闘技者と演技者

崎田毅駿

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1.演技者から闘技者に

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 いきなりの発表だった。
「明日からの開幕戦に合わせて、ガチやるからな。そのつもりでいてくれ」
 団体の社長兼エースレスラーの道山力みちやまつとむが、若手を中心とした前座レスラー十三名を道場の一角に集め、高らかに宣言した。その発言が場にいる者達へ浸透していくのを楽しむかのように、道山は唇の端をひん曲げて笑った。
「ガチって、どういうことですか社長」
 社長の一番近くに立っていた、中堅の福田友朗ふくだともろうが率直に尋ねた。普段より、前座連中の中から社長に話し掛けられるのは俺だけだと自負しており、今この場でも聞かねばならないと判断した。
「福田、おまえの世代はセメントって言やいいのか」
「い、いえ、そういう意味でお尋ねしたんじゃありませんよ」
「分かっておる。ちょっとからかっただけだ。おまえ、そんなにノリが悪かったか?」
「急にガチをやると言われて、動揺したんですよ」
「自信がねえってか?」
 挑発的な物言いをされ、福田もむっとなった。
「自信のあるなしじゃねえですよ。社長にやれと言われりゃ、俺らはやります。どういういきさつで唐突にガチをやれと言われるのか、理由を聞きたいんでさあ」
「聞きたいか」
 鼻で息を出し、つまらなさそうに唇を結ぶ道山。
「ガチでやれると聞いて、それだけで喜ぶ奴はいねえのか。情けない。プロレスなら冷や飯喰らいの窓際だがガチなら俺が一番だとか、いっつもいいところを持って行きやがる嫌~な先輩に一泡吹かしてやるとか、気概のある奴はいないのかって」
「社長、よろしいですか」
 最後列で手を挙げた若手がいた。もともとひょろ長くて目立つ存在だが、挙手するとなおのこと目立つ。
「おう、いいぞ、宇城うしろ。何だ」
 ご機嫌に応じる道山。プロレスにいい人材がなかなか来なくなって久しいご時世に、身長のある宇城宙馬ちゅうまは期待できる若手の筆頭だった。
「ルールとシチュエーションを言ってくださらないと、僕らだって燃えるに燃えられません。道場の中で勝ったってお客さんは誰も見てくれないし、自分の強さもアピールできない」
「おう、なるほどな。一理ある。じゃあ話してやるから、みんな耳の穴をかっぽじってようく聞け」
 壁にもたせかけてあった折り畳み式のパイプ椅子を一つ取ると、器用に片手で開いて床に据え、どっかと座った。
「ようやく人気も回復してきたが、元の隆盛にはまだまだだ。今見に来てくれとるお客の大半は、スマートなイケメンがリングでぶつかり合って格好いい姿を披露するのを期待してる。女も含めて、そういう客層が多い。
 そこへさらに客を引っ張ってくるにはどうすればいいか、考えて思い付いた一つが、“最強信仰”のあるオールドファンを呼び戻すってことさ。いくらきれいに技が決まってもやっぱ強え奴じゃないとだめだ、他の格闘技者をぶっ飛ばすようなガチに強いプロレスラーが見たいんだっていう意識のファンは大勢いるし、意外と根強く今のプロレスも見てくれとる。そういうオールドタイプのファンを呼び戻せれば集客はアップする」
「しゃ、社長。お言葉になりますが」
 福田が慌て気味に割って入った。
「ガチをやったらやったで、今着いて来てくれているファンが去ってしまう恐れがあるのでは」
「馬鹿野郎、だから前座のおまえらだけでやらせるんだよ、真剣勝負ってやつを」
「つまり……女性をはじめとする若い客は、これまで通り長羽ながは実木さねきを目当てにし、その一方で前座で昔ながらのゴツゴツした試合を見せて、オールドファンを呼び戻そうと」
「うむ。ちっと補足してやろう」
 右手の人差し指と親指とでCの字を作り、ちょっぴりさを示す道山。
「おまえらがやるのは昔ながらのゴツゴツした試合でも、技術を見せるねちっこいアマレスもどきでもねえよ。プロレスルールに則ったガチ。それだけだ」
 ざわつく十三人。何でもありのヴァーリトゥードでなく、競技化された総合格闘技MMAでもなく、プロレスルール――表向きのプロレスルールに則した真剣勝負。
「ていうことは社長」
 小うるさい悪役で鳴らす鬼頭きとうが、薄ら笑いを浮かべながら言った。根は真面目なのだが、悪玉ファイトのアイディアを生み出す頭を持っている。
「五秒以内なら反則オーケーですか」
「ありだが、レフェリーの判断に任される。目に余る反則は五秒もくそもない。反則負けだ。要するにその辺はいつものプロレスと一緒。まあ客の前でやるんだから、見苦しいのはなしにしとこうか。睾丸握るとか、口や鼻や目、肛門なんかに指引っ掛けるとか、耳を引きちぎるとか、指を折るとか。ま、その辺りもレフェリーに任せるわ、面倒くせえ」
