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プロローグ
希望
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地獄が始まってから三年が経った。あいかわらず夜になるとバケモノに殺される。
何事も無ければ今頃は高校生になれていたのだろう。
しかし、そうはならなかった。あの後、精神科の病院に入院する事になった。
夢を見る原因は不明。医者に話してもただの夢だから大丈夫だと言われる始末だ。
何度も何度も説明したが信じてはもらえなかった。だから俺は口を噤んだ。
心配してくれたのは女手一つで育ててくれた母さんと幼馴染の二人だけだ。
母さんはあらゆる手を尽くしてくれた。
オカルトが苦手なのにも関わらず、高名な住職や霊媒師に連絡を取ってお祓いも受けた。
だが何一つ効果はなかった。
「これでもう大丈夫」
その台詞を何度聞いたことか。何度も何度も何度も何度も。もう聞き飽きた。
もはや解決策はない。それもどうでも良かった。
自殺も考えた。もちろん実行もした。死んだら楽になれる。死だけが希望だった。
だけど死んだ瞬間、気がつくとなぜか死ぬ直前に戻っていた。
何度も何度も自殺を繰り返した。しかし意味はなかった。死は希望などではなかった。
だから自殺も諦めた。
――あの夢からは逃れられない。
今は一分一秒でも長く起きている事しか考えられなくなってしまった。
最後に寝てしまったのはいつだっただろうか。三日前か、はたまた五日前か。思考がうまく働かない。
頭痛がする。気分が悪い。
油断すると瞼が落ちそうだ。
「柊⬛︎さん。皇⬛︎さんがお⬛︎舞いに来⬛︎⬛︎⬛︎よ」
雑音がする。
だれかの足音が聞こえる。
その足音がベットのすぐそばまできた。
だがどうでもいい。
「レ⬛︎。私、高校⬛︎にな⬛︎⬛︎ゃったよ。」
雑音がする。
気を抜くと眠りに堕ちてしまいそうで今はその雑音がありがたい。
「⬛︎⬛︎と一緒に通⬛︎⬛︎⬛︎ったな。……早く⬛︎⬛︎なっ⬛︎よ。私⬛︎⬛︎てるか⬛︎⬛︎。絶⬛︎退院し⬛︎⬛︎ね」
雑音が遠ざかっていく。
意識が堕ちていく。
そこで限界――。
目を開けると暗闇があった。
いつもと何も変わらない暗闇。何も変わらない静寂。
逃げ場はない。それは嫌になる程調べた。何度も何度も死にながら。
わかったことはこの空間はドーム状になっている洞窟だという事。それだけだ。
半径百メートル程の空間。入口もなければ出口もない。
だから今日の遊戯が早く終わるように思考を放棄した。
……。
……。
……。
あれから何時間経っただろうか。何も起こらない。
不自然な程、何も起こらない。
炎に焼かれることも無ければ身体をすりおろされることもない。
何故かはわからない。だがもはやそんな事もどうでもいい。
……早く……早く殺してくれ。
……。
……。
……。
……。
……。
さらに時間が経った。
暗闇の中で時間の感覚はあまり信用できないが、体感では一日ぐらいだろうか。
無論、何も起こらない。
初日を除けば、遅くても数分後には遊戯が始まっていた。
明らかに異常事態が起こっている。そこでようやく俺は顔を上げた。
……は?
訳がわからない。
そこにはあるはずのないモノがあった。
どれだけ探しても見つからなかったモノ。
何度望んでも得られなかったモノ。
……なん……で。
扉だ。
仄かに光を放つ巨大な石扉が視線の先にあった。
……あれほど巨大な扉がなぜ?
……何故いままで気付かなかった?
何十回と死にながら何日もかけて隅から隅まで探したはずだ。それにあんな巨大な扉を見落とすはずがない。
それこそ突然湧いて出てきたようにしか思えなかった。
たがもはやそんなことはどうでもいい。
……ようやく見つけた。
……ここから脱出する方法を。
死んでいた心に小さな焔が灯った。素早く周囲に視線を走らせる。
目は慣れている。初日に目が慣れなかったのはヤツらの中にそういう能力を持っている個体――フードを被った人型のバケモノ――がいたからだ。
原理はわからないが、何もないところから火を出す化物もいるのだ。そう言うモノだと割り切るしかない。
好都合なことに今日、その個体はいないらしい。
だが、バケモノはいる。ざっと見た感じだとおよそ百体。前方に四十体。後方に六十体といったところか。
何故襲ってこないのかはわからないが、全個体が一様に扉の方を向き、動きを止めている。
……こいつらは何で動かないんだ?
