエヴァンジェリンの姿を見て、アレックスは差し出した手を引っ込めた。その表情は、意外にも、しゅんとして悲し気だった。まるで犬が耳と尻尾をたれたようだ。
「……そっか」
何か、言わなきゃ。エヴァンジェリンは焦りながらうつむいて目を擦った。
するとアレックスはバツが悪そうに言った。
「具合、わるい? 誰か女の人、よんでこようか」
ピィピィの事を考えていたせいで、まだ喉の奥が熱い。油断したら涙とともにえずいてしまいそうで、エヴァンジェリンはやっとの事で声を絞り出した。
「大丈夫、です……」
エヴァンジェリンは、柱に手をついてなんとか立ち上がった。
とにかく、彼から離れたい。
一人になって、気持ちを立て直したい。トイレにでも逃げよう。
「ちょっと、待ってよ」
しかし、アレックスに呼び止められる。無視して去ってしまえるほど、エヴァンジェリンは強くはなかった。
「なん、ですか」
「もしかして……泣いてた? ココになんか、言われた?」
肯定すれば、何をされるかわからない。エヴァンジェリンははっきりと否定した。
「泣いてなんて……いません。サンディさんも、関係ありません。少し、立ち眩みがしただけです」
重たい体にムチを打つようにして、エヴァンジェリンは先へ進んだ。けれど、息が切れる。数歩でエヴァンジェリンは、再び壁に手をついた。
(ダメ……今日はもう、寮に戻ったほうがいいかも)
引き返そうとすると、まだアレックスがそこにいた。
アレックスは、壁に手をついて歩くエヴァンジェリンの横に並んだ。
「やっぱり、誰か呼んだほうがいいんじゃ」
「へいき、です」
「だって、ディック・イーストの呪いのせいだろ?」
「それは昨日、グレアム様に治してもらいました。私の体調が悪いのは、いつもの事です」
「……いつもこんなに? なんで……」
この人の質問に答える義務なんてない。しかし無視するわけにもいかず、エヴァンジェリンは適当に嘘をついた。
「生まれつき、病気だからです」
「そ、うなんだ……」
するとなぜか、アレックスはショックを受けたような顔をし、そのままついてはこなかった。
ほっとしたエヴァンジェリンは、まだココとグレアムが言い争っているであろう廊下を迂回し、無事部屋へと戻ったのだった。
◆◆◆
アレックス・サンディはここのところ毎日もやもやしていた。
「ちょっと、何ぼーっとしてるのよ。邪魔でしょどいて」
南寮のラウンジで、ぼうっとソファにねそべって外を眺めていたら、案の定ココにどやされた。
ココとアレックスは、従兄妹同士だった。同じ南の、ワイバースの森林地帯に住む魔術師一族の親戚同士で、幼いころから兄妹のように過ごしてきた。魔術の腕をずっと張り合ってきた二人は、ライバルであり悪友のような関係だった。
そんな気の置けない仲なので、ココは苛立ちを隠そうともしないで、アレックスに言った。
「ソファはみんなのものよ。ねそべるならベッドでしなさいよね」
「あ、ああうん……」
気のない返事をして素直に身体を起したアレックスに、ココは眉をひそめた。
「どうしちゃったの。あんたが言い返してこないと不気味なんだけど」
「そういうお前は、いつも以上につんけんしてんな」
「別にっ……これが通常運転よっ」
息まくように彼女は言った。兄妹同然に育った彼女の癖は良く知っている。傷つくと、必要以上に動き回り、あれこれ忙しくするのがココだ。忙しくする事で、辛い事を忘れようとしているのだろう。
グレアムと別れると宣言して――実際に彼女は、関わりを断った。同じ5年次とはいえ、寮が違うので、授業で積極的に絡みに行かなければほぼ接触はなくなる。
「かわいそーにな。失恋しちゃって」
「うるさいっ。いいの別に! これ以上人を不幸にする前に、引き返せてよかったわ」
エヴァンジェリン・ハダリーの事を言っているんだろうと気づいたアレックスは、はぁとため息をついた。
自然と肩が落ちる。
「そういうアンタは、失恋もしてないのに、なんでしみったれた顔なわけ」
「別に……」
「あんたはなにも実害ないでしょーが。むしろ女の子をいじめた側なんだから、誠心誠意詫びないといけないのよ。わかる? なのにあの態度はなんなのよ」
「それは同意する……」
ちゃんと謝ろうと、思っていた。
けれどエヴァンジェリンを目の前にすると――体が固まって、顔がこわばって、息ができないくらいに心臓がバクバク言っていた。
エヴァンジェリンの姿が、頭に浮かぶ。
最初見た時から、とんでもない美少女だと思った。プラチナブロンドに輝く髪に、金の混ざった紅色の目。その涼しい目元でちらりと目線をくれる様は、まるで物語に出てくる妖精の女王のようだった。魔術界の中心である北の学園にはこんな女の子がいるのかと驚いた。
ガラス細工のように美しいけど、人に冷たく無関心なご令嬢。まさに絵に書いたような高嶺の花だ。
そんな彼女が、ココと恋仲であるグレアムの婚約者であると知った時、アレックスは眉を顰めるとともに首を傾げた。
(ココも、大胆な真似を……それに、こんな学園いちの美少女が婚約者なのに、なんでグレアムはココを?)
