黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

10.※浮気対策

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「シュバルツ殿、申し訳ない」

早速シュバルツへと連絡を取ると、物凄く不機嫌そうに何か用かと問われた。
どうやらまたロイドに逃げられたらしい。

「先程フローリア姫から回復魔法を使った夢現状態について聞いたのですが…」
「フローリアから?それでクレイに夜這いでもかけろって?いいんじゃないか?効果は保証する」
「後遺症等マイナス要素は?」
「後遺症も依存性もない。単純に夢と現実の区別がつかなくなるから、そこで甘く絡めとれば素直になるし、責め立てて恐怖で支配すれば逆らわなくなる。ただそれだけのことだ」
「怖いですね」

安全とは言っているが、それはある種の洗脳に近いのではないだろうか?

「ロックウェル…なんでも物は使いようだ。それを悪用するか、活用するかは使い手次第。そうだろう?」

機嫌が悪いせいか腹黒全開の笑みで言われても全く説得力がない。
これはロイドが逃げるわけだ。

「わかりました。ではお礼に私からも一つ提案を」

そうしてロイド攻略をそれとなくアドバイスして幻影魔法を解除する。
これで少しはあちらもやりやすくなることだろう。
後はこちらの問題だ。

クレイは夢の中でどういった反応を示すだろうか?
もしもそこで拒否されたら、流石に立ち直れそうにないのだが…。
けれどこのまま黙ったままでそのジークという男にクレイを奪われたくはない。

【行かれますか?】

確認の意味でそう尋ねてきたヒュースにしっかりと頷くと、では根回ししてきますと言ってすぐさま動いてくれた。
どうやら他の眷属達に事情を話しに行ってくれたらしい。
本当につくづく有り難い存在だと思う。

【ロックウェル様、優しくですよ?】
【そうですよ。冷静に】

嫉妬はしない方向でと自分の眷属達も声を掛けてくれて、そうだなと苦笑する自分がいた。
夢現でクレイがどんな感じになるのかはわからないが、せめて夢の中でだけでもドロドロに甘やかしたい。
そうして自分から離れられなくなるよう普段はできない愛し方ができるといいなと小さく息を吐いた。


***


ジークとの会話はこれまで話した誰よりもよく弾んでいた。
魔物のことは勿論、各国の情勢、食べ物の話、仕事の話、この国の話やアストラスの話。
兎に角色々なことで盛り上がった。

「ああ、もうこんな時間か」

気づけば夕餉も終わりすっかり遅い時間になっていた。

「部屋はレノヴァに聞けばいいか?」
「ああ。それで大丈夫だ」
「そうか。今日は楽しかった。また明日」

けれどそうして笑顔で部屋を出ようとしたところで突如背後から抱きしめられ驚いてしまった。

「クレイ…こんなに楽しく話せた相手は初めてだ」
「ああ。俺もだ」

それは自分も似たようなものだったから素直に共感するが、離してほしいと言うのが正直なところだった。
まだ知り合って一日の相手にこんな風に抱きつかれるのははっきり言って嬉しくはない。
するとそれを察してくれたのかすぐに身は離されたが、肩を掴んでクルリとジークの方へと向き直された。

「クレイ、俺のものになってくれ!」
「…?すまない。俺は既に結婚済みだから無理だ」

あまりにも真剣な表情だったので直球でサラリと断ったのだが、それを聞いたジークはそうだったとその場でしゃがみこんでしまう。
なんだかその行動が微笑ましい。
本当に憎めない男だと思う。

「そんなに気に入ってくれたのは嬉しいが、別にそんな関係にならなくても友人としていつでも会えるんだ。会うのは今回が最後じゃないだろう?」
「そうなのか?」

本当に?と目で問われ、本当だと笑ってやる。
ここには観光目的で寄っただけだと最初に言ったのが悪かったのだろうか?
どうやらジークは告白することで自分をここに引き留め、もっと沢山楽しい時間を満喫したかったらしい。
好意的な訪問者が珍しいと言っていたからきっとそのせいなのだろう。