……俺が動いたらこいつらも動くのか?
……それとも扉がある限り動かない?
……考えろ。
……考えろ。
……考えろ。
明日もこの扉があるとは限らない。
失敗は許されない。
……ならばどうする?
……警戒しながら進むか?
……それとも走り抜けるか?
ヤツらの行動がわからない以上、どうあっても五分の賭けだ。
警戒して進んだ場合、ヤツらが動かない可能性はある。
だがヤツらが動いた場合、初動で詰む。
走る抜ける場合は、初動で詰む可能性は少なくなる。
だが警戒して進んだ場合のヤツらが動かない可能性は潰える。
一番良いのは何をしてもヤツらが動かない可能性だ。
だがそんな都合の良い話は考えない。
常に最悪を考えろ。
ならば俺の選択は。
――走り抜ける。
だが、ただ走り抜けるだけではまだ甘い。おそらく最短距離で走り抜けるのは悪手だ。
重要なのはルートだ。
ヤツらには個体ごとに特性がある。大雑把に分けると近接タイプと遠隔タイプだ。
となると遠隔タイプの懐に入りつつ、遠くの遠隔タイプとの間に近接タイプが入り込み、遠隔タイプの障害物となるルートが最適解のはずだ。
周囲に視線を走らせ、ルートを考える。無論、状況は流動的に変化するモノだ。
全てが上手くいくなんてことはありえない。
だが失敗の可能性を小さくすることはできる。
……よし。
ルートは完成した。後は走り切るのみ。
……行くか。
一度深呼吸をして、決意を固めると俺は走った。その瞬間、ヤツらが一斉にこちらを向いた。
どうやら選択は正しかったようだ。だが本番はここから。
顔面を狙ってきた丸太のような腕を少し身を屈めるだけで躱す。
頭上を通り過ぎる感覚にヒヤッとしたがすぐに意識の外へ追い出す。
そのまま駆け抜け、丸太腕との間に遠隔タイプの化け物を置く事で追撃を防ぐ。
「次!」
身体が軽い。ここ数年、碌に運動はしてこなかったが思うように体が動く。
飛んできた水の刃を避ける。
次は壁のような化け物だ。
こいつは潰す事しか脳がない。ただ倒れてくるだけだ。生きたまま潰されるのは耐え難い苦痛だが、避けるだけならば容易い。
全長が二メートル。ならば射程も二メートル。
その射程に一歩踏み込むと予想通り倒れ込んできた。倒れ込む速度はそれほどでもない。
だから俺は斜めに最短距離を駆け抜ける。
後ろで轟音がしたが、すぐに意識の外へ追いやる。
奴らの攻撃を避けつつ十メートル、二十メートルと距離を稼いでいく。
そうして扉まで後二十メートルの所まできた。
……いける!
