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第二章 巫女と宦官
21. 献身
しおりを挟む───その日の午後
凛月、瑾萱、浩然の三人は廟の中にいた。
外では、宦官たちが舞台の設置作業に追われている。
頭から布を被り姿を隠した凛月が建物に入ったのは、設置作業が始まるよりもかなり前の時間だった。
すべて、宰相からの指示に従っての行動だ。
書簡の文脈からは、凛月の姿が変化したことに対しての戸惑いが読み取れた。
容姿が変わる理由がはっきりするまでは、絶対に姿を見られないように!と、念押しで二度書いてある。
祭祀を取り仕切るのは礼部のため、今回宰相は手が出せないこと。
指揮をとる礼部尚書は、欣怡の正体については何も知らないこと。
皇帝の名代として、儀式に第一皇子が立ち会うことが決まったこと。
奉納舞を見届けるのは第一皇子と礼部尚書(と護衛官)だけで、他の者は一切廟に近づけないよう手配されていること。
儀式の進行に関しては、礼部尚書に従ってほしいとあった。
「私の我が儘のせいで瑾萱と浩然にはいろいろと負担をかけてしまって、本当にごめんなさい」
祭祀に必要な衣装や道具などは、すべて廟の中に用意されていた。
しかし、今日の着付け・化粧・髪結いなどはすべて瑾萱一人の手にかかっている。
浩然は、ほぼ毎日外廷へ出仕する子墨の送迎がある。
それ以外にも、宮の維持・管理を二人だけで行っているのだ。
「何を仰っているのですか。凛月様の我が儘など、他の妃嬪様と比べたら可愛いものです。それに、私は毎日楽しく仕事をさせてもらっていますよ。だって、普通の妃嬪様付きでは経験できないことがたくさんありますから!」
「私も、瑾萱と同じ気持ちでございます。凛月様付きにならなければ、今夜の奉納舞を拝見することも叶わなかったのです」
「二人とも……ありがとう」
こぼれ落ちそうになる涙を、グッと堪える。
頑張ってくれる彼らのためにも、今夜の奉納舞は絶対に失敗できない。
凛月は気合を入れ直した。
てきぱきと準備が進められていく。
化粧は瑾萱が、髪結いは浩然が同時にこなしていった。
瑾萱から「浩然は手先が器用で、髪を結うのが上手なんです!」と話を聞いていた凛月が、驚く瑾萱と固辞する浩然を説き伏せた形だ。
「こんなところを旦那様(宰相)に見られでもしたら、お叱りを受けます」
「瑾萱の負担を軽減する意図があるのは理解できるのですが、凛月様はもう少しお立場をご自覚いただきたい」
浩然が宦官とはいえ、侍女以外の者に体を触れさすことに何のためらいもない凛月に、瑾萱と浩然はそれぞれ苦言を呈する。
世間知らずな平民主に、従者二人の気苦労は絶えない。
浩然は凛月の髪を頭のてっぺんで一括りにし、綺麗に纏める。その上から面紗を被せ、簪でしっかり留めた。
これで、舞の最中に面紗が落ちることはない。
凛月は試しにくるりと回転したが、びくともしない。これなら、立会い人に顔を見られる心配もない。
大満足の出来栄えだった。
「そういえば、鈴はあるの? 月鈴国では領巾に付けていたけど、この衣装には合わないから……」
用意されたのは、華霞国の伝統的な衣装だった。
薄い布地で作られた幅広の袖が特徴的な羽衣に、同じように薄い布で作られた裾の広い裳。
舞うたびに広がり流れる様は綺麗だが、これに領巾は合わない。
「でしたら、面紗に取り付けましょう。ちょうど、重しにもなりますし」
「それは、いい考えね!」
強風が吹いても面紗が捲りあがらないように、念には念を入れておく。
「せっかく綺麗な花鈿を描いてもらったのに、面紗で隠れてしまうのだけが残念ね」
凛月の額には、月と花を模した花鈿が描かれている。
月鈴国では、手の甲に証があることもあり巫女見習いたちが花鈿をすることはなかった。
華霞国では、妃嬪が祭祀を行う際は必ず描くのだという。
初めての体験に、凛月は興味津々。花鈿を大層気に入ったのだった。
夕刻になり、礼部尚書が挨拶にやって来た。
儀式の説明を聞いたあと、当たり障りのない話をする。
(そういえば、欣怡妃として面会するのは礼部尚書が初めてね)
子墨のときは地声で話しているため、欣怡では声の調子をやや低めに。言葉遣いは、妃嬪らしく上品さを心掛けた。
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