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2-5.大風呂敷と現実と
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「いや。んなもん、ねえよ」
「でしたら、この交渉はかなり難しくなりそうですが」
「そこを何とかするのがおまえさん方の仕事だ」
「といわれましても」
新妻はマッチメイク担当の現役レスラー、坂上と顔を見合わせた。営業部長からの視線を受けて、坂上が口を開く。
「プロレスの試合なら、私が何とかすると言えますが、総合格闘技、それも前にやってからそこそこ間隔が開いているから、環境が変わっていることも考えられる。そういった周辺調査から始めたら、時間がいくらあっても足りないかと」
「異種格闘技戦の手法でかまわんよ、坂上」
「というと……」
「新妻がいみじくも言ったじゃねえか。ガチンコに出てくれるとは思えないとな。だったら、ケツ決めした“異種格闘技戦という名のプロレス”で、持ち掛けるのはどうだ」
「ああ、そういう……ということは、トーナメントは全部、異種格闘技方式で?」
「いや。基本はガチのMMAだ。必要に応じていくつか異種格闘技戦を混ぜる、ミックスってやつだな」
「なるほど。それなら私はやってみますとしか言えません」
坂上が請け合う、引き下がると、今度は再び新妻が発言する。
「最初っから、プロレスとしてのオファーをするのですか。それとも――」
「おうよ。最初はMMA、難しそうなら切り替えて異種格闘技だ」
「うーん、その段取りでも、どうでしょうかね? 私の知る限り、向こうさんは潤っていますよ。月一ペースの興行が悉く当たって、大きな箱を立て続けに満員、超満員。そんなよい環境にあるのに、わざわざ外に打って出る必要性は低いのではないかと。仮に出場したとして、万々が一にも決め事ありのプロレスだったと公になったら、あちらさんはダメージ大でしょうしね」
「縁起でもねえこと言うなよ、新妻」
苦笑する実木の顔にしわが寄る。齢を重ねてきた証が、深く刻まれた。
「ついでだから、俺も縁起のよくない話をする。交渉してもどうしてもだめだってときは、切り札を切るぞ。神拳館は反社会勢力とつながりがありますってな」
「えっ。社長、そいつはちょっと……。確たる証拠があるならまだしも、いえ、証拠があってもなかなかにアンタッチャブルな……」
「うちは時間を掛けて、クリーンになった。だろ?」
「はい。そこは自信を持って言えます」
新妻ら営業部の面々が、胸を張る。尤も、売り興行の場合は完全には把握していない。買ってくれた興行主が、何らかの理由でさらに売るケースが稀にあるようだが、そこまでは関知しない。それだけだ。
「神拳館だってクリーンな方がいいに決まっている。そうなるためのきっかけ作りとお手伝いをするとでも持ち掛ければ、きっと心が揺れる。うちに協力的なプロモーターの中には、神拳館の興行を扱いたがってる面々がいるから、後々の心配もない」
「ははあ……理屈は分かってきましたが……その“お手伝い”をする過程で、また揉め事を抱え込むリスクがゼロではありませんねえ」
「つまんねえこと言うな、新妻よ」
実木はいきなり席を立つと、新妻のいるところまで大股で歩み寄り、大きな手で両肩を掴んだ。
「昔は大風呂敷を広げてたじゃねえか。どんなに天秤が不利に傾こうが、夢、と言い切ってな」
「確かに……。実木社長のビジョン自体は、とても魅力があるものです」
新妻のその発言を応諾と見て取ったか、実木は、にっ、とこの日最高の笑みを作った。
「だったら、ゴーサインだろ。結果は行けば分かる」
* *
「ガチンコで、アジア予選トーナメント、ですか」
役員会で決まったというその話を道場で聞いた小石川拓は、今日が試合日でなくてよかったと内心、密かに感じた。もしも試合をするとなったら、動揺した感情が表に出てしまいかねない。それだけ、彼はまだまだ若かった。