そう思った時、視界の右隅に黒い影が動いた。
咄嗟に前進をやめ、左に飛んだ。
だが身体は衝撃と共に後方へ吹き飛んだ。
「――ガッ――ァア」
何度もバウンドし、ようやく止まる。全身に痛みはあるが特に右肩がひどい。
しかしこんなところで止まってはいられない。
右肩に感じる痛みに耐え、すぐに起き上がろうとしたがバランスを崩し横転した。
チラリと右腕を見ると肩口から先が無くなっていた。
血が地面を濡らしていく。だがそれは些事だ。腕をもぎ取られたことなんて何十回もある。
だから何も問題はない。
腕がないと認識し、しっかりとバランスをとりつつ立ち上がる。
顔を上げた先にいたのは、鎧を着た武者の様な化け物。
「チッ。 勘弁してくれよ」
思わず舌打ちが漏れる。
利き腕を取られたのも痛い。吹っ飛ばされて扉から距離を離されたのはもっと痛い。
だがそれはいい。まだ挽回できる。
問題は――。
……知らねぇぞこんなやつ。
そこにいたのはこの三年間、見たこともないバケモノだった。
何事も無ければ今頃は高校生になれていたのだろう。
しかし、そうはならなかった。あの後、精神科の病院に入院する事になった。
夢を見る原因は不明。医者に話してもただの夢だから大丈夫だと言われる始末だ。
何度も何度も説明したが信じてはもらえなかった。だから俺は口を噤んだ。
心配してくれたのは女手一つで育ててくれた母さんと幼馴染の二人だけだ。
母さんはあらゆる手を尽くしてくれた。
オカルトが苦手なのにも関わらず、高名な住職や霊媒師に連絡を取ってお祓いも受けた。
だが何一つ効果はなかった。
「これでもう大丈夫」
その台詞を何度聞いたことか。何度も何度も何度も何度も。もう聞き飽きた。
もはや解決策はない。それもどうでも良かった。
自殺も考えた。もちろん実行もした。死んだら楽になれる。死だけが希望だった。
だけど死んだ瞬間、気がつくとなぜか死ぬ直前に戻っていた。
何度も何度も自殺を繰り返した。しかし意味はなかった。死は希望などではなかった。
だから自殺も諦めた。
――あの夢からは逃れられない。
今は一分一秒でも長く起きている事しか考えられなくなってしまった。
最後に寝てしまったのはいつだっただろうか。三日前か、はたまた五日前か。思考がうまく働かない。
頭痛がする。気分が悪い。
油断すると瞼が落ちそうだ。
「柊⬛︎さん。皇⬛︎さんがお⬛︎舞いに来⬛︎⬛︎⬛︎よ」
雑音がする。
だれかの足音が聞こえる。
その足音がベットのすぐそばまできた。
だがどうでもいい。
「レ⬛︎。私、高校⬛︎にな⬛︎⬛︎ゃったよ。」
雑音がする。
気を抜くと眠りに堕ちてしまいそうで今はその雑音がありがたい。
「⬛︎⬛︎と一緒に通⬛︎⬛︎⬛︎ったな。……早く⬛︎⬛︎なっ⬛︎よ。私⬛︎⬛︎てるか⬛︎⬛︎。絶⬛︎退院し⬛︎⬛︎ね」
雑音が遠ざかっていく。
意識が堕ちていく。
そこで限界――。
目を開けると暗闇があった。
いつもと何も変わらない暗闇。何も変わらない静寂。
逃げ場はない。それは嫌になる程調べた。何度も何度も死にながら。
わかったことはこの空間はドーム状になっている洞窟だという事。それだけだ。
半径百メートル程の空間。入口もなければ出口もない。
だから今日の遊戯が早く終わるように思考を放棄した。
……。
……。
……。
あれから何時間経っただろうか。何も起こらない。
不自然な程、何も起こらない。
炎に焼かれることも無ければ身体をすりおろされることもない。
何故かはわからない。だがもはやそんな事もどうでもいい。
……早く……早く殺してくれ。
……。
……。
……。
……。
……。
さらに時間が経った。
暗闇の中で時間の感覚はあまり信用できないが、体感では一日ぐらいだろうか。
無論、何も起こらない。
初日を除けば、遅くても数分後には遊戯が始まっていた。
明らかに異常事態が起こっている。そこでようやく俺は顔を上げた。
……は?
訳がわからない。
そこにはあるはずのないモノがあった。
どれだけ探しても見つからなかったモノ。
何度望んでも得られなかったモノ。
……なん……で。
扉だ。
仄かに光を放つ巨大な石扉が視線の先にあった。
……あれほど巨大な扉がなぜ?
……何故いままで気付かなかった?
何十回と死にながら何日もかけて隅から隅まで探したはずだ。それにあんな巨大な扉を見落とすはずがない。
それこそ突然湧いて出てきたようにしか思えなかった。
たがもはやそんなことはどうでもいい。
……ようやく見つけた。
……ここから脱出する方法を。
死んでいた心に小さな焔が灯った。素早く周囲に視線を走らせる。
目は慣れている。初日に目が慣れなかったのはヤツらの中にそういう能力を持っている個体――フードを被った人型のバケモノ――がいたからだ。
原理はわからないが、何もないところから火を出す化物もいるのだ。そう言うモノだと割り切るしかない。
好都合なことに今日、その個体はいないらしい。
だが、バケモノはいる。ざっと見た感じだとおよそ百体。前方に四十体。後方に六十体といったところか。
何故襲ってこないのかはわからないが、全個体が一様に扉の方を向き、動きを止めている。
……こいつらは何で動かないんだ?
