上 下
56 / 157
第三章 勇者の誓い

3.23 動き出す影

しおりを挟む

 その空間は漆黒で満ちていた。

 神殿の中。
 一番高いところに設置された漆黒の結界。
 その中には乙女がいた。
 瞳を閉じ、静かに佇むその姿。
 艶やかではあるが、精気を感じない。

 その姿を満足げに見上げる男がいた。

 ――――時は熟した。我々の真の目的は、世界の破壊、そして再生。

 金の装飾を施した漆黒の法衣をまとうその男は、高位の神官であるようだった。
 左右には付き従う神官と、その後ろに多数の信者。
 いずれもその装いは、黒だ。


「我らが神よ、我らアルビオンにお導きを御与え下さい」

 男の声が神殿に重々しく響き渡り、信者達の声がその後に何度も続く。
 声に包まれる不思議な空間。
 信者となって日の浅い者がいたとしたら、心地よい酩酊感を味わっただろう。そして、長くここに通った者であれば、崇めるという行為に昂揚感を得ただろう。


 その声は大きな波となって神殿を満たす。
 信者たちから黒いオーラが漂い、それが漆黒の結界に注がれていく――――

 その波動が心地よいと乙女は感じ、悦に入る。

「妾の可愛いしもべたちよ――――」

 結界の中から、鈴のような乙女の声が発せられる。
 神のお声を耳に出来たと、信者たちは喜びざわめく。

 その喜びの声を断ち切るように、乙女は言葉を紡ぐ。

「時は来たり。妾と共に滅びゆく世界を新しく作り変えるのじゃ。さすれば、新たな楽園への扉が開かれようぞ」

 信者たちは乙女の声に興奮し、雄たけびをあげる。
 男はその一部始終を腹の中でほくそ笑む。――――悪くない、と。
 
 今日の集会は我が組織の御神体のお披露目が目的だ。

 邪竜アルヴィナス様を唯一神とする教えを説いて、二千余年。
 ようやくここまで辿り着いた。

 いや、まだだ――――。

 男は奥歯をかみしめる。

 ――――私の最高傑作「セルダリアの遺産」がまだ手に入っていない。
 それと、忌々しい元長老の身柱のせいで御神体の“器”の劣化がひどい。
 もともと三千年前の聖女は“器”としての性能としては今一つだった。そろそろ変える時期か――――

「メリーナよ」

「ハ……」

 男は筆頭使徒の名を呼ぶ。
 漆黒の長い髪をサイドで束ねた、漆黒のローブの女性がスッと男の前に現れ、ひざまづく。

「セルダリアの遺産の所在は掴めたか?」

 硬い表情で、メリーナは答える。

「はい。暫くジョルド伯領キロンにおりましたが、帝都のフォーレン家邸に戻ったようです」

 ――――随分頑丈な籠の中に入れて教会とフォーレン家に隠していたものだ。
 
「最近になって籠から出したということは、愚帝も“本物”の存在に気付いたか」

 男は愉快とばかりに笑っている。しかしその鋭い目は笑っておらず、メリーナに緊張が走る。

「先祖返りの”茶色の女神”が生き残っております。報告によると最後の一匹とされてはいますが……。面倒なことにこの女神、“星の救世主”と契約を結んだようなのです」

 ”茶色の女神”は、アルヴィナス様から派生した魔獣だ。
 いや、「邪竜となる前のアルヴィナス様」か。

 アルヴィナス様にとっても疎ましい存在なため、密猟集団コルガに狩らせていたが。よりによって真っ先に始末してほしい、先祖返り種、「琥珀の女王」を狩り残すとは。
 所詮、掃き溜め上がりの無能どもか。

 男の眉間に皺が寄る。いささか面倒なことになった。
 “星の救世主”を始末しない限り、琥珀の女王もまた生き続ける。

「コルガの扱いはおまえに任せる。御神体の“器”もな」

「お任せください。アンドレが、新たな”器”となる候補を選出しております。異国に居る者ですが、満足いただける”器”かと」

 男は満足げに二回ほど頷いた。
 メリーナは男の機嫌が良くなったこの瞬間を逃すまいと続ける。

「ゴルガノス様。リムソンの処遇はどういたしましょう?」

 この主に向かってその名を口に出来るのは、筆頭たる自分だけに許された特権だ。
 慎重にメリーナは言葉を選び、主の意志を問う。

「しくじりはしたが、得たものもある。褒美として強化してやれ、次はないがな」
「ハッ。」

 メリーナの表情が僅かに緩んだ。ゴルガノスが右手を挙げる。

 下がれ、ということだ。

 メリーナはすぐさまその場から音無く姿を消す。
 
 信者たちから大量の負のエネルギーを吸った乙女は、結界を解除して用意された玉座に座る。
 再び美しさを取り戻した乙女は、足を組んで、頬杖をつきつつゴルガノスを見つめる。

「あの娘、どこまでやりおるかのう? 今後が楽しみで仕方がないぞ。そなたもそうであろう?」

 ゴルガノスは乙女にひざまづく。
 全くですな、男はそう乙女に応えた――――。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生しちゃったよ(いや、ごめん)

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:7,403

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:2,366

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:539pt お気に入り:5,481

騎士団長と秘密のレッスン

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:2,339

皇帝の隠し子は暴れん坊公爵令息の手綱を握る。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:2,966

それではみなさま、ごきげんよう〜服飾師ソワヨは逃げ切りたい〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:186

オネェ騎士はドレスがお好き

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:64

処理中です...