「凶器はどうですか」
「そうかそれがあったな。忘れとった。うーん、基本なしだな。認めると武器までオーケーにしないといかんようになるし、総合の連中が凶器を使って勝つとか見たことねえし。素手の喧嘩で強いのが誰かを知りたいんだよ、俺は。でもま、もし可能なら椅子攻撃ぐらいは認めてやる」
 道山は言い放ってから豪快に笑った。
「細かいルールはあとで確認しろや。きりがない。先にご褒美について発表せんとな。おまえら十三人でトーナメントをやってもらう訳だが、一回勝つごとに十万のボーナスを出そう。加えて俺の気まぐれになるが、いい勝ち方をした奴にはさらに十万。逆にしょっぱい試合になった場合だが、今回は目こぼししてやる。別に塩試合でも勝ちゃあいい。で、優勝したらだが」
 ためを作る道山。誰かがごくりと喉を動かす音が聞こえたような気がした。
「優勝したら一年間、エース級と同等の扱いをしてやる」
「ど、同等?」
「おうよ。俺はスポット参戦の別格として、長羽や実木と同レベルってことさ。試合順だけじゃなく、マネーの方もアップしてやる。一年間の活躍ぶり如何では、本当に将来のエースにしてやってもいい。年齢で無理な野郎もいるだろうが、そこは勘弁しろや」
 こうした“にんじん”の提示により、一気に本気度が増した。場の雰囲気も変化し、互いに近くにいるの嫌い、距離を取る。
「ガチは一日一試合。他に普通の試合も組む必要があるからな。ぎすぎすしないように、トーナメントの取組を今ここで決めちまうぞ。全部で十三人だから、三人が一回戦免除だ」
 道山は背中に回してあった大ぶりなノートと鉛筆を取り出し、ページを繰った。
「抽選もガチでやる。キャリアや抱えている怪我とか関係なしだ。ただし、初戦でどうしてもこいつとやりたいってのがいて、二人とも合意するのであれば、優先して組んでやる。どうだ、いるか?」
 ノートから顔を上げ、前座連中の顔を見ていく。
 社長の視線が回ってくる前に、一人の若手が声を上げた。
「社長! 俺、います! やりたい相手!」
たくか。そんなに怒鳴らねえでも聞こえてるよ。言われんでも想像が付くが、一応聞こう。誰とやりたい?」
「宇城――です」
 間が空いたのは、普段「さん」付けしているからだろう。言うなれば決闘を申し込む場で、先輩だからと「宇城さん」とは呼べない。
「拓ちゃん本気か」
 指名された宇城はあからさまに嫌そうにしてる。同期入門だが四つ年下のいわば弟分のような存在から挑まれ、気分がいいはずがない。
「予想通りだな。予想通り過ぎてつまらんぐらいだ」
 道山は言葉とは裏腹に笑みを浮かべ、宇城の意思確認を取る。
「どうするよ、宇城。プロレスなら十分一本勝負での時間切れが一つあるだけで、あとはおまえの全勝。ガチンコではどうなるかな?」
「僕は社長がやれというのであればやります」
「つまんねえ言い種だな。おい、宇城。おまえ自身は誰とやりたいってのはねえのかい?」
「プロレスならともかく、この形式では特に」
「そうかい。じゃあ、決まりだな。拓とやれ。明日の、そうさな、第三試合にするか。時間は二十分一本勝負」
 社長としてどんどん決めていく。二人、特に宇城の意向などお構いなしだ。
「言っておくが、表向きはプロレスだぜ。きっかけがあって喧嘩地合になったってことにしろ。おまえらの場合なら……三分を過ぎた頃、ロープブレイクの際に宇城が張り手を食らって激高、そこからが真剣勝負の開始だ」
「僕はそんなことで激高しませんが。これまでの試合で同じシチュエーションで平手打ちされても、喧嘩には発展しなかった」
「細かいことにこだわる奴だな、図体はでかいくせして。面倒だ、拓が張り手を食らうことにすればいいだろ」
「それでかまわないっす」
 社長に目を向けられ、拓――小石川拓人こいしかわたくとは一も二もなくうなずいた。けんかっ早いのが売りの自分にはおあつらえ向きの筋書きだと思った。
「他にはいないか、相手を希望する奴?」
 道山が呼び掛けても、もう立候補はなかった。
「よっしゃ。じゃあ、これで締め切りだな。抽選はトランプを引いてもらう。エースからキングまで十三枚。すでに宇城と拓が決まったから。1と2は抜く。残りを裏返して並べるから、好きなのを選べ。組み合わせは絵札を選んだ三人が一回戦シードで、残りは数字の小さいもん順に組み合わせる。二回戦からは1と2の勝者がジャックのカードの奴と当たって、以下繰り返しだ。二回戦最後が7、8の勝者と9、10の勝者だな」
 そしてトーナメントの組み合わせが次々と決まっていく。
 横合いでは、宇城宙馬と小石川拓人が居心地悪そうに、距離を大きく取ってそれぞれぽつねんと立っていた。

 続く
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