しかしほどなくしてココに対する嫌がらせが始まって、アレックスはその理由が分かった。一見美しく見える高嶺の花は嫉妬深く、恐ろしく性根が腐っているのだと。そうすると、あの冷たげな横顔が、どんどん悪女のそれに見えていった。
ココとアレックスは、苦労をして田舎からこの学園にやっと編入してきた。なのでもともと初等部からエスカレーターの名門組に対して、劣等感のようなものはあった。けれど、そんな中で頑張る自分たちの事を、ひそかに誇りにも思っていた。
だから、ココのレポートがぐちゃぐちゃにされ、書きなぐられていた言葉を見たとき――かっとなって、声を荒げてしまった。
(でも……やったのは、彼女じゃなかったんだよなぁ)
「おい、大丈夫か?」
アレックスの手が、エヴァンジェリンへ差し出される。けれどエヴァンジェリンは、その手を取ることができなかった。
エヴァンジェリンよりも大きなその手には、大小さまざまな擦り傷があった。腕は筋肉質に引き締まっていて、叩かれた時エヴァンジェリンは衝撃で後ろに吹っ飛んだくらいだった。
それを思い出すと、意識しなくても身体がこわばる。
そんなエヴァンジェリンの姿を見て、アレックスは差し出した手を引っ込めた。その表情は、意外にも、しゅんとして悲し気だった。まるで犬が耳と尻尾をたれたようだ。
「……そっか」
何か、言わなきゃ。エヴァンジェリンは焦りながらうつむいて目を擦った。
するとアレックスはバツが悪そうに言った。
「具合、わるい? 誰か女の人、よんでこようか」
ピィピィの事を考えていたせいで、まだ喉の奥が熱い。油断したら涙とともにえずいてしまいそうで、エヴァンジェリンはやっとの事で声を絞り出した。
「大丈夫、です……」
エヴァンジェリンは、柱に手をついてなんとか立ち上がった。
とにかく、彼から離れたい。
一人になって、気持ちを立て直したい。トイレにでも逃げよう。
「ちょっと、待ってよ」
しかし、アレックスに呼び止められる。無視して去ってしまえるほど、エヴァンジェリンは強くはなかった。
「なん、ですか」
「もしかして……泣いてた? ココになんか、言われた?」
肯定すれば、何をされるかわからない。エヴァンジェリンははっきりと否定した。
「泣いてなんて……いません。サンディさんも、関係ありません。少し、立ち眩みがしただけです」
重たい体にムチを打つようにして、エヴァンジェリンは先へ進んだ。けれど、息が切れる。数歩でエヴァンジェリンは、再び壁に手をついた。
(ダメ……今日はもう、寮に戻ったほうがいいかも)
引き返そうとすると、まだアレックスがそこにいた。
アレックスは、壁に手をついて歩くエヴァンジェリンの横に並んだ。
「やっぱり、誰か呼んだほうがいいんじゃ」
「へいき、です」
「だって、ディック・イーストの呪いのせいだろ?」
「それは昨日、グレアム様に治してもらいました。私の体調が悪いのは、いつもの事です」
「……いつもこんなに? なんで……」
この人の質問に答える義務なんてない。しかし無視するわけにもいかず、エヴァンジェリンは適当に嘘をついた。
「生まれつき、病気だからです」
「そ、うなんだ……」
するとなぜか、アレックスはショックを受けたような顔をし、そのままついてはこなかった。
ほっとしたエヴァンジェリンは、まだココとグレアムが言い争っているであろう廊下を迂回し、無事部屋へと戻ったのだった。
◆◆◆
アレックス・サンディはここのところ毎日もやもやしていた。