「じゃあ現地妻?で我慢する」
「ハハッ!ジークは面白いな。どうせ暫くここにいるんだ。明日は一緒に街にでも行ってみないか?骨董品街に行きそびれたからちょうど行こうと思っていたんだ。お前となら一緒に歩いたらきっと楽しめるだろう」
「骨董品街か。行ったことがないな」
「決まりだな。そうだ、その目の色はそのまま行くか?俺はいつも目立つから碧眼に変えるんだが…」
「そんなことができるのか?!凄いな。クレイは博識だな」
「そんな事はないぞ?ジークの魔法も今度教えてくれ」
「勿論だ。そうだ!骨董品街から帰ったら城の書庫に行かないか?きっとクレイなら喜ぶ書物も置いてあるはずだ」
「それは凄く興味があるな」
「そうだろうと思った。じゃあ明日また案内させてくれ」
「わかった。おやすみ」
「おやすみ」

そうやって今日の楽しい時間は終わりを迎え、ジークと笑顔で別れレノヴァに案内されるがままに部屋へと向かった。




【クレイ様。今日は楽しめたようでようございました】
「ああ。本当に楽しかったな」
【気分転換にもなったようですし、本当に良かったです。とは言えここは宿屋ではありませんしね。侵入者が皆無とは言い切れません。念には念を入れて結界を張ってからお休みください。万が一にでも淫魔が紛れ込んでは大変です】
「ああ、それもそうか」

気の良い魔物とばかり触れ合っていて失念していたが、夜は淫魔など一部の不快な魔物も動き出す時間帯だ。
他国で油断するのは得策ではない。
だから素直に眷属達の言葉に従って、部屋に結界を張っておいた。
これで一介の魔物は入り込めないだろう。

【今日はロックウェル様と仲睦まじく睦み合う夢が見られると良いですね】

自分を慰めるためかそんな風に言ってくれる眷属にクスッと笑い、本当にそうだなと答えを返した。
せめて夢の中だけでいい。
ロックウェルに会って、思い切り甘えたかった。
そうしてそっと溜め息を吐いて、シャワーへと向かったのだった。


***


眠るクレイを見下ろして、胸が切なく締め付けられる。
たった一日会えなかっただけなのに、その存在がひどく遠く感じられてたまらなかった。

「クレイ…すまない」

サラリと前髪を優しく払ってやると、クレイは短く呻きを上げてコロリと転がる。
一体どんな夢を見ているのか……。

そしてフローリアから聞いた通りそっと軽めの回復魔法を口にして、魔力と共に唇からクレイへと注ぎ込む。

「ん…」

そうやって何度か同じことを繰り返し、優しくクレイを揺り起した。

「クレイ…」
「ん…?ロックウェ…ル?」

そうしてどこかぼんやりした様子のクレイに再度軽く回復魔法を掛け、魔力を送り込む。

「ん…んふ……」
「気持ちいいか?」

トロンとした表情でこちらを見やるクレイの表情はどこかいつもとは違って見える。

「ふぁ…ロックウェル?ど…して…?」

これは夢現状態なのだろうか?それとも寝ぼけているだけなのだろうか?
よくわからないが、兎に角今日は優しく抱きたいなと思った。

「クレイ。会いたかった…」
「ん……俺…も」

そうしてクレイがチュッチュッと軽く口づけを交わしてくれる。

「恋しい…。ロックウェル……」

そんな言葉に胸が熱くなる。

「帰りたい…。でも…怖くて帰れない……」

グスッと潤む目でこちらを見やるクレイに、傷つけていたのだと実感してしまう。

「クレイ。すまなかった」

そうして甘く口づけるとクレイの目から涙がこぼれ落ちたので、そっと唇で啄んでやった。

「ん…ロックウェル……。夢だって…わかってるから、優しくして……」

本当に夢だと思っているのか、それとも夢としか思えないほど自分を信じられなくなっているのかは分からない。
けれどこの夢の中では沢山優しくして、傷つけてしまった心を癒してやりたいと思った。

