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矢上は同級生の親には、気に入られる男だった
第6話 矢上は寺倉と一緒にドライブした
しおりを挟む元気な寺倉の声だ。停車中の軽自動車に近寄る。窓の開いた運転席から中年の女性が、笑顔を見せた。
「寺倉光紗の母です。同級生の矢上君? いつもうちの娘がお世話になっています。送るから乗って」
「乗れ矢上」
後部座席のドアを寺倉が内側から少し開けている。寺倉のお母さんに一礼した。
「寺倉さんと同じクラスの矢上道広と申します」
急いで座席に腰を下ろした。
「感謝して矢上」
寺倉の言葉に、お母さんが、訝しげにたしなめる。
「お友達にそんな言葉を使っていけません。謝りなさい」
その通り! 心でざまぁ見ろ、お母さんもっと怒ってください。寺倉良い女子だけど、言葉遣いが悪いんです。と思う。しかし口では、失礼します、と丁寧な声を意識する。
「僕は気にしませんので、寺倉さんをそんなに責めないであげてください」
「ごめんなさい」
寺倉のこんな殊勝な姿は、初めて見た。俺は心の中で、ガッツポーズをしていた。寺倉の横で、背筋を伸ばして、申し訳なさそうしていた。
「矢上君を見習いなさい。矢上君はどこへ行くの?」
困った。吉沢の住所は言えない。
「ちょっとこの先に、祖父母の家があるんです。まっすぐです」
うそをついた。ないない。
「じゃあ、車出すね」
寺倉のお母さんは、ステアリングを握り、軽は車道に滑り出す。
俺はスマホの画面を見ながら、住所の最初を読み上げる。
「愛緒和(あいおわ)県、愛緒和市」
肩を震わせながら、寺倉が笑いを耐え抜いていた。愛緒和市内で、県名から呼んでしまった。
「緊張してて、失礼しました。中央区木村町三丁目です」
「気楽でいいよ。もうすぐだよ。矢上くんは、おじいちゃんや、おばあちゃん孝行な子なんだね。おじいちゃんの家に、近づいたら停めるから言ってね」
寺倉のお母さんが、俺をヨイショしてくれて、歯がゆい。祖父と祖母は、もうこの世にいない。しかも、吉沢の住所が、三丁目だっただけだ。
車道は道路工事中だった。渋滞に巻き込まれ、赤信号で停車する。寺倉がフロントガラスを見つめている。
「わたしのバイト先も木村町三丁目」
「へー、近くだね」
木村町三丁目、リアルでは知らない。沈黙が舞い降りる。すぐ前に、寺倉のお母さんがいるのだ。馴れ馴れしくできない。
「寺倉さんは、差し支えなければで良いけど、どこでバイトしてるの?」
さんをつけた。
「うーん、説明すれば短いけど、ざっくり言えば、ブラジャーやパンツ売ったりしてる」
「そっか」
追い待て、それイカんことだろ。勢い良く流れる言葉は耳を疑う。バックミラーに映る寺倉のお母さんは、少し目尻を上げていた。
「こら、同級生をおちょくっちゃいけないでしょう。矢上君、うちの光紗は、アパレルショップでバイトしてるんです」
びっくりした。いやらしいことで稼いでるのかと、心臓が喉から飛び出そうだった。学校の評判が下がったら、受験も進学も不利になる。いや、そういう問題ではない。
車は再び走り出す。警備員さんが頭を下げて、誘導灯を振っていた。工事現場を抜けた。車のスピードが徐々に上がる。
「この辺り、路上駐車禁止なの。三丁目だから、娘のバイト先の駐車場で停めても良い」
「はい、送ってくれてありがとうございます」
どういたしまして、と寺倉のお母さんは、明瞭なトーンの声だ。寺倉の喋り方は、お母さんに似たのだろう。小さなお店の二十台くらい車が入れる駐車場の通路部分で車が止まった。
俺はドアを開ける前におじぎをして、
「ありがとうございました」
荷物を手にして、外に出た。ドアを閉める前に運転席に一礼した。
「ありがとうございました。お気をつけて」
「矢上君も、おじいちゃんの家まで気をつけてね」
駐車場内でUターンして道路に出るまで、頭を下げ続けた。同性異性を問わず、友人の保護者には、良い子アピールは必須だ。
駐車場内でスマホは、危ない。一回駐車場から道路に出た。フェンスに“月極駐車場”と看板が出ている。
バイト先の駐車場と、寺倉のお母さんは言ったはずだ。スマホで現在位置をマップ上に表示させた。
「え?」
信じられない。自分を指す光点が、中央区木村町三丁目……、吉沢の住所とここが重なっていた。
※※※
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