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氷姫救出編
迷宮都市ナラク
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迷宮都市。
それは迷宮の入り口周辺に作られた都市のことを指す。
奈落の森も例外ではなく、迷宮都市が築かれている。
その名も迷宮都市ナラク。安直だがわかりやすさ重視でこの名前が付けられたのだとか。他の迷宮都市も大体こんな感じでわかりやすい名前が付けられている。
迷宮都市は謂わば自治区のような存在だ。創世教が運営し国家に属さない。それがこの世界、レスティナの常識。
簡単に言ってしまえば迷宮都市ナラクはシルエスタ王国にありながらシルエスタ王国の領土ではない。
迷宮都市の役割は主に二つある。
攻略に勤しむ冒険者のサポート、それと迷宮に対する防衛だ。
サポートは言うに及ばず、迷宮を踏破する為に必要なサポートを冒険者に行う。これは迷宮都市を運営する創世教が支援している。
武器の手入れから宿の手配、食事等と冒険者の生活に関わること全てに及ぶ。
冒険者が冒険者である限り、迷宮都市で生きていけなくなることはないと言われるほどにそのサポートは手厚い。
防衛はあくまで迷宮に対するものだ。これは創世教の敵が人間ではなく人ならざる者だという教えに則る。
迷宮の魔物は稀に外に出てくる事がある。原因は様々だがほとんどの場合は下層の魔物が飽和した際に上層の魔物が押し出されるといった物だ。
どこの迷宮都市でも強大な魔物が出てきてもいいように万全の体制を敷いているのだとか。
ナラクでいえば三重の防壁がある。魔導具や魔術で強化された頑強な壁だ。綺麗に並んだ砲門からは攻撃用の魔導具が顔を覗かせている。
それら全ては都市の中心にある奈落の森、その入り口へと向けられている。
太陽が真上に昇ったあたりで迷宮都市に俺たちは足を踏み入れた。
人通りが多く、賑わう時間帯だ。
「わー! すごいねこれ!」
ナラクの一番外にある第三防壁を潜るなり、御者台に座っていたサナが歓声をあげて立ち上がった。
「そこで立つと危ないぞ」
一応注意しておくが、勇者となったサナの身体能力は飛び抜けているので問題はないだろう。
俺の言葉が聞こえていないのか、はたまた無視しているのか。サナは瞳を輝かせて街並みに見入っていた。
俺も馬車の外へと目を向ける。
ナラクは凄まじいほどに栄えていた。
大通りには冒険者が溢れ、数多くの出店が開かれている。この時間、冒険者は迷宮に潜っているのかと思ったがそうでない人も多いらしい。
出店の種類は様々。軽食を売る店もあれば武具や魔導具を売る店もある。
商人が大声で客を呼び込み、冒険者が品を吟味している。
迷宮都市は創世教の管理下に置かれているが、別に商人がいないわけではない。逆に冒険者相手に商いをする商人が山ほどいるのだ。
それでこのお祭り騒ぎというわけだ。
「なんか祭りみたいだな」
御者台でカナタが呟いた。
「そうだな。昔行った神社の祭りに雰囲気が似てる」
「こんなに人はいなかったけどな」
「雰囲気だよ雰囲気」
たしかサナが迷子になって探し回った記憶がある。今となってはいい思い出だ。
「サナ。はぐれるなよ」
「あの時はレイとカナタがはぐれたんだよ!」
今度はしっかり聞こえていたらしい。
……迷子はみんなそう言うんだよ。
言葉にすると藪蛇になるので心に留めておく。
「オレの知っているS級の迷宮都市はどこもこんな感じだぞ」
「そうなのか。それならコトが終わったら観光にいくのもいいかもな」
「それならオレが案内してやるぜ?」
ウォーデンが胸を張って親指を立てる。
「その時は頼むよ」
「任せな! これでもS級冒険者だ。いいところはいっぱい知ってるぜ?」
「そりゃいまから楽しみだな」
「私もいくよ!」
「もちろん俺もだ」
御者台で幼馴染二人が手を挙げていた。
「もちろんみんな一緒だ。カノンもアイリスも。そしてラナもな」
「はい! 絶対お姉様と一緒に行きます!」