「クレイ。お前が誰よりも愛おしい」
「ロックウェル…。俺にはお前だけだ。だから…嫌いにならないで……」

こんなに素直に心情を吐露してくれるクレイに何度も何度も口づけ、優しく愛撫を施し寝衣を剥いでいく。

「ロックウェル…好き……」
「ああ、私もだ」
「いっぱい愛して…」
「勿論。好きなだけ愛してやる」
「いっぱい気持ちよくして」
「望むだけしてやる」
「あ…ロックウェルッ!嬉しッ…あぁっ……!」

クレイが感じるところに的確に口づけを降らせ、それと同時に優しく後ろへと指を這わしていく。

「あ…ロックウェル!キス…して」

そうして素直に強請るクレイに唇を重ねてやると、嬉しそうに何度も何度も口づけを返された。

「クレイ。今日はいっぱい甘えてくれ」
「ん…嬉しい」

そうして珍しくうっとりしながらこちらを見遣り、どこかはにかむように頬を染めながら笑ってきた。

「………っ!」

こんな表情は正直言って非常に珍しい。
もしかしたら初めて見たかもしれない。
初々しく恋しているようにさえ見える素のクレイの顔がいつも以上に可愛く愛おしく感じられて、心臓がバクバクと激しく高鳴ってしまう自分がいた。

「ロックウェル……早く滅茶苦茶にして?」

そんな表情でこんなセリフを吐かれたらもう駄目だった。
なんだこの可愛さはと思わずにはいられない。
もしやこれがシュバルツが夢現をなかなかロイドに言い出せなかった理由なのではないだろうか?

クレイは笑い話として、シュバルツが夢でロイドを弄んでたのがバレたけど上手くいったみたいだと話していて、その時は早く話せばもっと早く相思相愛になれたのになと呆れたように話していたのだが、これはそんなものではない。
シュバルツが最初の意図は兎も角として、『普段とは違うロイドの姿にドツボに嵌って完全に陥落された』が正解のような気がした。
つまりはミイラ取りがミイラになったということだ。
素直になった黒魔道士はきっと皆似たり寄ったりになるのではないだろうか?

「クレイ…すまない。今のお前が可愛すぎてたまらない…。できるだけ優しくするが、長くなっても許してくれ」
「ん…ロックウェルならいくらでも平気だ……。いっぱい好きに愛して…」
「……っ!」

一体どれだけ殺し文句が飛び出てくるのか。
興奮してたまらないではないか。
もしかして口では嫌だ許してやめてくれと言っていても、本心ではいつもこんな風に思ってくれていたりするのだろうか?
流石にそれは願望が過ぎるだろうか?

けれどもっともっとクレイの本音を聞かせて欲しいと思った。
そうして逸る心のままに後ろを犯すと、いつも以上に甘い声がその口から飛び出した。

「あぁんっ…!」
「クレイ…気持ちいいか?」
「あっあっあっ…!ロックウェル…!気持ちいいッ!」

あっちもこっちも可愛がってやると更に切羽詰まった声で甘く囀りだす。

「んぁっ!そこ好き!」
「ふっ…可愛いな」
「はぁあっ…!ロックウェル!もっと奥まで挿れて欲し…いっ!」

そんな声に煽られながらクレイの奥まで可愛がれる体位へと流れるように移行する。

「ここだろう?」
「ひぁあああっ!」

ガクガクと身を揺らしながら恍惚とした目で溺れるクレイをしっかりと抱きしめて、奥を揺さぶる様に小刻みに苛んでやる。

「あぁっああんんッ!ふぁあああっ!」
「クレイ…ッ!」

心地よく締め付けてくるクレイの内部に射精を促され、最奥へと勢いよく注ぎながらクレイの前を扱いてやると、クレイもまた嬌声を上げながら絶頂へと駆け上がった。

「あ…あぁあ……」

そんなクレイを支えて身を起こし、ゆさゆさと揺さぶってやると気持ちいいと言わんばかりにこちらへと縋りついてきた。

「ロックウェル…ロックウェル……」
「はぁ…。なんだ?」
「もっとロックウェルでいっぱい満たして……」
「ああ、わかっている」

ここから更に体位を変えて欲しいとねだるクレイに魔力交流で魔力を送ってやると、最高だと言って熱く口づけられた。
その言葉はこちらからこそ送りたいものだ。
クレイとの魔力交流は本当にいつだって気持ちの良いものだからだ。
そうして溺れ合い、どこまでも二人で高みへと昇り合う時間は至福の時だった。

