14 / 58
14.MMA襲来
しおりを挟む
「――福田さんもリアルタイムでは知らないんですね」
「ばーか。俺を何歳だと思ってやがる」
小石川の軽口を、福田は冗談だとすぐに読み取り笑い飛ばした。
小石川が福田と電話で話した日から三日後の夕刻。
(何だか騒がしいな)
レールにゴミでも挟まったのだろうか、個室のスライド式のドアが中途半端に空いており、通路から物音や人の声が聞こえてくる。通常レベルではなく、急患が担ぎ込まれたようだ。
(あんまりうるさいようだと、ナースを呼んで閉めてもらうかな。勝手に動き回ったらまた怒られるだろうから)
常人だとすればまだまだ安静でなければいけない時期だったが、小石川は時折ベッドを離れていた。それだけ治りが早いのを誇らしく感じてもいた。
読書に集中してみるかと、本を手に取る小石川。入院中はプロレス雑誌の類は見ないように心掛けている。今は時代小説にはまり込んでいた。
しおりを挟んでいたページに指を掛けたそのとき、ドアががらりと乱暴に開いた。
何ごとだ?と振り返る小石川。そこに立っていたのは悪役レスラーの鬼頭だった。
「――鬼頭さん? まずいんじゃ」
驚いた小石川は本を戻しながら言った。
「見舞いは嬉しいけど、悪役が一緒にいるところを見られたら」
「そうも言ってられないことが起きた。おまえには伝えておく」
緊張を帯びた声の鬼頭はやや青ざめた顔をしているようだった。
「何かあったんですか」
「道場破りがあった」
「え! 今どきですか?」
プロレスの道場に殴り込んでくる血気盛んな者は、かつてはそれなりの数がいたという。総合格闘技の登場により、強さの象徴としてのプロレスが地盤沈下して以降は滅多に来なくなった。たまに来る者といえば、総合格闘技ルールで負けるプロレスラーの姿をテレビで観て、あれなら俺にでも勝てると思い込んだ若い連中と決まっていた。その程度ならあしらうのは簡単だ。
「病院に来たってことは、相手の素人を瀕死の状態にしちまったとかですか」
当然、小石川はプロレス側が負けるところなんて想像していない。シリーズ巡業に出ている最中だから、東京の道場にはキャリアの極浅い若手と練習生、あとは欠場中の何人かがいる程度だろうが、それでも充分に勝てる。信じて疑わなかった。
「いや、逆だ。うちがやられた」
「……まさか」
「本当だ。わしも現場に居合わせたんじゃないから詳しくは分からんが、総合格闘技をやっている奴だったそうだ」
「何で総合の奴がわざわざ今さら」
「高松さんの話をざっとだが聞いてきた」
高松は引退したばかりの元レスラーで、レフェリーに転身するためのトレーニングを積んでいるところだ。ちょうど道場にいたという。
「東京居残り組でスパーリングやってると、いつの間にかそいつらは道場内に入ってきていたらしい」
「複数で来たんですか。それだと道場破りと言うよりも、殴り込みに近い」
「相手は二人だ。身長百八十センチぐらいの岩のような男と、百七十センチ足らずの筋肉質の男。しゃべったのは主に小さい方だったそうだ。最初に気付いた高松さんが関係者以外は出て行ってもらえるかと注意したところ、道場破りに来たと。続けて小さい方が井関と名乗り、“志貴斗”で総合格闘技をやっていると自己紹介した」
志貴斗は日本国内では最大級の競技人数を誇る総合格闘技の組織で、同じく国内最大規模の格闘技イベント“ロード”にも多くのプロ選手を送り込んでいる。
「井関って奴は志貴斗代表の獅子吼猛の言葉として、『最近、面白そうなことをやっていると聞きつけたものだから、我々にも一枚噛ませてください』という打診を伝えてきて、続いて『ただ、実力差がありすぎるとお話にならないので、その査定に来た』と井関自身の言葉で語ったという」
「まだるっこしくて分からんのですが、連中が興味を示した面白そうなことっていうのは、俺達がやっているセメントのトーナメントのことですよね?」
「そうだ」
「一枚噛みたいというのは?」
「そっちは分からん。優勝した奴を総合格闘技の方に出してくれってこと……いや、そいつはないな。実力の査定なんて言葉、吐くはずがねえ」
状況を察し、前面に立ったのは福田だったという。
「福田さんが……。また巡業を離れていたんですね」
「ああ。『ごちゃごちゃ言ってないで、どうしたいのかはっきりさせろや』と挑発気味に呼び掛けると、井関はお手合わせを願いたいと明言した。そして勝ったら我々をトーナメントに加えてほしいとまで言い出した」
「何だと。馬鹿にしやがって」
トーナメントに加えろとはすなわち、プロレスのリングに上がらせろと同義。プロレスリングの訓練を一切受けず上がれるほど軽い舞台と思われたのは、小石川にとって我慢ならない出来事なのだ。
「あんまり興奮すんな。まだ穴は塞がってないと聞いたぞ」
「血の気は多い方だから大丈夫ですよ。それよりも顛末を」
小石川は気が急いていた。福田がいてよもや不覚を取るなんて?
