猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku

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19、黄竜の侯爵

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 ◇

 通廊をルディスが歩いているのを見つけ、ミカは駆け寄った。

「おや、ミカ様。おはようございます」
「おはようございます、ルディス。お疲れのようですが、きちんとお休みになっていますか?」

 ミカにこう言われたルディスは、苦笑いを浮かべていた。

「仮眠はとっていますよ。しかし、顔に出るようでは私もまだまだだなぁ。セライナ様にも少し休めと言われるのですよ。そんなに疲れているように見えます? まいったな」

 ルディスはいつも隙がない。髪は一本も乱れずに常に整えられているし、衣服も皺一つなかった。見た目はくたびれたところなどないように見えるが、それでもよく顔を合わせるミカには彼の疲れが感じられた。

 五徹は平気だと豪語していたが、きっとそれ以上寝ていないのだろう。宰相職は激務である。ましてや竜帝は代替わりしたばかりで、業務は山積している。
 ミカのところへ様子を見に来る回数も減っており、相当多忙を極めているのだろう。
 どれほど頑丈でも、ろくに休みもしないで動き続けられる者はいない。

「お忙しいのでしょうけど、どうにか体を休めてくださいね。あなたが倒れられたら、セライナ様も気に病まれますよ」
「そうですね。気をつけなければ。私の身を案じていただき、ありがとうございます、ミカ様」

 気をつけなければと言っているが、これはまだまだ無茶しそうだな、とミカは心配になった。セライナからももっと強く注意をしてもらわなければならないだろう。
 そういえば少し話したいことがある、とルディスに言われて二人で歩いていたところ、前方からにわかに騒がしい声が聞こえてきた。

「お待ちください、閣下!」
「お約束がない場合、お通しすることはできません!」
「黙れ、雑魚ざこどもが! 私を誰だと思っている!」

 しわがれた声を聞きつけたルディスが足を止め、眉間にしわを刻んだ。

「ミカ様、私の後ろに下がっていてください。少々ご不快な目に遭わせてしまうかもしれませんが……」

 茶いろがかった黄色の髪をした初老の男が、衛兵の制止も聞かずにこちらへと歩いてきた。衛兵達は苦り切った表情を浮かべており、男は地位が高い者なのか、うかつに手を出せなさそうな雰囲気である。

 ルディスが冷たい声で呼びかけた。

「これは、ガルザルグ侯爵閣下。久方振りですな」
「フェルリーン卿……」

 ガルザルグ侯爵と呼ばれた男は、ルディスを睨みつけた。どうも顔見知りらしい。見たところ、侯爵は白竜の民ではない。髪や瞳の色からすると、五色の中の黄色、黄竜の民だろう。黄竜といえば、先代竜帝がそうであったはずだ。

「竜帝陛下に拝謁願いたいのだが」
「正式な手続きを踏んでいただかなければなりません。順番というものがありますので」
「私は先帝陛下に近しい存在であったのだぞ!」

 侯爵が怒りにまかせて声をあげるが、ルディスは怯まない。

「例外はありません、閣下。火急の用事であるというのなら、私が陛下にお伝えしましょう。あなたは何用で参られたのか?」

 侯爵は鼻にしわを寄せて黙っていたが、やがてこう言った。

「あまり調子に乗られない方がよろしい、と伝えに来た」

 短い沈黙の後、ルディスはゆっくりと長いため息をついた。侯爵から目は離さず、無表情で、視線には伝わる程度の軽蔑をこめている。

「無礼を承知で言わせていただきますが、相当暇を持て余しておられるようですな。陛下を侮辱するためだけに、わざわざ単身乗り込んで来たと仰られるのですか? あなたは」
「黙れ! この青二才が!」

 侯爵がルディスに指を突きつける。

「貴様らのような若造に竜の帝国が仕切れると、本当に思っているのか? あの男はただ腕っ節が強いだけではないか! 尻の青い餓鬼ガキどもにまつりごとの何がわかるというのか!」

 現竜帝へのあからさまな侮辱の言葉に、追いかけてきた兵士達は顔を青くしたり赤くしたりしていたが、ルディスは冷静だった。侯爵はなおも言い募る。

「結局、平等だの協和だのと耳心地の良いことばかり言っているが、貴様ら白竜共は排他主義なのだ! この城を見ろ、身内で固めてばかりではないか。そうして他の民をいずれは弾圧する気でいるのだろう!」
「人事については、今後五色竜族の代表者を集めた会議で方針を決めると宣言しているはずです。不信感を覚えられたのなら私から謝罪いたしますが、当面の安定を図るための暫定的なものだと捉えていただきたい。陛下は各種族の方との個別の話し合いを今も続けておられます。白竜が牛耳るということは有り得ませんので、ご心配なきよう」