「はっ…はっ…」

クテンとクレイが身を伏すたびに浅く回復魔法を掛けてやると、トロリと快楽に蕩けるような眼差しで何度ももっとと強請ってくる。
強請ってくることは普段からよくあるが、いつもとは違う強請り方に心が弾む。

「あんっ…!ロックウェル…もっと…して…。お願い…もうちょっと…だけ。んっ…そこ好きぃ…」

まさに甘いおねだりと言った感じのそんな姿は見たことがなくて、ついつい夢中になる自分がいた。
こんなクレイをどこまでも優しくトロトロに溶かしてやりたい。
気づけば空が白んで、クレイの方はどこか眠そうにウトウトと微睡んでいる。
いつもならこの時間は懇願されてグッタリとするクレイにそっと口づけ、おやすみと言う時間帯だが、今日は満足度が比較にならないほど高かった。

「ロックウェル…」

そうして自分の方へと手を伸ばし、幸せそうに微笑むクレイが可愛すぎる。

「クレイ。そろそろ終わりにしてシャワーに行こうか」
「ん…」
「今日はゆっくり休んで、明日また愛し合おうな?」
「…ん…そうする」

そう言って抱き上げると、こちらに嬉しそうに身を預けてくる姿に胸が震えた。
こんなに素直に甘えてもらえるのは正直言って本当に嬉しかったのだ。
いつだって素面では恥ずかしがってなかなか素直になってくれないクレイがこんな風に甘えてくれるなら、暫くは夢現を堪能しておきたいとさえ思った。

(家出中は毎日夜這いをしようか……)

それなら浮気の心配もないし、自分もクレイも幸せだからいいかもしれない。
仲直りはその後でも大丈夫だろう。
そうして腕の中で幸せそうに眠ってしまったクレイの顔を見ながら、機嫌よくシャワーへと向かった。


***


「え?」

ちゅんちゅんと朝の鳥の鳴き声を聞きながら、クレイはそっと掛け布の中を覗き込んだ。
そしてホッと安堵の息を吐いて思い切り伸びをする。
昨夜、ロックウェルに夢の中でいいから会いたいと思いながら寝入ったせいか、物凄く甘えてしまう夢を見てしまった。
結婚以前も結婚後も、あんな風に自分からベッタリ甘えたことなど一度としてない。

(願望が夢に出過ぎたんだな、きっと)

本当は一度でいいからあんな風に素直に甘えてみたいと思っていた。
けれど自分の性格的にそれは簡単なことではない。
だからこそ夢ならそれを実現できると無意識に判断してしまったのかもしれないが、起き抜けにそれを思い出すと恥ずかしすぎて悶絶してしまう。
好きなだけ甘えて強請って優しく且つ激しく抱いてもらえたのは幸せだったが、うっかり夢精していなくて本当に良かった。
あんなに優しいロックウェルを夢に見るなんてどうかしている。

「うぅ…」

ロックウェルが恋しすぎて……優しくしてもらいたかったといって、こんな夢を見るなんて自分は一体どれだけ馬鹿なのか。

「はぁ…起きよう」

取り敢えず顔を洗ってさっぱりして、ジークと楽しく過ごして色々話せばこんな恥ずかしい夢のことは忘れられるだろう。
そう思って早速行動を開始した。
けれど少し気を抜くと、夢で囁かれた甘い声が耳へと蘇ってしまう。

『クレイ…こんなお前も可愛いな。もっと沢山好きなだけ素直にねだって甘えてくれ』

「~~~~っ!!!!」

思わず真っ赤になってしゃがみ込む自分に、眷属達が呆れたように溜息を吐く。

【クレイ様?ロックウェル様が大好きなのはわかりましたから、お支度をきちんとしてくださいませ】
「……っ?!」
【わかりますよ。クレイ様がそんなに照れる相手はロックウェル様だけなんですから】
「…………」
【もう今夜にでも帰りますか?ロックウェル様もきっと謝りたいと思ってくださっているはずですよ?ヒュースからもそう報告を受けておりますから】