アイリスが力強く頷いた。カノンも僅かばかり瞳を輝かせていた。相変わらず無表情だが。最近はこの無表情も少し読めるようになっていた。
「ああ。みんなでな。……っとカナタ。そこ曲がってくれ」
頷いたウォーデンが言った。
「ん? ここか?」
「そうだ。そのまま真っ直ぐ行くと夜明けの星って宿があるからそこで止めてくれ」
「了解」
カナタが馬に合図を送る。
すると表通りから外れた馬車専用の道へと入った。俺たちの乗っている馬車はかなり大きい。だが道もかなり広く、二車線に分かれているので対面から馬車が来ても安全に通行出来ている。
「先に宿を取るのか?」
「そうだ。って言ってもオレたちが行くのは下層よりも下の深層だからな。滞在期間のほとんどを迷宮の中で過ごすことになる。だから泊まるのは今日一日。あとは馬車を置かせてもらうって感じだ」
「なるほどな」
「その点、夜明けの星は元A級冒険者が経営してる宿だから信頼も厚いらしい。馬車を置いておいても安全だ。かわりに宿代が多少高くつくがな。まあそこをケチっても碌なことがねぇから高くても必要経費だと思ってくれ」
ウォーデンが遠い目をして言った。とても実感がこもっていた。
昔何かあったのだろうか。
「勇者パーティは創世教から援助を受けているのでお金のことは心配しないでください」
「だってよウォーデン」
「そりゃ助かるな」
馬車が第二防壁、第一防壁と潜っていく。
しばらく進むとカナタが馬車を止めた。馬車の外を覗くとそこには立派な建物があった。
何の素材で作られているのはわからないが石造りの三階建て。魔力の気配がすることから魔鉱石の一種を加工して作られているのだろう。
質実剛健。
豪華で見栄を重視した貴族用の宿とは正反対で実用性と防御力を重視しているように思える。
「着いたぞ。……馬の操縦ってのは結構疲れるな」
「悪いな。俺も練習しておくべきだった」
「いいさ。代わりに夜の見張りはやってもらってるしな」
「それぐらいはしないとな」
余談だが勇者パーティの御者は俺とカノンを除く四人が交代で請け負っている。
というのもアイリスは王女、ウォーデンは冒険者で馬の扱いには慣れている。
どうしてサナとカナタが出来るのかというと、王城での修行中にサナが「馬に乗りたい!」と手を挙げたかららしい。
そこでアイリスが一通り乗り方と御者のやり方を教えたそうだ。
当然そんな事を知らない俺は練習なんてしていなかった。御者の事なんて頭にも無かったぐらいだ。
かといって何もしないのも肩身が狭いので俺とカノンは交代で夜の見張りを引き受けたという訳だ。
俺は数日寝ない事なんて慣れているし、カノンには見張り用の魔術があったのも都合が良かった。
「さて。じゃあオレは話を付けてくるよ。その後はすぐに迷宮の様子見でいいか?」
「ああ。そうしよう」
これは移動中に話していた事だ。
いきなり深く潜るのではなく、今日は時間を使って迷宮というモノを知る。
本番は明日からだ。
少しするとウォーデンが戻ってきた。
「取れたぞ。馬車はそこに停めていいってよ。後は荷物だけ部屋に入れておいて欲しいそうだ」
「オッケー。俺とカナタで運んどくよ」
「鍵はこれな。部屋は二階の角部屋とその一個前だ。角部屋が女性陣な」
「了解」
ウォーデンから投げ渡された鍵をキャッチ、巨大なリュックを背負って宿の中へと入る。
受付にいた筋骨隆々の店主に挨拶をしてから部屋に入った。
部屋も華美な装飾はされておらず必要なものが最低限置かれているだけだ。
だが扉が恐ろしく頑丈だ。幾重にも魔術が施され鍵がないと開かないようになっている。これを壊すのはかなりの労力がいるだろう。
たとえ壊すことに成功しても店主であるA級冒険者が控えている。それにここは第一防壁の中だ。迷宮から近く、騒ぎを起こせば冒険者がわらわらと集まってくる。
そうなればとても逃げきれない。
……確かにこれはいい宿だな。
信用されているのも頷ける。ウォーデンの仕事に感謝だ。
「さて。じゃあいくか」
「だな」
二人で荷物を置いて外へ出る。
今日は様子見だけだ。多くの物資は必要ない。最低限の食糧と水だけで十分だ。
