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氷姫救出編

壁画

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「ともかく当たりだな」
 
 そう呟いた瞬間、標のペンデュラムの宝石にヒビが入った。役目は終ったとばかりに砕け、塵になっていく。
 ぴったり五回。伯爵の予想通りだ。

 俺は黒刀を闇に戻すと、手のひらを階段へと向ける。闇を広げていき、階段及び左右の壁に纏わせる。
 わずかな隙間でもあれば闇が入り込み、見つけることが出来る。

 結果として闇は壁の中に入り込んだ。
 巧妙に隠されていたが、壁画の表面にほんの僅かな凹凸があり、そこから侵入できた。そのまま闇を奥へ進ませていくと階段の裏に空間があることがわかった。
 あとはどうやって開けるかだ。

 ……これ壊したらラナに怒られるよな?

 おそらく階段自体が仕掛け扉の役割を果たしている。
 そんな物は無視して第一偽剣刀界・絶刀無双でくり抜いてしまうのが一番楽だし確実だ。
 だけど元迷宮とはいえここは由緒ある神殿。この壁画や石像を見ても歴史的価値があるのは間違いない。

 ……日本だったら傷付けた瞬間に逮捕アウトだよな。……仕方ない。

 目を閉じて闇の操作に意識を傾ける。
 壁の内部に闇を満たしていき仕掛けを把握していく。

 ……これは石像か?

 壁の中に一本だけ不自然な隙間があった。壁から地面を伝い二体の天使像へと続いている。天使像の中にも複雑な機構があり、その始点は右の男性天使像の光輪に繋がっていた。

 ……幸運だな。

 魔術的な仕掛けであれば俺にはお手上げだ。あとでラナに怒られるのを覚悟して壊すしかなかった。だがこの仕掛けは物理的な仕掛けだ。
 ここまで見つからなかったのも物理的な仕掛けが理由だろう。
 魔術的な仕掛けあれば魔術師が一眼で見抜くからだ。
 
 俺は闇を一度回収し右側の石像に近付く。仕掛けの始点である光輪に触ると、ほんの僅かに動いた。

 ……こうか?
 
 試しに俺は光輪を押し込んで見た。

 ――ガコン。

 光輪が頭部に押し込まれ、形がより複雑なものになった。
 同時に左側の女性天使像から音がしたので目を向けると、首が前にズレていた。
 絵面が完全にホラーである。

「……こわ」

 天使の首を落とすなんて天をも恐れぬ所業だ。これを作った職人は神を信じていないのだろうか。

 ……いや、そもそも天使が神の使いなのは地球の文化か。

 そんなことを思いつつ、左の石像へ向けて歩く。すると必然的に光輪から手が離れた。ガコンと音がし、光輪が元の位置に戻る。当然、女性天使像の首も元に戻った。

「あー。二人必要なやつか。凝ってんなー」

 まるでゲームのダンジョンだ。決められた手順でアクションを起こさないと道が現れないタイプ。
 感心しながら闇を操作し、光輪を押した状態で固定する。これで離れていても女性天使像の首はズレたままになる。
 ズレた首元を覗くと、石の棒が突き出していた。なので光輪と同じように押してみた。

 ――ガコン。

 また音がした。今度は後ろだ。
 振り返ると階段両脇に描かれていた壁画、その月のレリーフが隆起していた。
 光輪と同様に。石の棒が戻らないように闇で固定し隆起した月を闇を使って押し込む。
 すると階段が上がっていき、通路が現れた。

「二人どころか四人必要なのかこれ。凝ってるどころじゃねぇな」

 闇を使えなければ一手目で詰んでいた。

 ……でもこれ、みんなが降りてこれないよな。

 階段を見れば完全に塞がっていた。このままでは遺跡自体に入れなくなる。

「持ってきといてよかったな」

 俺は懐から紙とペンを取り出すと、扉を開ける手順を書き記して階段の下に置いておく。どこかへ飛ばされないように石で押さえておくことも忘れない。

「よし、行くか」

 通路に入り、闇を回収する。すると後ろで階段が降りてきた。
 光源が消え、通路が暗闇に包まれる。
 視界がないまま進むのは危険なので数分間、じっと闇に目を慣らしてから進む。
 幸い、通路は一本道で迷う事はなかった。しばらくすると巨大な部屋に辿り着いた。
 俺が足を踏み入れた瞬間に、部屋の四方に設置されていた松明が燃え上がり、空間を照らし出す。

「なんだ……これは……」

 そこには壁画があった。巨大な壁画だ。
 見上げるほどに大きいそれは月華神殿という遺跡にあって異質だった。

「月が……ない」

 これまで見てきた彫像、レリーフ、壁画にはなんらかの形で月が描かれていた。しかしこの壁画にはない。

 人と龍と異形が相対している壁画だ。
 向かって左側には二人の人間と一体の巨大な黒龍が描かれている。
 しかし、人間は俺たちやこの世界に住む人々と同じ人間ではなかった。
 
 頭上に凄まじく複雑な紋様の光輪があり、三対六翼の白翼を持つ天使。
 頭上に禍々しくも雄々しい二本角があり、三対六翼の黒翼を持つ悪魔。
 
 そんな二人の背後にいるのが黒龍だ。二人の何倍もの大きさを持つ黒龍が蒼い空に向かって龍の息吹ブレスを放っている。

 そして二人と一体が相対するのは四体の異形。
 漆黒の球体。
 炎の巨人。
 白い人型。
 そして巨大な枯れ木。

 枯れ木には見覚えがある。奈落の森で出会ったバケモノと似ている。違う所と言えば大きさぐらいだ。
 俺たちが出会った枯れ木はせいぜい俺の身長よりすこし大きいぐらいだった。しかしこの枯れ木は黒龍と比較しても遜色がない程に巨大だ。
 
 あの枯れ木が成長すればこの壁画のようになるのかもしれない。

 ……って事はこいつらはバケモノと同類か?

 実際に見たからこそわかる。枯れ木とバケモノは同類だ。ならばその枯れ木と一緒にいるこの異形たちも同じと考えられる。
 しかし俺を殺し続けたバケモノたちと同じ特徴を持つ異形がいない。ヤツらは全身に口がある為、壁画に描かれていればすぐにわかるはずだ。
 もう一度隅々まで壁画を見回したが、やはり描かれていない。

 ……バケモノは何種類もいるのか?

 俺が知っているだけでもすでに二種類。ならばそうであってもおかしくはない。
 真相は謎に包まれている。しかしとてつもなく嫌な予感がする。

 もし、枯れ木のような正真正銘のバケモノが何種類もいるのならばこの世界は薄氷の上にある。
 いつ滅びてもおかしくはない。そう思わせるほどあの枯れ木は異常な強さを持っていた。確実に十本首のヒュドラよりも強かった。
 なにせ殺戮衝動に身を任せて第六封印が解けかけなければ倒せなかったぐらいだ。
 文字通り格が違う。
 
 ヤツらが動けばS級冒険者でさえ力不足だ。

 ……これは天使や悪魔、龍も調べる必要があるな。

 この異形たちは敵だ。ならそいつらに敵対するように描かれている彼らは仲間ではないかもしれないが敵でもないだろう。
 
 力を持った人間が畏怖や尊敬を込めてこの姿で描かれたのかもしれない。だがもしも本当に彼らのような者達が存在するならば手遅れになる前に探し出さなくてはならない。

 ……ラナを救い出しても安心できないな。

 やることは山積みだ。救い出せても世界が滅びるんじゃ意味がない。
 
 だが俺には仲間がいる。
 サナ、カナタ、アイリス、カノン、ウォーデン。そこにラナが加われば解決策を見つけ出すことができる。そう信じて今は前へ進む。
 全てはラナを救い出してからだ。
 
 壁画の下には扉があった。そこを開け更に進む。すると前方から淡い光が漏れてきた。
 辿り着いたのは行き止まりの部屋。
 
「……ここか」

 壁や地面、天井に至るまでびっしりと魔術式が記述されている部屋だ。おそらくこの魔術式が転移魔術。
 
 俺はそこに躊躇うことなく足を踏み入れた。魔術式が発光し、輝きが増していく。
 そして部屋の中心を踏んだ時、視界が白く染め上がった。
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