42 / 157
第三章 勇者の誓い
3.9 使命
しおりを挟む小屋からグラススケイルの樹の場所までは、サーチングナビゲーションを使わなくても行ける。
私にとっては、異世界でグラススケイルと出会ったのは本当に運命だと思ってる。グラススケイルの樹をあの場所で発見していなかったら、私は何も始まっていなかった。
それくらい思い入れの深い場所。もちろん迷うことなく、その場所に辿り着く。
私を惹き付けるキラキラとした輝きは、あの時と何ら変わらない。
――――マロンは言った。
このキラキラ光る透明な樹液は、自らの傷ついた樹皮を修復させるために分泌させているもの。
この場所にだけ存在するとても珍しい樹だと。
私はショルダーバックから黒い瓶を取り出し、樹の根元に置き、グラススケイルの樹に両手を添えた。
そして、目を閉じて祈る――――。
『あなたの力を貸して――――。私に樹液を分けて下さい』
樹に祈る、というのも不思議な気分ではあるけれど。
でも、樹にとって樹液は大切なもののはず。
これまで気にしていなかった訳ではないが、ここで一度私の想いを伝えておきたいと思ったのだ。
すると……。
『――――これは私の大切な力。そなたはなぜこの力を望む?』
『え……、声?』
明確な返答があるとは思っていなかった。
しかも、その声の主は。
背中を伝う艶やかな銀色の髪。白装束を纏った背の高い男性が私を静かに見つめている。
その腕からは、キラキラと光る透明な雫が垂れている。
傷、ついているのだろうか……。
『突然、ごめんなさい。樹液で作りたいものがあって。でも、樹液があなたの力なの?』
『そうだ。私が持つ力の源。自分を治していると、アンバースクウィレルが説明していただろう?』
傷を癒す力。そうだ、マロンがそう教えてくれた。
『ごめんなさい。私、あなたのことを考えてなかった』
白装束の男性が、黒い瓶をじっと見つめる。
『これを満たすほど、か』
――――どうしよう。樹液は欲しい。
――――だけど、樹を、この人を必要以上に傷つけるのは嫌だ。
『我儘を……ごめんなさい、やっぱり――――』
『そなたはエクストラであろう?』
白装束の男性はフニオとマロンに目を移す。
『聖獣様を従え女神の加護を受けし者。星の救世主よ。私のこの力が必要とあらば、湖の守護者として協力しよう。だが、頼みがある。』
『――――頼み、ですか?』
『私の中にある指輪を取り出して、聖湖に沈めてほしい。自分では……、無理なのでな』
男性は、片手で心臓の位置を示す。
『……指輪を、取り出す? それは――――』
どういうことなのか。
『私には、身柱としての使命がある』
白装束の男性は自らの過去について語った。
彼は、かつて聖竜ラルディアスのお告げを周囲に伝達する最高神官である長老だったという。
三千年前の邪竜との戦いで傷を負った彼は、人の身でありがなら樹となった『ミハシラ』なのだそうだ。
その使命は魂力を使って「この聖湖を歪められた魂の汚染から守ること」だった。
また彼が持つ指輪は、邪竜の”器”とつながっているらしい。指輪から浄化の魔力を送り込み、”器”の力を削いでいるのだとか。
なぜ指輪がそんな力を持つのか。
それは、その指輪が元々”器”となった聖女のものだったから。
その指輪に、二千年余りの時をかけて浄化の魔力をため込んでいたから。
聖女の事を語る時。男性の表情はわずかに硬くなった。大切な人――――、だったのだろうか。
しかし人であった頃に邪竜によってつけられた傷は、進行は遅くなったものの癒えることはなかった。今も確実にその魂を蝕み続け、もって後数年だという。
ここでも――――邪竜か。
『私は自らが朽ちた後の為に指輪に魔力を蓄積しておいた。聖湖が持つ力とこの指輪の力ならば、邪竜の“器”の力を削ぐことができ、聖湖の中からでも百年程度は湖を守ることができるだろう』
『――――百年、程度? その後は……』
『そなたも己の使命を全うすればよいだけのこと』
――――!
この人の、使命。
私の、使命。
『……受けて、くれるか?』
『わかり、ました……』
私は、目を開ける。気が付けば、目の奥が熱い。
そして、樹に添えた両手に意識を向け、もう一度目を閉じ樹の幹の中にあるであろう指輪を探る。
――――あった。
小さく、しかしこれは、とてつもない力強さ。これが二千年以上溜め続けた魔力……。
でも、なんだろう。外側になにかある?