 竜帝陛下は、黄竜の民への迫害が及ばないように配慮されています。そうルディスが付け加えると、侯爵は激高した。

「先帝を玉座から引きずり下ろした者が、何を偉そうに……!!」
「あなた方、黄竜の民が始めたくだらぬ戦を、セライナ様が終わらせたのだ」

 ルディスがはっきりとした怒りをこめて、静かに侯爵の言葉を遮る。

「老いた帝は権力に固執し、黄竜こそが昼の光の祝福を受けた至高の竜だと思い上がり、殺戮を始めた。全ての島は黄竜の物だと宣言し、無用な争いを始めた。黄竜の民は、その暴走を止められなかった。多くの若者の未来は老人の妄執のために摘み取られ、破壊のために流された涙の数は数えきれない。セライナ様はそれでもあなた方を許せと仰った。黄竜の民に背負わせすぎるな、と。あなたが今ここにこうして立っていられるのは他でもない、あなたが執拗に愚弄しようと試みているセライナ様の恩情のお陰だということを、お忘れにならないでいただきたいですな」

 ミカは、フェルリーン伯ルディスという男がここまで他人に棘のある言い方をするのを初めて聞いた。
 ガルザルグ侯爵が先帝の時代にかなりの権力を持っていたというのなら、ルディスの言うように、彼も相応の責任をとらされていてもおかしくないのである。先帝はいわゆる「島流し」になり、決められた島から生涯出ることを許されていない。

「竜帝陛下はどのような挑発にも反応はなさらないでしょうから、時間の無駄です。あの方の夢は、空の島に平穏をもたらすことなのです。これからは、我々の時代が始まります。閣下、どうかお引き取りください」

 怒りのためか、侯爵の口元はわなないていた。ふと侯爵が視線を外し、ルディスの後ろに背の小さい何者かがいるのに気づく。

「それが噂の……、まさか竜帝は本当に、そのような、」
「白い猫族の王子、ミカ殿下に無礼な物言いをなさるのであれば、容赦はいたしませぬぞ。侯爵閣下のこれまでの功績に敬意を払い、私は穏便に済ませたいと思っておりますが」

 人型の状態とはいえ、竜族の睨み合いというのは相当な迫力がある。侯爵は憎々しげに牙をむき、喉からわずかにではあるが唸り声を発していた。
 だが、さすがに侯爵も帝国の中枢で暴れる気はなかったようで、ミカに再び一瞥をくれると無言できびすを返し、去っていった。衛兵達が彼の後ろについていく。このまま黙って城を出て行くのかどうか、きちんと見届けるのだろう。

「はあ……、嫌ですねぇ。私はああいう頑固ジジイにはなりたくない」

 ため息をつくと同時に、ルディスは凍りついたような冷たい表情からいつもの柔らかい表情へ戻す。

「ミカ様、あの方のご無礼をお許しください。怖かったでしょう? おお、よしよし……」

 ミカはルディスに頭を撫で回された。怖いというよりは唖然としていたし、彼が何か言う前にルディスが遮ってくれたので侮辱を受けたとも思っていない。
 大丈夫です、とルディスに繰り返し訴えたが、ルディスは気の済むまでミカを撫でてから手を離した。

「私だって別に老人差別はしていませんよ。確かに私は若輩ですから、経験豊富で優れた才幹を有している御方にはご指導たまわりたい。しかしあのジイさ……侯爵閣下はとにかく年下だというだけで相手を軽んじてくるので論外ですよ」

 黄竜の民は先帝の暴走を止められなかった責任は負わされずにいる。それだけ先帝の力は絶大だったからだ。今の侯爵も今のところ特に罪には問われていないが、立場は危ういだろうとルディスが説明する。

 彼があの地位にいることを、周りが認めない。よって非常に厳しい立場にいる侯爵だが、態度を改めることなく自棄になってセライナを逆恨みしているという有様だ。先帝以外が島流しを免れたのは、他ならないセライナの働きによるものだったというのに。

「恩知らずとはああいう人のことを言うのですよ」

 呆れたようにルディスは鼻息をもらす。
 城に訪れる竜族は白竜以外であっても皆穏やかに思えたのだが、大きな戦が終わって日も浅く、くすぶっているものもあるのだろう。先帝が陣取る城に突入したのはセライナ達白竜が率いる連合軍で、黄竜の民は今も肩身が狭いのだ。黄竜と他の竜達の溝というのは埋まっていないのだろう。

「それでも、セライナ様はみんなで仲良くするのが理想なのですね」

 ミカが言うと、ルディスは頷いた。

「差別というものを少しでもなくすのが、セライナ様の夢の一つです」

 身をもって体験したからこそ、そのつらさがわかるのだろう。セライナは竜帝という地位にこだわっていたわけではないが、その力でもって今より世の中を住みやすく変えていきたいと思ったようだった。

(セライナ様は、竜帝になられるべき御方だ)

 人々の上に立つ者が皆そうであるといい、とミカは思った。そうしてまた、セライナに対する憧れは募っていくのだった。
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