……俺が動いたらこいつらも動くのか?
……それとも扉がある限り動かない?
……考えろ。
……考えろ。
……考えろ。
明日もこの扉があるとは限らない。
失敗は許されない。
……ならばどうする?
……警戒しながら進むか?
……それとも走り抜けるか?
ヤツらの行動がわからない以上、どうあっても五分の賭けだ。
警戒して進んだ場合、ヤツらが動かない可能性はある。
だがヤツらが動いた場合、初動で詰む。
走る抜ける場合は、初動で詰む可能性は少なくなる。
だが警戒して進んだ場合のヤツらが動かない可能性は潰える。
一番良いのは何をしてもヤツらが動かない可能性だ。
だがそんな都合の良い話は考えない。
常に最悪を考えろ。
ならば俺の選択は。
――走り抜ける。
だが、ただ走り抜けるだけではまだ甘い。おそらく最短距離で走り抜けるのは悪手だ。
重要なのはルートだ。
ヤツらには個体ごとに特性がある。大雑把に分けると近接タイプと遠隔タイプだ。
となると遠隔タイプの懐に入りつつ、遠くの遠隔タイプとの間に近接タイプが入り込み、遠隔タイプの障害物となるルートが最適解のはずだ。
周囲に視線を走らせ、ルートを考える。無論、状況は流動的に変化するモノだ。
全てが上手くいくなんてことはありえない。
だが失敗の可能性を小さくすることはできる。
……よし。
ルートは完成した。後は走り切るのみ。
……行くか。
一度深呼吸をして、決意を固めると俺は走った。その瞬間、ヤツらが一斉にこちらを向いた。
どうやら選択は正しかったようだ。だが本番はここから。
顔面を狙ってきた丸太のような腕を少し身を屈めるだけで躱す。
頭上を通り過ぎる感覚にヒヤッとしたがすぐに意識の外へ追い出す。
そのまま駆け抜け、丸太腕との間に遠隔タイプの化け物を置く事で追撃を防ぐ。
「次!」
身体が軽い。ここ数年、碌に運動はしてこなかったが思うように体が動く。
飛んできた水の刃を避ける。
次は壁のような化け物だ。
こいつは潰す事しか脳がない。ただ倒れてくるだけだ。生きたまま潰されるのは耐え難い苦痛だが、避けるだけならば容易い。
全長が二メートル。ならば射程も二メートル。
その射程に一歩踏み込むと予想通り倒れ込んできた。倒れ込む速度はそれほどでもない。
だから俺は斜めに最短距離を駆け抜ける。
後ろで轟音がしたが、すぐに意識の外へ追いやる。
奴らの攻撃を避けつつ十メートル、二十メートルと距離を稼いでいく。
そうして扉まで後二十メートルの所まできた。
……いける!
そう思った時、視界の右隅に黒い影が動いた。
咄嗟に前進をやめ、左に飛んだ。
だが身体は衝撃と共に後方へ吹き飛んだ。
「――ガッ――ァア」
何度もバウンドし、ようやく止まる。全身に痛みはあるが特に右肩がひどい。
しかしこんなところで止まってはいられない。
右肩に感じる痛みに耐え、すぐに起き上がろうとしたがバランスを崩し横転した。
チラリと右腕を見ると肩口から先が無くなっていた。
血が地面を濡らしていく。だがそれは些事だ。腕をもぎ取られたことなんて何十回もある。
だから何も問題はない。
腕がないと認識し、しっかりとバランスをとりつつ立ち上がる。
顔を上げた先にいたのは、鎧を着た武者の様な化け物。
「チッ。 勘弁してくれよ」
思わず舌打ちが漏れる。
利き腕を取られたのも痛い。吹っ飛ばされて扉から距離を離されたのはもっと痛い。
だがそれはいい。まだ挽回できる。
問題は――。
……知らねぇぞこんなやつ。
そこにいたのはこの三年間、見たこともないバケモノだった。
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