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氷姫救出編

解呪

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 数日前に通った道を、急いで引き返して行く。迷宮での時間が濃密すぎたせいか何ヶ月も前に通ったような気分だ。
 
 予定より早くヒュドラの首は入手できた。しかし今もなおアルメリアは苦しんでいる。カノンが応急処置を行ったがそれはあくまでも時間稼ぎだ。
 この瞬間にも致命的な容態になっていないとも限らない。だからとにかく急いだ。

 道中魔物が出ても一々止まるような事はしない。すべて黒刀の遠隔操作で倒していった。

 その甲斐もあり、来た時よりも一日早い四日でブラスディア領、ブラスに到着した。

 時刻は太陽が沈んでからだいぶ経った頃。すでに都市の門は閉められていたが、事情を知っていた門番はすぐに通してくれた。
 その時に連絡が行っていたらしく、館に着くとライムさんが待っていた。

「お待ちしておりました! こちらへどうぞ!」

 一分一秒でも惜しい。それはライムさんも同じだった。挨拶もそこそこに俺たちはアルメリアの部屋へと向かう。
 
 ライムさんが扉をノックしてから開けた。その脇を抜けてカノンがベットへと小走りで近付いていく。

「……よかった。……間に合った」

 カノンが大きく息を吐き出した。
 のお陰か致命的な事態には陥っていないようだ。
 アルメリアの胸は規則正しく上下していた。

「カノン様。以前用意した素材はあちらに。必要ならばお使いください」

 ライムさんが指差した場所には四角い箱が置かれていた。高さが俺の腰ぐらいもあるそこそこ大きな箱だ。
 以前カノンが書いた素材リストにはナマモノもあった。だからおそらく冷凍庫のような魔導具だろう。
 てっきり応急処置で使い切ったのかと思っていたが余っていたのだろう。
 
「……ありがと。……すぐ解呪に入る。……かなり時間が掛かると思う」
「頼む。何か手伝える事はあるか?」
「……集中する必要がある。……この部屋に誰も入れないで」
「それは任せろ。俺が誰も通さない」
「……レイなら安心。……こっちは任せて。……わたしが……治す」

 カノンの力強い言葉に頷き、俺たちは邪魔にならないように部屋の外へと出た。

「ライムさん。この前のような襲撃はあれ以降ありましたか?」
「いえ、一度もありませんでした」
「わかりました。ありがとうございます」

 ひとまずは安心だ。
 だが警戒しなくていい理由にはならない。
 戦いでもトドメを刺す瞬間が一番危険だ。今の状況で置き換えるならカノンが解呪を成功させる瞬間。だから終わるまでは決して油断できない。
 
「……第二封印解除」

 黒刀を手に持ち扉の前に立つ。

「この扉は俺が守る。カナタとサナは中庭側を警戒してくれ」
「了解」
「はいはーい」
「アイリスは部屋全体に結界を」
「はい! わかりました!」

 アイリスが素早く魔術式を記述し、結界を張る。

「一応、屋敷全体にも張っておきますね。何か異常があればすぐにお伝えできるように私もここに残ります」
「ありがとう。助かる」

 アイリスはニコッと笑みを浮かべるとすぐに結界魔術を使った。
 
「オレはどうする?」
「ウォーデンには情報収集を頼みたい。俺たちがナラクに向かった後、変わったことがなかったか調べられるか?」

 何事も無ければそれに越した事はない。だが、なぜ暗殺者が現れたのか、ヤツらは何者なのか、あのバケモノはなぜ出てきたのか。手掛かりは何も掴めていない。
 だから情報だけは集めておきたかった。
 
「それならオレが適任だな。任せとけ」
「ああ。頼んだ。あまり酒は呑むなよ?」
「わかってるよ。動けなくなったらだしな」
「よし! じゃあ各々の配置についてくれ」

 みんなが頷くと移動を開始した。

「レイ様、少しよろしいでしょうか?」

 俺とアイリスだけになったタイミングでライムさんが声をかけてきた。
 
「はい。なんでしょうか?」
「主人は現在、王都に赴いております。標のペンデュラムは入手できたと連絡は来ていますのでご安心ください」

 ライムさんの言葉に俺とアイリスはホッと息をついた。まずは一安心だ。

「ありがとうございます。いつ帰るかは聞いていますか?」
「予定ですと、明日正午には戻ると聞いています」
「……どちらが早いかですかね」

 果たして解呪にどれだけの時間が掛かるのか。それはカノンにしかわからない。
 
「そうですね。無事に終わるといいのですが……」

 ライムさんは胸に手を当て拳を握った。その瞳は不安に揺れている。
 どれだけアルメリアの事を大切に思っているのかがよく分かる。

「彼女はとても慕われているのですね」
「ええ。我ら使用人や領民にも分け隔てなく接してくれるお方です。ブラスに住む者でお嬢様を嫌いな方はおりません。誰もが早く良くなるように思っています」

 ライムさんは思いを馳せるように夜空を見上げた。その胸中は察して余りある。
 
 だけど対応しているのはカノンだ。呪いの専門家、アストランデの一族。そんなカノンがと口にした。ならば万に一つの失敗もない。俺はそう信じている。
 だからライムさんにもしっかりと伝えた。
 
「大丈夫ですよ。カノンがと言いました。なら絶対に成功します」

 俺の言葉にハッとしたライムさんが振り返り、ぎこちない笑みを浮かべた。
 
「ありがとうございます。レイ様の……いえ、私もカノン様の言葉を信じます」
「はい。そうしてください」

 ライムさんは深々と一礼をするとその場を後にした。
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