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第四章 定め

4.29 長老レグナルト

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「ガルシオン様、私邸に戻りますよ」
 
 俺は頷く。

「“眼”を使わせてしまったな。長老……すまない。」
「私の大事な、ガルシオン様を取り戻すためとあらば」

 そう笑顔で告げる長老。
 心配はしてくれたようだ。
 俺が歩きやすいようサポートしてくれる。だが……。

「……長老。なにかと誤解を生む形容は避けてほしい」
「では“眼”の力が戻ったら、前向きに検討しましょう」

 改善する気は微塵もないらしい。

 長老が教会内で「私の」「可愛い」「大事な」等と平気で使うためか、俺とレグナルトは同じ趣味嗜好の深い仲と思われているようだ。それが一部の者たちの妄想を膨らませている原因になっている。

「お互い苦手な女性避けになりますよ?」とレグナルトは笑うが、長老が必要以上に巫女を連れまわすためにわざとこうした状況を作り出していることを俺は知っている。

 長老と巫女が想い合うのは禁忌というわけでもないだろうに。
 そうしたふたりの秘めた事情に、全く無関係の俺を巻き込まないでほしいものだ。
 
「新式の使い勝手は如何でしたか?」

 新式魔法人形をチラリと見て、長老はバルコニーに向かってゆっくりと歩き進める。
 
「総合的に悪くない仕様だ。特に与えたダメージが視覚的に分かるのは良いな。魔力の流れが分かりやすいのが難点か」
「星の救世主さまに勧められそうですか?」
「限られた条件下ならば新式魔法人形が良い戦闘訓練になりそうだが、訓練場所は選ぶ必要があるな。訓練後に自宅の庭が毒沼になっていたら目も当てられん」

 レグナルトは俺の解答に満足したようだ。よくやってくれました、と顔に書いてある。
 大方俺に戦闘訓練を勧めたのはそれが狙いだろうと想定はしていた。新式魔法人形を俺に渡すこともレグナルトの方で手をまわした可能性もある。

 私邸に入ると、ヘーゼルが慌てて近寄ってくる。そういえばまだ鎧を着ていたな。

「長老様、ガルシオン様! 如何なされましたか?」
「大丈夫だ、ヘーゼル。後で執務室に茶を。ナヴィア産の花茶で頼む」

「心得ております。焼きたての茶菓子も添えて後ほどお届けいたしますぞ」
「ありがとう、ヘーゼルの茶菓子は絶品ですからね。私も楽しみにしていますよ」

 長老が目配せすると、ヘーゼルはメイドたちを連れ下がっていく。

 もともと長老が使っていた屋敷であるし、補修しただけで内装はそのままなのだ。
 どこに何があるのかわかるのだろう。長老は二階の執務室に俺を連れていく。

 ソファに座らせると、向かいのソファに長老が座る。
 執務デスクに山のように積まれた書類と、おおよそ場違いな質素な二本の瓶を見つめている。

「ビギナー向けの体力と魔力の回復剤、ですね。中身は空のようですが」
「あれは……星の救世主様から頂いたものだ」

 鎧を解除してダイヤ型の石に戻す。
 
「そうですか」

 長老は心なしか嬉しそうな表情だ。
 何を考えているのやら。

 扉をたたく音がする。メイドが花茶と茶菓子を持ってきたようだ。
 俺が返事をすると、メイドはワゴンと共に執務室内に入室する。

「おや。ヘーゼルはまた新作を作ったようですね」
 
 肩までの栗色の髪、その瞳は深い青だ。
 メイドは深々と俺と長老に向けてお辞儀をする。

「アミと申します。クルガのロンドに三人の姉さまを送ったので、マスターが新たに私を。まだ姉さま達のようには動けませんが、ガルシオン様の御為に頑張ります」

 その精巧につくられた笑顔。
 
 ヘーゼルのこだわりが見え隠れするな。
 所詮人形は人形だ。どんなに精巧に作っても本物には敵わない――――
 ……あの太陽のように輝く、眩しい笑顔のようには。

 無駄のない動きで仕事をこなし、メイドは部屋を出ていく。

「“星の救世主”様の教会本部での保護の件。私自身は異論ありませんが、皇帝の意向が気になります。幸いにして“星の救世主”様はまだ駆け出しの冒険者とのこと。そこで、マトゥーク魔法学院への編入学を皇帝に提案しようと考えています」

 レグナルトは慣れた手つきでティーカップに花茶を注ぐ。
 俺のカップにもあたたかい花茶が入る。この花茶は長老のお気に入りだ。

 マトゥーク魔法学院……。教会の次の候補として、悪くはないか?

「サルヴァ共和国とナヴィア王国がそれぞれ勇者の監視……、いや。保護を報告してきた以上、我々も“星の救世主”様の存在を他国に知らせる必要があります。帝国の威信に関わることですので。しかし、そうなると……」

「囲い込まれる、か」

 あの皇帝ならやりかねん。”星の救世主”を帝国の象徴としつつ、実際は宮廷に軟禁だ。
 優花が大人しく……。いや、逃亡するだろうな。

「そこで学院か」

「はい。マトゥーク魔法学院の学長は元皇族の大賢者。私と長老の座を争った者でもあります。私が”次代の聖女様“として推薦状を書けば異を唱えるものはおりません。それに、常に貴族の御方々の目に触れていれば、皇帝とて独り占めはできますまい」
 
「学院は貴族の派閥争いの縮図。法に触れかねないギリギリのせめぎ合いもある。彼女をそこに編入させるのは別の危険が生まれるのではないのか?」

「確かに! 失念しておりました、どうしたものか……」

 揺れる花茶の赤い水面を眺めつつ俺はため息をつく。
 演技が下手すぎる。全てできあがっているではないか。

「俺にまた、学生生活を送らせるつもりか」
「この際ですから、魔導科でも首席を取って、マトゥーク魔法学院を制覇するのはいかがしょうか?」 
 首席? 簡単に言ってくれるものだ。

「……拒否権はないのか?」
「そうですね……。教会は『秘鉱オルディア鉱石』という物を秘密裏に所有しておりまして。ガルシオン様がリドラ商会にご依頼されたサイズよりも大きいですよ。二振りのロングソードタイプの聖剣、私も見てみたく思います」

 秘鉱オルディア鉱石を所有していると――――? そんな話は初耳だぞ。
 アヴァリア帝国と共に消えたあの伝説の鉱物は、すでに存在しないはずではなかったのか?
 最強の魔法伝導率を誇り、最強の強度と軽さを併せ持つ奇跡の鉱石。

 何故それが教会に……。
 あのリドラ商会ですらも入手不可能と断ってきた鉱石……。

 これは想定外だ、な。

「拒否権を行使させず釣り上げるとは……。次から次へと、本当に容赦のない」

「総長として見聞を広め、新しい魔導知識を深めるためといえば、騎士団長や副団長も書類整理を率先するでしょう。邪竜戦の前の休養だと思って、“星の救世主”様と学院生活を楽しんでください」

 まさか……“星の救世主”と貴族の戦場に挑むことになるとは。
 
 しかし俺は、分かっていなかった。
 この腹黒タヌキが本当は俺に何を期待していたのか、を。
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