続く
「ばーか。俺を何歳だと思ってやがる」
小石川の軽口を、福田は冗談だとすぐに読み取り笑い飛ばした。
小石川が福田と電話で話した日から三日後の夕刻。
(何だか騒がしいな)
レールにゴミでも挟まったのだろうか、個室のスライド式のドアが中途半端に空いており、通路から物音や人の声が聞こえてくる。通常レベルではなく、急患が担ぎ込まれたようだ。
(あんまりうるさいようだと、ナースを呼んで閉めてもらうかな。勝手に動き回ったらまた怒られるだろうから)
常人だとすればまだまだ安静でなければいけない時期だったが、小石川は時折ベッドを離れていた。それだけ治りが早いのを誇らしく感じてもいた。
読書に集中してみるかと、本を手に取る小石川。入院中はプロレス雑誌の類は見ないように心掛けている。今は時代小説にはまり込んでいた。
しおりを挟んでいたページに指を掛けたそのとき、ドアががらりと乱暴に開いた。
何ごとだ?と振り返る小石川。そこに立っていたのは悪役レスラーの鬼頭だった。
「――鬼頭さん? まずいんじゃ」
驚いた小石川は本を戻しながら言った。
「見舞いは嬉しいけど、悪役が一緒にいるところを見られたら」
「そうも言ってられないことが起きた。おまえには伝えておく」
緊張を帯びた声の鬼頭はやや青ざめた顔をしているようだった。
「何かあったんですか」
「道場破りがあった」
「え! 今どきですか?」
プロレスの道場に殴り込んでくる血気盛んな者は、かつてはそれなりの数がいたという。総合格闘技の登場により、強さの象徴としてのプロレスが地盤沈下して以降は滅多に来なくなった。たまに来る者といえば、総合格闘技ルールで負けるプロレスラーの姿をテレビで観て、あれなら俺にでも勝てると思い込んだ若い連中と決まっていた。その程度ならあしらうのは簡単だ。
「病院に来たってことは、相手の素人を瀕死の状態にしちまったとかですか」
当然、小石川はプロレス側が負けるところなんて想像していない。シリーズ巡業に出ている最中だから、東京の道場にはキャリアの極浅い若手と練習生、あとは欠場中の何人かがいる程度だろうが、それでも充分に勝てる。信じて疑わなかった。
「いや、逆だ。うちがやられた」
「……まさか」
「本当だ。わしも現場に居合わせたんじゃないから詳しくは分からんが、総合格闘技をやっている奴だったそうだ」
「何で総合の奴がわざわざ今さら」
「高松さんの話をざっとだが聞いてきた」
高松は引退したばかりの元レスラーで、レフェリーに転身するためのトレーニングを積んでいるところだ。ちょうど道場にいたという。
「東京居残り組でスパーリングやってると、いつの間にかそいつらは道場内に入ってきていたらしい」
「複数で来たんですか。それだと道場破りと言うよりも、殴り込みに近い」
「相手は二人だ。身長百八十センチぐらいの岩のような男と、百七十センチ足らずの筋肉質の男。しゃべったのは主に小さい方だったそうだ。最初に気付いた高松さんが関係者以外は出て行ってもらえるかと注意したところ、道場破りに来たと。続けて小さい方が井関と名乗り、“志貴斗”で総合格闘技をやっていると自己紹介した」
志貴斗は日本国内では最大級の競技人数を誇る総合格闘技の組織で、同じく国内最大規模の格闘技イベント“ロード”にも多くのプロ選手を送り込んでいる。
「井関って奴は志貴斗代表の獅子吼猛の言葉として、『最近、面白そうなことをやっていると聞きつけたものだから、我々にも一枚噛ませてください』という打診を伝えてきて、続いて『ただ、実力差がありすぎるとお話にならないので、その査定に来た』と井関自身の言葉で語ったという」
「まだるっこしくて分からんのですが、連中が興味を示した面白そうなことっていうのは、俺達がやっているセメントのトーナメントのことですよね?」
「そうだ」
「一枚噛みたいというのは?」
「そっちは分からん。優勝した奴を総合格闘技の方に出してくれってこと……いや、そいつはないな。実力の査定なんて言葉、吐くはずがねえ」
状況を察し、前面に立ったのは福田だったという。
「福田さんが……。また巡業を離れていたんですね」
「ああ。『ごちゃごちゃ言ってないで、どうしたいのかはっきりさせろや』と挑発気味に呼び掛けると、井関はお手合わせを願いたいと明言した。そして勝ったら我々をトーナメントに加えてほしいとまで言い出した」
「何だと。馬鹿にしやがって」
トーナメントに加えろとはすなわち、プロレスのリングに上がらせろと同義。プロレスリングの訓練を一切受けず上がれるほど軽い舞台と思われたのは、小石川にとって我慢ならない出来事なのだ。
「あんまり興奮すんな。まだ穴は塞がってないと聞いたぞ」
「血の気は多い方だから大丈夫ですよ。それよりも顛末を」
小石川は気が急いていた。福田がいてよもや不覚を取るなんて?
続く
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
サウンド&サイレンス
崎田毅駿
青春
女子小学生の倉越正美は勉強も運動もでき、いわゆる“優等生”で“いい子”。特に音楽が好き。あるとき音楽の歌のテストを翌日に控え、自宅で練習を重ねていたが、風邪をひきかけなのか喉の調子が悪い。ふと、「喉は一週間あれば治るはず。明日、先生が交通事故にでも遭ってテストが延期されないかな」なんてことを願ったが、すぐに打ち消した。翌朝、登校してしばらくすると、先生が出勤途中、事故に遭ったことがクラスに伝えられる。「昨日、私があんなことを願ったせい?」まさかと思いならがらも、自分のせいだという考えが頭から離れなくなった正美は、心理的ショックからか、声を出せなくなった――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる