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氷姫救出編

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 ふと、部屋の外に気配を感じて目を覚ました。窓から差し込む日差しはだいぶ高くなっている。あと数分もすれば天頂に差し掛かるだろう。
 
 外にいた人物はゆっくりとドアノブを捻り、音が鳴らないように部屋へと入ってくる。
 知らない気配なら警戒するところだが、幸いその気配は知っているものだった。
 
「ウォーデンか?」
「わるい。休んでるって聞いてたんだが起こしたか?」
「いや、大丈夫だ」

 身体を起こしてベットに胡座をかく。隣を見るとカナタも起きたようだ。 
 
「アルメリア嬢はどうなった?」

 ウォーデンが椅子に座りながら言った。
 
「成功だ。今朝、目を覚ましたよ」
「そうか。それはよかった」

 聞いたウォーデンもホッと息をついた。俺たちと同様に心配していたのだろう。
 
「そっちはどうだ?」
「……結論から言うが、何もなかった」

 その答えは予想外で俺は言葉を反芻した。
 
「何も?」
「文字通り何もだ。事件が起きたりとか、怪しい人間がいたりとかもない。いつも通りの日常だとよ。伯爵の命令で巡回は増えてたがな。それだけだ」
「そうか……」

 口元に手を当てて考える。
 様々な考えが頭に浮かんでは消えていく。そもそも情報が少なすぎる。絞り切ることができない。

 ……諦めた?
 ……そもそもアルメリアの命が目的ではない?

 可能性を上げたらキリがない。

「カナタは何かわかるか?」
「さっぱりだ。俺たちがいない間になにかしら動きがあると思ってたからな」
「……だよな」

 そう思っていたからこそ出発前に俺は伯爵に強力な冒険者を雇うことを勧めた。
 
 伯爵も俺の提案には頷いてくれて冒険者を雇っている。今も屋敷の周りに気配がある。
 強さで言ったらS級であるウォーデンよりも遥かに下だが奈落の森にいた冒険者と比べても遜色はない。そんな気配が四つ。おそらくA級相当だ。
 
 そして一際強い気配が一つ。ウォーデンと比べても僅かに劣る程度だ。今も俺が気配を探っていることに気付いて足を止めている。こちらがS級。

 おそらくこの五人でパーティを組んでいるのだろう。

 A級でもこの世界レスティナではかなりの実力者だ。加えてS級もいる。
 俺たちが倒した暗殺者ぐらいならば余裕を持って対処できるだろう。
 かなり厳重な対応だ。

 ……だとしても全く動かないなんて事があるのか?

 俺たちがいない事自体が隙と言える。罠を警戒して直接襲うことはないにしても何かしら動きがあってもいいはずだ。
 それでも尚、動かない。ならばそこに理由があると考えるべきだ。

 ……信じていなかったが暗殺者の言ったことは本当だったのか?

 あの暗殺者は呪うこと自体が目的だと言っていた。それならば既に目的は達している。そう考えると動きがないことにも説明がつく。
 釈然としないが、状況がそう言っている。

「危険はないと考えていいのかもな」

 カナタも同じ結論に至ったのかそんなことを口にする。
 
「警戒するに越したことはないがな。ひとまず助かったよウォーデン。ありがとう。休んでくれ」
「おう。そうさせてもらうよ」

 ウォーデンが欠伸をしながらベットに寝転がった。こんな時間まで情報を集めるのは大変だったはずだ。すぐに寝息が聞こえてくる。

 ……俺も伯爵が戻るまで寝るか。

 再び寝転がろうとした時、こちらに向かってくる気配を捉えた。

 ……この気配はライムさんか?

 扉がノックされる。聞こえてきた声は予想通りライムさんだった。

「レイ様。カナタ様。主人が戻りました」



 俺たちは談話室に案内された。着いた時にはサナとアイリス、カノンの三人がいた。これで休んでもらっているウォーデン以外の全員が揃った。
 ライムさんは伯爵を呼びに行っていて今はいない。伯爵は先にアルメリアの様子を見に行っているらしい。

 談話室は俺たち全員が座ってもまだまだ余裕があるほどに大きかった。そこに高そうなソファが向き合うようにして並んでいる。
 ライムさんからは座ってていいと言われているので遠慮せずに座る。ソファは見た目通り品質がよく、体重を預けたら身体が沈み込みとても心地がいい。
 カノンが眠そうに瞼を擦っている。

「カノン。無理しないで寝ててもいいぞ?」
「……だいじょぶ」

 カナタの言葉にカノンが無表情で呟く。となりでサナがニマニマしている。

「……サナ」

 軽く嗜めるが本人はどこ吹く風だ。

 ――コンコン。

 そんな時、ノックが響き扉が開いた。
 入ってきたのはブラスディア伯爵。背後にはライムさんが控えている。俺たちは立ち上がろうとしたが、伯爵が片手を上げて制した。

「そのままで大丈夫です」

 伯爵が深々と頭を下げる。

「この度は娘をお救い頂き、ありがとうございました」
「いえ、約束を果たしたまでです」
「ではこちらも約束を果たしましょう」

 伯爵が懐から細長い木箱を取り出し、机の上に置いた。

「どうぞ。こちらが標のペンデュラムです」

 蓋を開けるとそこには探し求めていたものがあった。
 金属でできた細いチェーンの先に、先端の尖った宝石が付いている。
 宝石は澄み渡る湖のような色をしていた。一才の曇りもなく、透き通っている。こんなに綺麗な宝石は見た事がない。
 地球だとこの宝石一つで凄まじい値段がつきそうだ。

「私がこれまで見た中でも最高級の物です。使用限度はおそらく四回か五回と言ったところでしょうか」

 これだけ綺麗なものでもそれだけしか使えないのかと驚いた。だけど俺には十分だ。
 
「ありがとうございます」


 伯爵が悪戯な笑みを浮かべると胸に手を当てて貴族らしい礼をとった。
 アルメリアが治った事により心に余裕が戻ったのだろう。今は初めて会った時のような厳しい表情はカケラもない。
 俺も笑みを見せる。

「これは一本取られましたね」
「これでも貴族ですからね。早速お使いになりますか?」
「はい」

 俺は立ち上がるとペンデュラムを木箱から取り出した。チェーンの先を持ち、重りを地面に向けて垂らす。

「そのまま探しているものを念じれば重りが動きます」
「わかりました」

 俺は確認のためアイリスを見る。

「アイリス。いいか?」
「はい。レイさんがやってください。私もお姉様を思っていますが、レイさんには負けますので」
「妹にそう言ってもらえるのは誇らしいな」

 俺は頷き、目を閉じる。

 初めて見た時は天使かと思った。それぐらい綺麗で神秘的な雰囲気をラナは持っていた。
 キラキラと輝く銀髪。雪原のような色白の肌。陽光を反射して輝く澄んだ海のような蒼色の瞳。
 
 笑った顔は太陽のように華やかだった。
 ラナが笑顔を浮かべているだけで俺は暖かな気持ちになれる。

 最後の日から一時ひとときだって忘れた事はない。
 俺はラナに惚れている。心の底から愛している。

 だから俺はラナの笑顔を思い浮かべて――。

 ――目を開けた。
 
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