部屋の鍵を閉めると、カナタと共に階段を降りた。
それは迷宮の入り口周辺に作られた都市のことを指す。
奈落の森も例外ではなく、迷宮都市が築かれている。
その名も迷宮都市ナラク。安直だがわかりやすさ重視でこの名前が付けられたのだとか。他の迷宮都市も大体こんな感じでわかりやすい名前が付けられている。
迷宮都市は謂わば自治区のような存在だ。創世教が運営し国家に属さない。それがこの世界、レスティナの常識。
簡単に言ってしまえば迷宮都市ナラクはシルエスタ王国にありながらシルエスタ王国の領土ではない。
迷宮都市の役割は主に二つある。
攻略に勤しむ冒険者のサポート、それと迷宮に対する防衛だ。
サポートは言うに及ばず、迷宮を踏破する為に必要なサポートを冒険者に行う。これは迷宮都市を運営する創世教が支援している。
武器の手入れから宿の手配、食事等と冒険者の生活に関わること全てに及ぶ。
冒険者が冒険者である限り、迷宮都市で生きていけなくなることはないと言われるほどにそのサポートは手厚い。
防衛はあくまで迷宮に対するものだ。これは創世教の敵が人間ではなく人ならざる者だという教えに則る。
迷宮の魔物は稀に外に出てくる事がある。原因は様々だがほとんどの場合は下層の魔物が飽和した際に上層の魔物が押し出されるといった物だ。
どこの迷宮都市でも強大な魔物が出てきてもいいように万全の体制を敷いているのだとか。
ナラクでいえば三重の防壁がある。魔導具や魔術で強化された頑強な壁だ。綺麗に並んだ砲門からは攻撃用の魔導具が顔を覗かせている。
それら全ては都市の中心にある奈落の森、その入り口へと向けられている。
太陽が真上に昇ったあたりで迷宮都市に俺たちは足を踏み入れた。
人通りが多く、賑わう時間帯だ。
「わー! すごいねこれ!」
ナラクの一番外にある第三防壁を潜るなり、御者台に座っていたサナが歓声をあげて立ち上がった。
「そこで立つと危ないぞ」
一応注意しておくが、勇者となったサナの身体能力は飛び抜けているので問題はないだろう。
俺の言葉が聞こえていないのか、はたまた無視しているのか。サナは瞳を輝かせて街並みに見入っていた。
俺も馬車の外へと目を向ける。
ナラクは凄まじいほどに栄えていた。
大通りには冒険者が溢れ、数多くの出店が開かれている。この時間、冒険者は迷宮に潜っているのかと思ったがそうでない人も多いらしい。
出店の種類は様々。軽食を売る店もあれば武具や魔導具を売る店もある。
商人が大声で客を呼び込み、冒険者が品を吟味している。
迷宮都市は創世教の管理下に置かれているが、別に商人がいないわけではない。逆に冒険者相手に商いをする商人が山ほどいるのだ。
それでこのお祭り騒ぎというわけだ。
「なんか祭りみたいだな」
御者台でカナタが呟いた。
「そうだな。昔行った神社の祭りに雰囲気が似てる」
「こんなに人はいなかったけどな」
「雰囲気だよ雰囲気」
たしかサナが迷子になって探し回った記憶がある。今となってはいい思い出だ。
「サナ。はぐれるなよ」
「あの時はレイとカナタがはぐれたんだよ!」
今度はしっかり聞こえていたらしい。
……迷子はみんなそう言うんだよ。
言葉にすると藪蛇になるので心に留めておく。
「オレの知っているS級の迷宮都市はどこもこんな感じだぞ」
「そうなのか。それならコトが終わったら観光にいくのもいいかもな」
「それならオレが案内してやるぜ?」
ウォーデンが胸を張って親指を立てる。
「その時は頼むよ」
「任せな! これでもS級冒険者だ。いいところはいっぱい知ってるぜ?」
「そりゃいまから楽しみだな」
「私もいくよ!」
「もちろん俺もだ」
御者台で幼馴染二人が手を挙げていた。
「もちろんみんな一緒だ。カノンもアイリスも。そしてラナもな」
「はい! 絶対お姉様と一緒に行きます!」
アイリスが力強く頷いた。カノンも僅かばかり瞳を輝かせていた。相変わらず無表情だが。最近はこの無表情も少し読めるようになっていた。
「ああ。みんなでな。……っとカナタ。そこ曲がってくれ」
