ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
54 / 143
4変甘ネジ

ただ、ただ甘い……?①

しおりを挟む
 
 千幸は急な抱擁に固まりつつ、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる小野寺の必死さに安心もしていた。
 あの榛色のまっすぐな眼差しを信じてもよくて、強くて甘くて少し変だが、それを受け止めても偽りはないのだというよくわからない安堵と少しのおののき。
 だけどそれらを深く分析している余裕はなく、されるがまま小野寺に包まれる。

「好きだ」
「…………」

 耳元でささやかれ、ぞくっとする甘い声が響き身体がしびれる。
 いつも以上に甘く響くのは小野寺が焦っているからか、千幸がいつも以上に小野寺のことを考えていたからか。
 じわりと熱を持つような甘さが耳から浸透してくる。

「家にいるならどうして電話を取ってくれなかったの? 約束したよね」

 抱きしめられながらなじられ、何事にも動じないと思っていた小野寺をとても不安にさせていたのを知る。
 それだけ自分のことに必死になってくれる相手に、気持ちを向けてぶつけてくる相手に、何も感じるなというのは無理だ。

「それはすみませんでした」
「ほんと連絡取れなくなるのとか勘弁して。何かあったのかと思うだけで俺は……」
「ごめんなさい」
「好きだから」

 小野寺は『好き』と甘い言葉を告げながら、苦しげに眉間を寄せてじぃっと千幸を見つめてくる。
 その視線に囚われると、なんだかきゅぅんと胸が締め付けられる気がした。

 ──……ああ、この無駄に整った美貌もずるいっ。

 焦っていても、無茶されても、この美貌が眼前にくるのは嫌な気がしない。
 しかも、めっちゃいい匂いがする。そして、何より声がいい。
 絶対、男前というだけで得だよねと思いながら、でもそこだけじゃないのにも気づいている。

 小野寺が小野寺だから。
 まっすぐな気持ちをまっすぐにぶつけてくるから、気になってしまうのだ。

 ぶつけられてきた思いは本物だと信じたい。だからどうして連絡に返答しなかったのか、正直に話しても、話すべきかもと思った。
 恥ずかしいしその後のことがちょっと、いや、かなり怖いけれど、ぶつけられる気持ちに応えたい気持ちが増していく。

 ──ほんと、その後が怖いけど……

 少しでも同じように向き合い、自分もちょっぴり正直でありたい。そう思った。

「本当すみませんでした。……連絡は、その、帰りにちょっと」

 一緒にいた女性のことが気になって考えているうちに億劫になってしまったと続けようとしたところで、途中で遮られ思わぬことを言われる。

「ちょっとって何? もしかして元彼と寄りを戻したとか言う?」

 千幸を抱きしめたまま、怒りのオーラを出しながら告げてくる小野寺にむっとする。

「会社の飲み会でそれはないです」
「……でも、話はしたよね?」
「しましたが……、小野寺さんも女性と一緒でしたよね?」

 ここに小野寺がいる時点でお泊まりではなかったようだし、小野寺にも事情があったのだろう。
 だが疑う言葉に、そちらがそうならと千幸もはっきりと告げた。

 こっちは大人数、そちらは二人。どちらが怪しいかと言えば完全に小野寺のほうだ。
 それに付き合ってはいないが、ふらふらする女と思われたのも面白くない。

 やっぱり腕を組んでいた光景やホテルに入っていく姿を思い出すと気分はよくない。
 そんなことをしている相手に責められたことがちょっぴり腹立たしい。

「確かに女性といたけど、彼女は仕事関係の付き合い。何もなければ個人的な感情なんて一切ない」

 一刀両断。明快な答え。
 微塵もやましいことがないと本人は思っているようだ。だけど、場所と時間、そしてタイミングがどうしても気になる。

「帰りに女性とホテルへ入っていくところを見ました」
「ああ……、それはそれだけのことだから」

 女性とホテルに入るのは小野寺にとってそれだけのこと。

 ──それだけって何!?

 大したことではないと言いたいのかもしれないが、慣れた感じの応答に眉間にしわが寄る。
 もし、自分との約束がなかったらそのままホテルで過ごしていたかもしれない。そう誤解されても仕方がないシチュエーションだった。

「……意味がわかりません」
「何もなかったし、これからも何もない」

 断言されても意味がわからない。聞いてもいないのに未来も示唆されても困る。
 今は知らないが、大学在学中は入れ喰い状態だったというのを噂だが絵理奈たちから聞いている。
 その時はそういう世界の人もいるんだなと客観的に捉えていたはずなのに、こうなってしまうと気になってくる。

 たとえ今は本気で千幸を好きなのだとしても、やっぱり遊び人だったのならそういう性質は健在なのではと疑ってしまう。
 住む世界が違う気がする。合わない気がする。

 ――やっぱり感覚が違うのかもしれない。

 過去の派手な交友関係や疑わしい出来事も含め、目の前の小野寺の行動を信じたいのにどうしても気になってしまう。
 変わりたいと思っていても、やっぱりあれこれ考えてしまう自分に少しうんざりしつつも、嫌なものは嫌で気になるものは気になった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...