「指輪が結界に包まれているの」
マロンも感じたらしい。
フニオもじっと樹の幹の奥を見つめる。
「だが、この結界は……。外からの衝撃を防ぐものではないな。内から膨張しようとする魔力を閉じ込めておくものだ」
グラススケイルの硬い樹皮。ナイフで削るにはちょっと……。ナイフの方がボロボロになりそうだ。
「フニオ、できる?」
「稲妻か? 確かに樹皮を貫くことはできるが、威力の調節が難しいな。それから、指輪の正確な場所がわからなければ傷つけてしまう可能性がある」
「そうよね……」
傷つけたらきっと大変なことになりそうだ。
作戦を練ろう。今の私に、ううん。私達にできることから導き出さなくては。
まず、樹皮を貫くのはフニオの稲妻が一番。マロンの風の刃じゃ刃が立たなさそうだし、私の炎なんかもってのほか。
正確な場所は私のサーチングでいける。何なら稲妻を打ち込む場所にナビゲーションしてもいい。
後は、稲妻の威力調節。うーん。フニオが難しい顔をしている。
「マロンに、まかせるの」
マロンは、フニオの背中でグラススケイルの樹を見上げながら静かにそう告げる。
その大きなダークグレイの瞳が悲しそうに揺れる。
「……マロン?」
声をかけるも、マロンはいつになく真剣な表情で私を見つめる。
「優花……。マロンを両手に乗せてほしいの。そして指輪の近くに」
「うん、わかった」
マロンはフニオの背中に、緑のクルミ石を置く。
「フニオ、マロンの大事なもの、預けるの。絶対失くすな、なの!」
「……ふむ、わかった」
私はマロンに向かって掬い上げるように両手を差し出した。
マロンはぴょこんと手の上に乗り、樹に意識を向ける。
一瞬の後、木の中に緑の魔力が集まっていくのがわかる。
「これでいいの。指輪の結界の周りをさらにマロンの結界で包んだの。これで稲妻になんか負けないの」
私はフニオと顔を見合わせる。
うん。行けそうだ。
「次は優花と回路を繋げるの――――優花、指輪の場所を正確に見てなの」
マロンはくるりと振り返り、私の目を見つめてそう告げる。
私の額が少し熱をおびる。マロンの額に金色の四葉のマークが浮かび上がる。
多分私の額にも同じマークが出ているのだろう。
マロンの額と私の額の間に金色の線が繋がる。
「優花、目を閉じて、集中、なの。優花が見えているもの、マロンも見えるの」
私は目を閉じて、集中する――――
美しい長い銀髪の、白装束の男性の後ろ姿が見える。
その男性の中心……心臓の位置に大きな傷が見える。
指輪の位置はまさにその傷の奥。緑の光に包まれている。
男性は、私の黒い瓶を手に取る。
男性が右手をかざすと、黒い瓶にグラススケイルが溜まっていく。
トロリとした樹液は、キラキラと光を放ちながら黒い瓶の中に落ちていく。
「もうすぐ一杯になるだろう。その後は――――頼む」
『フニオ。見える? 緑の光に包まれた彼の心臓。光のすぐ上を狙って』
直後、白い閃光が上空からスッと、男性の胸元を目指して流れ落ちる。
その刹那。
荒いノイズが入りつつも、白いローブ姿の栗色の髪と金の瞳の少女のビジョンが見えた。
破壊し尽くされた街。すでに廃墟だ。
少女は体中傷つきながらも素早く何度か両手の指を組み合わせ、何かの長い祝詞を詠唱する。
邪竜はその大きな口を開けて黒い炎を吐き、僅かに生き残った者の生を刈り取ろうとしていた。
そのタイミングで強固な結界が突如現れ、生き残る全ての者を包み、邪竜の攻撃を跳ね返す。
続いて邪竜は少女を狙う。
黒い鎖が少女を縛りつけるも、少女は続く魔法を完成させるため、悲鳴をこらえ詠唱を続ける。が、黒鎖に抗えず気を失ってしまう。邪竜は虫の息の少女の体を吸収。その姿を奪う――――
豊かな美しい栗色の髪は漆黒に染まり、その瞳は黒くどこか赤い。
そこには漆黒のローブを纏った少女が妖艶な微笑みを浮かべながら立っていた。
――――あの姿はまさか……。いや、間違いない。
閉鎖空間で遭遇した「邪竜の影」だ。
白い稲妻は男性の心臓のすぐ上に吸い込まれた。
私は、目を開く。
目の奥が熱くなる。
――――白銀の光が空に昇り、やがて消えた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる