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第二章 勇者
2.26 三体の魔物
しおりを挟むおさげの髪の魔物が少し離れたガルシオンの方へ向かう。その両手の爪は、獰猛な獣のもののように太く鋭く変化している。
私は……。私は何をすれば、いい?
後方には老婆と赤い涙のおさな子。老婆は両手を広げ、糸のようなモノを指の先から射出した。絡み合ってネットのようになる。連想するのは、クモ、だ。
おさな子の足元に黒い小さな影が集まる。気付けば小さな両手の上に大きな黒い球ができあがっている。おさな子は、もぞもぞうごめく黒い球を、老婆が張ったネットに乗せる。もう、嫌な予感しかしない。
老婆は黒い球をガルシオンに向けて構え……、放つ!
しまった――――! 何をじっくり見ていたんだ!
黒い球から、蜘蛛が次々に飛散する。ガルシオンは蜘蛛を払いながら少女の鋭い爪をかわす。合間に炎の魔法を使い、群がる蜘蛛を焼き払っている。
私が蜘蛛を抑えなければいけなかったんだ……!
今更ながら、老婆とおさな子に向かって両手を構える。
が……。心が、決まらない。今までの敵は、獣の狼に、ローブや全身鎧で身を隠した魔物だった。
しかし、目の前にいるのは。雰囲気は明らかに違うけれど、おばあちゃんと孫、だ。
――――私、何やってるんだろう……。助け、られないのかな……。
元は人間だ。望んでこんな姿になったわけではないだろう。なら……。
「どうしたっ? なにかあったか!?」
ガルシオンから声が飛ぶ。
「もう少しこらえてくれっ!」
声と同時に、打ち合っているだろう激しい金属音を耳にして我に返る。
目の前には、おさな子の手の平に集まるたくさんの蜘蛛。老婆の視線から、次の狙いは私。
私は考えを巡らせる。なにか方法は……。
再び老婆の糸によって蜘蛛玉が……、放たれる!
その時。
――――タスケテ。
蜘蛛玉と一緒に飛んできた思念。おさな子の、想い。
心は――――決まった。
私の知ってる、助ける方法。それしか、ないんだ。
空中の蜘蛛玉から、スローモーションで飛び散る小さく黒い影。
鎧の魔物の時も感じた時間がゆっくり流れる感覚が、また訪れる。
脳が状況を整理し始める。
さっきは動けなかった。でも今度は動ける。ううん、動く。
私は、自分が見たことのあるつむじ風をイメージする。
それは体育大会の時、グラウンドで巻き起こった風。
ついでに周囲の蜘蛛も巻き上げられるように。
「クリエイト+レイヤータイム:3ターンズ!」
何処かの時計の秒針が、数秒分動く。疲れを感じはするものの、まだ軽い。
「……風の輪、発動!!」
叫ぶと同時に、鋭い風が老婆とおさな子を中心に集まり、上空に向かって渦巻きながら吹き上がる。老婆はおさな子を体でつつみ、風の刃の直撃を受ける。周囲に散らばった蜘蛛も風にさらわれる。
初めてイメージする風だったが、三重に繰り返せばそこそこの威力。
風の範囲はさらに広がり、騎士と戦うおさげの少女も巻きこみ、その左腕を大きな爪ごと飲み込んだ。その隙を狙い、ガルシオンが少女にとどめを刺す。その傷口から黒い靄が滲み出る。
おさげの少女は、残った右手をおさな子に向かって伸ばすも、徐々に消え失せる。
緑の竜巻もどんどん小さくなっていく。
「気をつけろ、そっちへ向かっていくぞ!」
ガルシオンの声。その右手には金色の光が集まっている。
ハッとして目の前を確かめる。そこには地面に落ちた無数の蜘蛛を引き連れて向かってくる、赤い涙をながしたおさな子の姿。
――――タスケテ……!
「うん。まってて」
前に使った魔法は、簡単にイメージできる。それは解放の願いを込めた炎。
狙えるか――――?
突如おさな子の目の前に金色の鳥が現れ、その進路を妨害する。
今だ!
「クリエイト炎の柱+レイヤータイム1sec:5ターンズ、発動!」
地面から吹き上がる炎。
時計の秒針がカクンと動き出す。不思議なことに前に体に圧し掛かってきた体の疲れは、殆どない。
私の背の二倍はあろうかという炎の柱がおさな子の足元から吹き出し、蜘蛛の群れ共々包み込む。
そんな炎の中。おさな子は口から黒い液体を私に向けて吐き出した。
予想しなかった反撃。
――――かわせない!
その刹那、金色の鳥が光の盾に変化しその液体を防ぐ。
役目を終えた盾はスッと消え、同時に騎士が私を庇うようにして炎の前に立つ。
その炎の中で、黒い靄が消えていくのが見えた。今度こそ、終わった。
ガルシオンは剣を収める。
私は目をつぶり、両手を組んで祈った。
老婆とおさげの少女、幼い子どもの魂が、今度こそ星界へ渡れますようにと。
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