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4変甘ネジ
お気の毒に side翔②
しおりを挟む「言わないほうがよかったか?」
「いや、助かる。とりあえず電話してみる」
こちらの誤解もそうだが、元彼とのことで悪い話がある可能性もないわけではない。
ここにきて翔の不安は爆発しそうになった。
とりあえず、最悪になる前の助言は活かすべきだろう。見たと思われる時間からは十分くらいか?
なら、挽回することはできる。
間に合う、間に合わせてみせると翔はスマホの指紋認証をすると、すぐさまコールボタンを押した。
だが、千幸が出ない。
コール音がなるだけでうんともすんとも言わない。一度切り、再度鳴らしてみるが応答の気配がない。
こつこつ、と指でドアサイドを鳴らしながらいっこうに出る気配がないのに焦りが出てくる。
「藤宮さん、出ないのか?」
「ああ……」
「時間的に帰宅途中で鞄に入ったままで気づかないんじゃないか?」
「…………だったらいいが」
「常にチェックするタイプに見えないし、気づいたら折り返しがあるだろう」
冷静な轟の声に、そうだなと思い込もうとする。
千幸から帰宅するとの連絡は目撃されたという少し前に入っていた。連絡があるということは、自分と会うつもりでいるということだ。
千幸からのメールと轟の言葉に頭の奥ではそう考えているが、連絡が取れないことがとても不安でならなかった。
会うつもりから、会うつもりだったに変わっていたら? 女性にだらしない男だと思われていたら?
二度の不遇はそう思わせる可能性があり、自分たちの今の距離感を思うとすごく嫌な予感がした。
好きだということを、視線や態度、言葉でたくさん伝えてきたつもりであるが、それをないものにされていたとしたら?
やっと隣まできたのに、その距離が開くのは耐えられない。
念のためもう一度、そして、絶対帰宅しているだろう時間を狙って電話するがコール音が鳴るばかりで千幸が出ない。
翔はスマホを握りしめ、外の景色を眺めた。
──早く、着け。着け。着け。
そう念じながら、千幸のことを思う。
静かになった翔を見て、何か言うかと思われた轟は眼鏡を押し上げると、結局何も言わずに運転に集中した。
あと、五分ほど。
信号でつかまると、曲がる車がもたもたしていると、普通のことなのに毒吐きたくなる。とても長い時間だった。
見慣れた景色。静かに停まる車とともに、翔は鞄をつかんだ。
離れ際に『自重しろよ』と轟に言われ、何をと聞き返すと、『……ああ、あれだ。上手くやって早く藤宮さんを捕まえてこい』と激励を受けた。
翔は『逃がさない』と宣言し、背後で車のエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながらエントランスへと入った。
そこから急く気持ちのまま走ろうとしたが、すぐさまマンションの住人に出会う。
仕方なく歩調を緩め挨拶し、走ることは諦めた。生活圏内で下手なことはするべきではない。
人と出会う可能性のあるところでは走ることはできないので、ものすごく大股でエレベーターへと向かった。
箱が降りてくるのを待つ間、ウィーンとモーター音がホールに響いて聞こえる。それくらい静かであり、一人ということを意識させられる。
──やっばっ。すごく胸が痛い。
心臓が忙しなく脈打ち、これでもかというほど息が上がってくる。
こんなにも苦しく思うことは初めてで、いてもたってもいられない気持ちを抑え込むように翔はぐっと手を握りしめた。
不安で不安で仕方がない。
千幸が部屋にいなかったらどうしようか。誤解されていたらどうすればいいのだろうか。何から何を説明すれば信じてくれるのだろうか。
そもそも、自分のことをどう思っているのだろうか。
こんなにもごちゃごちゃと一人の女性のことを考える日が来ようとは、考えたこともなかった。恋とはなんて苦しく愛おしいものなのか。
初めての感覚。初めての気持ち。初めての……。それらはコントロールできないくらいに翔の中で膨らんでいく。
『自重しろよ』
轟の言葉がここでよぎる。
よぎるが知ったことではない。自重というならば、逸る気持ちを抑えている今もしているではないか。
ずっと、ずっと、気持ちに気づいてから慎重に、そして千幸と接触してからは大事に距離を詰めてきた。それを自重と言わずに何というのだ。
知れば知るほど募る思いを持て余し、今は不安が興奮に変わり、さらに千幸を求める気持ちが、熱が抑えきれない。
──ああ、早く会いたい。もっと近くに行きたい!
千幸の近くにいないと、顔を見ないと不安で落ち着かない。
早く、早く、千幸のもとへ……
隣に、隣の部屋に、千幸がいることを信じて小野寺はエレベーターを降りると、いてもたってもいられず千幸の家のドアまで駆け抜けた。
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