「でしたら、この交渉はかなり難しくなりそうですが」
「そこを何とかするのがおまえさん方の仕事だ」
「といわれましても」
新妻はマッチメイク担当の現役レスラー、坂上と顔を見合わせた。営業部長からの視線を受けて、坂上が口を開く。
「プロレスの試合なら、私が何とかすると言えますが、総合格闘技、それも前にやってからそこそこ間隔が開いているから、環境が変わっていることも考えられる。そういった周辺調査から始めたら、時間がいくらあっても足りないかと」
「異種格闘技戦の手法でかまわんよ、坂上」
「というと……」
「新妻がいみじくも言ったじゃねえか。ガチンコに出てくれるとは思えないとな。だったら、ケツ決めした“異種格闘技戦という名のプロレス”で、持ち掛けるのはどうだ」
「ああ、そういう……ということは、トーナメントは全部、異種格闘技方式で?」
「いや。基本はガチのMMAだ。必要に応じていくつか異種格闘技戦を混ぜる、ミックスってやつだな」
「なるほど。それなら私はやってみますとしか言えません」
坂上が請け合う、引き下がると、今度は再び新妻が発言する。
「最初っから、プロレスとしてのオファーをするのですか。それとも――」
「おうよ。最初はMMA、難しそうなら切り替えて異種格闘技だ」
「うーん、その段取りでも、どうでしょうかね? 私の知る限り、向こうさんは潤っていますよ。月一ペースの興行が悉く当たって、大きな箱を立て続けに満員、超満員。そんなよい環境にあるのに、わざわざ外に打って出る必要性は低いのではないかと。仮に出場したとして、万々が一にも決め事ありのプロレスだったと公になったら、あちらさんはダメージ大でしょうしね」
「縁起でもねえこと言うなよ、新妻」
苦笑する実木の顔にしわが寄る。齢を重ねてきた証が、深く刻まれた。
「ついでだから、俺も縁起のよくない話をする。交渉してもどうしてもだめだってときは、切り札を切るぞ。神拳館は反社会勢力とつながりがありますってな」
「えっ。社長、そいつはちょっと……。確たる証拠があるならまだしも、いえ、証拠があってもなかなかにアンタッチャブルな……」
「うちは時間を掛けて、クリーンになった。だろ?」
「はい。そこは自信を持って言えます」
新妻ら営業部の面々が、胸を張る。尤も、売り興行の場合は完全には把握していない。買ってくれた興行主が、何らかの理由でさらに売るケースが稀にあるようだが、そこまでは関知しない。それだけだ。
「神拳館だってクリーンな方がいいに決まっている。そうなるためのきっかけ作りとお手伝いをするとでも持ち掛ければ、きっと心が揺れる。うちに協力的なプロモーターの中には、神拳館の興行を扱いたがってる面々がいるから、後々の心配もない」
「ははあ……理屈は分かってきましたが……その“お手伝い”をする過程で、また揉め事を抱え込むリスクがゼロではありませんねえ」
「つまんねえこと言うな、新妻よ」
実木はいきなり席を立つと、新妻のいるところまで大股で歩み寄り、大きな手で両肩を掴んだ。
「昔は大風呂敷を広げてたじゃねえか。どんなに天秤が不利に傾こうが、夢、と言い切ってな」
「確かに……。実木社長のビジョン自体は、とても魅力があるものです」
新妻のその発言を応諾と見て取ったか、実木は、にっ、とこの日最高の笑みを作った。
「だったら、ゴーサインだろ。結果は行けば分かる」
* *
「ガチンコで、アジア予選トーナメント、ですか」
役員会で決まったというその話を道場で聞いた小石川拓は、今日が試合日でなくてよかったと内心、密かに感じた。もしも試合をするとなったら、動揺した感情が表に出てしまいかねない。それだけ、彼はまだまだ若かった。
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