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2.嵐の前の心理
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開幕戦の行われるU市体育館は入場券の売り上げでは満員大入りマークを付けたものの、若干盛り上がりを欠いた出だしとなっていた。
第一、第二試合とベテラン対若手の前座が組まれたが、今シリーズの前半戦で行われるガチンコトーナメントを考慮して、緒戦で当たる可能性のない者同士かつ普段から息の合った試合のできる者同士を組み合わせてみたが、いつもとどこか違う。当たりがちょっときつかっただけで顔色を変えたり、相手の飛び技を受けなかったり、通常は使わない実際的な関節技を繰り出したりと、とてもじゃないが息の合ったプロレスではなかった。後日ガチを行うと思うと今の内に少しでもダメージを与えておこうという心理が働くのかもしれない。
そんな流れの中、迎えた第三試合。活きのいい若手の同期対決とあって、いつも以上に歓声が飛び交っていた。
「宇城~、体格差を見せつけてやれ~!」
「今日こそ勝てよ、拓人!」
男の太い声に混じって、女性客がタイミングを合わせて黄色い声で選手の名を呼ぶ。女性ファンからの人気では、小石川が宇城を上回っている。やる気をさらにかき立てられた。、
(真剣勝負なら俺の方が強い!)
コーナーに分かれて対峙する。相手をにらみつけた。
(負けているのは体格だけ。スピードもテクニックも俺が上なんだ! 懐に入り込んで足を刈ってテイクダウン。そのまま手首か足首を極めれば終わり。背高のっぽなんて倒せば一緒。関節技なら俺の方がレパートリーが広い。絶対に勝てる)
闘志をかき立て、自己暗示を掛ける小石川だった。
一方の宇城は弟分からの睨め付けに対し、そっぽを向いて知らん顔。未だに乗り気になれないでいた。
(やれやれ、面倒なことになったぞ)
ぼやきのおかげで闘争心が萎えないよう、注意しつつ冷静に思い返す。
(道山先生、どうしてこんな馬鹿げた企画を。プロレスはプロレスを極めていればいいと、いつか仰っていたのに。……まあ、先生は気まぐれな気分屋だから仕方がないか。それにしても拓ちゃんが相手か。気合いが入らんな。道場では仮に負けても関係ないが、お客様の前で負けるのはプロとして我慢ならん。問題は、拓ちゃんの素早い動きをさばききれるかどうか)
スピードと技の豊富さでは、拓人の方が上だと認めている。自分は得意分野で勝負すればよい。それだけで勝てる。自信を持って当然の足腰と腕力の強さを誇っている。バスケットボールと野球とで鍛えた肉体は伊達ではない。
(掴まえさえすれば体格差だけで無理に押しても勝てると思う。が……)
もう一点、今の宇城が小石川拓人より確実に上回っていることがあった。
身長ならぬ慎重さである。
選手紹介は小石川、宇城の順で行われた。若手でも厳然たる格は存在する。同日入門の同日デビューの二人であったが、これまでのプロレスの戦績と人気の度合いから、宇城の方が上だと見なされていた。
リング中央に立つレフェリーのジョー八鳥が二人を、手のひらを上に向けたスタイルの手招きで呼ぶ。
集まったところでいつも通りのプロレス式の注意説明を行うレフェリー。いつもと違ったのはそのあと、さらなる注意があった。
「分かってるな、二人とも。三分過ぎてからこれだからな」
真剣勝負を意味するサインを指で形作る八鳥レフェリー。
「合図はロープ際、宇城が小石川を押し込んだあと、クリーンブレイクと見せ掛けて頬を張る。そこからだ」
八鳥の最終確認に、宇城も小石川も黙ってうなずいた。それからお互い、にらみつけながらも右手を差し出し握手を交わす。いつもに比べて力のこもっていない、タッチと変わりがないような握手だった。まともに握手することで強く握られ、試合前から余計なダメージを負うのを警戒したのかもしれなかった。
各コーナーに分かれ、ゴングを待つ。
この試合から裁く八鳥は、いつになく汗を感じていた。額から滴り落ちそうな雫を手の甲で拭い、いささか裏返り気味の声で開始のゴングを要請した。
「ファイト!」
続く
第一、第二試合とベテラン対若手の前座が組まれたが、今シリーズの前半戦で行われるガチンコトーナメントを考慮して、緒戦で当たる可能性のない者同士かつ普段から息の合った試合のできる者同士を組み合わせてみたが、いつもとどこか違う。当たりがちょっときつかっただけで顔色を変えたり、相手の飛び技を受けなかったり、通常は使わない実際的な関節技を繰り出したりと、とてもじゃないが息の合ったプロレスではなかった。後日ガチを行うと思うと今の内に少しでもダメージを与えておこうという心理が働くのかもしれない。
そんな流れの中、迎えた第三試合。活きのいい若手の同期対決とあって、いつも以上に歓声が飛び交っていた。
「宇城~、体格差を見せつけてやれ~!」
「今日こそ勝てよ、拓人!」
男の太い声に混じって、女性客がタイミングを合わせて黄色い声で選手の名を呼ぶ。女性ファンからの人気では、小石川が宇城を上回っている。やる気をさらにかき立てられた。、
(真剣勝負なら俺の方が強い!)