「ちょっと、何ぼーっとしてるのよ。邪魔でしょどいて」
南寮のラウンジで、ぼうっとソファにねそべって外を眺めていたら、案の定ココにどやされた。
ココとアレックスは、従兄妹同士だった。同じ南の、ワイバースの森林地帯に住む魔術師一族の親戚同士で、幼いころから兄妹のように過ごしてきた。魔術の腕をずっと張り合ってきた二人は、ライバルであり悪友のような関係だった。
そんな気の置けない仲なので、ココは苛立ちを隠そうともしないで、アレックスに言った。
「ソファはみんなのものよ。ねそべるならベッドでしなさいよね」
「あ、ああうん……」
気のない返事をして素直に身体を起したアレックスに、ココは眉をひそめた。
「どうしちゃったの。あんたが言い返してこないと不気味なんだけど」
「そういうお前は、いつも以上につんけんしてんな」
「別にっ……これが通常運転よっ」
息まくように彼女は言った。兄妹同然に育った彼女の癖は良く知っている。傷つくと、必要以上に動き回り、あれこれ忙しくするのがココだ。忙しくする事で、辛い事を忘れようとしているのだろう。
グレアムと別れると宣言して――実際に彼女は、関わりを断った。同じ5年次とはいえ、寮が違うので、授業で積極的に絡みに行かなければほぼ接触はなくなる。
「かわいそーにな。失恋しちゃって」
「うるさいっ。いいの別に! これ以上人を不幸にする前に、引き返せてよかったわ」
エヴァンジェリン・ハダリーの事を言っているんだろうと気づいたアレックスは、はぁとため息をついた。
自然と肩が落ちる。
「そういうアンタは、失恋もしてないのに、なんでしみったれた顔なわけ」
「別に……」
「あんたはなにも実害ないでしょーが。むしろ女の子をいじめた側なんだから、誠心誠意詫びないといけないのよ。わかる? なのにあの態度はなんなのよ」
「それは同意する……」
ちゃんと謝ろうと、思っていた。
けれどエヴァンジェリンを目の前にすると――体が固まって、顔がこわばって、息ができないくらいに心臓がバクバク言っていた。
エヴァンジェリンの姿が、頭に浮かぶ。
最初見た時から、とんでもない美少女だと思った。プラチナブロンドに輝く髪に、金の混ざった紅色の目。その涼しい目元でちらりと目線をくれる様は、まるで物語に出てくる妖精の女王のようだった。魔術界の中心である北の学園にはこんな女の子がいるのかと驚いた。
ガラス細工のように美しいけど、人に冷たく無関心なご令嬢。まさに絵に書いたような高嶺の花だ。
そんな彼女が、ココと恋仲であるグレアムの婚約者であると知った時、アレックスは眉を顰めるとともに首を傾げた。
(ココも、大胆な真似を……それに、こんな学園いちの美少女が婚約者なのに、なんでグレアムはココを?)
しかしほどなくしてココに対する嫌がらせが始まって、アレックスはその理由が分かった。一見美しく見える高嶺の花は嫉妬深く、恐ろしく性根が腐っているのだと。そうすると、あの冷たげな横顔が、どんどん悪女のそれに見えていった。
ココとアレックスは、苦労をして田舎からこの学園にやっと編入してきた。なのでもともと初等部からエスカレーターの名門組に対して、劣等感のようなものはあった。けれど、そんな中で頑張る自分たちの事を、ひそかに誇りにも思っていた。
だから、ココのレポートがぐちゃぐちゃにされ、書きなぐられていた言葉を見たとき――かっとなって、声を荒げてしまった。
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