それは本当だろうか?
もしそれが本当なら、今すぐにでも帰って自分も悪かったと謝りたい。
けれど────。

「……やっぱり怖いから今日はやめておく」

心の準備がまだできていないし、もう少しジークと話しても罰は当たらないだろう。
もしかしたらまた失言して、余計な心配を掛けて嫉妬の嵐に晒されてしまうかもしれないのだ。
そうなるとここにもまた来にくくなってしまうだろう。
それならそれで先に存分に楽しんでおいた方が無難だと思った。

「よしっ!」

そうして眷属が持ってきてくれた替えの服に着替えて部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうからレノヴァがやってくる姿が見えた。




「クレイ様。おはようございます」
「おはよう」
「朝食はこちらでなさいますか?それともジーク様とご一緒されますか?」
「ジークと一緒がいい」
「かしこまりました。ではご案内させていただきます」

そんな言葉と共に、昨日夕食を食べた部屋へと案内される。
そこにはすでにジークが座っており、こちらを見て穏やかに笑みを浮かべていた。

「クレイ、おはよう。よく眠れたか?」

そんな言葉につい昨夜の夢を思い出してしまう。

「あ…ああ。まあな。それより、今日は予定通り骨董品街で大丈夫か?」
「ああ。勿論だ。ついでに森の中の様子も確認しておこうと思っているし、クレイの言っていた『影渡り』は森を抜けたところからでも構わないか?」
「ああ、それは別に構わないぞ?」

ジークが森の様子を気にするのもよくわかる。
昨日の冒険者のような輩が、魔物狩りとやらを頻繁に行っていると聞いたからだ。

「こちらの魔物は普通に森に棲んでいるから、獣と同じように扱われるのかもしれないな」

そうして溜息を吐くと、ジークは不思議そうにアストラスは違うのかと尋ねてきた。

「違うな。アストラスでは基本的に魔物達は少しずれた空間に住んでいることが多い。大体そこでのんびり暮らしていて、ちょっとこちらを覗いて楽しむ感じだと聞いている」

だから彼らと眷属契約する時に魔法が必要になってくるのだと言うと、それは昔からなのかと尋ねられた。

「昔からだと思っていたが……コート、何か知っているか?」

そうして眷属を呼び出して尋ねてみると、コートは意外なことを教えてくれた。

【アストラス及び周辺国がそうなったのはレノバイン王の実親であるドラゴンの化身クロイツの力ですよ。彼は人と魔物が出来るだけ仲良く共存していけるようにとその死の間際にその力を振り絞り、時空をほんの僅か歪める魔法を行使したのです。まあ魔法というよりは、竜の咆哮によって時空を歪めたという表現の方が的確かもしれませんが…】

そのドラゴンの咆哮は凄まじく、音が響く範囲のすべての時空を歪めさせたのだと言う。

【ですから、我々古参の魔物もアストラス周辺には沢山生息できているのですよ】

逆にそれ以外の場所では古参の魔物など既に絶滅しているはずだと言われてしまった。

「そうだったのか…」

正直知らなかった事実に驚きを隠せない。

「なるほど。それで合点がいった。アストラスが魔法大国と言われるのもわかる気がするな。それほど偉大な始祖を持つならクレイのその魔力の高さにも合点がいく」

ジークは興味深そうに頻りに頷いている。

「と言うことは、この地ではそういう風に次元を歪めることはできないだろうな」

魔物達をそうして守ることができれば良かったのにと残念そうにジークが言うので、クレイとしては何とかしてやりたいなと思ったが、こればかりは流石の自分もお手上げだった。
レノバイン王がしたことであれば真似できることもあったかもしれないが、その前のドラゴン自身の真似は流石にできそうにない。
竜の咆哮に類する魔法も思いつかないし、他の手を考えるしかないだろう。