コーナーに分かれて対峙する。相手をにらみつけた。
(負けているのは体格だけ。スピードもテクニックも俺が上なんだ! 懐に入り込んで足を刈ってテイクダウン。そのまま手首か足首を極めれば終わり。背高のっぽなんて倒せば一緒。関節技なら俺の方がレパートリーが広い。絶対に勝てる)
闘志をかき立て、自己暗示を掛ける小石川だった。
一方の宇城は弟分からの睨め付けに対し、そっぽを向いて知らん顔。未だに乗り気になれないでいた。
(やれやれ、面倒なことになったぞ)
ぼやきのおかげで闘争心が萎えないよう、注意しつつ冷静に思い返す。
(道山先生、どうしてこんな馬鹿げた企画を。プロレスはプロレスを極めていればいいと、いつか仰っていたのに。……まあ、先生は気まぐれな気分屋だから仕方がないか。それにしても拓ちゃんが相手か。気合いが入らんな。道場では仮に負けても関係ないが、お客様の前で負けるのはプロとして我慢ならん。問題は、拓ちゃんの素早い動きをさばききれるかどうか)
スピードと技の豊富さでは、拓人の方が上だと認めている。自分は得意分野で勝負すればよい。それだけで勝てる。自信を持って当然の足腰と腕力の強さを誇っている。バスケットボールと野球とで鍛えた肉体は伊達ではない。
(掴まえさえすれば体格差だけで無理に押しても勝てると思う。が……)
もう一点、今の宇城が小石川拓人より確実に上回っていることがあった。
身長ならぬ慎重さである。
選手紹介は小石川、宇城の順で行われた。若手でも厳然たる格は存在する。同日入門の同日デビューの二人であったが、これまでのプロレスの戦績と人気の度合いから、宇城の方が上だと見なされていた。
リング中央に立つレフェリーのジョー八鳥が二人を、手のひらを上に向けたスタイルの手招きで呼ぶ。
集まったところでいつも通りのプロレス式の注意説明を行うレフェリー。いつもと違ったのはそのあと、さらなる注意があった。
「分かってるな、二人とも。三分過ぎてからこれだからな」
真剣勝負を意味するサインを指で形作る八鳥レフェリー。
「合図はロープ際、宇城が小石川を押し込んだあと、クリーンブレイクと見せ掛けて頬を張る。そこからだ」
八鳥の最終確認に、宇城も小石川も黙ってうなずいた。それからお互い、にらみつけながらも右手を差し出し握手を交わす。いつもに比べて力のこもっていない、タッチと変わりがないような握手だった。まともに握手することで強く握られ、試合前から余計なダメージを負うのを警戒したのかもしれなかった。
各コーナーに分かれ、ゴングを待つ。
この試合から裁く八鳥は、いつになく汗を感じていた。額から滴り落ちそうな雫を手の甲で拭い、いささか裏返り気味の声で開始のゴングを要請した。
「ファイト!」
続く
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