頷いたウォーデンが言った。
「ん? ここか?」
「そうだ。そのまま真っ直ぐ行くと夜明けの星って宿があるからそこで止めてくれ」
「了解」
カナタが馬に合図を送る。
すると表通りから外れた馬車専用の道へと入った。俺たちの乗っている馬車はかなり大きい。だが道もかなり広く、二車線に分かれているので対面から馬車が来ても安全に通行出来ている。
「先に宿を取るのか?」
「そうだ。って言ってもオレたちが行くのは下層よりも下の深層だからな。滞在期間のほとんどを迷宮の中で過ごすことになる。だから泊まるのは今日一日。あとは馬車を置かせてもらうって感じだ」
「なるほどな」
「その点、夜明けの星は元A級冒険者が経営してる宿だから信頼も厚いらしい。馬車を置いておいても安全だ。かわりに宿代が多少高くつくがな。まあそこをケチっても碌なことがねぇから高くても必要経費だと思ってくれ」
ウォーデンが遠い目をして言った。とても実感がこもっていた。
昔何かあったのだろうか。
「勇者パーティは創世教から援助を受けているのでお金のことは心配しないでください」
「だってよウォーデン」
「そりゃ助かるな」
馬車が第二防壁、第一防壁と潜っていく。
しばらく進むとカナタが馬車を止めた。馬車の外を覗くとそこには立派な建物があった。
何の素材で作られているのはわからないが石造りの三階建て。魔力の気配がすることから魔鉱石の一種を加工して作られているのだろう。
質実剛健。
豪華で見栄を重視した貴族用の宿とは正反対で実用性と防御力を重視しているように思える。
「着いたぞ。……馬の操縦ってのは結構疲れるな」
「悪いな。俺も練習しておくべきだった」
「いいさ。代わりに夜の見張りはやってもらってるしな」
「それぐらいはしないとな」
余談だが勇者パーティの御者は俺とカノンを除く四人が交代で請け負っている。
というのもアイリスは王女、ウォーデンは冒険者で馬の扱いには慣れている。
どうしてサナとカナタが出来るのかというと、王城での修行中にサナが「馬に乗りたい!」と手を挙げたかららしい。
そこでアイリスが一通り乗り方と御者のやり方を教えたそうだ。
当然そんな事を知らない俺は練習なんてしていなかった。御者の事なんて頭にも無かったぐらいだ。
かといって何もしないのも肩身が狭いので俺とカノンは交代で夜の見張りを引き受けたという訳だ。
俺は数日寝ない事なんて慣れているし、カノンには見張り用の魔術があったのも都合が良かった。
「さて。じゃあオレは話を付けてくるよ。その後はすぐに迷宮の様子見でいいか?」
「ああ。そうしよう」
これは移動中に話していた事だ。
いきなり深く潜るのではなく、今日は時間を使って迷宮というモノを知る。
本番は明日からだ。
少しするとウォーデンが戻ってきた。
「取れたぞ。馬車はそこに停めていいってよ。後は荷物だけ部屋に入れておいて欲しいそうだ」
「オッケー。俺とカナタで運んどくよ」
「鍵はこれな。部屋は二階の角部屋とその一個前だ。角部屋が女性陣な」
「了解」
ウォーデンから投げ渡された鍵をキャッチ、巨大なリュックを背負って宿の中へと入る。
受付にいた筋骨隆々の店主に挨拶をしてから部屋に入った。
部屋も華美な装飾はされておらず必要なものが最低限置かれているだけだ。
だが扉が恐ろしく頑丈だ。幾重にも魔術が施され鍵がないと開かないようになっている。これを壊すのはかなりの労力がいるだろう。
たとえ壊すことに成功しても店主であるA級冒険者が控えている。それにここは第一防壁の中だ。迷宮から近く、騒ぎを起こせば冒険者がわらわらと集まってくる。
そうなればとても逃げきれない。
……確かにこれはいい宿だな。
信用されているのも頷ける。ウォーデンの仕事に感謝だ。
「さて。じゃあいくか」
「だな」
二人で荷物を置いて外へ出る。
今日は様子見だけだ。多くの物資は必要ない。最低限の食糧と水だけで十分だ。
部屋の鍵を閉めると、カナタと共に階段を降りた。
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