「う~ん……。あ、そうだ!あの城に掛けた魔法を森全体に掛けたらどうだろう?」

それなら植物採取などで森を訪れる者は普通に入れるし、攻撃的な者は入れなくなるからいいかもしれないと提案すると、ジークに正気かと驚かれてしまった。

「クレイの魔力が高いのは知っているが、流石にあの森全体は無理だろう?」

どうやらかなり広範囲だから、不可能だと言うことのようだった。

「そうか?バルナ、黒曜石を使っても難しいか?」
【ザッと見る限り範囲はおよそアストラスの領土1/3ほどですから、広いと言えば広いですが、やってやれないこともありませんね】
【これくらいなら黒曜石を50個ほどご用意すれば、負担もかからず余裕でしょう】

圧縮魔法は便利ですよねとバルナだけではなくコートも同意してくれたので、クレイはそれなら問題なさそうだと判断した。
ソレーユから貰った最高級黒曜石もまだ沢山あるし、ストックで35個ほど圧縮魔法を込めた物を邸に置いているから、50必要なのであれば後15個用意すれば済む話だ。
それなら三日あれば余裕でこなせる。

(あ…でも……)

それは魔力を使ってもロックウェルと魔力交流すればの話だ。
それができないならあまりやると負担になってしまうし、負担をかけないようにしたいならその分日程が伸びてしまう。
けれど何とか早急に魔物達を守りたい気持ちがあるだけに、悩んでしまった。
黒曜石をせめて後5つ加えて数を40にし、瞳の封印を解いた状態なら魔法の行使は十分可能だと思う。
負担は少々大きいが、現状仕事も入れていないしのんびり魔力が回復するのを待ってもいい。
どうするのがベストだろうか?
そうして暫く悩んでいると、徐にコートが水晶を貰ってきますと言って姿を消した。

「え?」

水晶とはどう言うことだろうか?
よくわからないが、何か名案が浮かんだのかもしれない。

「大丈夫か?」

無理はしないでほしいと心配そうにするジークに大丈夫だと告げて、取り敢えず今日は予定通り出掛けようと笑顔で告げた。


***


その日ロックウェルはかなりご機嫌だった。
閨でのクレイがあまりにも可愛すぎたからだ。

(たまらんな……)

何度も思い出しては頬が緩んでしまうので、平常心を保つのが難しいほどだ。
そうして仕事に取り掛かろうと思ったところで、ヒュースが声を掛けてきた。

【ロックウェル様。コートが只今参りまして、ロックウェル様の魔力を圧縮させた水晶をお分け頂けないかと】
「水晶を?」

持ってはいるが、正直特に使う予定がないので御守りがわりに懐にしまっている状態だ。
渡せと言うならすぐにでも渡せるのだが…。

「何に使うんだ?」

クレイが黒曜石ではなく水晶を使うと言うのは正直想像がつかない。
だから首を傾げて問うたのだが、そこでコートが直接説明をしてくれた。
どうやら魔王の森の魔物達を守るために広範囲の結界を展開させようとしているらしい。

【クレイ様はあの通り魔物にお優しいお方です。一刻も早くとお考えになって、黒曜石の足りない分は自身の現状魔力を使えば問題ないと判断するのも時間の問題です。閨での魔力交流はお願いしたいですが、それだけではクレイ様が夢と判断しているため、お考えを変えることはできないでしょう】
「つまりは水晶で魔力を補給させて、何が何でも黒曜石を50用意させたいと言うことだな」
【その通りでございます】

その方がクレイの負担はぐっと減り、不測の事態にもいくらでも対応可能だからとコートは口にした。
それは確かにそうだろう。
クレイが無理をして倒れるのは自分も嫌だし、力になれるなら手を貸したいと思う。

「わかった。ではこれを持って行くといい。残りは邸の自室に置いてあるから持っていってくれ」

全部で10石。
これで足りてくれるといいのだが……。

【ありがとうございます】
「ついでにクレイに謝りたいからそれが終わったら帰ってくるようにと伝えてくれないか?」
【お伝えは致しますが、二、三日様子を見てから帰ると言い出しかねない状況です。できれば閨でも上手く促して差し上げてください】
「わかった」

それならそれで可愛がるだけだ。
今夜も楽しみだと思いながら、そっと笑みを浮かべて仕事へと取り掛かった。



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