ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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5甘重ネジ

俺の彼女 side翔①

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 小野寺おのでらしょうは机の上に置かれた報告書へと向けていた。
 真面目な顔で時おり難しそうに眉間にしわを寄せ、立ち上げていたパソコンで資料を確認し首を捻ると再考の印を押す。
 そこまでやって、翔はふっと息をついて仕事中は仕舞ってあるプライベート用のスマホを取り出した。

 画面を開くと、そこには愛しの千幸の姿が映っている。
 翔は口元をゆるりと緩め、愛おしそうに画面を撫でた。

 ──俺のもの、俺の彼女。

 何度も何度も幸せを噛み締める。
 まだ記憶に新しい週末の夜の時間。
 それは何度も脳内にリプレイしたので、色褪せることはない。

『翔っさん……っ』

 千幸がキスの合間に甘い吐息とともに己の名を呼び、愛しさが募る。
 くたりと預けられた身体の重みが俺のものだと告げている。

 くちゅりくちゅりと絡ませ溜まった二人分の唾液を嚥下すると、胸が甘ったるくて痛くてどうしようもなくなった。
 応えるように控えめになる舌に胸が張り裂けそうだ。

『千幸、千幸。──千幸』

 愛おしさに名前を呼ぶことをやめられない。
 何度も角度を変えて、キスだけ、その言葉通りキスだけ、許される範囲のキスだけ、隅々まで千幸を知りたかった。

『んんっ』

 甘い吐息とともに、気持ち良さそうな声が口内を通して己の中に入ってくる。
 それにまた引きずられ切りがなかった。

 翔にとって、キスは身体の関係を結ぶ過程の一つでしかなかった。
 だけど、今は相手を知る手段の一つ、愛おしいと伝える今の武器。先も奥深くも中ほども、舌でくすぐり千幸の反応を覚えていく。

 本当はキスだけと嘯きながら、身体のすべてにキスしたかった。
 だけど、そうすると千幸は逃げてしまう。幸せを感じながらも翔はいつ爆発するかわからないほどの衝動に理性を総動員させて抑えつけていた。

 それを成し得たのは、ひとえに千幸をこの手から逃さないため。
 千幸との未来を思うと、我慢することくらい耐えられる。

『千幸、ここ好き?』

 優しくキスをして彼女の心を溶かしいい具合に蕩けだすと、舌を先のほうからきゅっきゅっと絡ませるとぴくりと千幸の身体が反応した。
 千幸の全神経が翔へと向けられている。言葉にもキスにも感じてくれている。

 翔は服の下に潜り込みそうになる手を、千幸の柔らかな髪を撫でることで気を逸らし、ぎゅっと抱きしめることで回避した。
 甘い甘い天国にも似た地獄の時間。

 当たり障りなく接して、見方によってはドライに見える千幸は警戒心が強い。
 人の行動をじっくり観察し、己の許す範囲のみで相手の行動を擦り合わせ慎重なタイプだ。

 だから一定の枠は出ない。
 嫌なことは嫌だとはっきりしているタイプでもあるので、彼女の懐に入れるのはごくわずかであり、入るまでに時間はかかる。

 だからこそ、翔は強硬手段に出た。
 考える時間を与えず、これが最善だと伝えることを忘れず、別のものが入る隙がないほど己の存在をアピールした。

 最後まで、『加減を』『ゆっくり』と主張する千幸が可愛くて可愛くて愛おしくて。
 やめてと言われないことにどれだけ気持ちが救われ、背筋を震わせるほど翔が感激していることを本人は知らない。
 一つ、また一つ、好きが増えていく。

 翔にとって夢のような時間を過ごし、ホテルをチェックアウトした後は街の散策デートをした。
 定番の映画館にも行き、観たいと思った映画が同じだったことだけでも翔の気分は高揚した。

 ぽんぽんと返ってくる媚のない率直な言葉の一つひとつが愛おしい。
 まだ慣れない関係に適応しようと心遣いが見て取れる姿に、本当に彼女になったのだと千幸の端々で気遣われる言動に悶えそうになった。

 翔の言動がいき過ぎると蔑む視線は変わらないが、それでもいいのだと思える言葉が控えめに続く。
 本気で嫌そうにして、でも最後は小さく苦笑する。

 それから、しっかり視線を合わせて柔らかに笑う。
 好きに好きはまだ返ってきていないけれど、好意は感じる。

 千幸が翔を知ろうとしてくれて、やっと閉じ込めた腕の中から逃げようとしないことがどれだけ幸せなことなのか、きっと自分にしかわからないだろう。
 そんな幸せに浸りながらも、手に入れたらもっとと欲がでるのは当然だった。

 大事にしたいと思う気持ちは本物で、だからこそもっとと千幸のすべてを望む過剰な思いは翔の中でぐらぐら揺れた。
 まるごと捉えたい。こぼさず、この腕に抱き込みたい。

 ──ああ、好きだ。

 二十を過ぎてから初恋といえる恋をして、それを受け入れられた。
 付き合えたからといってそれが実ったとはまだ言えず、同じように返してほしいと望むことはまだ贅沢だとわかっている。

 少し嫉妬を見せてくれたけれど、もっともっと俺を見てほしい、自分色に染まればいいと頭が沸騰しそうだ。
 その熱を抑えつけて千幸が逃げないよう、慎重さを忘れてはならない。

 幸せだと思う反対側で灼熱のような思いが揺らめく。
 千幸を思うと緩む頬と口元であったが、瞳だけは燃えるように熱く千幸を求めた。
 四年分。そして、知れば知るほど好きだと思う気持ちを侮るなかれ。

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